どうでも良いよな思い出ギャラリー😆
森緒 源
第1話 たどり着いた宿を目の前にして崖から飛び降りるつもりで崖から飛び降りた話
もう20年くらい前の話なんだけどね。
当時勤めていた会社の社員旅行があったのよ。
行き先は福島県のいわき湯本温泉。
季節は確か秋だったな。
会社の発表では、夜の宴会費、二次会までコンパニオン付きで用意するので、その代わり交通費は社員各自で!…ということだった。要するに現地旅館集合&解散て訳ですよ。
「森緒さんはどうやって宿に向かうつもりなんですか?」
同僚のサクラザワ君がそう言って来たので、
「JRの特急スーパーひたちで行くよ、俺は鉄道好きなんでね」
と答えると、
「良いなぁ、特急電車かぁ…僕も一緒に乗ってもいいですか?」
と言うので、俺は了解して、当日は上野駅で落ち合おうってことになった訳ね。
旅行当日は秋晴れの良い天気だった。
俺とサクラザワ君は昼頃に上野駅で会って、駅弁やら缶ビールやら買い込み、E651系ホワイトボディーの特急スーパーひたちに乗り込んだ。
乗車時間は約2時間、二人寛ぎつつ途中車窓左に筑波山、車窓右に太平洋の海原など見ながら列車は時刻どおりに湯本駅に到着した。
駅を出たら、泊まる宿はすぐに分かった。
駅前通りの先にこんもりした丘があり、その丘の上に見える高層の建物が会社の用意した旅館だった。
ざっと見た感じ、歩いても10分かからない程度の距離に思えたので、俺たち2人は宿へと足を向けた。
駅前通り突き当りから階段を登って丘に上がると、木々の間に遊歩道が宿に向かって続いていた。
「たまにはこういうシチュエーションの社員旅行も良いねぇ」
などと会話しながら俺たちは林間の道を歩く。
ところが!
だんだんと宿の建物が近づいて来たと思ったら、何と丘の反対側は崖になっていて、遊歩道は行き止まりになっていたのだ。
もう旅館の建物は目の先50メートルのところなのに、遊歩道の先は崖、崖下はアスファルトの宿泊客用駐車場になっていた。
「…どうする?」
俺たちは顔を見合わせて呟いた。
「とりあえず何とか降りられるところまで降りましょう」
サクラザワ君はそう言って、途中に生えている木につかまりながら崖を降り始めた。
…仕方なく俺も続いて降りる。
どうにか下の地面近くまで必死に降りてみたら、もうその下はコンクリートで固められた、ほぼ垂直な壁になっていた。
壁の高さはおよそ2メートル半くらいに見えた。
…宿はすぐそこなのに!
俺たちは唇を噛みながらしばらく壁の上に佇むしかなかった。
…しかしここで諦めるとなると、今降りて来たこの崖を上まで登り、遊歩道を引き返し、丘を大きく迂回する街中の通りを遠回りして歩かねばならないことになる訳で、そんなことは今さら冗談じゃ無いぜ!って話だし。
「…飛びましょう」
サクラザワ君が俺に真剣な顔を向けて言った。
「…飛ぶか!」
俺は応えた。
俺たちは背負っていたリュックを先に下に落とし、お互い目で合図を測ると、
「せ〜のっ!」
と叫んで飛んだ。
地面に着地すると、2人はアスファルトの上をごろごろと転がり、大の字になって止まった。
はぁはぁと荒い息を吐きながら伸びていたら、上の青空をさえぎるように横から女性の顔がヌッと現れ、
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
と笑顔で言った。
…着物姿の旅館の女将さんだった。
「…昔は丘からこちらへ降りる道があったんですけど、大雨が降った年に崩れてしまって、コンクリートの壁になってしまったんですよ」
フロントでチェックインの際に女将さんは俺たちにそう話した。
「崖にお二人を見つけてね、飛び降りるかな〜?…とドキドキしながら実は見ておりました」
ちょっと笑いをこらえながらさらに女将さんは言って、俺たちは薄ら恥ずかしい宿入りとなった訳ですよ。
…というお話でした。
第一話 完
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