#12 VSクロス・アルファベット

(ふむ……初撃は避けられましたね)


 クロスは心の中で呟く。


 心臓を刺し貫くフリをしたが、リズは見事に身体を捻らせ回避した。


 感心するクロスに対して、リズは既に冷や汗で全身がずぶ濡れになっている。


(危なすぎる!避けてなかったら……考えたくもない)

 リズは冷や汗をかきながらも、もう一度クロスに向かって構え直す。


「カモーン♪」

 対するクロスはリズを煽るように手招きする。


 リズはすぐに地面を蹴る。

 クロスの目の前まで一瞬で到達すると、拳を振りかざす。

 

 クロスはリズの振りかざした拳を横に避ける。


 リズの拳が地面に激突すると、小さな揺れが生じ、金属製の床が大きく歪んだ。


(速い、そして重い。シンプルですね)


 リズを観察しているクロスだが、その隙を与えないと言わんばかりにリズは次の拳を振り下ろす。


 クロスがリズの攻撃を避ける度に床の形が歪になっていく。


 余裕で避けているクロスの方が優勢のように見えるが、クロスの動きが止まった。

 クロスの背後のすぐそこに壁が迫っていたのだ。


 クロスの背が壁に触れた瞬間、リズが地面を蹴り、天井近くまで跳躍する。

 天井に着地した瞬間、天井を蹴りクロスに迫る。


 クロスはその動きに瞬時に反応し、身体を大きく逸らしながら前へ歩く。


 リズはそのふざけた動きに反応出来ず、壁に激突する。


(五メートル以上を当たり前のように跳躍……流石鬼族ですねぇ)


 クロスが感心している次の瞬間、ガラスが破裂する音がクロスの骨を伝った。


 リズが振り返り際に出された手には、LED蛍光灯が握られていた。


(あえて天井まで飛び上がったのは、これが目的ですか!)

(クロスさんの身体は大きいし、腕は長いしであたしの攻撃が届くわけが無い。だけどこれなら!)


 クロスが怯んだその隙に、リズはクロスの両肩を掴み、そのまま両足で蹴り飛ばそうとするが、クロスの長い腕によって受け止められる。


 クロスはそのままリズを背後へ投げ捨てるが、リズは喰い下がらない。


 着地した瞬間、自身が殴り形を歪ませた金属製の床から鉄板を引きずり千切ると、それをクロスに向けて投げつける。


 これもクロスは余裕の表情で避け、受け止め、投げ返すが、これもリズの瞬間的な作戦へと組み込まれた。


 投げ返された鉄板をいくつも重ね、そのままクロスへと投げ返したのだ。


 クロスはその鉄塊を片手で受け止めるが、その瞬間には既にリズは鉄塊をへだてた先まで迫っていた。

 両手を組み、肘を鉄塊へ叩きつけると、その衝撃はそのままクロスの片手に伝い、クロスはその衝撃で数メートル後方まで押される。


 リズの猛攻は止まらない。


 また天井から蛍光灯を二本千切りとり、地面へ着地すると、クロスへと投げつける。


 クロスは蛍光灯を受け止めようと、両手を前に出すが、リズはそれと同時に鉄片を投げ、蛍光灯よりも速く投げられた鉄片はクロスの目の前まで迫っていた蛍光灯を砕き、白色の粉塵を作り出した。


(クロスさんの視界は封じた!このまま不意打ちを叩き込む!)


 リズはクロスの背後に回り込むと、腰を落とし、拳を構え、クロスへと放った。


 その拳は確かにクロスを捉えていた。

 が、大きな手のひらに受け止められた。

 クロスの腕の細さに見合わない大きな手だ。


 次の瞬間、クロスが手の甲をリズの顎を叩くと、リズはそのまま力なく崩れ落ちる。


 脳震盪のうしんとうを引き起こしたのだ。


「ふぅー。幼い子にここまでされたのは琉那るなさん以来ですよ」


 腰を叩きながらクロスは呟いていると、どこからともなくハウリング音が部屋に響く。


『クロス先生、もう大丈夫でしょうか?』

「おや?館山たてやまくんですか、お疲れ様です〜。こちらはもう終わりましたよ〜」

『それなら今新入りを入れるんで早く出てきてください』

「はいは――」


 クロスが館山に返事をしようとした瞬間、壁に叩きつけられた。


 鈍い音が部屋の中に響く。


『何があった!?』


 クロスからの返答は無い。


 真っ白な部屋の中、一体の獣の呼吸音だけが静かに響いていた。


 その声はリズの喉から鳴り響いていた。


 館山は目撃する。

 リズの真っ白な一本の角が赤く染まるのを。


 鬼族の角は脳へ直接酸素を届ける役割を果たしており、角には毛細血管が詰まっている。

 そのため角が欠けたり、異常なまでの興奮状態になると角が赤く染まるのだ。


 リズの角が赤く染まりきると、一滴だけ血液のしずくが角から落ちる。


 その瞬間、リズはクロスの腹に拳をめり込ませる。


 腹を中心に何度も、何度も、何度も何度も殴りつける。


 その度に壁の亀裂が広がっていく。

 そして、トドメと言わんばかりの渾身の一撃をクロスに放とうとした瞬間、クロスは既にリズの頭部を鷲掴みにしていた。


 そのまま反対の壁まで投げつける。


「アッハハッ!!いいです――」

 一瞬にしてリズの背後に回り込み――

「――ねッ!!」

「ッ!」

 ――裏拳を背中に叩き込む。


 リズは地面に四つん這いになって着地すると、クロスに肉薄する。

 しかし、クロスは余裕の表情で全ての攻撃を受け流し続ける。


 クロスは左手でリズの手首を掴むと、腹部に掌底を当て、部屋の中心の真上まで跳躍すると空中でリズをハンマー投げの要領で地面に叩きつける。


「ガアァァァ!!」

「可愛らしい女の子がそんな声出しちゃダメでしょッ♡」

「グッ!?」


 叩きつけられたリズは一瞬で体制を立て直すが、その一瞬で巨大化したクロスの手に捕まり、壁に叩きつけられる。


「お姉さんお兄さんとの約束だゾ♡」

『おいジジババ!何が起こってんだ!?』

「誰がジジババだこんにゃろー!!」

『アンタだよ!俺が赤ん坊の時からずっと居たくせに!』

「ワタクシは永遠の十七歳児ですよ」

『何が起こってるか教えろつってんだよ!』

「へぇへぇ分かりやしたよ。説明すりゃいいんでしょ?説明すりゃ」


 クロスは喉を鳴らすと説明を始めた。


「まぁどうせアペイロンによる暴走状態でしょうね」

『アペイロンってそこまで危険なものだっけか?』

「暴走するタイプとしないタイプとありますからね〜。暴走状態になるのには一定の条件があるのですが、そのほとんどが気絶した時ですね。アペイロンも死にたくないのか、宿主が殺されることを恐れて無理やり身体を動かすことがあるんですよねー、っとそろそろですかね」


 クロスは巨大化した腕を元の大きさに戻すと、リズを抱き抱える。


 眠ってしまったリズの身体に異常がないことを確認し終えると、入ってきた扉から出ていった。


「点滴と輸血、個室の用意をお願いします。その後はワタクシが面倒を見ますので」

 部屋から出てきたクロスは医療課の職員達に指示を飛ばす。


 すぐに行動へ移す職員達を横目に見ながらリズを大切に抱き抱えている。


 有機質な仮面は喜びの表情を浮かべていた。

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