#11 修羅道に落ちし時

 シシュウ総合センター。

 シシュウ展望台の三十階を占めており、免許の発行、病院、研究機関、シシュウ防衛省の機関等が存在している。

 シシュウの外から訪れた者は最初に総合センターへ立ち寄るようにと呼びかけられている。


 総合センターの一階、多くの者が訪れる受付がある空間にて、リズとククと灰が立っていた。


「相変わらず無意味にだだっ広いな」

「一言余計だよクク」

「へいへい」


 ゆるく雑談している灰達と違ってリズは目を輝かせていた。


 床は綺麗な白色で、天井からの光を鏡のように反射している。

 壁は柱を除いて、全てガラス張りとなっており、ガラスの向こう側には広葉樹が等間隔で植えられている。


 様々な制服を着た職員らがそれぞれの速度で行き交う。


 全てリズの目には新しいものばかりであった。


【そんじゃ行くか。……リズ?】


 ククは周りに目を奪われているリズの肩を軽く叩くと、リズはやっと気づいた。


【はい!行きます!】

【よし】「灰はどうするんだ?」

「僕はいつも通りこども広場に行ってくるよ。待たせてるだろうし」

「そうか。気をつけてな」

「はーい」


 灰は背中に背負ったニッケルハルパを揺らしながら病院窓口まで駆けていった。


 リズはククに連れられて免許窓口の方向へ向かう。


 リズらが着いた時には既に長蛇の列が出来上がっていた。


【凄い数の族が並んでますね?】

【この季節になると免許更新とかが重なるからな。でも、俺達はクロスさんに先に頼んでるからな。こっちだ】


 ククが向かう先にリズはついて行くと、いくつもの診察室が並ぶ道に出た。


 ククはいくつもの診察室を無視して、先へ進む。


 一番最後の部屋。


《特別診療室》


 プレートの文字と色が他のものと違っていた。


 ククが扉にノックをすると、中から返事が戻ってくる。


「合言葉は?」

「お邪魔するぞー」

「え?ちょちょちょ!」


 ククが扉を乱雑に開けると、そこには他と変わらない診察室があった。


 他と違う所があるとするならば、診察を行う医者が居ないくらいだ。


「クロスさんどこ行った?」

「さあ〜!ワタクシはどこでしょう!」

「めんどくせぇ……」


 ククはそう言いながらリズが部屋に入ったのを確認し、扉を閉めようとした。


 しかし、何かが引っかかっているのか、扉が上手く動かない。


「建付け悪すぎだろ……ん?」


 ククが扉を一回外そうかと悩んだその時。

 扉の裏側、壁と挟まれた空間に黒い布が見えた。


「おやおや見つかってしまいましたか」

「なんかコンビニのカナブンみたいだな」

「アンタのせいでこうなっているのになんでそんな失礼なこと言えるんですか?もうちょっと――アデデデッ!!」


 ククは無理やりクロスを引っこ抜くと、バスタオルを広げるようにバサバサと振り回す。


 すると当たり前のようにクロスは2Dから3Dに戻る。


「ふー酷い目にあった」

「つーかなんであんなところに引っかかってんの?」

「扉抑えようとしたら巻き込まれまして」

「アホか」


 この一連の流れを見たリズは何故当たり前のようにペラペラになったクロスが振り回されたら元通りになるのかが疑問で仕方がなかったが、聞いても理解できないだろうと思い黙る。


「それじゃあ検査等を始めますので、ククくんはご退席お願いしますね」

「え?保護者要らねぇの?」

「あれ?もしかしてククくん、幼い少女の半裸を見たいとか――」

「殺すぞ。そんじゃ頼むわ」

(切り替えこわー)


 ククはリズを置いてその場を後にした。


 クロスはリズを両手で仔犬のように持ち上げ、椅子に座らせると早速診察が始まった。


 心音検査、正常。

 体温検査、正常。

 聴力検査、正常。

 視力検査、正常

 神経検査、正常。

 味覚検査、正常。

 骨検査、正常。

 血液検査、正常。

 結論。

 全て異常無し。


【健康体そのものですねー。全ての方々にこれくらい健康体であって欲しいのですが……】

【そんなに?】

あおいちゃん、いるでしょう?彼女検査の度にお酒の摂りすぎ故の検査結果しか出てこないので】

【なんか大変そうだね】

【まぁ彼女の頑張り次第ですね。……それじゃあ次行きましょう!】

【次?】


 検査を終えたリズはクロスに連れられ、別の部屋へと移動した。


 診察室の十倍もの広さがある真っ白の部屋。


 受付があった空間のように床は鏡のように反射しておらず、無機質な印象を与える。


 壁と壁の境目が一切分からないほど、真っ白な空間だ。


【リズちゃんは、確か冒険免許が欲しいんですよね?】


 蟲語で語りかけるクロスの言葉にリズは頭を上下に振る。


【ですがね。琉那るなさん、ククくん、クラサちゃん、灰くん、セイギくん、ユリちゃん、あまくん、葵ちゃん、鵜鷹ていようちゃん、彼ら彼女らは皆、冒険免許一級を持っています。この意味がわかりますか?】

【分かりません】


 リズの正直な返事に対し、クロスは丁寧に説明した。


 この世界では免許とはそのものであると。

 様々な免許が存在するが、それぞれ必ず五段階の階級が存在すると。

 下から、[三級][準二級][二級][準一級][一級]となっており、上の階級になる毎に、できることが増える。

 冒険免許の場合。

 [三級]未開地、危険度の高い地域以外の安全地帯での活動可能。

 [二級]危険度の高い地域やダンジョンでの活動可能。

 [一級]未開地と未開のダンジョンでの活動可能。

 と、このように分けられている。

 そして頭に準と付くものは二級、一級試験を合格してから一年経っていない者であるとされる。

 これは依頼者と被依頼者の互いの安全を考慮された結果なのだと。


【といった感じですね】

【……なるほど!】

「こりゃわかってないな……」

【何か?】

【なんでもありませんよ。あーそれと――】


 クロスは言い忘れていたことをリズに伝える。


【――リズちゃんはこれから三級試験を受けるわけですが、それだと彼らの足手まといにしかなりませんので三級試験は無しとします】

【え?】

【その代わりに、貴方は飛び級として、一級試験を受けてもらいます】

【いいんですか!?】

【もちろん!ですが、一級試験は難しいですよ?】

【どんな試験でもかかってこい!ってやつです!】

【そうですかそうですか。……では】


 クロス・アルファベットがまとう雰囲気が一瞬で変わる。


 明るく笑っていた顔は一瞬で無機質なものに変わり、黒白目の中に漂う金色の瞳孔がリズを見ている。


 リズの全身に鳥肌が立つ。


【一級試験内容。それは――】


 クロス・アルファベットの肉体の形が大きく変わる。


 二等辺三角形のような体型が、一瞬にして肩幅が広がり、地面に少し届かなかった腕は肩から手先にかけて肥大化する。

 そして先程まで白色の手袋を付けていた手には、金属製のガントレットが鉛色の光沢を放っている。

 獣の爪のように尖っているその手は、リズの手を引いていたから、の手へと変わった。


 肉体の変化が終わった時、クロス・アルファベットはリズに告げる。


【――ワタクシを倒すことです】


 リズは強ばった身体を無理やりに動かし、構えた。


 しかし、リズは知らなかった。

 知らされていなかった。


 この世に存在する様々な免許の階級に、一級以上のものが存在すると。


 [特別級]

 これは免許の試験内容や免許を持つことによって何ができるか、何を許可されるのかを制定した者のみに与えられる階級。


 クロス・アルファベットは、全ての免許の制定を行ってきた。


 最初で最古の[特別級]を持つ者である。


 最古たる存在の爪が今、紅髪の少女の心臓に迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る