第4話 召喚士は恋バナを咲かせる




 ことの発端は数十分前。



「あんちゃん、頑張れよ!!」


「え?」



 そう言って大工のおっちゃんが手渡してきたのはテント一式だった。

 有事の際に寝泊まりできるよう、定期馬車便の馬車に備えられている簡易式のテントである。


 大工のおっちゃんの言っている意味が分からず、困惑していると。


 他の乗客もニヤニヤしていた。



「あの嬢ちゃん、あんちゃんのコレだろ?」



 大工のおっちゃんは小指を立てて、心底楽しそうに笑っている。


 いや、違うけど。



「つーかまあ、テントの数が足りなくてな。知り合いや身内は一緒に使ってくれって話になってんだ」


「あ、あー、そういうことですか。分かりました」


「そういうわけだから、頑張れよ!!」



 だから何を!?


 という感じで俺とフィレアは同じテントで過ごすことになったのだが……。


 正直、侮っていた。


 自分の女に対する情欲を、人間の三大欲求たる制欲を舐めていた。



「……すやすや……」



 俺の隣でフィレアが眠っている。


 心なしか、甘い匂いがテントの中に充満しているのだ。


 過ちを犯す前に眠らねば。


 そう思っても、下半身も目もギンギンになって中々どうして寝付けない。


 くっ、テントを出て鎮めてくるか……。



「ねぇ、アスター」


「!? あ、な、なに?」



 急に声をかけられてビクッとなる。どうやら目覚めてしまったらしい。



「貴方って、好きな人とかいるの?」


「え、このタイミングで恋バナ?」


「あら? 何か不都合なタイミングだったかしら?」


「いや、そういうわけでは……」



 そうだよな。


 話してるうちに鎮まるかも知れないし、ここはフィレアの雑談に付き合おう。



「えーと、好きな人だよな? いないこともないが」


「へぇ? どういう人? 故郷の国にいるの?」


「いや、えーと」



 すぐ隣にいます。



「何よ、煮え切らないわね。私はいるわよ」


「え!? だ、誰!?」



 勇者パーティーにいる間はこういう話をしなかったから驚愕した。


 フィレアに好きな人がいる、だと。


 どうしよう。

 いや、フィレアだって人間だし、何もおかしいことではないのだが。



「ふふ、誰でしょう? ちなみに貴方も知ってる人よ」



 何その答え!! 気になるじゃん!!


 しかも俺の知ってる人って。……俺が知ってる男って言ったら……。



「ベイル、とか?」


「冗談でもやめて」


「あ、はい」



 となると、誰だろう? 旅の途中で出会った男の人だろうか。



「本当に分からない?」


「分かんない」


「ならヒントをあげるわ。その人と初めて出会ったのは、勇者パーティーに加入するメンバーを決める世界会議の場だった」


「え? そんな前の話?」



 勇者パーティーを結成した世界会議が行われたのは三年前だ。


 流石に三年前、あの場にいた男の顔など覚えちゃいない。


 困った。本当に誰か分からない。



「その人は最初に『やべーよ。ここバケモンしかいねーよ。俺には無理だよ。でも王様の期待は裏切れないし……』って一人でぶつぶつ言ってたわ。正直、ちょっとキモかった」


「そ、そうなのか」



 そのキモイ奴に惚れたのか? フィレアって意外と変わり者?



「どう? 誰か分かる?」


「いや、それだけじゃ分かんないって」


「じゃあ、朝までに答えが分からなかったら教えてあげる」


「えー。そんなに待てないんだけど」


「なら当ててみることね、ふふふ」



 ぐっ、そんなこと言われたら気になって眠れない!!


 どうにかして答えを教えてもらいたいな……。



「ん? 待てよ、そう言えばまだ……」


「どうしたの?」


「くっくっくっ、フィレア。俺は召喚士だ。そして、フィレアは俺が召喚した」


「……あっ」


「そう、俺はフィレアに命令することができる。あとは分かるよね?」


「ひ、卑怯よ!!」



 卑怯でも構わん!! 俺はフィレアの想い人とやらが誰か気になって眠れないんだ!!



「フィレア、命令だ。フィレアの好きな人を教えろ」


「貴方よ、アスター。あ!?」


「!?」



 フィレアの好きな人が、俺だって?


 理解するまでに時間を要し、一瞬だけ硬直してしまった。



「……まじか」


「……そうよ。まったく、一回きりの命令権をそんなことに使ってどうするの。もっとこう、他にもあるでしょ」


「他に?」


「その、あれよ。男ならあるでしょ。服を脱げとか、ヤらせろ、とか」


「いや、俺はそこまで鬼畜じゃないぞ」



 世間では『千災』だ何だと言われているが、仲間にそういうことをすると思われていたのだろうか。


 地味にショックだ。



「それで?」


「え?」


「乙女の本音を無理矢理聞き出しておいて、自分は何も言わないつもりかしら? 答えを聞かせてよ」


「そ、そりゃあ、まあ、嬉しいけど。俺も好きだし」


「ホント?」


「ホント」


「……じゃあ、付き合う?」


「……うん」


「なら、これからもよろしくね」


「よろしく」




 それからどこか気まずい空気が流れる。


 いや、これは気まずいのとは違うか。お互いに緊張しているのだろう。


 フィレアが話題を変えた。



「そ、それにしても、勿体無いことしたわね」


「な、何の話?」


「ほ、ほら。命令権の話よ。一回きりの命令なんだから、もう少しエッチな命令とかすれば良かったじゃない。男の子なんだから……」


「そ、そう?」


「こう、絶対服従しろ、とか」



 フィレアにとっては服従するのがエッチなことなのだろうか。


 実はMっ気があったり?


 普段は凛々しいフィレアがMっ気あるとか、少し興奮してきたじゃないか。


 ……いかんいかん。


 あまりこういうことを考えていると下半身が反応してしまう。


 下手にがっついて下半身直結型と思われたら嫌だし、俺は気を紛らわせるためにもフィレアの雑談に乗ることにした。



「あー、そこら辺の説明はしたことなかったな。それは無理なんだ」


「そうなの?」



 俺の召喚術は普通のものと少し違う。



「そもそも召喚術に命令できる回数の制限なんて存在しないんだ。召喚士は呼び出した生き物を力でねじ伏せたり、交渉したりして契約する。その状態で必要な時に召喚して戦う」


「貴方がやってることとは違うの?」


「俺は契約したことがない。というか、できない。弱めの生き物は知性も無いから交渉も不可能だし、かと言って知能の高い生き物は総じて強いからクソザコナメクジな俺じゃどうにもならない。召喚士は召喚士自身か、その召喚士と契約している生き物のみで戦わなきゃいけない。第三者の手助けが入ると契約できない」


「でもアスターは命令できるじゃない」


「強制契約、とでも言うのかな? 命令できるのを一回だけにする代わりに、契約しなくても従わせられる、みたいな」



 本来はしっかり契約せねばならないところを、一回だけという条件で従ってもらっているのだ。


 まあ、狙ってやってるわけではない。偶然の産物というか、たまたまできているだけの芸当である。


 そこで仮に『絶対服従』などという命令をしたとしよう。

 それをやると契約対象、呼び出した相手は全力で反発してくる。


 苛立ちとか感情的な理由ではない。


 もっと根本的な、魂から作用する拒絶反応とでも表現すべきか。


 その命令を下した瞬間、限定的な契約で相手の魂と繋がっている俺が爆発したりする、ことがある。



「前に一回、スライム相手にやったら腕が爆発したんだよね。あれ以来怖くて、下す命令には気を付けているんだ」


「……あっ。そう言えば、勇者パーティーで旅を始めた頃に……」


「ああ、それそれ。あれは本当に痛かった……」



 まだスライムという最弱に類する魔物だったから片腕で済んだのだ。

 もしフィレアに絶対服従を命令したら今度こそ絶命するだろう。



「……そう」


「なんでちょっとガッカリしてんの?」


「べ、別にガッカリしてるわけじゃ……」


「そ、そっか」



 また気まずい空気が流れる。


 と、その時だった。フィレアが意を決したようにむくりと起き上がり、頬を赤らめながら俺の顔を覗き込んだ。



「な、なんだ?」


「――よ」


「え?」


「命令、してよ。……そういうの、興奮するのよ」


「……ま、まじ?」



 急に言われて硬直した。


 だって、いきなり興奮するから命令しろと言われても困惑する。


 ど、どうしたものか。



「……じゃ、じゃあ、エロいことでもしてもらおうかなー、なんて――」



 と、冗談めかして言ってみた。


 別に付き合い始めたわけだし、多少の下ネタくらい許されるよな?


 と思っての冗談交じりな発言だったのだが。



「わ、分かったわ。初めてだから、上手にできないかも知れないけど……」


「……ごくり」



 はい、色々とヤりました。









―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「こういう世界だし、付き合い始めて即合体は普通なのだろうか」


ア「そう」



「大工のおっちゃんナイス」「つよつよ女子がMっ気あるとか最高やん」「そうなのか……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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