#4 赤鬼の旅立ち

「あ、チェーンイカれたか。おーいセイギー、あれ取ってくれー」

「ほーい」

 戦闘は十五分もかからなかった。

 

 多くのネフリティスがシシュウ防衛省の撃退砲によって退散し、残った数百体は全て冒険者たちによって討伐された。


 駅の中はネフリティスの残骸が転がっており、すでに解体作業が行われていた。


 他にも、運び出すために多くの冒険者たちが駅の中に待機し、談話していた。


 その冒険者たちの集まりの片隅に灰とリズが居た。


 リズの拳の傷口を消毒し、包帯を巻く。


「これで……よし!あまり変に動かしちゃダメだよ、傷口が開いちゃうから」


 そう言いながら灰は手を動かす。


 灰がさっきから手を大袈裟に開いたり、閉じたり、動かしたりするのは、リズが神語を話すことが出来なかったからだ。


 何語なら話せるかを模索してみた所、蟲語なら話せることが判明した。


 そのため、灰は持ちうる知識の限りを尽くして、リズと何とか会話を成立させている。


 もっと勉強しておけば良かったと後悔している灰だった。


「危ねぇ!避けろ!」

「は?」


 灰が振り返ると、そこには宙を舞う狼族の姿があった。


 灰はそれを視界に入れた瞬間、リズを担ぎあげ回避する。


 リズは一体何が起こっているのか分かっていないのか、ずっと目をぐるぐるさせている。


「なんで飛んで……ってセイギ!?」

「痛ってぇ……おい!クソトカゲ!何してくれてんだゴラァ!」


 ぶっ飛んできた狼族――セイギは群衆の向こう側にいる男に怒声を飛ばす。


 群衆が左右に別れ、その男の通り道をつくる。


 そこに立っていたのはネフリティスの首を斬り飛ばした男、ククが立っていた。


「せめて自覚あれよ、全くよォ」

「自覚だァ〜?自覚もクソもあるかよ!」

「誰がチェーンよこせって言って肉用持ってくるんだよ!つーか途中から完全に嫌がらせだろうが!」

「肉用とか分かるか!」


「なんだなんだ?」

「ククとセイギが喧嘩してんだってよー」

「またかよ」

「怪我しない程度になぁ!」


 いつの間にか、ククとセイギを囲う群衆によって円状の闘技場が出来上がっていた。


「今日こそ決着つけちまえ!」

「やらねぇのか!?」

「やっちまえセイギー!!」

「ククー!ぶちのめせ!」


 心配する声から一変し、喧嘩をそそのかす野次が飛び交う。


「それで、どうするよ?」

「そりゃあ、なぁ?」


 ククが両拳を構える。


 それを見て、セイギも上着を脱ぎ捨て身構える。


 互いが構えた瞬間、先程までの騒がしさが嘘のように静まり返った。


 駅の中に居たほとんどの者がククとセイギの闘いに注目していた。


 皆が息を飲むこの静けさの中、先に動いたのはセイギだった。


 一瞬にして、ククの目の前まで近づく。


 ククは蹴りを放つが、既にセイギはククの背後へ回り込んでいた。


 セイギはその巨大な手でククの胴体を掴むと、頭から地面に叩きつけようと振りかぶる。

 が、ククは両腕で衝撃を全て受け流し、着地してみせた。


 セイギもこれには思わず苦笑いが顔に出る。


 そんなセイギを見て悪い笑顔を見せるククだが、それでも手は抜かない。


 次の瞬間、セイギの首を足で挟み込み、そのまま後方へ叩きつける。


 受身を取れず叩きつけられたセイギだったが、すぐさま立ち治しククへ体当たりを喰らわせた。


 ククの身体は遠く吹っ飛び、周りの群衆がそれを受け取る。


「やってくれたな糞犬!!」

「そんなもんじゃねぇだろクソトカゲ!!」


 ククは観客に押し飛ばされ、セイギの前に戻る。


 二体は闘いを再開した。


 その熱気の最中、灰とリズは群衆の一歩後ろから観戦していた。


「あはは……なんか、ごめんね。いっつもあんな感じだからさ」


 灰は顔を掻きながら恥ずかしそうにリズに説明しているが、リズは大して気にしていない。


 それどころか憧れの眼差しを向けていた。


 教育にあまり良くないと思った灰だったが、それよりもヒートアップして行くククとセイギの闘いを止める手段を探していた。


「あ!居た!団長ー!」


 灰の目線の先に居たのは黒髪の長髪の女性――比嘉琉那ひよしるなが群衆の合間をって歩いていた。


 灰の声が聞こえていないのか周りをキョロキョロと見回しながら歩いている。


 灰はリズをその場に置いて、琉那に近づいてゆく。


「団ちょ――」

「さぁー!寄ってらっしゃ見てらっしゃい!ククとセイギの決闘だよー!どっちに賭けるかはあなた次第!さぁ賭けて賭けてー!賭け金はこちらの箱の中に入れちゃってー!」


 灰は顔面から勢いよく転倒する。


「あっ、灰じゃん。なにしてんの?」

「いえ、何でもないです……」


 灰は不思議そうに聞いてくる琉那に倒れたまま答える。


「おーい!琉那ァー!俺にも賭けさせろ!」

「俺も頼む!」

「はいはーい!」


 琉那は声がする方向へお金がたんまりと入った箱を向ける。


「二体はどっちに賭けるの?」

「俺はククに賭けるぜ」

「俺はセイギに賭ける。そっちの方が面白いだろ?」


 男二体は笑いながら箱に空いた二つの穴にそれぞれお金を入れてゆく。


「それで、琉那はどっちに賭けたんだ?アンタならアイツらの実力は分かりきってんだろ?」


 二体の男のうち鹿族の男が琉那に質問を投げかける。


「ウ〜ン……わたしはそうねー。大穴でクロスさんで!」


 少し悩んだような素振りを見せる琉那だが、最初から決めてたかのようにセイギとクク以外の名を挙げた。


 それに対して、鹿族の男とその隣に立つ神族の男は少し間を置いて大笑いし始めた。


「ブハハハ!!なんだそりゃ!」

「やっぱりお前って奴は面白いなぁ……ブフッ!ダメだ腹痛てぇよ!」


 そんなやり取りを尻目に灰はリズの元へ戻る。


 灰が元いた位置へ戻るとリズは少し離れた、駅内のトイレの上に座って闘いを眺めていた。


「ごめんね、待たせちゃって……これで合ってんのかな……」


 灰は自身の蟲語に不安感をいだく。

 その時だった。


「おやおやー!こんな所に誰が座ってるかと思えば、灰くんではないですかー!」


 ひょうきんな声が灰の名を呼んだ。


「この声は……まさか!」


 灰が上を向く。


 それに合わせてリズも上を向いた。


 その先にある天井に一体の影が重力に逆らう形で立っていた。


 黒いローブで全身を包み、白色のペストマスクで顔を隠した神型の何かがそこには居た。


「クロスさん!」


 神型の何か――クロスは灰に名を呼ばれると、天井から跳び、灰の隣に着地した。


「クロスさん!お久しぶりです!」

「お久しぶりですね〜!少し背が伸びましたか?」

「いや、伸びたり縮んだりしてるからよく分からないけど……そういうクロスさんは仕事の方は?」

「向こう側の仕事もひと段落つきまして、遥々はるばるシシュウまで戻ってきたところですよ。それでー――」


 クロスは円の中心で闘う二体とその周りを囲む群衆を見る。


 灰の心臓が少し跳ね上がった。


「これは一体?」

「えーっとそのー、またククとセイギが喧嘩しちゃって……それでそれを見に沢山集まってきちゃってー……」

「相変わらずですねー、まぁ賭け事をしていないならワタクシはなんでもいいですけどね〜」

「ははは……」


 そう言いながら笑うクロスに対して灰は冷や汗を流しながら苦笑いで乗り越えようとした。


「ほら賭けた賭けたー!早くしないと受付終了だよー!」


 乗り越えられなかった。


「あの、灰くん」

「はい、なんです?」

「いやあの、まずこっちを見てもらって」

「嫌です」

「あらまぁ!反抗期ですこと!」


 クロスは両手で口元を隠しながら揶揄からかう。


「あともう一つだけよろしいでしょうか?」

「僕は何も知りません団長に聞いてください」

「琉那さんに関しては後で叱りますよ。それよりもお隣の女の子はどちら様なのでしょうか?」

「え……あ、こ、ばわ……」 


 リズは言葉が分からないが、それでも自身に向けられた言葉だということを理解し、神語で話そうとするが、上手く声が出ない。


 それを見てクロスは片膝をつき、リズに目線の高さを合わせると、リズの目の前に両手を出す。


【こっちなら話せますか?】


 リズは驚くと同時に安心感に包まれた。


 リズ自身、知らない土地で言葉で助けを求めることも難しかった最中、会話出来る存在が目の前に現れたのだ。


 それがリズにとってとても嬉しかったのだ。


【はい!全然話せます!】

【なら良かったです。さて、まずは自己紹介といきましょう。ワタクシの名はクロス・アルファベット。以後、お見知りおきを】

【よろしくお願いします!リズです!食べるのが大好きです!】

【良い名前ですね。よろしくお願いしますね、リズちゃん♪】


 リズとクロスは一通り会話を終えると、小さく肩を揺らして笑っている。


 そんな二体を見ながら灰は蟲語の勉強をしようと心の中で誓った、その時だった。


 群衆が爆笑の渦に包まれたのだ。


 何事かと灰は円の中心を見ると、そこには転倒したセイギと棒立ちになったククの姿があった。


 ククはスボンを履いておらず、セイギの手にはククが履いていたズボンがあった。


 セイギがククの足を掴み、投げ捨てようとした時にうっかりスボンだけ抜けてしまったのだ。


 二体の急なマヌケさに、観客達は思わず笑い声が溢れ出る。


 やっちまった、と後悔しているセイギに対して、ククの表情は無であった。


 セイギがよそよそしくククにスボンを返すと、ククは何も言わずスボンを履き直す。


 そしてククは群衆を押しのけ、その場から出ていった。


「お!これはセイギの勝ちか!」

「よっしゃ勝ちぃ!」


 周りがセイギの勝利に喜ぶ中、セイギは頭を抱える。


 笑いと喜びに溢れた群衆の声を切り裂くかのようにエンジンをふかす音が鳴り響く。


 また群衆が二つに割れ、出ていったはずのククがゆっくりと歩きながら現れた。


 片手に解体用チェーンソーをたずさえて。


「あー、あのなククよ。オレが悪かったさ、うんオレが百悪い。だから頼むからそれを下ろしてくれよ」

「……す」

「……え?」

「ぶっ殺す」

「え?あの、ククさん?冗談っスよねぇ?ねぇ?ねぇってば!それ以上近づくな!!誰か助けて!!」


 無表情とも受け取れるククの顔からは明らかな殺気と怒気を含んだ感情が飛び出している。


 セイギは恐ろしさのあまり、四足歩行で逃げ出すが、ククも負けない速度で追いかける。


 笑い声に包まれていた駅の中は一瞬にして叫び声によって包まれた。


「あれまー。ちょっと止めてきますねー」


 クロスはそれだけ言い残すと、一瞬にしてセイギの逃走方向に現れる。


「あっ!クロスさん助け――」


 助けを求めるセイギに腹パンを喰らわす。


「な゙ん゙でオ゙レ゙ェ!!……」

「クロスさん?やっべ――」


 反対方向へ切り返したククの正面にクロスは現れ、あごに軽く、こめかみに強く拳を叩きつける。


 ククの身体は一瞬で宙に舞い、力無く地面に落ちる。


「フフフ……フハハハハハハハハハ!!ワタクシ最強!!」

「勝者!クロスさん!」

「ありがとう!ありがとう皆さん!」


 高笑いしているクロスは両腕を挙げ、勝利のポーズを取らせる。


 その隙に琉那は賭け金が入った箱を揺らし、ニヤニヤしていた。


「フフフ……よし!今すぐ一発打ちに行くか!」

「る、な、さん♡」

「ッ!?」


 琉那の肩に金属の手が置かれた。


 琉那はゆっくりと後ろを振り向くと、そこには顔しか笑っていないクロスが立っていた。


「あ、あははは……」

「その箱はなんでしょうかね〜?まーさーか、賭け事で手に入れたお金とかじゃないですよ、ね?」


 琉那は目にも留まらぬ速さで行動に移した。


 金銭が入った箱を群衆の中に投げ捨てたのだ。


 地面に激突した箱は粉々になり、中に入っていた硬貨が音を鳴らし飛び散った。


「好きなように受け取れバカヤロー!」


 琉那はそう叫ぶと群衆の前から姿を消した。


 群衆からは急に現れた金と琉那の奇行によって混乱と化した。


「ハァ!?」

「ふっさげんなあの糞ガキ!」

「俺の金だぞ!いやマジで返せって!」


「うわぁ……」


 その様子を眺めていたクロスは汚い物を見たかのように顔を歪めていた。


「セイギ!起きて早く!」

「すまねぇ団長……もうちょい待っ――」

「起きろ!」

「グブフゥ!!ちょ、オレけが――」

「ほら、ククを担いで早く逃げるよ!テイちゃーん!」


 混乱の中、琉那はセイギを叩き起しククを預けると、翼の生えた女性の名を呼ぶ。


「セイギとククの武器運んでー!」

「もう回収済みだよ」

「ナイス!あとは――」


 琉那が辺りを見渡し、トイレの上に灰の姿を発見する。


 灰の脳内に嫌な光景が浮かぶ。


「ちょ!団ち――」

「ほら行くよ!」

「グブッ!……」「……はぇ?」


 琉那は灰とリズを米俵のように抱えると、全速力で駅を後にした。


 リズは次々と景色が変わりゆく中、心の底から興奮が湧いて出てくることを実感していた。


 少年少女の夢が進んだ。

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