第8話 函館の夜、タナベ君からの思わぬ質問に苦しまぎれに答えたらドヤ顔で納得された話
これももう22〜3年前の話だな。
当時会社の同僚だったタナベ君とワカバヤシ君と俺の三人で青森から函館へと旅したことがあったのさ。
ちょうどJRが青森〜函館エリアを周れる企画切符を発売したときだったんでね。
ワカバヤシ君の希望で、
「ブルートレイン(寝台特急)に乗ってみたい!」
ってことだったので、5月の休みに上野駅から"寝台特急あけぼの"に乗って行った。
翌朝は弘前で下車し、岩木山など周辺を観光して周り、その日は世界遺産白神山地麓のバンガローに泊まった。
津軽エリアは芽吹きの季節で、若緑の色づきが始まった景色が美しかったね。
翌日は列車で青函トンネルをくぐって北海道の函館に行った。
函館では市場で海鮮丼を食べたり、さらにちょっと足を延ばして、蝦夷駒ヶ岳を望む大沼公園まで列車に乗って行った。
ここまでが企画切符フリーエリアの北限駅だったのね。
夕方、函館市街に戻って俺たち三人はホテルに入った。
さて、函館に来たからには、日本三大夜景の一つであるこの街の夜景をどうしても見たい!
って訳で夕食を済ました俺たちは夜、ホテルを出て、市街の南端から上がる函館山ロープウェイに乗った。
函館山は市街の南に突き出た、三方が海の半島の頂きとなる山だ。標高は334メートルで、東京タワーと同じくらいの高さがある。
ロープウェイが上がるにつれて、木々の間から市街の夜景が見え始めた。
「おぉっ!すげ〜綺麗じゃん」
早速ワカバヤシ君が感嘆の声をあげた。
山頂駅でロープウェイを降りて展望台に行ってみると、北側下には市街の夜景が、南側下には津軽海峡の暗い海原にイカ釣り船の明かりがパラパラと散らばっているのが見えた。
上空には星がキラキラと輝いていた。
5月の北海道のまだ冷たい風に吹かれながら市街の夜景を眺めつつ、俺は
「函館山から見るこの眺めは"百万ドルの夜景"って言われてるんだぜ!」
と二人に言った。
「確かに!…他では見れないよなぁ、この景色は」
ワカバヤシ君が応えた。
…しかし予想外の反応を見せたのはタナベ君だった。
「で、誰が?」
タナベ君がそう言った。
「えっ⁉」
瞬間、俺とワカバヤシ君が固まった。
「百万ドルの夜景って言われてるんでしょう?…誰がそう言ってるの?」
全く唐突に思いもよらない質問をタナベ君はして来たのだ。
しかも表情を見たら冗談抜きの真顔での質問である。
俺は大いに戸惑い、内心で狼狽したが、彼の真剣な顔を見たら何とか答えを示さなければという強迫観念に襲われていた。
「ん〜〜…たぶん、函館市、観光協会の人!」
苦しまぎれにとっさにそう答えると、何故かタナベ君は急にドヤ顔になって、
「ふ〜ん、やっぱりね」
と言って納得した様子だった。
俺は訳も無くホッとして、その後三人で山をおりた。
下りのロープウェイの中で、ワカバヤシ君が俺にボソッと囁いた。
「…タナベ君って、面白い人だね!」
っていう話でした。
第8話 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます