#5 覚悟

 科学発展都市シシュウの南部にて、重い足取りで帰路に着く集団がいた。


 比嘉琉那ひよしるなかいとリズを両脇に抱えて、セイギはククを担いで、そして鵜鷹ていようは様々な武器具を背負っていた。


 そして、ついに彼らはいこいの拠点へとたどり着いた。


 元々は廃屋となったビルだったが、それを琉那が購入、改装したものを今現在彼らの拠点として使っている。


「ただいまー……」

『おか〜ってどしたの?』


 玄関から中へ入ると、そこに広がっていたのは最上階まで吹き抜けとなったリビングだった。


 そして、大型の壁掛けテレビに向かい合うように設置されている大きなソファーに座っている宇宙服を着た少年が琉那達の帰りに気づく。


あま〜ただいま〜」


 天と呼ばれた少年はソファーから琉那達の元へ歩いていく。


『お疲れ様ー。どうだった?ネフリティスの群れ』

「そりゃ私達の手にかかれば余裕よ!」

『そう言う割にはなんか気絶?してるけど』


 胸を叩き自慢げに話す琉那に対して、少しあきれた素振りを見せる。


 そんな談話する彼らの姿を二階の廊下からじっと耳を澄ます少女が居た。

 少女は不機嫌そうな顔で彼らを見ていた。


「あれ?ユリちゃん起きてたんだ、おはよー」

「おはようございます。それよりも、灰はどこ?それとその子誰?」

「……?灰なら私が抱えてるけど……アレ?灰?」


 琉那が灰の姿を確認した時、あまりにも強力なアームロックによって灰は窒息死しかけていた。

 苦しそうに口から泡を吹いている。


「うわあぁぁぁ!!灰!ちょ、大丈夫!?ねぇ!ねぇってば!!」

『ちょっと団長!何してるの!?』

「え?嘘、それ灰なの?音聞こえないけど……」

「灰ー!死ぬなァー!!」

「ちょっとどうしよう!どうしようどうしたらいいの!?」

「とりあえず師匠落ち着けって!深呼吸!」

「深呼吸、深呼吸!?」

「アレだろ?ヒッヒッフーってやつだろ?」

「それ出産のやつだボケ犬!!」


 そんな時、玄関口の木製の扉が砕け散った。


 皆が玄関口に注目する中、入ってきたのは黒いローブで全身を包み、鳥のような、トカゲのような白色の仮面を付けた者、クロス・アルファベットだった。

 彼は破城槌はじょうついを肩に乗せた状態で玄関に侵入してきた。


「大丈夫かー!今助けに――」

「フンッ!」

「――ゴブヅフッ!?」 


 クロス・アルファベットのふところに鵜鷹の飛び蹴りが決まると、そのまま崩れるように倒れ込んだ。


「何扉壊してんの!?何枚目か知ってる!?おいコラ床にダイイングメッセージ書く――」

〈きなこ食べたい〉


 クロス・アルファベットは鵜鷹による蹴りの嵐に見舞われた。


「たっだいま〜!あれ〜?なにこれ〜ドア壊れてるんだけど〜ウケる〜!」


 阿鼻叫喚あびきょうかんの空間の中、玄関口にもう一体の少女が現れた。

 一升瓶いっしょうびんを髪で持ち上げながら赤い顔で爆笑している。


「あ!あおいちゃーん!」

「どしたの〜るな〜そんな慌ててさ〜」

「灰が!灰が息してないの!」

「ん〜?そんじゃおねぇさんにまーかせなさいよ〜!」


 葵は覚束無おぼつかない足取りで灰のそばまで行くと、座り込み顔を近づけさせる。


「眠ってる子はね〜チューしたら起きるん――」

「ダメー!!」


 口付けしようと灰の顔に迫る葵を見かねたユリの拳によって葵は二階廊下まで吹っ飛ばされた。


「「「葵ー!」」」

「ハァ……ハァ……はっ!!」

『はっ!!じゃないよ!一旦落ち着こう!ね!?』

「そう!その通りですよ天くん!ですので鵜鷹さん!蹴るのやめて……!」

『鵜鷹!』

「何!?」

『続けて』

「ラジャー」

「えちょ!?」


 蹴られ続けているクロス以外の全員はひとまず落ち着きを取り戻した。


 その後、冷水を灰に掛けるとすぐに目を覚ました。


「冷た!!」

「お!起きたか」

「え?うん。それよりも――」


 灰は辺りを見回す。

 二階廊下の柵にめり込んでいる葵。

 そんな葵を引き抜こうと頑張っているユリ。

 一方的にボコボコされているクロス。

 ボコボコにしている鵜鷹といつの間にかそれに参加している琉那の姿が目に映った。


「何があったの?」

「まぁ……色々とな」

「あー……なるほどね」

「納得するのな。はぁ……そうだいい加減クロスさん助けないと――」


 ククはクロスをボコボコにしている二体を止めようと玄関口に目を向ける。


 いつ逆転したのか、クロスが二体の顔面を鷲掴みにしている状態で立っていた。


「形勢逆転してる!?」

「フハハハハハハハハハ!!ワータクシッ!最!!強!!」


 ククは高笑いするクロスに腹パンを一発入れ、その場を終わらせた。


 ユリもなんとか葵を引き抜くことに成功し、一階に戻ってきていた。


「はぁ……なんで家に帰ってもこんな疲れなきゃ行けねぇんだよクソが……」

「なんか……ごめんね。私が灰の首絞めちゃって」

「まぁ……許すか」


 琉那は何かしらのお仕置きを覚悟していたが、その言葉を聞いて顔に明るさが戻った。


「今月の自由に使える金は十分の一な」


 琉那の顔が一瞬で曇った。


 「嫌だァ!!」と駄々をこねる琉那をよそ目にククはクロスと向き合う。


「それで、クロスさんはなんでここに?団長なら差し出しますけど」

「ちょ!ククおかしいでしょ!そんなのあんまりだ!!」

「うるせぇ、いい加減賭け事を辞めろつってんだろ」

「…………!!」

「まぁまぁ。師弟漫才はそこまでにしてくださいよ。それよりも、ユリちゃんがやけに落ち着きがないようですが、どうかされたんですか?」


 クロスは灰の横に居るユリに問うと、ユリは口を開いた。


「その……その子、誰です?」

「ん?その子?」

「ほら、団長の後ろに隠れてる子」

「え?」


 琉那の背後を見ると、確かに緋色髪の少女が琉那の服の裾を握っていた。


 緋色髪の少女――リズは周りを警戒し、少し震えながら様子を見ていた。


「あー!そうそうこの子、うちの団員に入れたいなーって思ってさ」

「「「……は?」」」

「団長……本気で言ってんのか?」

「うん」

「それで、その子が入りたいって言ったの?」

「それはー……まだだね……」


 琉那の発言によってその場に居る全員の脳内に誘拐の二文字が浮かび上がる。


「団長!誘拐はダメだろ!」

「いやいやいやいや!誘拐してないって!」

『もしもしー?シシュウ防衛省警察課ですかー?』

「ちょ!天まだ早いって!話聞いてよ!ねぇクク!」

「はぁぁぁ……」

「なんでそんな冷たい目するの!?」

「へぇー琉那ちゃんってそんな趣味があったんだ〜」

「どういう趣味!?」


 味方の存在が居ない琉那を全員ではやし立てる。


 そんな中、灰とリズ、そしてクロスが顔を合わせた。


「あれま?リズちゃんじゃあないですかー!」

「やっぱりリズだよね!なんでここに居るの?」

【えっと……さっきぶりですねクロスさんと、かい……くん?】

【合ってますか?これって本当にあれわかるあるなす】

「灰くん下手くそ過ぎません?」【灰くんは何故貴女がここに居るのか不思議がってるようですね。理由をお聞きしても?】

【それだったらそこの黒い髪のいい匂いの神族に捕まったんだけど……】


 リズとクロスは琉那に向けて湿っぽい目を向ける。


「えーっと、四月五日午後三時、えー誘拐の容疑で琉那さん、貴女を――」

「待って待って!違うってば!クク!弁護してよ!免許持ってるでしょ!」

「いや、俺のはあくまで善族を救うために持ってるのであって……」

「私は悪族ってこと!?」

『普段ハ明ルクテ〜、ソンナ事スルヨウナ子ジャ無イト思ッテタンデスケドネェ〜』

「天!ぶん殴るよ!」

『オー……バイオレンス』

「みんな落ち着いて!副団長命令!」


 灰がヒートアップしてきた空気をなだめようと声を荒らげると、全員静かになる。


「とりあえず話をまとめよう?まずなんでクロスさんは家に来たの?」


 それはここに居る全員が思っていたことだ。


 その質問に対して、クロスは口を開く。


「いや〜琉那さんが賭け金全てぶちまけた後にリズちゃんの姿が見当たらなかったもので……それで警備の方に防犯カメラを確認させて頂いたところ、琉那さんがリズちゃんを拉致ってるのを見ちゃいまして……」


 クロスはそう言いながら琉那に視線を向ける。


 琉那は拉致なんてしていないと言わんばかりに首を横に振る。


「それで、なんで団長はリズちゃん連れて帰ってきたの?」


 これもまた皆の疑問である。


「いや、だってうちの団員あと一体じゃん?だから、鬼族だから入れたいなぁーなんて思ったり……あははは……」

「待て団長、俺の相談無しでそんな決断したのか?」

「へ?」


 琉那の暴露に対して最初に反応したのはククだった。


 怒っているわけでもなく、琉那に質問を投げかけた。


「えっと……その……ごめん……後で話そうと思ったんだけど……」

「いや、いいけどよ……まぁそうだな……」


 ククはリズの前まで移動すると、リズの目線に合わせるようにしゃがみ込む。


【蟲語で合ってるか?】


 リズは驚きのあまり、少しの間固まってしまった。


 ククが見せた蟲語は故郷に住んでいたかいこ族の話し方と一切の違いもなかったからだ。


【大丈夫か?】

【大丈夫です!】

【そっか。ならいい。それで、お前はどうしたい?】

【どうしたい、って言うと?】

【うちの団長はお前を仲間として、冒険者の一体として迎え入れたいらしいが、お前自身はどうしたい?】

【それって、お金を手に入れることはできるんですか?】

【もちろん。ただし、冒険者なんてキツい、汚い、危険どころの話じゃねぇぞ。最悪死ぬ。それでもやりたいか?】


 最悪死ぬ――この言葉の重さは歳幼いリズでも十分に理解していた。

 死ぬことが怖いことも。


【死ぬのは嫌です。けど、それでも生きるためなら何にでもなります!】

「……なるほどねぇ……」


 ククはリズの回答に小さく悪い笑みを浮かべると、その場で立ち上がる。


「クロスさん」

「ハイハイなんでしょうか?」

「リズに冒険免許と神語免許、武器具持ち込み許可証を取らせてやれねぇか?」


 ククの予想外の言葉に対してクロスは驚きと喜びを隠そうともせず、ニヤニヤと笑っている。


「フフフッククくんったら……良いでしょう!こちらで手配させて頂きます!完了致しましたら、お電話させていただきますね!」

「頼む……あぁそうだ。蟲語翻訳免許も取らせてやりたいから、一級推薦してもいいか?」

「えぇ!喜んで!リズちゃんなら余裕で取れるでしょうしね♪」


 リズの知らない言葉でリズに関する物事が進んでゆく中、琉那は嬉しそうに口をつぐんでいる。


「それじゃあワタクシは色々とすることがあるので、失礼させていただきますねー!それでは良い夢を!」


 クロスはそう言い残すと壊れた扉から夕日の光に包まれた街へと消えていった。


「あ、扉――」

「やったーーーー!」


 壊された扉の事を思い出した鵜鷹の声を遮って琉那の喜びの声がビルの中に響く。


「良かったな団長!」

「うん!ククありがと!」

「いいけど、言っておくがリズが神語を覚えるのに何ヶ月もかかるようなら諦めろよ」

「いいわ!」

「本当に?駄々こねないよな?」

「もちろん!賭けてもいいわ!」

「団長の賭けってそこまで重要度高くなくね?」


 琉那は嬉しそうに舞踊っている。


「それじゃあ、もう晩御飯の準備しよっか」


 ユリがそう言うと、各々動き出した。


 ククはリズに【晩御飯ができるまでここで待てよ】とだけ伝え、天と一緒に別の部屋に入っていった。


 鵜鷹は武器具を持って地下室へ、セイギは風呂に入りに、灰はユリと一緒にキッチンへと、葵は冷蔵庫からお酒を取り出している。


 リズのすぐそばにいるのは琉那だけになった。


「リズちゃん!これからよろしくね!」


 リズは琉那の言葉が分からない。


 それでも、気持ちだけは伝わった。


 リズは満面の笑みを浮かべた。

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