第2話 召喚士は盗賊に遭遇する





「んぅ、まだ頭がガンガンする……」



 二日酔いとは恐ろしいものだ。


 ベイルは嫌がるだろうが、勇者パーティーの出発を見送ろうと思っていたのに俺が二日酔いでダウンしてるうちに行ってしまった。


 と思ったら、どうやらベイルが予定を早めて早朝に出て行ったらしい。


 ベイル、そこまで俺が嫌いだったのか。


 まだ俺がポンコツ召喚士だと判明する前は普通に話せてたのに。



「うっ、まだ吐きそう……」



 フィレアが奢るって言うから調子に乗って飲み過ぎたな。


 ……フィレア、か。



「俺も剣術くらい習おうかな」



 フィレアは剣の天才だった。


 いや、天才という一言で片付けるのは彼女に失礼かも知れないな。


 その一太刀はまさに神速。


 初めて見た時は振るった剣が見えなくて、一人で腕をぶんぶんしている可哀想な子にも見えてしまったほどだ。


 思い出すと笑えてくる。



「っと、俺もそろそろ出発しないと」



 俺は借りている宿を引き払い、町と町を行き来する定期馬車便に乗った。


 乗客は満杯でぎゅうぎゅう詰めになっているが、俺は懐から一通の手紙を取り出し、その中を熟読する。


 宿を引き払う際、女将から受け取ったフィレアからの手紙だ。



『ベイルが私たちを叩き起こして、急に出発することになってしまいました。ごめんなさい。一応、書き置きをします。


 またどこかで会いましょう』



 ……簡潔な文章だなあ。


 無駄を嫌う武人気質なフィレアらしいというか何というか。


 皆には頑張って魔王を倒して欲しいな。


 と、その時だった。


 馬車に乗り合わせていた女性の乗客が腕に抱えていた赤ん坊が大きな声で泣き始めた。


 母親と思わしき女性が必死にあやそうとするも、泣き声は大きくなるばかり。

 他の乗客は「赤ん坊だから仕方ない」と笑っているが、女性は慌てふためいている。


 ……それにしてもうるさいな。


 赤ん坊がうるさいので、ちょっと黙らせて差し上げよう。



「――」



 俺は呪文を唱え、この世界のどこかにいる生物を呼び出す。


 呼び出したのはライトエレメント。


 光の妖精とも呼ばれる生き物で、分類は一応魔物ということになる。

 魔物ってのは魔力を帯びている生物のこと全般を指すからな。


 しかし、ライトエレメントは攻撃性が無い。


 ただふわふわと漂い、ぽわーっと光って、たまに捕食者に食われる。


 世知辛い魔物なのだ。



「あの子を笑わせてあげて」



 一回きりの命令を受諾し、ライトエレメントが泣いている赤子のもとまでふよふよ近づいて行く。


 すると、ライトエレメントが珍しいのだろう。


 赤ん坊は泣くのをやめて空中を漂うライトエレメントに手を伸ばし、きゃっきゃと笑い始める。


 ふっ、赤ん坊を黙らせてやったぜ。



「うわあ!! 兄ちゃんすっげー!!」



 と、どうやら一連の様子を見ていた男の子が俺を見て目を輝かせている。


 他の乗客も好意的な目だった。



「なあなあ、兄ちゃんって魔術師様なのか!?」


「あー、まあ、似たようなものかな。俺のは召喚術だ」


「しょうかん? よく分かんねーけど、すげーんだな!!」



 おお、眩しいくらいの尊敬の眼差しだ。


 更にその少年の隣に座る、少年の父親と思わしき男性が話しかけてくる。


 筋骨隆々な、乗り合い馬車がぎゅうぎゅう詰めになっている原因のおっちゃんだ。


 無駄にハンサムなのが気に入らん。



「やるなあ、あんちゃん。カッコ良かったぜ」


「あ、どうも」


「それに比べて……。知ってるか? 勇者パーティーの召喚士」



 思わずドキッとした。



「え、えーと、アスター殿のことですよね?」


「お、知ってたか。まあ、あいつは有名だからな。あいつが呼び出した魔物が暴れたせいで、ここからそう遠くない村に住む知り合いの家が全壊しちまってな」


「ソ、ソウデスカ」


「オレぁ大工で、今からその知り合いの家を直しに行くんだ。あのイカレ召喚士、『千災』のアスターと比べりゃお前さんは立派だな」


「……ソレホドデモ」



 『千災』。


 千の災いを起こすという意味で誰かが勝手に呼び始めた俺の異名である。


 お陰で町の近くに危険な魔物が姿を現したら真っ先に俺が疑われてしまうくらいの悪名として世界中に轟いている程だ。


 まあ、悪いことばかりじゃない。


 人の足下を見ようとする商人が相手の時はこの名前を出すだけで土下座してくるからな。


 何もしてないのに怖がられるのは悲しいけど。



『うわっ、な、なんだ、お前たち!!』



 それは突然の出来事だった。


 馬の手綱を握っている御者台のおじさんが、悲鳴を上げ、馬車が止まる。


 嫌な予感がした。



「よお、お客さん。大人しくしてな?」



 御者のおじさんのものと思われる真っ赤な血が付着した剣を片手に、大柄な男が馬車の中を覗きながら言う。


 うわ、やっぱり賊か!!


 俺たちは馬車から下ろされ、手足を縄で縛られて金目のものを出すように命令される。


 抵抗しなかったのかって?


 できないよ。

 普通の召喚士なら違うかも知れないが、少なくとも俺にはできない。


 強大な生物を呼び出しても、俺は一回しか命令できないから。


 召喚した生物に賊を攻撃するよう命令しても、その後はどうなるのか。

 そう、賊の次は俺や他の乗客が狙われるに違いない。


 かと言って俺や他の乗客で返り討ちにできるような生き物を呼び出したって賊が袋叩きにして終わりだろう。


 つまり、抵抗しちゃダメ。


 大人しく金目のものを差し出して、土下座で命乞いするしかない。


 ……『千災』の名前を出したら怖がって逃げてくれたりしないかな?

 いや、やめておこう。何かを召喚する前に殺されてしまうかも知れないからな。


 あまり自分では言いたくないが、俺自身はクソザコナメクジ。


 囲まれたら死ぬ。


 はあ、命令権を使わないで指示に従ってくれる生き物がどこかにいないだろうか。



「おい、あんちゃん。どうにかならねぇか? こう、召喚術でなんか助っ人を呼び出してさ」


「す、すみません」


「くっ。盗賊の連中、ありゃあ金目のものを物色したら女を犯すつもりだ。どうにかしねぇと……」



 盗賊の男たちが乗客の女性をじろじろと下卑た目で見ている。

 あの様子だと大工のおっちゃんの言う通りになりそうだ。


 ……どうしたものか……。


 助っ人って言っても、一回命令したらこっちにも襲いかかってくる生き物だったらヤバイ。


 仮に『俺たちを攻撃するな』と命令したら、気紛れで盗賊たちを殺してくれる可能性はあるかも知れないが……。


 どうなるか分からないのが本音だ。


 少なくとも人間に友好的で、かつ善良な人間に味方してくれる助っ人……。


 助っ人……人……。



「あっ」



 どうして今まで思い至らなかったのか。


 そう言えば、今まで身近にいて召喚したことがない生き物がいるじゃないか。


 人間という生き物が。そう、人間だ。


 でも問題は、どういう人間を呼び出すかにかかっている。

 死にかけの老人や猟奇的殺人鬼を呼び出しては元も子もないだろう。


 もっと具体的な強さをイメージしないと……。



「ん? あんちゃん、なんかポケットから落ちたぞ」


「え? あ、これ……」



 それはさっき読んでいた、フィレアの置き手紙だった。


 ……そうだ。フィレアだ。フィレアのような人を呼ぼう。


 正義感があって、腕も立つ強い人。


 召喚術は魔術の一種、そして魔術はイメージが効力に直結すると言っても過言ではない。


 イメージしろ。フィレアのような人を、呼び出すんだ!!



「「「「「!?」」」」」


「な、なんだ、あんちゃんが光ってる!?」



 大工のおっちゃんが叫ぶ。


 正確には俺の正面に出現した召喚陣が光っているだけなのだが、まあいい。


 俺はイメージに限りなく近い人物を、召喚してみせた。



「え? ここは……」



 それは、艶のある長い黒髪を紐で束ねた、黄金の瞳の美女だった。


 身体の動きを阻害しないよう、最低限の防具だけを装備しているせいか、身体のボディーラインが出ている。


 ボンキュッボンだ。


 腰には大陸では珍しい刀を差しており、かなり使い込まれている。


 俺はその美女に見覚えがあった。



「え、フィレア?」


「え、アスター?」



 なんと、フィレアのような人を呼び出そうとしたらフィレアを呼び出してしまったらしい。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「今作はハーレムが控えめ。その代わり濃密にする」


ア「あ、そ、そう」



「大工のおっちゃんハンサムなのか」「千災ってかっこいい」「あとがきで期待」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。


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