第6話 刀刃乱舞


 愚鈍そうにも見えるその姿とは裏腹に、男の動きは獣のように鋭い。

 一切の躊躇もみせず、マディアシュのコアとなる犬であったものへ走った。


 だがその身には武器になりそうなものはおろか、盾のひとつも持ってない。強いていうならば、両腕に蛇腹状の籠手をはめているだけである。


「アイツ、剣のひつとも持っちゃいない。無茶苦茶だ」


 シスルが歯を軋らせる。

 だがイオは男の背が玩具を前にした子供のようにみえた。


「心配はいらないと思いますよ」

「アンタ、世間知らずにも程があるぜ。ほらみろ、言わんこっちゃない」


 醜悪な極彩色の触手が四方から襲いかかる。その先端は四つに割れ、無数の棘が蠢いている。

 男のまとうマントが裂け宙に弾けた。


「無茶だ……逃げるぞお姫様!」


 ふたたび森へ向かい手を引こうとするシスル。

 だがーー


「ご覧なさい」


 イオはその手を制し、男を指さした。


「言わんこっちゃない」

 

 男の左腕が、肘のあたりまでが触手にた。


「ほらみろ」


 シスルの口から諦めのため息が漏れる。


 その時だった。

 きらりーーと、金属光が煌めいた。男が喰われた腕を振うと触手が裂けて地に落ちる。


 男の顔に浮かんだのは苦悶ではなく、獰猛な肉食獣の笑みだ。

 いつの間にか男の手には細身の片刃の剣が握られていた。

 

「アイツ、剣なんてどこに」


その答えは直ぐにわかった。背中に鞘が残されている。マントの下に隠していたのだろう。


 襲いかかる触手に向かい男が剣を振るう。反りのある細身の剣はカミソリのような鋭さで、触手を次々と斬りおとしていく。


 右から襲う触手を剣で弾くと、下から襲う触手を踏みつけ跳んだ。


 腹に食らいつこうとしたヤツを剣の柄で殴ると触手は弾け飛んだ。


「こうなると犬っころも可愛げもクソもねぇなぁ」


 生前、犬だったモノの前に立つと、男は苦笑する。


「引導渡してやるよ」


グルリャあるるぁ!


 ワームとも蛇ともつかぬ無数の触手が捻り絞り、一本の太い鞭となって男に襲いかかった。


 男は手で握った剣を鞭のように振るうと、それを両断する。

 朧げに燐光を放つ刀身に斬られると、触手は溶けるように消えていく。


「あ、アイツなにものなんだよ」


 逃げることも忘れ、シスルは男の動きから眼を離せなかった。

 

「かぁ〜キリがねぇな。こりゃ」


 泣き言のように聞こえるが、男の声には余裕が感じられる。


 もしこの場に傭兵団いたとしても、あそこまで戦えまい。それは正規の騎士団だとて難しいかもしれない。


 それをたった一人でーー


「すげぇ……」


 シスルの口から感嘆のため息が漏れる。それとは対照的に、イオは男の姿を食い入るように見つめていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る