第12話 召喚士は弟子にされる





 晴天が星空に染まる。


 それは明らかな異常事態であり、ナジアを少なからず動揺させた。



上位天使グレーターエンジェリオン……。神の眷属を召喚しおったのか。ちと驚いたの」



 巨大化した召喚陣からズズズと姿を現したのは、カラクリ仕掛けの天使だった。

 一見すると巨大なメイスを片手に持った女性の彫像にも見える。


 随所に見られる歯車が一定のリズムで回転し続けており、鋼鉄と思わしき材質で作られている翼が不気味に脈動していた。


 うっわー、何あれキモい……。


 でも成功した。限界まで魔力を注いだら、とんでもない怪物を呼び出せた。満足だ。


 しかし、ナジアは不満そうだった。



「驚きはしたが、上位天使はその更に上位の個体であり、神の代行者でもある最上位天使ハイグレーターエンジェリオンの命令でしか動かぬ木偶の坊。ましてや魔力濃度の薄いこの場所で召喚したところで、魔力生命体であるそれは時間と共に消滅するじゃろう。見たところ召喚陣は独学のようじゃが、センスは感じられる。しかし、試験は儂に一撃を当てるというもの。不合格じゃな」


「はは、何言ってんのか分かんない……」



 辛うじて口の動きで分かるが、鼓膜が完全に破れている。音が何も聞こえない。


 これは帰ったらカナンに治療してもらわねば。


 それはそれとして、試験の内容はナジアに一撃を与えるというもの。


 俺は掠れた声で命令した。



「攻、撃……しろ……」



 ナジアを指差して上位天使に攻撃を命令する。


 すると、上位天使の目が赤黒く輝いて、手に持ったメイスを振り上げた。



「!?」



 俺に背を向けていたナジアがギョッとした表情で上位天使を見た。


 そして、俺にも同様に驚いた顔を見せる。


 そのまま彼女の視線は俺の展開した召喚陣に向けられて、唖然としているようだった。



「……驚いたのじゃ。本当に」



 次の瞬間、メイスを振り下ろす前にナジアが放った魔術の極太ビームが上位天使の胴体を貫き、風穴を空けた。


 せっかく召喚した上位天使が、端から崩れて魔力の粒子になってしまう。


 俺が呆気に取られていると、ナジアは無言で俺に近づいてきて、治癒魔法をかけてきた。

 耳、目、鼻、喉にあった違和感が消えて、血が止まる。


 神官でもないのに治癒魔法を使えるのか……。



「お主、その召喚陣はお主のオリジナルか?」


「あ、はい」



 急にナジアに聞かれ、俺は素直に頷いた。



「なるほどのう。永続的な服従の契約が難しい代わりに、一回きりの強力な命令権を有するのじゃな。この召喚陣であれば、たしかに最上位天使の命令にしか従わぬ上位天使に命令することができる。強制力が段違いじゃ」


「ええと、まあ?」


「……なんじゃ、お主。自分の使っておる召喚陣の特徴を正確に把握しておらんのか。逆に凄いの、お主」



 俺の召喚陣は独学だ。


 実家の本棚にあった『ゴブリンでも分かる召喚術の基礎〜これが理解できなかったらお前ゴブリン以下な〜』で勉強した。


 所詮は基礎なので本格的な内容は記されておらず、俺はそこから自力で召喚術を習得した。


 だから知らない効果に驚いている。



「……ふむ。お主は魔力の練りが甘いのう」


「練り?」


「人間は生まれた時点で魔力量が決まっておる。それは努力で埋められぬ、才覚の領域。しかし、魔力を練り上げることで密度を上げることができる」


「あー、なるほど。魔力量という器に煮詰めて煮詰めて濃度を高めた魔力を容れておく、と」


「その通りじゃ、理解が早いのう。ちとやってみるのじゃ」



 俺はナジアに言われるがまま、魔力を体内で練り上げようと試みるが……。



「あれ? 上手く出来ない……」


「いきなり出来たら苦労はせん。それを日常的に、朝起きて飯を食い、夜風呂に入って寝る時も常に続けるのじゃ。そのうち慣れよう」


「あ、はい。頑張ります」


「うむうむ、励むが良いぞ」



 と、その時だった。


 本来の試験官であった青年が、少し言いづらそうにナジアに声をかける。



「ナジア様。申し訳ないのですが、今は試験中です」



 そこまで言われて俺もハッとする。


 他の受験者たちの視線を一身に集めており、中には上位天使やそれを瞬殺したナジアを見て震えている者までいる始末。


 ナジアは思い出したように辺りを見回して、楽しそうに笑った。



「くふふ、試験ということを完全に忘れておったわ。お主、名はなんと言うのじゃ?」


「アスターです」


「む、どこかで聞いたような……。まあよい。お主は儂の弟子にする」


「えっと、それは合格ってことですか?」


「そうじゃ。お主は基礎こそ未熟じゃが、筋は悪くない。大魔女ナジアリーゼの弟子を名乗ることを許してやるのじゃ」



 ……え?


 一瞬、ナジアが何を言っているのか分からず、思考が停止してしまった。


 他の受験者、特に若い層も同様だ。


 年配の受験者は「うわー、やっぱ本物だ」みたいな反応をしている。



「え、ご本人、ですか?」


「無論じゃ。まあ、普段は研究室にこもっておる故、知る者は少ないじゃろうがな」



 大魔女ナジアリーゼ。


 魔術師ならば誰もが聞いたことがある、魔術都市を治める六人の魔女の一人。


 ナジアという名前を聞いた時点で気付くべきだった。

 目の前の十代前半に見える少女は数百年の時を生きる魔術師だったらしい。



「ほ、本物なのか?」


「ま、間違いない。あの大魔女の名を騙る者がいるわけがないからな」


「大魔女ナジアリーゼって、あの?」


「き、聞いたことがある。大昔に大陸と海の半分を消滅させかけて世界中で指名手配されている、大罪人!!」


「中立都市である魔術都市だから辛うじて逮捕を免れている、生粋の魔術狂い!!」



 そう、大魔女ナジアリーゼの名前を知らない者はいないだろう。


 主に悪い意味で、だが。



「くふふ、如何にも儂こそナジアリーゼ。『天災』の大魔女ナジアリーゼなのじゃ!!」



 どうやら俺は、ナジア改めナジアリーゼという悪名高い魔術師の弟子にされてしまったらしい。


 『天災』の大魔女ナジアリーゼの弟子、『千災』のアスター。


 ……どうしよう。

 ちょっぴりカッコイイと思ってしまっている俺がいる。


 でもまあ、一発で合格できるとは思っていなかった試験を突破したのだ。


 しかも悪名高いとは言え、大魔女の弟子。


 俺は急いでフィレアやカナンが待つ宿屋に向かい、ささやかなお祝いエッチに耽るのであった。









―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「お祝いエッチとは」


ア「……」


作者「あ、あと明日で打ち切ります」


ア「!?」



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