#13 朝方の言語交流

 目覚めざめたばかりのリズの最初さいしょうつったのは、無機質むきしつ白色しろいろ天井てんじょうだった。


 なにこったのか?――と疑問ぎもんおもいながらも身体からだこすと、そとた。


 まどそとからえたそらしろまっていた。


 朝焼あさやけの時間じかんになっていたのだ。


 一度いちどうごこうとしたリズだが、左腕ひだりうでさっている点滴てんてきくだによってリズのうごきが制限せいげんされる。


 リズはそれを邪魔じゃまおもったのか、無理むりやりきちぎろうとしたその瞬間しゅんかん部屋へやなかいてあるオレンジいろひかるランプのそばにかげがあることにづいた。


 クロス・アルファベットがオレンジいろひかりなかで、一冊いっさつほんんでいた。


 リズがきたことにづき、ほんじると、無機質むきしつ仮面かめんけたかおやさしくわらう。


【おはようございます。調子ちょうしはいかがですか?】

調子ちょうしならすこ身体からだいたいってことと、なんだかうごきづらいってことぐらいです】

【そうですか、でしたら問題もんだいありませんね。あっ、そういえばそうそう】


 クロスは何かを思い出したかのように、机の上を漁っている。

 しばらくすると、ひとつのクリアファイルを持ってベッドのそばに立った。


【こちらをどうぞ】

【これって何?】

【フフフ、中身を見てください】


 リズはクリアファイルから紙を抜き取る。


 その紙にはこう書かれていた。


 〈冒険免許準一級合格証明書〉

 〈この度、リズ様の実力を認め、冒険免許準一級の取得をお知らせします〉


 【おめでとうございます。あなたもこれで立派な冒険者になれますよ……どうかされましたか?】


 合格証明書を持ったまま動かないリズを見てクロスは感極まって動けずにいると思った。

 しかし、現実はそこまでロマンチックではない。


【クロスさん。これってなんて読むの?】


 クロスは目を点にしたあと、思い出したかのように、眉間を指で押える。


【頭痛いの?】

【いえ、ご心配なく。とりあえず人語を覚えましょうか】

【それだったらおはようございますなら言えるよ!】


 クロスは袖から次々と絵本を取り出し、好きなものを選ぶよう、リズに催促する。


 リズはクロスの袖の中がどうなっているのか疑問に思っているが、それよりも目の前に置かれている絵本に興味を囚われた。


 クレオンで描かれたものから版画で描かれたものまで、多種多様の表紙の本が目の前に並んでいる。


 その中でリズは〈カルガモ隊長〉という本を選んだ。

 身体の大きさに合わない鎧と兜を装着したカルガモ族が表紙になっている。


 クロスはリズを膝の上に乗せ、本を読み始める。


 優しく、抑揚をつけ、ゆっくりと読み連ねていく。


 一文を読み終えると、リズも一緒に同じ文を復唱する。


 それを何度も何度も繰り返す。

 いつの間にか何冊もの読み終えた絵本が山積みになっていた。


 そのうち、リズは人語を流暢りゅうちょうに話せるようになっていった。


 

「それでは、早速自己紹介よろしくお願いします!」


 クロスは両膝を着いた状態で、ビデオカメラをリズに向けている。


 リズはゆっくりと深呼吸する。

 間違った音が出ないように。

 これまでの努力を発揮できるように。

 最高の状態に整え、ついに声帯と舌を震わせた。


「リズの名前はリズです!好きな食べ物は干し芋とあゆの塩焼きと、あとユリちゃんが作ってくれた、えーと、なんか、まるい、お肉みたいなのがすきです!よろしおねがいします!」


 リズは詰まりながらも言いきれたことに対して、達成感と満足感で胸がいっぱいになった。

 褒めて欲しいと願うリズに対してクロスは一向に声を出さない。


「クロスさん、どうしたの?」


 リズは全く声を出さないクロスを心配に思い、声をかける。


「い、いえ、大丈夫です……」


 クロスの声が震えていた。

 それだけじゃない。

 大粒の涙を流しているのだ。


「だ、だいじょーぶ?どっかいたいの?」

「大丈夫ですよ、たった半日にも足らない時間でリズちゃんがここまで成長してしまうと、なんというか嬉しい気持ちと寂しい気持ちが入り交じっちゃって……」


 涙が止まらないクロスをなぐさめようとリズはクロスを抱きしめる。


「だいじょーぶ。クロスさん泣かないで」

「……はい、わかりましたありがとうございます」

「泣いたらリズも泣いちゃうから」

「そうですね。大人であるワタクシが泣いていてはいけませんね。それはそうとリズちゃん――」


 抱きしめられたクロスの身体から骨がきしむ音が鳴る。


「――ちょっと力抜いてもら――イデデデ!!ちょっとリズちゃんストップストップゥゥ!」


 「イギャァアア!!」とけたたましいクロスの断末魔が病院内に響き渡った。

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