第7話 刀獣咆哮
この時。イオとシスルの胸に同じ思いがあった。
ーー助かるかもしれない。
絶望的だった状況に希望がみえたのだ。
だがーー
「ろ、ロシェ!」
そんな微かな希望を打ち砕くようにおぞましき異形の姿が立ち塞がった。
それは全身を触手に犯され、蹂躙されたくしたロシェだった。
ロシェの穴という穴に潜りこみ、皮膚を突き破り蠢く全触手の先端には、仲間たちの虫の面や蛇の面があった。
「あぁぁ……あっあぁぎぃぃくぅ……」
気丈だったシスルの口から血を吐くような嗚咽がこぼれる。
その声に一瞬だけ男が振り向いた。そして全てを納得したようにわずかに眼を細めた。
「悪いな。オレには。楽にしてやる手段はひとつしか無ぇ」
まるで抱擁するかのように両腕を広げるロシェに向かい、男はゆるりと近づく。
そんな男に向かいロシェの身体からはえる職種が男を包み込む。
「ダメぇ!」
耐えきれずイオが叫んだ。
「むん!」
鋭い呼気とともに、ロシェの身体が大きくたわんだ。
男の拳がロシェの腹部を突き上げると淡い光が弾ける。
全身を蠢く触手が塵となり、ロシェの肢体が姿を取り戻す。
「ロシェ!」
だがシスルの叫びも虚しく、ロシェの身体を濁った触手が覆っていく。
「むん!」
男は両手で剣を握ると、ロシェに向かい振りおろした。
その瞬間、白い光がロシェの身体を貫いた。
「ろ、ロシェ……」
シスルの声に一瞬、ロシェが微笑んだように見えた。
だが既に人の姿をなさぬロシェは、どろりとした粘液を吹き出し二度と動かなかった。
「奴と違ってオレには他に使い方を知らねぇからよ」
男は血振る剣に呟くと、自嘲気味に口を歪めた。
「おい姉ちゃん。詫びの代わりに、アイツも祓ってやるから勘弁しろ」
申し訳なさそうに頭をかくと…男は振り向かず、走った。
それを待ち侘びたように触手が襲いかる。だが男は放たれた矢のように止まらない。
剣をふるい触手を斬り裂き疾走する姿は鬼神のようだった。
だがマディアッシュとて仮にも神の名を冠するものである。
「きゃあ」
男の背後、イオとシスルに虫魚の面をぶら下げた触手が襲いかかる。
それに気づいた男は、懐よりナイフを二本取り出すと、己の指を切り血をつける。
振り返ることなく背後に向かいそれを放った。
血のついたナイフが、二人に襲いかかる寸前の触手を貫くと、ドロリとした粘液を吹き出し地に落ちた。
「下がってろ!」
そう叫ぶと、大きく顎を開いたマディアッシュの核に向かい男は深く踏み込んだ。
きしゃぁぁぁ!
この世のものではない。もはや核となった犬の姿など微塵もない。
そこにあるのは穢れた醜悪な
だが男はまるで釣竿でも放るような緩やかさで剣を振り下ろす。
それを捕食せんとばかりにマディアッシュの触手が蠢き男に襲いかかる。
灰濁色の触手を次々と薙ぎ払い男が走る。
そして穢れの核である犬に向かい剣を振り下ろす。
「ぬおぉぉ!」
男が獣のように叫んだ。
その瞬間、剣から黒い光が迸った!
「あれは……狼ーー」
濁灰神を斬り裂いた黒い光にイオは狼の姿をみた。
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