第3話 召喚士は笑って誤魔化す





「えーと、少し状況が分からないのだけど……。どうやら説明してもらう暇は無さそうね」


「あ、うん」



 召喚されたフィレアが盗賊たちを一瞥して、刀を抜いた。


 俺を含めた馬車の乗客は困惑したままだったが、盗賊はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。


 そして、じわじわとフィレアを囲むように陣形を組む。



「よく分からねぇが、女が一人増えたなあ?」


「上玉じゃねーか。オレにヤらせろよ」


「順番なんか関係ねぇよ!!」


「喧嘩するな。女は穴が三つあるんだ、全員まとめて相手してもらおうじゃねぇか」


「無駄口叩いてねーで囲め!! 敵は女一人!! オレたちのが有利――え?」



 その時だった。



「無駄口を叩いているのは貴方もでしょう?」


「「「……は?」」」



 指示を出していた盗賊の一人が、ズレた。


 目の錯覚ではない。本当に、縦にズレてそのまま倒れてしまった。


 盗賊の骸から遅れて血が流れ始める。



「な、何をしやがった!?」


「ただ斬っただけよ。歩法と剣速を工夫して、貴方たちには見えない不可視の刃を放つ。一応、初見殺しなの」


「っ、い、いつの間に後ろに!?」


「気付くのが遅すぎるわ。あと貴方、これ返すわ。次は油断して取られないようにね」


「え? ぎゃああああああああああっ!!!!」



 男が絶叫する。


 フィレアが男に投げ返したのは、男の武器を持っていた方の腕だったからだ。



「な、なんなんだよ、お前!! なんでんな酷いこと――」


「酷い? 私が? なら人から物や命を奪おうとする貴方たちはもっと酷いわね」


「ひぎぇ!?」



 俺は大工のおっちゃんと一緒に乗客に混じっている子供数人が凄惨な光景を見ないよう、全身を使って隠す。


 教育に悪すぎる。


 いやまあ、フィレアが正義感の強いしっかり者というのは間違いではないのだ。


 ただちょっと悪人に容赦が無いだけで。



「正義って最高だわ。悪人を合法的に始末できるもの」



 ……多分、きっと。


 決して悪人を斬れるから正義感を発揮してるわけではないはず。



「お、おい、あんちゃん。あの嬢ちゃんはナニモンだ? どっかで見た気がするんだが……」



 大工のおっちゃんが首を傾げながら言う。


 勇者パーティーは有名だが、実をあまり顔を知られていなかったりする。


 俺もそうだ。


 勇者パーティーは数日しか同じ町に滞在しないからな。


 生活費を稼ぐためのクエストをすませたら、下手に顔が広まって面倒事が舞い込む前にちゃちゃっと次の町に行ってしまうのだ。


 取り敢えず、俺は笑って誤魔化すことにした。



「えーと、あははは。お、俺の仲間だった人です。召喚しちゃいました」


「召喚術って、人も呼び出せるのか……」



 いやあ、俺も知らなかったっす。


 などと呑気なことを考えていたら、事態が動き始めた。

 盗賊の一人が赤ん坊とその母親を人質に取りやがったのだ。


 うわ、卑怯だ!!



「お、おい!! 動くんじゃねぇ!! この女とガキがどうなっても良いのか!?」


「人質とは卑怯ね」


「へ、へへ、何とでも言え!! こいつらの命が惜しかったら剣を捨てろ!!」


「……はいはい。剣を捨てれば良いのね?」


「ああ、そうだ!! ったく、手間かけさせやがっ――」



 フィレアは指示通りに剣を捨てた。


 親子を人質に取っていた盗賊の脳天目掛けて、全力で。


 剣は一撃で盗賊の命を奪った。



「はっ、馬鹿が!! 剣士が剣を捨ててどうするんだよ!!」


「……何か勘違いしているようだけれど」



 フィレアは襲いかかってきた盗賊の顎を掌底で殴り上げた。


 盗賊は綺麗な放物線を描いて宙を舞う。


 落下時の打ちどころが悪かったのか、ビクンと一度大きく跳ねて、そのまま動かなくなってしまった。


 あ、そうそう。刀を持ってるからよく勘違いされるが……。



「私は一度も自分を剣士と名乗ったことはないわ。こっちの方が得意だもの」


「ひっ」



 そこから先は一方的な蹂躙だった。


 あまりにも一方的な過ぎて盗賊が哀れに思えてしまうくらいの蹂躙だった。


 いや、襲ってきた盗賊に同情はしないが。


 盗賊が残り数人となったところで、ついに戦意喪失したらしい。


 盗賊たちは武器を捨ててその場で跪いた。



「こ、降参する!! 命だけは助けてくれ!!」


「あら、手間が省けるわ」


「あ、ありが――」



 フィレアは盗賊の首をぐるっとねじ曲げて絶命させてしまった。


 おそらく、やられた盗賊は何が起こったのかも分からず意識が途絶えたことだろう。



「な、なん、降参したのに!!」


「知らないの? 盗賊って生きて捕まえると事情聴取とかされて面倒なの。殺して死体を引き渡せばそういうの無いから楽なのよ」


「そ、そんな、理由で……?」


「私は悪人が嫌いなの。人を傷つけて、奪って、それなのに自分がされる側になったら必死になって命乞いをする。まあ、悪人にも悪人なりの事情があることは理解するけどね」



 と、そこで盗賊は命乞いの仕方を変えてきた。



「た、頼む、妻と娘が――」


「そう、それは残念。貴方のような男が夫で父親だなんて、奥さんと娘さんが可哀想ね」



 しかし、フィレアは躊躇わず首をぐりっと一回転させてしまった。


 あまりにも容赦の無い戦闘は、終わったのだ。


 その後、フィレアによって手足を拘束していた縄を切られた俺たちは総出で盗賊たちの死体を焼いて地面に埋めた。


 放っておくとアンデッドになるからな。



「助かったぜ、嬢ちゃん。……ちと怖かったが」


「いえ、皆さんが無事で何よりです。少し彼と話したいことがあるので、失礼しますね」


「おう!!」



 そう言って俺の手を引き、一団から離れた場所で向かい合う。



「で、これってどういう状況なのかしら?」


「盗賊に襲われた。ヤバかったから召喚術使ったらフィレアが来た。以上」


「そう、簡潔で助かるわ。じゃあ元いた場所に戻してくれると嬉しいのだけど……」


「……」


「……ねぇ、そう言えば貴方の召喚術って」


「はい。呼び出すだけです」


「……そう……」



 俺の召喚術は一方通行だ。


 呼び出した生き物を元いた場所に送り返すようなことはできない。


 この特性のせいで何度生態系を破壊してきたか。



「……はあ。まあ、緊急時だったみたいだし、あまり責められないわね」


「ほんとすみません」


「謝罪は要らないわ。ちょうどベイルにイライラしてたから、ストレス発散に丁度良かったもの」


「なんかあったの?」



 俺がそう言うと、フィレアは青筋を浮かべた。



「聞かないでくれる? 思い出したらむかつくから」


「あ、はい」



 どうやら聞かない方が良かったらしい。


 何やったんだよ、ベイル。

 少なくとも町を出るまではここまで機嫌悪くなかったのに……。


 いやまあ、元からベイルとフィレアは仲が悪かったから喧嘩も絶えなかったけどさ。



「でも困ったわね。どうやって戻ろう……かし……ら……」


「えーと、交通費払おうか?」


「いえ、待って。そうよ、そうよ!! その手があったわ!!」


「え、なに?」



 何故かフィレアのテンションが上がっている。



「私、勇者パーティーには戻らないわ」


「え、ん? え?」


「ベイルのやり方は気に入らないし、国のあれこれも私には関係ないもの」



 いつだったか。


 フィレアの出身である東方国家郡は勇者パーティーに推薦する代表をトーナメントで決めたと聞いた。


 フィレアは強くなるためにトーナメントに参加したものの、あっさり優勝したそうだ。


 元々勇者パーティーには固執していない。



「私は私の正義を全うできるなら勇者パーティーじゃなくてもいいわ。それに、今みたいなことがあるなら護衛がいた方がいいでしょう?」


「え、俺に付いてくるの?」


「何か不都合があるかしら?」


「いや、無いけど……困る」


「え、どうして?」



 俺は少なからずフィレアを意識している。


 今までは団体行動だったから特に問題も無かったが、男女二人とか色々無理。


 まあ、早い話。エロいこと考えちゃうじゃん。



「おーい、あんちゃん!! 嬢ちゃん!! 今日はこのままここで夜営すっから、ちと手伝ってくれ!!」


「あ、はーい!!」



 と、離れたところから大工のおっちゃんが叫び、フィレアが応じる。



「そういうわけだから、明日からもよろしくね」


「あ、ちょ」



 それから何かを話す間もなく……。



「どうしてこうなった!?」


「んぅ、眠いんだから静かにしてぇ……」


「あ、はい」



 どういうわけか、俺はフィレアと同じテントで二人きりになっていた。


 俺のテントもパンパンになるのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「美女とテントで二人きり何も起こらないはずがなく……」


ア「いや、何もしないから」



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