ポスト・シチュエーション・ラブ
紫鳥コウ
ポスト・シチュエーション・ラブ
「凛……先輩」
「凛」
「りっ、凛……先輩」
「凛」
「凛!」
相手をどう呼ぶのかに困るのは(勇気がいるのは)、彼女が「先輩」であるときだ。
《陽と月のように、海と山のように、法則として、地形として、二面性をそなえる。恋愛とは、そう「あるべき」なのだ》
という、ありふれたような(?)格言はともかく、ふたりきりのときだけ呼び捨てに「するべき」なのらしい。とりあえず、付き合っていることは、秘密なのだから。
しかし「べき」というものを取り払った先に、なにか大切なものがあるような気がする。それこそ、陽と月が「天体」とくくれてしまうように、海と山が「自然」とまとめられるように。「し続ける」じゃだめなのだろうか。
研究室の風紀を守るべき……という反論があるとしたら、たぶんそれは、当たっていると思う。なにふたりで「いちゃいちゃ」しているのだ――と。
しかし、ずっと「凛」と呼び続けることが、どうして、風紀(というか調和?)を乱すことに繋がるのか。それを説明することができるだろうか。
ファミリーレストランで食事をしているいま、「凛」と呼ぶ練習をさせられているわけだけれど、やっぱり、研究室でのクセが抜けない。
「藤野くん……じゃない。ひっ、弘樹くん……ひろ……き。弘樹!」
「はい!」
「よし!」
先輩だって、ぼくの下の名前を、すんなりと呼べない。
「ひっ、弘樹」
「りっ……りっ、凛」
「よっ、よろしい。じゃあ、いまから恋人どうしに戻る……ということで」
「はっ……はい!」
ちょうどそのとき、ナポリタンとカルボナーラが運ばれてきた。
* * *
《ふーん。じゃあ、わたしより好きなんだ。あっそう》
〈違うって! 妹が一緒に観てほしいって、どうしても聞かないから〉
《電話をしようって、約束してたのに》
たしかに九時から電話の約束をしていたのだが、妹がホラー映画を一緒に観てほしいと頼みこんできたので――というか、一緒に観てくれないと、「あのことをお母さんにバラしちゃうよ?」と脅してきたので……でも凛は、もうすっかり
《好きって、十回言って》
〈なに、突然?〉
《いいから、十回言って! 好きって!》
素直に「好き、好き、好き……」と十回、呪文を唱えるように、反復する。
《弘樹が一番好きなのは、だれ?》
〈え? もちろん、凛だけど〉
《ちょっ、当然のような感じで、さらりと言わないでよ……恥ずかしいじゃん》
〈だって、当然のことだし……〉
《ずるい……そういうのは、ずるい》
〈えっ?〉
《そんなの、許しちゃうから……》
どうしてか、電話になると「カップルっぽい」会話をすることができる。顔が見えないからだろうか。それとも、周りにひとがいないからだろうか。
* * *
永遠の愛を誓うことは、あまりにもかんたんだった。
それに、すっかり「凛」と呼べるようになったし、しっかり「弘樹」と呼ばれるようになった。
「弘樹……かまってよ」
「ちょっとまって。カバーレターを書いてしまわないと」
「んー、じゃあしかたないね……でもなあ、ほしいなあ」
「……凛、目を閉じて」
「勝手に、閉じちゃうものだよ?」
下の名前を呼ぶことに、なんのためらいも、はばかりもいらなくなったのに、こうしたことは、まだまだ恥ずかしい。ぜんぜん慣れない。
「んっ」
長くなってしまうのは、はなれたあとに、どんな顔をすればいいか分からないからなのだけれど……でも、このことばかりは、慣れたくないと思ってしまう。
と、いまでは、まったく違った「付き合い方」をしているわけだけれど、陽と月が一緒に空に顔を見せているような気分だ。
これは、結婚したからだろうか。いや、こうして、「家」という新しい場所が、人工的に作られたからだろうか。――(了)
* * *
わたしは、こういう小説も書けるのですよ。しかも、ちゃんと「テーマ」まで設定してありますから、深読みをしてくださる読者の方も、中にはいるかと思います。
それに、その「テーマ」を題名にすれば、もっと〈深淵をのぞく〉読者が増えることでしょう。
ですから、この短い原稿を載せて下さい。とても短いですから、誌面の邪魔になりません。
題名は『ポスト・シチュエーション・ラブ』で、どうでしょう。どうぞよろしくお願いいたします。
(たまには家族に、美味しいものを食わせてあげなきゃならないのです。素直に言えば、お金がほしいのです。頼みます。原稿をもらってください。今度こそ、採ってくださらないと、困るのです。追記。頓首)
〈了〉
ポスト・シチュエーション・ラブ 紫鳥コウ @Smilitary
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