第9話 Sideフィレア





 早朝。


 私は誰よりも早く目を覚まし、隣で眠る彼の横顔を見つめる。


 エッチする時は動物みたいに激しいし、お尻が赤くなるくらい叩いてくれる彼からは想像できないくらい、寝顔が可愛い。


 ただ一つ気に入らないとすれば、カナンとの扱いの差だろうか。


 カナンは七回、私は六回だった。


 思い出したらムラムラ――じゃなくて、ムカムカしてきたので、まだ眠っている彼にこっそりイタズラすることにした。


 私は毛布の中に潜り込む。



「何をしてるんですかぁ?」


「カ、カナン!? あ、貴女起きて!?」


「昔から眠りが浅いものでぇ」



 どうやら先客がいたらしい。


 毛布の中で綺麗な青色の瞳と目が合い、思わず心臓が跳ねる。


 本当に驚いた。


 悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたいくらいにはびっくりしてしまった。



「ちょ、ちょっと。貴女、何をしてるのよ」


「アスターさんの朝の処理ですぅ」



 淡々と言ったのは女神教が女神の代行人として認めた少女、聖女カナンである。


 私はカナンが苦手だ。


 嫌いなのではない。何を考えているのか分からなくて怖いのだ。


 カナンは常に目を細めて柔らかい笑みを浮かべているが、その瞳は常に『無』。

 喜びも怒りも、哀しみも何も無い、ただただ無機質な目だ。


 人の形をしている別の存在と言われる方が遥かに納得できる。


 私は基本的に相手が何を考えているか分かる。


 思考を読めるのとは少し違って、相手の些細な言動から察してしまうのだ。


 カナンの場合はそれが無い。


 人が緊張している時や不安を感じている時に見せる癖が全く無いのだ。

 だからこそ何を考えているのか分からず、苦手なのである。


 それはまあ、置いておくとして。



「彼の朝の処理は私がやるわ」


「おや、一人占めですかぁ。そう狭量では愛想尽かされてしまいますよぉ」


「よ、余計なお世話よ」



 口では強がってみせたが、愛想尽かされるのは嫌だな……。

 そう考えると気になってきたのは、彼は私のことをどう思っているのか、だろう。


 私は自分の容姿に自信がある。


 故郷では交際をすっ飛ばして求婚の手紙が毎日届くくらいだった。


 スタイルも良いとは思う。


 胸はカナンと比べると小さいかも知れないが、平均よりは大きいはず。


 愛想は……正直、良い方ではない。


 父からは「女らしい振る舞いを覚えろ」と口を酸っぱくして言われていたものだ。

 まあ、そういう父を拳で黙らせるくらいには愛想が良い方ではない。



「もっとご自分に自信を持った方が良いですよぉ」


「え?」



 不意にカナンが話しかけてくる。


 まるで私の思考を見透かしているような発言に薄ら寒いものを感じた。


 しかし、カナンは構わず言葉を続ける。



「回数は私の方が上でしたけどぉ、量と濃さはフィレアさんの方が上でしたしぃ」



 量と濃さ……。


 た、たしかにお腹が苦しいくらいには量もあったような気がしなくもない。



「そ、そうかしら?」


「はい。量は私よりも五割、濃さは八割増し程度かとぉ」


「……どうして分かるのよ?」


「私は女神様から真実を見抜く目を授かっていますのでぇ。目で見たものを情報として取得することができますぅ」


「!? そんな神聖そうな力をそんなことに使っても良いの!?」



 私がそう言うと、カナンはサッと目を剃らしてしまった。


 どうやら本当は駄目らしい。



「というか一つ思い出したのだけど」


「なんですぅ?」


「聖女ってたしか、代々勇者と結婚するんじゃないの?」



 私の出身である東方国家群は鎖国しているが、それでも聞こえてくる話だ。


 女神の加護を授かりし勇者と、同じく寵愛を受ける聖女は結婚し、子を為すのが役割と言われている。


 ベイルがどう思っていたかは分からない。


 しかし、少なくともカナンはベイルに対して何とも思っていないようだった。



「フィレアさんは、どう思いますかぁ?」


「え?」


「私が勇者様と結ばれるべきだと、そう思いますかぁ?」



 その時、微かにカナンの瞳が揺れ動いていた。


 普段は何の感情も見せないカナンから、たしかな動揺を感じ取った。



「そうね。一旦、貴女やアスター、私たちの関係を考慮しないものとするなら――クソッタレね」


「クソッタレ……」


「ええ。言い出した私が言うのも少しアレだけど、恋愛や結婚くらい、本人の好きにするべきだと思うわ。女神様もそこまで狭量じゃないでしょうし」


「……」



 あくまでも私個人の考えだけどね、と念を押しておく。


 仮にもカナンは女神教で教皇に次ぐ権力を持つ人物だしね。

 あまり教会の伝統や歴史を批判するようなことは言わない方が良いだろう。


 そう思っていたら、カナンはいつものように目が笑っていない微笑を浮かべた。



「やっぱり私ぃ、フィレアさんのこと好きですぅ」


「きゅ、急に笑って何よ。気味が悪いわね」



 そう言うと、カナンは再び表情が抜け落ちたように笑みを失くした。



「とは言え、聖女が勇者の妻になるのはしきたりですからぁ。私に拒否権はありませぇん」


「……そう」


「まあ、簡単な話ですぅ。愛している人と結ばれたいならぁ、その人を勇者にしてしまえば良いんですぅ」


「え?」



 カナンが何を言ってるのかを理解するまで、数瞬の時を要した。


 愛する人を勇者にする、ですって?



「それは、どういう? もしかして、それがハーレム王化計画とやらと関係があるの?」


「……ふふふ、ここから先は内緒ですぅ」


「ちょっと!! 気になるじゃない!! 教えてよ!!」



 突拍子も無い話だとは思っていたけれど、彼女なりに彼と結ばれたくて練った計画なのかも知れない。


 そう思うと、頭ごなしに否定するのもどうかと思ってしまった。


 私は私以外の勇者パーティーの女性陣が彼に恋心を抱いていることを知っていた。

 その上で、私は彼と二人きりなのを良いことに抜け駆けした。


 そして、それをちょっぴり申し訳なく思っていた。


 苦手な相手でも、応援したくなるくらいには。


 でも、少なくともタダで彼の心を譲ってやるつもりは微塵も無い。



「負けないわよ。彼の一番は私なんだから」


「私はぁ、別にアスターさんの二番目の女でも良いんですけどぉ」


「……張り合いのないことを言わないでよ。一人ヤル気満々なのが馬鹿みたいじゃない」



 と、その時だった。



「な、なあ、二人とも俺の毛布の中で何やってんだ?」


「あっ」


「朝のご奉仕ですぅ」



 ずっと目の前に彼のものがあるのを忘れて、つい話し込んでしまっていた。


 私たちは奪い合うのをやめ、二人で彼の朝の処理をしてから、魔術学校に向けて出立するのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「うらやま死すがよい」


ア「え?」



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