第2話 冬の木曽路へ旅したら気の良い中田君が雪の電話ボックスに華々しく散った話

 俺が昭和の若造だった頃の話さ。

 

 正月休みに高校時代同級生だった友だち数人と木曽路へ旅したのね。


 って訳で明けましておめでたい仲間と俺は新宿から国鉄中央線の急行アルプスに乗って楽しく出発した。


 列車が大月を過ぎ、トンネルを抜けて甲府盆地に出たらもう真っ白な雪景色だったよ。

 この時の冬は寒くて例年になく大雪だったのさ。


 塩尻で列車を乗り換え、雪の木曽谷へと向かい、その日はまるで江戸時代にタイムスリップしたかのような街並みの妻籠宿へ泊まった。


 翌朝はバスで雪の山路を馬籠宿へ。


 馬籠宿にてみんなで写真を撮った後は、バスで山を下りて麓の国鉄の駅に向かい、列車に乗って次の宿泊地、木曽福島へ向かう予定なのね。


 って訳で馬籠宿バス停で俺たちはバスを待った。

 俺たちの他には先頭に地元の人らしい娘さんが一人、バスを待っていた。 

 20歳くらいの、小柄で可愛い女の子だった。


 …しかしバス停の表示時刻になってもバスは来ない。

 バス停には俺たちとその娘さんしかいなかった。


 やがて娘さんは灰色の雪空を見上げ、ため息をつくと、俺たちに話しかけて来た。

 「…ご旅行で来られた方々ですよね、駅に向かうバスは、たぶんこの大雪なんで臨時運休になったんだと思います!…この時刻で来ないってことはもうバスは諦めてタクシーを呼ばないと駅には行けないですよ、…タクシーも、早く呼ばないと台数が多くないので急がないと!…私は駅に向かう途中で降りる予定なので、あなた方と一緒にタクシーに乗せてもらえませんか?」


 俺たちはそれを聞いて驚いたけど、地元の人が言うことだからそうなんだろうなと一緒に雪空を見上げて思った。

 「タクシーを呼ぶ方法は?」

 その時、俺らの仲間内の中から中田君が娘さんに尋ねた。

 彼は181センチの長身で眼鏡をかけた気の良い奴だ。

 「目の前の坂を下ったところに電話ボックスがあります、…ほら、あそこに電話ボックスの頭が見えますよね?ガラス面にタクシー会社のステッカーが貼ってあるので番号も載っているはずです!」

 「よし了解っ!!」

 娘さんの言葉を聞くやいなや中田君は下り坂に向かってダッシュした。


 そして次の瞬間!


 「あ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 中田君の絶叫が聞こえた。


 俺たちと娘さんが思わず身を乗り出して坂道を覗くと、その坂道は表面がガンガンに凍結していて、革靴の中田君は直立した格好のまま滑降していた。

 そして俺たちが固唾を呑んだ瞬間!

 「バーン!」

 電話ボックスのガラス面にまともに中田君は激突し、眼鏡が宙を飛び、当人は凍った雪面にパタリと倒れた。


 俺たちは突然の悲劇に戸惑うよりもまず、このギャグ漫画みたいなシーンを見て、娘さんとともに腹を抱えて大笑いしていた。

 それくらいに中田君の散り様が見事だったのだ!


 ひとしきり大笑いした後、

 「中田く〜ん、大丈夫〜?」

 みんなで叫ぶと、彼はのっそりと起き上がり、

 「大丈夫だよこれくらい!…俺は不死身の男だぜ!」

 と強がったので、

 「あっそ、じゃあタクシー呼んで!」

 みんなで応えた。


 …タクシーは30分後に到着し、娘さんと乗り合いで駅に向かった。

 途中で娘さんが降りると、運転手のおじさんが俺たちに話しかけてきた。


 「あの娘さんは、地元の名家のお嬢様なんですよ~!」


 という訳で駅までの車中では、娘さんの話題で運転手さんとの会話が盛り上がり、スター中田君の散り様のことはもはやアッサリと忘れ去られて行ったのである。


  

 …って話でした。




第2話   完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る