第3話 年末にポリタンクを手にしたサダジが俺の目の前で驚異的な跳躍を見せた話
父親サダジの話さ。
昭和の時代、サダジは燃料店をやっていて、俺も高校を卒業してからは親子2人で仕事をしてたんだよ。
当然ながら燃料屋は冬に忙しい商売、特に師走年末の時期は猫の手も借りたいくらいのせわしなさだったね。
あれはクリスマスが過ぎて大晦日までの間の、忙しさMaxの時だったな。
サダジと俺はひっきりなしに入って来る、灯油の注文配達業務に追われていた。
当時、ウチは燃料供給会社から灯油をドラム缶で仕入れて来て、自家倉庫内でポリタンクに18リットルづつ配分し、それを持って注文先へ配達していたのさ。
って訳で年末の夕刻、サダジと俺は灯油倉庫の中から、配達用トラックにせっせと灯油のポリタンクを積み込む作業をしていたのね。
「今日の注文分はこれで終わりか?」
「いや、たぶんまだこれから何本か入ると思うぜ!」
などと言いながらクルクルと俺たちは倉庫とトラックを往復していた。
18リットル灯油が入ったポリタンクは、だいたい15キロ半くらいの重さがある。両手で持てば31キロだ。
寒い冬でも、灯油の配達をするとうっすら汗をかく。
…倉庫の中のポリタンクは車に積まれてどんどん無くなって行く。
2人で積み込みして、ポリタンクは最後の1つになった。
サダジがそれを、
「ヨイショッ!」
と持ち上げた瞬間、驚くべきことが起こった!
人間の思い込みとは恐ろしいもので、15キロ半を忙しい中、全力で持ち上げる時には当然かなりのパワーを込めての動作になる。
何と、最後のポリタンクは空だったのだ。
俺の前でサダジはポリタンクを手にして飛んでいた!
それも驚くべき高さで跳躍していたんだ。それこそ倉庫場のバカジャンプさ!
ここで不幸中の不幸だったのは、持ったポリタンクが1つだったことだ。
両手に1つづつだったなら、ジャンプは真上に垂直跳びになり、着地は同じ位置になる。
サダジは80度くらいの角度に斜めに飛んでいた。
俺も突然のことで驚いたが、もっと驚いた表情だったのは当の空中サダジだった。
(オレは何故飛んでいる!?)
って顔をしていた。
空中で放物線を描いたサダジは倉庫の隅のドラム缶に腰をぶつけて落ちた。
「痛てて〜〜っ!」
顔をゆがめてうずくまるサダジだったが、俺はこのあまりにもマンガみたいな出来事に大笑いしていた。
サダジは少しの間、腰をさすっていたが、待った無しの仕事に2人でまたすぐに取り掛かった。
まぁ、この時のサダジはけっこうタフな奴だったよ。
…っていう話でした。
第3話 完
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