第七章 ファーレンハイト
第七章 ファーレンハイト
ファーレンハイト。PPC、Pレーベルにおいて人気No.1のボーカルアンドダンスユニットであり、エンタメ性に振り切ったパフォーマンスは非常に高レベルで、国民的アーティストといっても過言ではない。若者を問わず、知名度は抜群で、今の国内の音楽シーンを引っ張る存在であり、海外の音楽レーベルやブランドとも契約を交わし、音楽のDLCサイトではランキング常連の国際的にも人気のユニットだ。
グループ内には、たったひとつのルールがある。リーダーに絶対服従。リーダーとは、七星ひゅうが(十九歳)のことで、彼の命令に、メンバーは絶対に従う。
十一月。
ファーレンハイトの専用のスタジオ。そこに、メリのふたり、なぎとれいとは来ていた。いつも通り、マネージャーの熊谷の送迎だ。
しかし、車中、気まずい雰囲気が流れていた。
「ファーレンハイトのスタジオ、大きいね! 初めて来た!」
「……」
車から降りる。なぎは建物の大きさに驚いた。れいとに話を振る。返事はない。
ふたりの間を、冷たい風が吹き抜ける。厚着をしてきたつもりだが、指先が冷たい。
「……」
「なぎ君」
熊谷が車中からなぎを呼ぶ。なぎが振り返る。
「大丈夫ですか?」
「あー……うん、多分……」
「私は帰りますが……白樺君とふたりにしても大丈夫ですか?」
「……」
ことの発端は数日前に遡る。
サンライズとのコラボを経て、次はいよいよファーレンハイトとのコラボだ。熊谷が、ファーレンハイトのマネージャーと話し合い、メリとファーレンハイトの打ち合わせの日程を決めた。
学校にいたなぎにその件で連絡があったが、なぎはその前に、とある用件でひゅうがとメッセージをやり取りしていて、熊谷からの連絡を読むのが遅れた。また、その後もひゅうがといて、メッセージを読むタイミングを逃した。
そのうち、スマホに留守電が入った。れいとからだった。一言、うそつき、と入っていた。驚いたなぎは、何回もれいとに電話をかけた。出ない。メッセージも既読されない。無視されている。その件を熊谷に相談し、熊谷がれいとと話したが、なぜそのような留守電を残すにいたったかを話してはくれなかった。それから、なぎら何があったのか、自分が何かしたのか、れいとに話しかけた。しかし、返事がない。熊谷が原因を探すので、しばらく放っておくように、と言うので、そのようにした。その間にも、なぎはれいとにメッセージを送った。気遣ったり、話し合おうという内容だ。そのうち、ファーレンハイトとの打ち合わせの日になった。
「俺なんかしたかな……」
なぎは、ずっとこれだ。
なぎの浮かない表情に、熊谷も心を痛める。
なぎはれいとが拗ねている理由に全く心当たりがないが、自分に過失があったと思っている。それが和解のきっかけになるはずだとも。
冷静で、誠実で聡いれいとらしくない、拗ねたような態度。
いったい、れいとはどうしたというのか。
「なぎ君は悪くありませんよ。……一ノ瀬君に話を聞いてみて下さい」
「えっ」
るき君に?
そういえば最近忙しくてるきと連絡を取っていなかった。どのみちこれから会う。熊谷の車を見送り、なぎは、相変わらず目も合わせないれいとと、ファーレンハイトのスタジオへ足を踏み入れた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です……」
敷地内へ入ると、待っていたのは五十嵐つきはだった。ふたりはそれぞれ挨拶をした。
「よう、メリ。皆いる」
つきはとは、れいとは交流があった。ポップコーンの、ゆうやの誘拐騒動の時だ。
つきははふたりを案内しながら、どことなく、れいとの様子と、なぎの様子もおかしいことに気がついた。
「……で、ここ、ミーティングルーム」
コンクリート打ちっぱなしの、前衛美術の飾ってあるかのような広々とした廊下の突き当たり、ドアを開くと、ファーレンハイトのメンバーが揃っていた。ただひとりを除いて。ひゅうがが不在だった。
「よー、メリのおふたりさん」
ふたりにまず声をかけてきた人物、椅子に深く腰掛けて長い足を持て余しているのが、睦月ひかるだ。部屋の真ん中にいる。それから、向かいのテーブルに行儀よくくるぶしを揃えているのが四宮たかひろ。メリのふたりと交流のある三宅すずが、奥のソファからにこやかに手を振った。視線をスライドさせて、壁に背中をあずけて立っているのがニ丸とうやだ。とうやに関しては、ほぼ情報がない。そして、一ノ瀬るき。るきは気まずそうにふたりを見た。
「メリのふたり! こうして会えてうれしいよ! 僕たちのスタジオへようこそ」
すずが、ソファから立ち上がり、ドアのあたりでたたずむふたりを室内へ迎え入れる。
「知り合い?」
つきはが問う。すずは前にちょっとね、と答えた。他にはたかひろにもふたりは会ったことがある。クリエイティブイベントで他ユニットとコラボする中で、いつの間にかファーレンハイトのメンバーと会っていたのだ。
「お疲れ様です! 今日はよろしくお願いします!」
なぎは全員へ向けて深々と頭を下げた。れいとも同じようにした。
「来てもらって悪いが、肝心の大将が遅刻するらしくてな」
テーブルについたふたりに、ひかるが話しかける。
ひかるも、ふたりに初対面ではない。なぎとは会えば世間話をするし、れいととはツインテイルのコラボで一度会っている。しかし、ひかるはその際はほぼ会話をしなかった。わざとだ。送迎に徹していたのだ。ひかるのことだ、あえてだったのだろう。
「うちの新入りが世話になってるらしいじゃねぇか。他にも、すずとたかひろはもう会ったことがあるっていうからよ。よーく話聞かせてもらおうかな」
ひかるはふたりに興味津々といった様子だ。すずに、たかひろ、それからつきは、初対面ではないのは、気が楽だった。それにるきは大親友である。サブリーダーのひかるも気さくで、話しやすい。なぎはほっとした。あとはれいととのことだ。業務連絡のようなことは会話してくれるようなので、ファーレンハイトのメンバーに失礼のないように打ち合わせが済むといいと思った。るきには後から話を聞きたい。
いつの間にかすずが飲み物を用意していた。それを手伝いながら、つきはがひかるに尋ねる。
「ひゅうがさん何で遅れるって?」
「あー……いつものだ」
「あ、たぶん昼頃には来るかと……」
つきはとひかるの会話に、なぎが入った。れいとの予定の想像がついていたからだ。
それを、れいとは聞き逃さなかった。顔色が変わる。るきも、その様子に気がついた。まずい。
「さすがなぎ。ひゅうがのことはなんでも知ってるってか」
ひかるがからかう。なぎは困ったようにはにかんで、そんなことはないです、と返した……と、ほぼ同時くらいに、れいとが立ち上がった。
がたん、と椅子が大きな音を立てた。
「帰ります」
「え⁉︎」
なぎも驚いて、慌てて立ち上がる。れいとは足早にドアに向かう。
「れいと君、待っ……」
「なぎ! 待て、俺が行く!」
れいとを止めようとしたなぎの腕を掴んだのは、るきだ。なぎをその場に留めて、自分がドアへ走る。れいとを追った。
なぎと、まったく事情のわからないファーレンハイトのメンバーはその場に取り残された。ひかるは面白そうにしていたし、とうやはまったく関心を示さない。反応は三者三様だった。
廊下で、るきは、れいとを追った。
「れいと!」
「……」
「おい待てよ! 行くとこねぇだろ! 鍵!」
「……」
れいとは止まって、振り向いた。
るきは、自分のパンツのポケットから自宅の鍵を渡した。カードキーだ。指紋認証でも入れるが、るきだけだ。れいとを見る。ひどい顔をしていた。
「れいと……」
「悪い」
れいとは、カードキーを受け取って、去った。るきはその場で盛大にため息をついた。その時だった。
「うわぁぁぁーーーーん‼︎‼︎‼︎‼︎」
びくり。るきは驚いて振り返る。
先程までいたミーティングルームから、なぎの声がした。子供のような、大きな鳴き声。るきは慌てて部屋に戻った。
「なぎ!」
ばん、と部屋に入る。
「おー、よしよし、大丈夫大丈夫……」
ミーティングルームでは、なぎが大泣きしていて、ひかるに抱きしめられていた。慰められていた。るきは、なぎが抱きついている、ひかるの着ている服の値段を考えて、ぞっとした。なぎの顔が涙とか鼻水でぐしゃぐしゃで、それは、初めて見る顔だった。
「なぎ……」
「何があったか知らねぇけどひでぇなぁ、こんなに泣かせて」
「かわいそうに。はい、鼻水ちーんだよ」
すずが、なぎにハンカチを差し出す。さすがのとうやも、遠くからだが、なぎの様子を、困惑したように、それでいて怪訝そうに見つめていた。
「こんなとこ、ひゅうがさんが見たら、怒るじゃ済まないぞ。あいつ……」
つきはは物騒な表情をしていた。それをたかひろが静止した。
「ではさっそく事情を知る人間を問い詰めようか」
その場の全員の視線が、るきに集まった。
「……」
るきは一瞬、死を覚悟した。
——————
一方、れいとがファーレンハイトのスタジオの門まで来た頃。
バイクの音。
「……!」
ひゅうがだ。
バイクから下りる。フルフェイスのヘルメットを外す。
「おまえ……」
「……」
前回、ひゅうがと会った時のことを思い出した。決して良い思い出ではない。これから、ひゅうがはミーティングルームへ向かうだろう。なぎは、どんな様子だろうか。なぎを見たら、どんな反応をするのだろうか。
れいとは、先輩であるひゅうがに挨拶もせずに、その場を立ち去ろうとした。
「待てよ」
ひゅうがから、声がかけられる。
れいとは立ち止まって、振り向いた。
「メリが解散したら、なぎを、ファーレンハイトに入れる」
「……え?」
ひゅうがはゆっくりとバイクから降りた。
今、この男はなんと言った?
「おまえ、メリが解散しても、自分は大丈夫だなんて、思ってねぇだろうな」
鋭い視線、言葉。
「おまえなんて才能ねぇよ。さっさと消えろ。なぎの足引っ張るな」
そう言うと、ひゅうがは門の中へ入って行った。
れいとは、その場に立ち尽くすしかなかった。
れいとは、若く、浅かった。ひゅうがの言葉の、その通りの、なんとなく、漠然とした、自分は大丈夫、という考えがあった。それは、自分が五万人のオーディションから選ばれた実力があるという確かな事実に裏打ちされたものであり、ファーレンハイトに入る予定だったことや、メリとしての活動。今まで、なんとなく、上手くいっていたことから来る、根拠のない感情だった。自分が車に轢かれることを想定しながら道を歩くひとがいないように、当然の想定だった。
心のどこかで、自分のほうが、なぎより実力があると思っていた。
心のどこかで、なぎよりも、自分のほうが、商業的な価値があると思っていた。
それは、間違いだったのかもしれない。
自分はただ見てくれと、運が良かっただけで、何もないのかもしれない。
ここ数ヶ月の夢のような日々が、砂のように崩れていく音が聞こえた。
なぎ、凪屋なぎ。
なぎが、くれた日々。なぎが選んでくれた自分。
本気だった。嘘じゃない。
なのに、白鳥せつなを選ぶのか。
自分は、捨てられるのか。
自分だけが、本気だったのか。
なぎが、るきが、今後もPPCに残って、自分だけが、もとの世界に戻らなくてはいけないのかもしれない。自分だけが取り残される。自分だけが誰からも必要とされない。
今は、帰る場所もなかった。
最悪の気分だった。何も感じない。頭痛がする。呼吸が苦しい。
るきのマンションに戻る気にもなれなかった。
冷たい風がれいとに吹き付ける。どうにかする気力も、もうなかった。
——————
「遅れた」
ミーティングルームに、ひゅうがが入ってきた。しかし、すぐに眉をひそめた。
るきが、部屋の真ん中で正座させられていた。他メンバー全員がるきを見下ろしている。何だこの状況は。なぎは? ひゅうがは視線でなぎを探す。いた。俯いている。何かあったのだろう。ならば、この状況は新人いびりなどではない。ひゅうがの頭はよく回転した。
「よう、大将」
「ちょうどいいタイミングだ。これから尋問だ」
「お疲れ様です、ひゅうがさん」
ひかる、たかひろ、とうやの順で、ひゅうがに話しかける。しかし、それを一瞥して、足早に進んで、まず、なぎに近寄る。
「なぎ」
「……あ」
なぎ、ともう一度声をかけた。
肩に手を添える。なぎがようやく顔を上げた。目が赤い。泣いたのだろう。抱き寄せる。
「ひゅうが君……」
「なぎ、遅くなってごめん。いてやれば良かった」
「……」
なぎは泣き止んではいるが、落ち着かない様子だった。れいとは、床に正座しているるきを見た。すると、つきはが近寄ってきて、ひゅうがに問う。
「今来たんですか? じゃあ、白樺とすれ違いましたか? メリの片割れ。あいつ……」
「会った。もう二度と会わねぇかもな」
「えっ」
ひゅうがの言葉に反応したのはなぎだ。
「ひゅうが君、どういうこと……」
「まずは経緯を聞こうか。なぁ、一ノ瀬」
るきは気まずそうにしていたが、ひゅうがの視線をちゃんと受け止めていた。
「るき君、おとなしく全部話した方が懸命だよ」
るきの隣に、すずがしゃがむ。るきの肩を持つ。四面楚歌。逃げ場無し。
しかし。
「い、いやです……」
「!」
その場の全員が、るきの意外な返答に驚く。
「ひゅうがさんが話せと言っている。逆らう気か」
とうやが詰め寄る。ファーレンハイトのルール。リーダーに絶対服従。それを忘れたとは言わせない。
しかしひゅうがはそれを手をかざして制した。
「俺は、最初に、れいとから話を聞きました。俺はなぎともれいととも、し、いや、ゆ……と、友達です。けれど、どっちの味方もできるほど、俺器用じゃないんです」
るきがぽつりぽつりと話しだす。
「だから、最初に話を聞いたれいとの方の味方をします。……あいつ、ひとりになっちまうから。だから……全部は話せない。話していいと思うところだけ、話す」
その頃には、るきの顔はしっかりと、いつも通りだった。強い視線。るきの持つ武器のひとつ。
「なぎ……どうしたい」
「え……」
ひゅうがが聞く。
なぎは、考えた。
今日は、メリとファーレンハイトとの、クリエイティブイベントでのコラボについての打ち合わせのはずだった。それを、自分たちの内輪揉めでこんな風にしてしまった。
れいとは、どうして自分を避けているのだろう。自分の何に幻滅したのか、怒っているのか。留守番電話に残っていた言葉の本懐は何なのか。知らなくては、解決しない。それから、解決の定義。
「お、俺は……」
どうなることが、解決なのか。
「元通りに……また、れいと君と……だから……」
なぎは自分の袖で涙を拭った。
ひゅうがから少し離れる。勢いよく頭を下げた。ファーレンハイトの全員に、だ。
「あの! 皆さん! ごめんなさい! 今日は打ち合わせに来たのに、なんかこんなことになって、ごめんなさい!」
なぎはできるだけ大声で謝罪をした。誠意を示したつもりだ。ちなみに、ファーレンハイトの全員、るき以外、この事態をまったく気にしていなかった。むしろ数名は楽しんでいる。
「るき君!」
「お、おう」
なぎがるきを見る。
「話してほしい。話せるところだけ」
「……」
「それから、ありがとう。俺が……俺が知らない何かを、れいと君は抱えていると思う。るき君が、れいと君の味方をしてくれて心強いし、嬉しい。……どうか、ずっと、れいと君の味方でいてあげてね」
「なぎ……」
なぎはしゃがんで、るきに目線をあわせて言った。ひゅうがが少し策を講じれば、るきは全てを話さざるをえない。しかし、そうはしないようだった。るきはどこからどこまでを話すかをよく考えた。それから話そうと思った。どうしたらいいのか。れいとの家庭事情に何かあってうちにいることは、伏せようと思った。そうなると、いきなり本題に入るしかない。多分、口にすべきではない人物の名前を、口にしなくてはならない。ひゅうがに殺されるかもしれない。るきは、覚悟を決めて、話した。
「し、白鳥せつなのこと……」
「え?」
「なぎ、知ってる?」
「え、う、うん……。せつな君は、え、みんな知ってるよね?」
なぎは、背後のファーレンハイトの面々に振り向いた。当然全員、白鳥せつなを知っている。
「ひ、ひゅうがさん……」
るきがひゅうがに助け舟を求める。ひゅうががなぎにどこまで話したか、自分が話していいのか、である。ひゅうがはため息をついた。腕を組む。
「なぎ」
「?」
「あいつを……空港で見たと言う話があって、調べたら、帰国しているらしい」
「えっ」
これは、あつしの情報だ。五十嵐兄弟を通して、ひゅうがに話が来た。
「えーと……」
なぎはぽかん、としている。しかしすぐに、普段のなぎになった。
「そうなんだ! うわー……久しぶりかも。元気かなぁ? 最後に会ったのって、ひゅうが君に空港に送ってもらった時だよね?」
「ああ」
「せつな君……どうして急にメリを辞めたのか、どうして急に外国に行っちゃったのか……俺、わかんないんだ。なんで戻ってきたんだろう……」
せつなの名前に、ファーレンハイトの面々はあまり良い顔をしなかった。るきは気づいた。白鳥せつなはあまり好かれていない。
「ひとつ、噂話を聞いた。けれど、確証がないから、黙ってた」
「せつな君の?」
「……こっちで個人事務所を立ち上げるかも、という話だ」
「ええっ」
なぎのリアクションはニュートラルだ。今の所、事実に対し、驚く以外の喜怒哀楽が添えられていない。ひゅうがは慎重に、なぎの顔色をうかがいながら話を進めていたのだ。せつなの件を、なぎがどう思っているのか。話題を出して、なぎが嫌な思いをしないか。ひゅうがはいつだって、なぎの気持ちを考えていた。
「み、みんなそれ聞いた、ん、ですか……?」
なぎがファーレンハイトの面々を見回す。
「聞いた。マネージャーからな。まぁ、雑談のひとつって感じで」
ひかるが答える。他のメンツも首を縦振った。全員知っている話題のようだった。
「それが、えーと、何か、れいと君と関係ある?」
なぎの問い。いよいよ本題だ。
「噂はもうひとつ入ってきたんだ」
「もうひとつ……」
「白鳥せつなはおまえを、その個人事務所に引き抜こうとしている……そういう噂だ」
「えぇ⁉︎」
なぎのリアクションは、まさに、今はじめてその事実を知ったことを示していた。
「え⁉︎ 俺知らないよ⁉︎ せつな君と別れてからすぐは何回かメッセージ送ったけど、簡単な返事が返ってきただけで……。その後は忙しくてずっと連絡とってないし……え、何で……え、熊ちゃんは? 代表取締役とかも、知ってるの? それ信じてるの?」
「さぁな。……お前に話が行ってないのなら、知らないんだろう」
「……で」
るきがようやく口を開く。
「俺、その噂をれいとに……言ったんだよ。そしたらあいつ、なんか焦ってて……留守電聞いたか?」
「あっ……」
「なんかあいつ……ここ数日調子悪いみたいで、多分メンタル的にいろいろきてるっぽいから。なぎのこと、白鳥せつなに取られると思ってる。なぎに捨てられると思ってる」
るきの話で、ようやくメリのふたりがぎくしゃくしている理由が、全員に明かされた。
「ほー……」
ひかるは面白そうにしている。
「なぁ、なぎ、実際白鳥せつなに誘われたらどうするんだ?」
「え⁉︎」
「白樺を捨てて、またいっしょにやろうってだよ」
「れいと君を捨てたりしないよ!」
なぎは即答した。
るきはそれを聞いて、ほっとした気持ちになった。そうだ。そうじゃないか。自分でさえ、なぎはそう答えると思っていた。なのに、どうしてれいとはなぎに疑心暗鬼になって、自棄になっているのか。何があるというのか。
「ははは、だよなぁ!」
ひかるがなぎの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「なるほど。やっと話が見えたな」
「若者っぽい揉め事だね。素敵だよ」
たかひろは納得したようで、それから、すずは相変わらずにこやかだ。つきはがそれを受けてため息をついた。
ティーンエイジャー特有の揉め事のように思える。本人たちは至極真面目に悩んでいても、だ。
「なぎ」
「は、はい」
「どうするか、決めよう」
ひゅうがはなぎのもとに行って、なぎの手をひいて立たせた。肩を抱いて、椅子へ誘導する。他のメンバーもそれぞれ座り出した。るきも立って、なぎに続く。
「なぎがどうしたいか、話そう。力になる」
「え、でも……。そんな、これ以上迷惑かけられないよ……」
なぎも椅子に座る。ひゅうがはなぎの向かい側に座った。足を組む。すると、進行役はひかるに移った。
「なぎ、今日はクリエイティブイベントの打ち合わせに来た、そうだろ?」
「え、あ、はい……」
「俺たちは、メリとコラボすることは決定なんだ。うちのルール、リーダーに絶対服従」
「あ……」
ひゅうがを見る。
「俺は……俺も、さっき言った通り、れいと君と仲直りしたい。それで、俺も……」
俺も。
珍しく、自分の望みがはっきりとわかる。
れいとの顔を思い浮かべる。
なぎはぐっと背筋を伸ばして答えた。
「俺も、ファーレンハイトとコラボしたいです! メリとして、れいと君とふたりで……!」
「いい返事だ。じゃあそのためにできることを考えような」
ひかるはにこりとすると、なぎは思わずどき、とした。いや、ひかるに微笑まれたら、たいていの人間は見とれる。
「ひゅうがさん、メリとどんなコラボしたいか考えていました?」
つきはがひゅうがに問う。
「……十一月末に、ファーレンハイトのライブがある」
「あ、知ってる」
「それに出てもらおうと思っていた」
「え⁉︎」
なぎは今日いちばん大きい声でリアクションをした。
「ふぁ、ふぁ、ファーレンハイトのライブに⁉︎ 恐れ多くてそんな!」
「……ふ。何だそれ。おまえならたいしたことないだろ」
ひゅうがが珍しく笑う。その場にいたメンバーは驚いたが、黙っていた。きっとなぎの前では、いつもこうなのだろうと、察した。なぎの前ではよく笑うのかもしれない、と。
「え、えと……でも、それ、コラボっていうか……」
「そう、だから……メリに、いやおまえに、ライブの一部分をプロデュースしてもらおうと思っていた」
「はぁああああ⁉︎」
なぎが驚いて立ち上がる。がたん、と音を立てて椅子が倒れる。
もちろん、ひゅうがに対してこんなリアクションをできるのも恐らく、この世界でなぎしかいない。
「ぷ、プロデュースって何⁉︎」
「この場合演出や選曲だろう」
そう答えたのはたかひろだ。ライブの衣装担当。演出もやる。
「振り付けは俺が。総合的にはひかるが総合演出の担当だ。……つまり、俺たちをよく使え、ということだろう」
珍しく、とうやが口を開く。なぎは驚いた。このひと、しゃべるんだ、と思った。
「なぎならできる。メリと、ファーレンハイト、両方の良いところを活かして、考えて欲しい。そう言うつもりだった」
だった。とは。そう、メリが今こんな状態でなければ、という意味だ。
「つまり、コラボの件、メリの内輪揉めの件、僕らは両方を同時進行で解決していかなくてはならないね」
すずが言う。なぎは、え、と言った。
「僕ら……って、あの、ひゅうが君以外の……その、皆さんも、力を貸してくれるんですか?」
「もちろん。かわいい後輩が心配だからなぁ」
「当たり前だろ」
即答したのは、ひかるとるき。
「ま、ひゅうがさんのためだからな」
「……同じく」
つきはととうやもなぎを見る。
「ふふ。がんばろうね」
「凪屋はひゅうがさんが贔屓にしているからずっと興味があった」
何を考えているかいまいちわからないすずと、たかひろも返答した。
全員、目的は同じになった。
なぎはじわりと心の奥から、温かいものが込み上げてくるのを感じた。
「じゃあ作戦会議だな」
「はい、提案」
ひかるが場をしきると、つきはが挙手をした。
「二手に別れよう。なぎの味方組と、れいとの味方組」
「……!」
つきはが説明をはじめる。
「なぎの味方組は、凪屋といっしょにライブの方を進める。一ヶ月ないから。れいとの味方組は白樺の抱えている問題を解決して、凪屋と仲直りさせる」
「な、なるほど……!」
つきはの提案は全うだった。
「じゃあ必然的に、俺ととうやとたかひろはなぎの味方組じゃねぇか」
その通り、総合演出でサブリーダーのひかる、振り付け担当のとうや、衣装担当のたかひろはライブの方が本命になる。
「俺は白樺と面識あるし、れいと組。すずもれいと組に来るだろ。話したことあるんだろ?」
「え、僕広報だし……。いいの? まぁ、いっか」
「俺もれいと組で。なぎ、まかせろ」
「うん……!」
発案者のつきはとすず、それからるきはれいと組だ。
「あの、れいと君、男だけの三兄弟だから、五十嵐先輩と話しやすいかも……よろしくお願いします……」
「そうなのか」
「で……」
ひかるが、最も重要な人物を見つめた。
「大将はどうする?」
視線がひゅうがに集まる。今の所、人数は綺麗に分かれている。どちらを選ぶかは、ひゅうが次第。
「俺は……」
なぎはじっと、ひゅうがを見た。
ひゅうがの答えを、待つ。
「俺は、白樺の方だ」
ざわ、と、全員が、ひゅうがの選択を意外に思った。
「ひゅうがさん」
とうやが声をかける。
「なぎを頼む」
「っ! はい!」
ひゅうがの勅令に、とうやは仰々しい返事を返した。
「つきは、ひゅうがさんを頼むぞ」
「おう。……いいんですか? 凪屋といなくて。凪屋はどう? この人事に意見は?」
「え、あ、えと……」
つきはの提案、二組に分かれること、これはなぎと異論はない。また、人事も適切に思えた。
「ひゅうが君……」
なぎは、ひゅうがを見つめてた。ひゅうがの決断は、なぎも意外だった。
ひゅうがが側にいてくれた方が心強い。そばにいて欲しい。
しかし、ひゅうがの決めることが、いつだって自分のためを思ってくれていることを、知っている。
この決断には意味があるはずだ。
それに、ひゅうがになら、れいとを任せられる。
「ない、です。あの……ほんと、みんな、ありがとうございます。迷惑かけて、ごめんなさい。よろしくお願いします」
なぎはぺこりと頭を下げた。
「よーし、決定だな! って言っても……あれか、なぎ学校あるもんな。連絡先交換しよう」
「あっ、はいっ……」
「凪屋、俺とも」
なぎはそれぞれ、なぎの味方組、になったメンバーと連絡先を交換した。忙しくなる。ファーレンハイトのライブに出れるなんて、光栄だし、それに一部の演出を任せられるなんて、夢のようだ。まだ実感がない。
「今日は解散? なら一ノ瀬、場所変えて話そう」
「うー……っす」
つきはたちれいとの味方組もまた、状況を変えるために動き出す。
なぎは、るきの情報を受けて、改めてれいとにメッセージを送ろうと思った。誤解させたこと、それからせつなから勧誘されても、れいとを捨てるなどどいうことはあり得ないということを。
不安と期待と、それからファーレンハイトのメンバーと一丸になっているという高揚や、れいとのことが心配でたまらない気持ち。なぎはいっぱいいっぱいだった。どうか、すべてが良い方向に向かって欲しい。自分にできることをするしかない。
話し合いは終了だ。昼下がり、それぞれの仕事があるために、解散となった。ひゅうがが席を立つ。
「なぎ、送る」
「あ、うん。あの、みんな、ほんとにありがとう! 失礼します!」
なぎは礼をして、それからひゅうがと退室した。ふたりが消えたタイミングで、るきがこそっと話し出す。
「あのー……ひとついいすか?」
「ん?」
「なぎとひゅうがさんって、どんな関係なんすか」
「……」
るきは、その場にいた先輩全員に聞いた。るきがまだPPCに入る前の歴史だ。
「なんでひゅうがさんってあんなになぎに優しいわけ? 優しいっつか、なんつーかそれ以上に見えますよ。普通じゃないっすよね。なぎとひゅうがさん、年齢もユニットも違うし、どうしてあんなにひゅうがさんがなぎに入れ込んでるのかなって……」
それは、あのふたりを見れば、誰もが感じる疑問だったろう。
ひかるはそれを聞いて、ふ、と笑った。
「三年前に……ひゅうがだけじゃない、俺たちも、なぎには恩があるんだよ」
「えっ……」
「発表されてないことだからな」
たかひろも続けた。ファーレンハイト全員が、なぎに恩を感じている。
「あいつは、すげぇ奴なのよ。ひゅうがだけじゃねぇ、悦子ちゃんもなぎのことは一目置いてるだろうな」
「そ……なんす、か?」
何があったといのだろう。るきは、知らない。おそらくれいとも。
「ま、気になるなら、なぎ本人に聞くといい」
「はぁ……」
——————
なぎの家。ひゅうががなぎをバイクで送迎した。妹たちは両親と出掛けていて不在だ。
「ひとりになるのか」
「平気だよ。もう高校だよ?」
ひゅうがはなぎが家でひとりになるのを心配した。相変わらず過保護だ。
ひゅうがもバイクから下りる。なぎが家に入って、きちんと鍵を閉めるのを確認するためだ。
なぎは玄関で立ち止まる。足を止めて振りむいて、ひゅうがを見る。
「ひゅうが君……今日は、ほんとにありがとう。なんというか、俺、いろいろまだ実感なくて……けど……」
「……けど?」
「けど、これだけはわかる。みんなが力を貸してくれたこと、本当に、ありがたいってこと。ありがとう。それから、ひゅうが君が、いつも俺のこと心配してくれること……ほんとに! ありがとう、ひゅうが君」
「……なぎ」
なぎの方が辛いだろう。一方的な、心当たりのない騒動。それから白鳥せつなの怪しい動き。
「なぎ……俺は、いつでも、お前の味方だ。必ず、力になる。どんなことも、何があっても……」
「うん……」
「おまえにいつでも、笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。辛いことや、悲しいことがおまえにないようにしたい。あれば、それを取り除く。おまえの好きなようにさせたい。思うことを、叶えてやりたい。……ひとりで抱え込むな」
「ありがとう……」
「二組に分かれはしたが、いつでも呼んでいい。ライブのことは全員で取り組むことだから、誰のことも遠慮なく使え」
「はい、わかった」
「家に入ったら鍵かけて……」
「それは大丈夫! もー!」
子供あつかいして、となぎは笑った。ドアを開ける。なぎが中へ入る。またね、と言った。
「また……次お泊まり会、いつする?」
「……連絡する。年末は忙しいから」
「わかった。じゃあね、ひゅうが君、気をつけてね」
「なぎ、鍵……」
「わかった! 今しめる!」
なぎはドアを閉めて、鍵をかけた。それを確認して、ひゅうがはなぎの家を後にした……。
——————
「緊張してきた……!」
「えー、何がぁ〜?」
なぎの学校。昼休み。教室は生徒たちの話し声で騒がしい。弁当をつつくなぎがつぶやくと、声が重なって返ってきた。
「からんちゃん、ころんちゃん、だって、あの、ファーレンハイトだよ⁉︎ ファーレンハイトのライブだよ⁉︎ 俺が演出⁉︎ コラボ⁉︎ 信じられないよ!」
そう、昨日のことだ。ファーレンハイトとの打ち合わせではいろいろあって、実感が湧かなかったが、とてつもないことだ。国民的アーティストの、ファーレンハイトとのコラボ。
「変ななぎちゃん。なぎちゃんだって充分すごいのにねぇ」
「なぎちゃんならできるよがんばれがんばれ〜」
なぎの両脇に、まったく顔の同じ人物が座っている。そう、双子なのだ。なぎの学校での友人、といったらこのふたりだ。付かず離れず。そんな関係。神子島からんと、神子島ころんだ。
ふたりとも身長が一九〇ある。なぎを挟むのはいつものことだ。
このふたりとはなぎは幼稚園からの幼馴染だ。何でも話す。メリのこと、れいとのこと、コラボのこと……。秘密にしなければいけないこと以外は何でも相談した。
「でもなぎちゃん、俺たちのことも忘れないでね」
「そうそう。なぎちゃんに勉強みてもらわないと、来年は後輩になっちゃう」
「えー! またぁ⁉︎」
なぎの成績は、中の下。良くはないが、悪くもない。双子は、補習と生徒指導室の常連。なぎは双子の面倒を見るほどではない。しかし、ふたりが、なぎの浮かない様子を見て、今日はよく話しかけてくれて、そばにいてくれる。
なぎは、れいとを思った。れいとは、どうしているだろう。れいとにも、何でも話せる友人はいるだろうか。ひとりでいたりしないだろうか。困っていないだろうか。寒くはないか、お腹を減らしていたりしないか。
何もかもが、心配だった。
スマホを見る。メッセージに既読はつかない。返信もない。留守電を聞いてくれたかもわからない。
れいとに会いたい。話したいし、顔が見たい。
「れいとくんの学校行こうかな……」
「え、俺らもいくいく」
「中学校なつかし〜」
「えっ」
「紹介してよ」
「れいととか言うガキ」
「えー……」
意外。めんどくさがりやな双子が、ついてくる意思を示している。
放課後、なぎは双子を連れて、れいとの学校に行くことになった。
——————
「れいと君学校来てないの……?」
れいとの学校。以前に、文化祭の際になぎを知ったクラスメイトがなぎに声をかけてくれた。
「何日か前から休んでるんだ」
「そう、なんだ……。えと、何か言ってた?」
「いや……あ、弟は? えーとすぐ下の、あやとだっけな……この学校だよ。一年二組」
「あやと君! そうだった! ありがとう! 会ってみる!」
双子が相変わらず、なぎを挟んで歩く。目立っている。明らかに他校の、しかも中学生ではない生徒。狭い廊下を、相手が避けてゆく。
「ふーん、れいとってやつ、逃げてるんだ〜」
「違うよ! れいと君の悪口禁止」
「ねー、そこの中坊、あやとって奴どいつ?」
一年の教室へ行く。あやとを探す。いや、探すまでもなかった。
「凪屋さん……?」
「!」
後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、れいとの弟。白樺三兄弟の次男。
「あやと君! 久しぶり!」
「うわー……横の何すか? でけー……」
「友達! ねぇ、れいと君は? 学校来てないって……会いたいの!」
「友達……へぇ。なぎさんは、友達多いんだ。あー……んー……どーすっかな……」
あやとは何かを知っているらしい。ばつが悪そうにしている。双子が目立つため、通りすがる生徒が必ずこちらを見る。わざわざ教室から見にくる生徒までいて落ち着かない。あやとはため息をついた。
「凪屋さん、兄貴は、家にもいないっす。でも、大丈夫だから。なんかその、メーワクかけてるかもしれないけど、ちょっとしばらく、ほっといてやって下さい」
「え……」
「いろいろあるんです。凪屋さんに話していいか、俺はわからない。俺の問題じゃないから。だから……まぁ、その、そういうことで」
あやとは話を終わらせようとしている。帰れ、と言われているのがわかった。
「……あの、俺が来たって言ってくれる? 心配してるって、話したいって、会いたいって……」
「会えたら、伝えます」
「うん……」
なぎは、双子に行こう、と行って、片方の袖をひいた。生徒たちが集まっていて、不穏な雰囲気だった。
「なぎ、大丈夫?」
「なぎ?」
「うん……」
双子が話しかけてくる。なぎの返事は、力ない。避けられているのは、わかる。学校にも、家にもいない。どこにいるのか。大丈夫なのか。
すると、スマホが鳴った。
ひかるだった。ライブのことを話そうという内容だった。れいとと一緒に、このコラボを楽しめたら、どれほど良かったか。
るきたちが、れいとのことを考えてくれているはずだが、どうしてもれいとが心配だ。
中学校から出る。夕日を背に帰宅する。河川敷へ差し掛かる。この河川敷は、れいととの思い出がたくさんある場所だった。れいとがいるのような気さえする。ぼんやりと、空と水の流れていく様子を見ていた。ここは、こんなに色褪せていただろうか。
「なぎ浮かない顔〜」
「元気出して〜」
「うん……」
「なぎらしくやってみたら?」
「そうそう、いつものなぎらしく、ね」
「え……?」
いつもの自分、それはどんな感じだったろうか。
「それ、どんな感じ?」
「え、そう言われると……」
「言語化は難しい……」
いつもの自分とは、どんな感じだろう。今の自分は、そうではないのか。
十一月ともなると河川敷は寒くて、いつまでもいれるような場所ではなかった。冷たい風を受けて、なぎは浮かない気持ちのまま、帰宅した。
——————
「うわぁー……」
なぎは、ひかる、とうや、たかひろとファーレンハイトのライブが行われる会場へ来ていた。
ステージに立つ。あまりの光景にくら、っとした。いつもファーレンハイトのメンバーは、ひゅうがは、こんな光景を前に歌っているのか。
「ちょ……想像してたより大きい……かも……」
「メリはライブ小規模だもんなぁ。まぁ五万人くらいくだから、特設会場の時の半分だな」
「……」
ひかるがなぎの頭に手を乗せる。なぎは開いた口が塞がらなかった。ちなみに、ひかるの運転で、なぎはここまで来た。なぎは車のことがよくわからない。ただ高級車だというのは、わかった。乗ったことのないようなシートだったからさ。家の自家用車とは大違いだった。終始緊張していた。
会場に着いたら、すでにとうやとたかひろがいた。
ステージにテーブルが無造作に置かれていて、たかひろがそこからなぎを呼んだ。
「お、お疲れ様です」
「よく来た。さっそくはじめようか」
「は、はい」
たかひろとは、ミーハニアのいおりとのコラボで喋ったことがあった。印象は悪くなかった。いおりへの態度には疑問が残ったが、後輩である自分たちには優しかった。初対面ではないことは安心できた。ストイックで厳しく、余計ことを言わないが、信頼できた。また、サブリーダーのひかるは、おおらかで人当たりもよく、面倒見が良い。話しやすかった。問題は、もうひとり、ひゅうがの腹心、二丸とうや。
じろり、なぎを見る視線が冷たい。よく思われていないのだろうか? 萎縮するような気持ちだ。
「まずライブのセトリや全体の流れを説明する」
たかひろがなぎに、当日の流れを説明する。
メリのコラボ、つまりなぎにプロディースを任せる、といったのはだいたい十〜十五分ほどの時間だ。二曲ほどになる。
「あの、俺、ファーレンハイトのCDとかDVDとかほとんど持ってます。好きだから……。れいと君もくれるし……」
「お、そーかそーか! そういやB面アルバム出すとか言ってたなぁ」
「あ、はい。それで……ファーレンハイトのライブがどんなかも、だいたいわかります。そういう風に……真似しろってことではないですよね? 俺に……俺にやらせるってことは、何か意味があるんですよね?」
なぎの質問は最もだった。
「さぁな、リーダーの考えはわからない」
たかひろがため息をつく。
「んまぁ、そういうことだろなぁ。なぎちゃんの個性を見たいねぇ」
ひかるはあっけらかんとして答えた。それで良いのだろうか。
「……ひゅうがさんは」
ぼそ、ととうやが話し出したので、なぎは驚いた。
「ひゅうがさんの真意は、わからない。だが……プロディース……つまり、プロデューサーに必要なことは何か、そこからまず考えろ」
「え……」
プロデューサー。思わぬ大役になぎはまた驚いた。
「あぁ……なるほど、そういうことか」
「へぇ……ひゅうがらしいな。だとよ、なぎ」
たかひろ、ひかるは、とうやの発言から含蓄を得たように納得していた。なぎだけが、いまいち、わかっていない。
「えと、えと……」
「はぁ……」
話の見えていないなぎに、たかひろはため息をついた。
「そういじわるしなさんな。手取り足取り優しくしてやれよ。俺たちはなぎに一生の恩があるんだ」
ひかるが笑う。
「そ、そんな! あれは、三年前のことは……」
「それもそうだな。よし、凪屋」
たかひろがテーブルから離れる。コツコツと靴音をひびかせて、スポットライトの真下へ来る。腕を広げる。
「僕を知っているか」
そこから大きな声でなぎに話しかけた。
「え! はい! 四宮たかひろ先輩です!」
「どんな人間だ!」
「ええ⁉︎ えと、ファーレンハイトの服飾担当です! ダンスが上手いです! ひとりでも十分なくらい! 去年の夏のライブでのピアノの独奏すごく素敵でした!」
「おーさすがだな」
なぎはファーレンハイトのいちファンだ。充分メンバーに詳しい。
「俺は? なぎ」
ひかるが自分を指差す。
「えと、先輩は……モデルもやってて、だからとても華やかです。存在感があります。声も好きです。」
「とうやは?」
「えと、ニ丸先輩は……振り付け担当で、すごく体幹がいいなって……パワフルで、体をはったパフォーマンスができるかと……」
なぎは他の、ここにいないメンバーについても考えた。ファーレンハイトはエンタメを重視して、その一糸乱れぬパフォーマンスが有名だが、それでいて、メンバーひとりひとりにもしっかりと個性がある。
「あっ……」
なぎは、気づいた。
プロデューサーとは。
プロデュースとは。
「そっか……みんなを……」
ひとりひとりの個性を活かし、それでいて全体をひとつのパフォーマンスとして纏め上げる。
「そうだ」
とうやがうなづく。
「俺……」
なぎの顔はぱ、と明るくなった。
「俺、ライブ見てて、俺ならこうしたいな、とか考えてました! それを、実現すればいいんだ!」
そう。ひゅうががなぎにやらせたかったこと。
「そ。……誰かさんがやってたようにな。なぎならできるよ。今後のためにもな」
誰かさん。
「……せつな君?」
そうだ。
離れ離れになっても、なぎの心の中に、暗い海を照らす灯台のように存在する指標。音楽性の絶対的、根源的な師。
彼が自分を、メリを、そのイメージを確立して守り、音楽活動やライブをプロデュースしてきたように。
そして、それが、これからの、今後の、メリのためになる。
ひゅうがはなぎのために、この企画を考えたのだ。いや、考えていたのだ。恐らく、せつなが消えたあの日から、ずっと。
「……ひゅうが君……」
ひゅうがはいつだってなぎに優しい。三年前のあの日から。あの、決定的な出来事に恩を感じているといつも言ってくれた。必ず恩返しをすると。
「ひゅうがさんがくださった勉強の機会を台無しにするようなことは許さん。徹底的にやるぞ」
とうやの口調は強かったが、なぎもまた強く頷いた。はい! と、大きな声で返事をした。 目を閉じて、想像をする。
自分なら、ひゅうが君やるき君にこんな風に動いて欲しい。ニ丸先輩はあそこ、睦月先輩はこうで、四宮先輩の三宅先輩は……五十嵐先輩は……。
プロデュース。難しい言葉だ。
ひとりひとりの個性を活かしつつ、かつ、ファンの望む「見たいもの」を提供しなくてはならない。それは新しくありつつも、ちょっと違う斬新なもので、ファンが望むもの。
なぎはいろいろ考えた。
れいとのことも考えた。
れいとが、戻ってくる想定で考えた。ファーレンハイトとのコラボ。空前のチャンス。
あまりにも広く大きい会場。莫大な予算のライブ。数万の観客が、万雷の喝采を送るのが想像できた。
なぎは顔を上げた。音響装置や、照明機材……。目に入るものすべてが、れいとを意識させた。
二度とは訪れない、夢のようなステージ。
れいととふたりで、立ちたいと思った。
れいとに、そばにいてほしかった。
必ず、れいとと仲直りをすると、心の中で固く誓った……。
——————
「よし、まず一ノ瀬をシメるか」
なんで⁉︎ ……と、るきの大声が響いた。
時系列は少し前に遡る。ファーレンハイトのスタジオに行って、いろいろあってなぎが大泣きして、それから二手に分かれて問題を解決すると決まって、ひゅうががなぎを送っていって、るき、つきは、すずの三人は、今後について話し合うことになった。
ファーレンハイトのスタジオの別の空き部屋。三人。るきはかなり居心地が悪かった。それもそのはず。
まず最初の発言が前述のものだ。
発言をしたのは、つきは。
「いや、勘弁してくださいよ! 俺これ以上はまじで何も知りませんから!」
「嘘つけ。白樺どこだよ。どうせおまえが匿ってんだろ」
「その可能性が高いね。君の家にいる、と見た。今から行こうか。あ、スマホ没収ね。白樺君に連絡されて逃げられると困るから」
るきは手を前に出してぶんぶんとできるだけ大袈裟に動かした。近寄らないでほしかった。このふたりは、やばい。元ヤンのつきはに、うさんくささNo.1、すず。何をされるかわからない。
「匿ってないっす!」
「ほんと? じゃあ確認していい?」
すずがスマホを出す。誰かに連絡している。
「ひゅうが、着いた?」
「げ……」
ひゅうがだ。なぎを送って、そのままるきのマンションへ。最初からそういう計画なのか、いや、ひゅうがとすずが談合している素振りはなかった。お互いがこうするとわかっていていますこの状況だというのか。
「いやあの……」
「はい、電話かわって。コンシェルジュさんだよ」
「……」
るきは大人しくすずの電話を受け取った。コンシェルジュの村上だ。ひゅうがを通すように言った。抵抗は無駄だ。通話をそのままに、スピーカーにする。ひゅうがが家の中を歩き回る音が聞こえる。
『どうしてだ』
しゃ、とカーテンか何かを開けた音がして、それと、ひゅうがから質問が飛ぶ。
「え」
『あいつを連れてきて、直接なぎにあわせるのがてっとり早い。なぎは話せる』
「……」
『それじゃあ解決しない問題を抱えてるってことか。問題はなぎじゃねえってわけだな』
「……」
れいとは答えなかった。
ひゅうがはまるですべてを知っているかのように話す。
「ひゅうがの様子からして、白樺君いないみたい」
「よし、一ノ瀬、歯ぁ食いしばれ」
「イヤっすよ!」
『どっかの別荘かウィークリーマンションとかだろ』
「う……」
ぱきぱきと脅すように拳を鳴らすつきはをよそに、電話の向こうのひゅうがはあまりにも的確だった。
「あは、なら僕が一ノ瀬君のご両親やご親戚の不動産情報やクレジットカードや口座の動きを調べればどこにいるか一発だ」
「いや、あんた……」
恐ろしい発言をするすず。なぜそんなことができる。さながら刑事ドラマだ。個人情報などあったものじゃない。
「いや……」
ひゅうがの声。
『調べるのは白樺れいとのことだ』
「!」
「あー……わかった。なるほど! 了解ボス」
「……」
ひゅうがからすずに勅令だ。れいとのことを調べろ。すずなら容易い。
電話が切れる。
「……れいとのことは……俺もしらないんですけど……」
るきは正直に話した。れいとが何故うちに来たのか、知らない。聞いてもいない。家庭の事情なのだろうというのは、わかる。聞けなかった。
「そうみたいだね。まぁ、あとはすず次第。荒っぽいことになったら俺の出番」
「え……そんな……」
荒っぽいこと。るきは少し前に、ポップコーンのゆうやの誘拐騒動に巻き込まれた。ゆうやもまた元ヤンで、つきはとは因縁の相手だった。荒っぽいこと。その時のことを思い出す。そんなことにならなければいい。穏便に解決するといい。
帰宅したるきに、コンシェルジュの村上は、喜んでひゅうがのことを話した。礼儀正しくて、るきのことを褒めて帰ったらしい。そんなひゅうがを想像できなくて、るきはしばし呆然としていた。
——————
なぎは、ひかる、たかひろ、とうやとの打ち合わせを終えて帰宅した。それから、毎日かかさず、れいとに送るメッセージを送信した。また、既読はつかなかった。元気でいてくれるのなら、それでいい。他にできることはあるだろうか。
それから、熊谷にも事情を伝えた。熊谷はいつでも力になると言ってくれた。クリエイティブイベントでは、あまりマネージャーは関わらないが、これはメリの問題でもある。
せつなのことについても、事実確認をしてくれると言っていた。
熊谷はなぎの味方だ。心強い存在。
帰宅して、リビングで妹たちの世話をする。かれんはすっかり回復した。どうしても、れいとのことが頭から離れない。からんところんに言われたことを思い出す。
どうしたら、事態を解決できるのだろう。
れいとに、会いたい。
会って話をしたい。
それが、なぎの願いだった。
「あ、ひゅうが様!」
テレビの芸能コーナーだ。みあが反応する。ファーレンハイトのライブについての特集をやっていた。ひゅうがの映像は過去のものだ。
このライブに、自分も出るのか。
なぎは改めて、現実感のない感覚になった。
妹たちには秘密だ。みあもかれんも、テレビに食い入るようだ。ファーレンハイトは国民的アーティストだ。
そのステージに、立つ。
彼らを、プロデュースする。
ひとりでは、あまりにも贅沢だ。……れいとを、このステージに立たせたい。
れいとが、ファーレンハイトに入っていたら? るきや、ひゅうがと歌ったら? そのifは、なぎが、いや、誰もが望むものだろう。
……叶えたい。
もしも、の奇跡を、実現したい。
れいとの事情を考慮したい。彼のためになりたい。与えられたチャンスに報いたい。
もちろん、自分ひとりでは無理だ。
ひかるに相談するか、たかひろか、とうやか。つきはたち、れいとの味方チームの進捗はどうだろうか。
「……るき君に電話してみようかな」
その時、なぎのスマホにメッセージが来た。
「え、ニ丸先輩……」
とうやだった。
内容は、ふたりで会いたい、というものだった。とうやは、的確なアドバイスをくれたが、ひかるのように話しやすいわけでもなく、また、たかひろのように以前からの顔見知りというわけではない。
当然なぎは呼び出しを了承したが、どんな用事なのか……内容もわからない。会うのは今すぐではなく、そのうち連絡する、ともあった。
なぎはしばらく緊張した気持ちを持ったまま数日間を過ごした。
——————
数日後。
「はい。白樺君について、ばっちり調べたよ。驚愕の事実発覚ってカンジかな?」
ひゅうが、つきは、すず、それからるきはいつも通りファーレンハイトのスタジオに集まった。
広報、それからライブのリハ、他の活動……忙しい合間を縫って、すずがれいとについて身辺情報を洗った。
スタジオの会議室にはホワイトボードが用意されていて、すずはまるで本物の刑事ドラマのように、そこに写真を貼り付けて、情報を整理していった。
「まあ、まずこっち」
すずが取り出したのは、白鳥せつなの写真だった。
「空港の監視カメラの映像だよ。確かに帰国してるね」
「げー……俺そいつ苦手」
つきはがあからさまに邪険な態度を見せた。白鳥せつなを、良く思っていない様子だ。ひゅうがは無言で腕を組んで立っている。
「けれど、帰国して、ホテルに居て、あとは何もしていない。メリのマネージャーの熊谷と接触したり連絡を取っているわけでもないし、ネットの履歴や口座の出金なんかもおかしい点はないんだ」
「こいつがなぎとヨリを戻そーとしてるってのはガセネタってことっスか?」
るきが問う。ひゅうがを見た。
「……」
ひゅうがは肯定も否定もしなかった。
「僕が調べ切れていないこともあるだろうからね。彼の動きは逐一報告するよ。はい、じゃあ次、本題!」
くるりとホワイトボードが裏返される。たくさんの写真。資料が貼られていて、それはわかりやすく整理してある。
「まず、白樺れいと母親と弟ふたり。この弟ふたりとは父親が違う」
「男三兄弟ね……」
つきはが苦い顔をした。同じような境遇だ。
「弟ふたりの父親がこいつ。良い会社に勤めてるね〜。ふたりのことは認知はしてるね。婚姻関係だったことはなし。母親、下ふたりの父親の祖父母や親戚はまったくの一般人で、不動産情報、学歴、就職先や口座情報、渡航歴やその他経歴不審な点なし。同僚や近しい人間も調べたけれど特に不審な点はなかったよ」
白樺家は、なかなか、複雑な事情のようだ。それにしてもすずはどうやってこのことを調べたのか。まるで捜査官ばりの能力だ。
「……れいとの父親は?」
るきが問う。
「そこが問題!」
すずはびしっとゆびさした。
問題とは。
「情報がないんだ」
「……ない?」
腕を組んで黙って聞いていたれいとがようやく口を開いた。
すずが説明をする。
「どんな人間も、基本的なこと……戸籍、住民台帳、住所電話番号、信用情報やいろんな履歴が残るはずなんだよね」
「それが、ないっていうのか」
「まぁ、僕の調べは日本国籍限定だから。可能性として、良い方としては、外国人とか。国外にいるとか。彼、見た目良いし、ありえるかも。……悪い方として」
すずの話は、なんだか露悪的で、創作のようだった。しかし。
ひゅうがも、つきはもるきも、もしかして自分たちは良くないことに足を突っ込んでいるのでは、と思った。
すると、電話が鳴る。
「……」
ひゅうがの電話だ。滅多に鳴らない。
とうやだった。珍しいことだ。
「……何だと」
ひゅうがの眉間にしわがよる。
その場にいた他の全員が、良くないことが起きた、と考えた。
「一ノ瀬」
「っ、はい!」
「何としても、白樺を呼び出せ」
「え……」
「なぎがケガした、そう伝えろ」
「!」
何があったのか。
その場に緊張が走る。
「え、えと……」
るきがスマホを取り出す。失礼します、と言って部屋から出た。
ひゅうがは、何も言わない。
つきはとすずは顔を見合わせた。
「ひゅうがさん」
つきはがひゅうがに声をかける。説明を求めている。
「とうやが、なぎを殴ったと言ってきた」
「!」
なぎがケガをした、と先ほどひゅうがは発言した。しかし。
「ああ、なるほど!」
「なんだよ。てか、いいんすか、ひゅうがさん、とうやの奴……ん……? ……あ」
なぎがケガをした。しかも、ファーレンハイトのメンバーに殴られて。なぎを溺愛(これは、すずの表現である)しているはずのひゅうがにしては冷静だ。
「演技?」
「いや、まじかも。でもかなり手加減したとかだろ」
つきはとすずはゆっくりひゅうがを見た。
「すず」
「はーい」
「ここを調べろ」
ひゅうががすずに名刺を渡した。
「! これは……」
ひゅうがは、無言で退室した。
——————
ここは、るきが用意した、隠れ屋だった。
ウィークリーマンション。
スマホが鳴る。
それに出た人物。
渦中の、白樺れいと、その人だった。
「……はい」
『れいと?』
電話の相手は、るき。
「どうした?」
『あー……なぎが……』
「なぎ?」
連絡は、必要最低限とふたりで決めた。るきには感謝してもしきれない。状況は更に悪くなっていた。今は隠れるしかない。
『なぎが、ケガした』
「!」
『二丸先輩と揉めたとかで』
「……なぎが?」
なぎが、揉めた? 先輩と? 考えられない状況だ。なぎは人と争うような人間ではない。
「そう言って呼び出せって言われた?」
『いや、俺もそう思ったよ。……まじだから。なんか二丸先輩から言ってきたし。ひゅうがさんたちが行って、なぎいないらしくて……』
「るき、待て、話がよくわからない。
るきの話が珍しく要領を得ない。ほんとなのかもしれない。
『なぎどこにいるかわかる? みんなで探してるんだけど……』
「……」
るきの話によると、なぎが行方不明になった。
なぎの行くだろう場所を、れいとは考えた。
「わかった」
それだけ答えた。
なぎのことを考える。れいともだいぶ冷静になってきていた。ふぅ、と息を吐く。
白鳥せつなの件は、多分誤解だった。
なぎは、自分を捨てる気なんてない。そう、頭の中でわかっていた。しかし、どうだろう、なぎは優柔不断ない所もあるし、何より、優しいから。白鳥せつなに頼まれれば、断れないのではないだろうか。
自分より、白鳥せつなを選ぶのではないだろうか。
「……」
なぎを探さなくては。
どこだろう。自分の知っている場所。怪我をしたとは、どの程度なのだろう。どうして。
れいとは上着を羽織って部屋を出た。
身震いするほどに寒くて、なぎが心配になった。足早に、向かった場所は、河川敷だった。
——————
河川敷はすっかり暗くて、川の水は真っ黒だった。この次期は日が短くて、日が昇るのも遅い。何をしていても寒くて、息を吐くと白くなる。
れいとは、よく周りを見ながらここまで来た。
「やつら」がいないか。れいととしては、リスクを犯してここに来ている。
「なぎ……」
なぎを探す。ここ以外思いつかない。橋の下を通って、それから、川沿いにずっと歩き続ける。ベンチがあったはずだ。階段を降りていく。
「なぎ!」
人影。
街灯に照らされて、ベンチに小柄な少年がひとり。なぎだ。なぎ。
「!」
「なぎ……」
「え、れ、れいと君……?」
なぎは目を丸くして、驚いていた。それもそうだ。前回ファーレンハイトのスタジオで別れた時、あんな別れ方をした。それ以来なのだ。
「なぎ……」
れいとはなぎに近寄った。それから気づいた。なぎの頬が赤い。
「そこ、どうした」
「え、あ……えーと、なんか急に、ビンタされて……なんだろうね……」
「怪我、それだけ?」
「え、怪我ってほどじゃないかな……うん……」
なぎは、何か言いたげだった。当然だ。
れいとはよくなぎを見た。他に怪我は無さそうだった。ならば、長居はしていられない。ただ、一言、何か、気の利いた言葉をかけたい、そうは思った。しかし、言葉が出ない。
ざざ……と川のせせらぎが、いつもより大きく聞こえた。
「……」
「……」
互いに無言だった。れいとは早々に諦めた。帰らなくては。振り返る。
「! 待っ.....」
「れいと!」
土手の方から、るきの声がした。
「おま、え、てか、あ! なぎ! おまえら話したのか⁉︎」
るきが走って、ふたりに寄ってくる。
「るき。なぎの怪我はたいしたことない。後頼む」
「え、いや、はぁ⁉︎」
れいとはるきにそう言ってその場を離れようとした。
「ま、待って、れいと君、俺、話したいこと……」
「俺はない」
「!」
「ま……」
冷たい声色だった。
なぎの顔を見ないように、去ろうとした。
しかし。
「待てよ!」
るきが、れいとの肩をつかんだ。
ガツン。
そのまま、れいとの頬を殴った。
「ええ⁉︎」
なぎの悲鳴。
れいとはその場に尻餅をついた。
「る、るき君⁉︎」
なぎが駆け寄る。れいとのそばに行こうとするのを、静止した。
「なぎ、下がってろ」
「いや、でも、何⁉︎ 何で⁉︎ るき君、れいと君の味方だって……」
「そうだよ! だからいろいろ黙って手ェ貸してた」
「え⁉︎ いや、じゃあなんで……」
るきは今にも掴みかかりそうな勢いだ。なぎが仲裁しようとしている。れいとはそのままだった。口の端が切れた。血が滲む。
「仲直りしろよ……」
るきにしては、か細い声だった。
高飛車で、華美で、常に演技がかったような言動のるきの、こんな声を聞いたのは、なぎもれいともはじめてだった。
水の音がする。古来から変わらない原始的な調べ。三人だけの、河川敷。
「おまえらが……ケンカしてんの、嫌だよ」
「るき、君……」
「るき……」
「前みたいに、ふたりで、俺の家に来いよ。ジョンもいるのに。どうして……」
「……」
しばらく、誰も、発言をしなかった。
最初に発言したのは、なぎだった。
「お、俺は話したい……れいと君と……」
「!」
うつむいていたるきがなぎを見る。
それから、れいとへ歩み寄る。れいとへ手を差し伸べる。
「は、話そう……よ……。どうして怒っているか教えて? 俺、俺が悪いとこ、治すから。仲直りしよう……?」
「……」
なぎも、聞いたことのないような声だった。か細くて、今にも風に、暗闇に消えいるような、精一杯の声。泣き出しそうな、表情。
ずるい、とれいとは思った。
どう考えても自分が不利だった。相手を追い詰めているように見える。
れいとはなぎの手を取らずに、立ち上がった。
「……白鳥れいとと、またメリに戻るって」
「! 戻らないよ!」
れいとが、なぎに捨てられると思っていて、それでこのようにこじれたことは、事情を知る誰にも明らかだった。そしてそれが誤解であることも。裏付けるように、なぎは即答した。
「……嘘つくなよ。俺は知ってる」
「何を⁉︎ 俺が目の前でこうして、言ってるのに⁉︎ れいと君を捨てたりしないよ‼︎」
なぎはれいとに一生懸命に語りかけた。しかし、それがれいとに通じていないこともまた、明らかに思えた。
るきが問う。
「れいと、それ、どこ情報だ? すずさんがいろいろ調べて……確かに、白鳥せつなは帰国してるけど、何か動きがあるわけじゃないって。おまえの勘違いだろ? 早とちりだ。なぎは、お前を捨てたりしない。そう言ってる……」
るきが、なぎをフォローした。
「……」
しかし、れいとはなぎとも、るきとも目を合わせない。
るきは思った。何か、自分たちの知らない何かをれいとはかかえている。すずが調べ切れなかった何かがある。
「れいと……」
今度は、るきがれいとに近寄った。
「話してくれ、力になる。俺は……」
「……」
「れいと君……?」
なぎは、すずからの情報を受け取っていない。れいとがおそらく家庭のことで何かある、ということを知らない。
るきは、ようやくこの時、覚悟を決めた。ふたりのためになる。れいとの、ふたりの味方でいる。何があっても。
「おまえの、ふたりの、味方でいる。何があっても。だから……」
つきはが言っていたように、荒事になっても、かまわない。
ふたりの、この、自分の親友ふたりの、味方でいる。そう、思った。
「……なぎ、けれど……」
「れいと君」
ようやく、れいとはなぎを、るきを見た。
見たことのない顔をしていた。戸惑いや、迷い、不安、そういったものを抱えている人間の顔だった。
「どうしたら、いい……?」
「え……」
なぎがれいとに聞く。るきは黙ってふたりを見ていた。
「どうしたら、れいと君は、不安じゃなくなる……?」
なぎは、泣いているかのような、微笑んでいるかのような、形容しがたい表情をしていた。
れいとに近寄る。れいとの手を取る。
「俺、じゃあ、もう、歌わない。せつな君の作ってくれた歌、歌わない」
「!」
「なんなら、メリっていう名前じゃなくてもあい。れいと君が納得してくれるなら、全部捨てる」
「なぎ」
「れいと君が……れいと君のためなら、捨てるよ。他にはどうしたらいい? 家族と離れていっしょにいる? ふたりきりになる? 何でもいい。どんなことでもいい。れいと君が納得できる形にしたい」
「なぎ、俺は……」
「どうしたら俺を信じてくれるの⁉︎」
びくり、と驚いたのは、れいとと、るきもだ。
なぎがこんな風に大声を出すのは聞いたことがない。
「何で俺を……俺の言うことを信じてくれないの⁉︎」
「……」
「れいと君と、歌いたいって、れいと君を誘ったのは、俺なのに!」
四月。ふたりの出会い。なぎがれいとを、選んだ日。
あの会見の日。今度はれいとが、なぎを選んだ日。
「どうして……」
なぎの目から涙が溢れる。
「なぎ……」
るきがなぎの肩を抱き寄せた。
なぎは嘘偽りなく心の中を明かしている。
いったいれいとは何に納得していないのか。何を疑っているのか。
「俺は……」
なぎはぐすぐすと泣いている。頬が赤く腫れているのもあって痛々しく思えた。
こんな顔を、させたかったわけではない。
こんな風になりたかったわけではない。
この河川敷を、なぎとランニングしたのを思い出した。朝焼けの中、なぎは自分についてこれなくて、それでも、笑顔で、そばにいた。
れいとは、自分の胸が、ずき、と痛むのを感じた。
なぎとの日々を思う。
クリエイティブイベント。互いの家に行ったこと。学校をサボって江ノ島に行ったこと。ライブ。フォトブックの撮影。沖縄でふたりで迷ったこと。プラネタリウム。何度も、この河川敷を、ふたりで歩いたこと。
れいとは空を仰いだ。
るきと、なぎを見る。
「なぎ」
「!」
るきが顔を上げる。
れいとの声が、今までと違うのがはっきりとわかったからだ。
「俺は……」
「白樺、逃げろ!」
その時だった。
橋の上から、誰かが叫んだ。
三人は驚いて上を見た。つきはと、すずがいた。とうやも。逃げろ、とは。
すると、ブレーキ音とともに、車が現れた。河川敷の土手をもの凄いスピードで走ってきた。なぎとれいとはわからなかったが、マイバッハだ。るきは気づいた。それこそ、そんじょそこいらに走っているような車種ではない。るきはとっさに、なぎをかばって、れいとの手を引いて、階段を下った。橋の方へ走る。しなし、車は止まらずにドアが開いて、黒いスーツの男が何人も出てきた。
「まずい!」
「間に合わなかったか」
つきは、すず、とうやが、橋の下へ向かう。三人と合流するためだ。しかし、遅かった。
黒いスーツの男がれいとを取り囲む。
「れいと!うっ」
「るき!」
るきがそれを防ごうと抵抗するが、あっさりと投げ飛ばされる。地面にうずくまるるきに、なぎが駆け寄る。黒服の男は警棒のようなものを持っていて、それを振りかざした。なぎはるきに覆い被さって、るきを庇った。
「やめろ! 行くから! やめてくれ!」
れいとの声。黒服の男は、振り上げた手を下ろした。
そのまま、れいとは黒服に囲まれて、車まで連れて行かれる。荒々しく車に放り込まれて、あっという間にマイバッハは、またものすごいスピードで消えていった。
「一ノ瀬!」
つきは、すず、とうやが、地面に伏したままのるきに駆け寄る。
「大丈夫か⁉︎」
「……っス。いてー……」
「痛いなら大丈夫。死ぬ時ってそういうんじゃないから」
にこやかに怖いことを言い放つすず。
なぎはもう、声を上げることすらできない。困惑と恐怖。震えて怯え切っている。
「なぎは、大丈夫か?」
るきが問う。
「あ、あう……」
「おい、しっかりしろ」
「!」
とうやが近寄るとなぎがびくりとした。それもそのはず、とうやにぶたれた、というのだから脅えもする。
「ちょ、ニ丸先輩、あんたなぎに……」
るきが、なぎの手前に出る。
「あれは演技だ」
「は⁉︎」
さらりととうやが言い放つ。
「ぶったのは本当だけど、白樺君を呼び出す口実を作るためにってこと。もちろん、僕たちも知らなかったよ? 凪屋君もね」
すずの補足が入るが、るきもなぎも軽いパニックだ。
「敵を騙すなら味方から……ってことだろ。つか、とうやが本気で凪屋殴ったら死んでるだろ。体重倍あるぞ」
つきはも事態を把握しているようだった。
「あ、そういえば、あんまり痛くなかったかも……」
呆然としていたなぎがよやく我に帰る。そして自分の頬をさすった。赤くなっている割には、痛みはない。
ただ、ショックでその場を飛び出した。
「はあああ? なんだよ……じゃ、騙されてたのかよ、俺たち」
「君と凪屋君ね。僕たちはすぐ気づいたよ」
ふふ、とすずが笑う。
「もちろんひゅうがさんも知ってる。……痛くないか? 凪屋」
とうやがなぎを気遣う。なぎは少し控えめに、はい、と答えた。まだ、脅えているように思う。大柄なとうやと並ぶと、なぎはさながらぷるぷると震える小動物のようだった。
つきはがるきと、なぎを立たせた。土を払う。
「それより、白樺の話だ。」
「! そうだ! 何だあいつら!」
「るき君さすが。車種でやばいって気づいたの君だけだったね」
「だってあんな……俺ん家にだって二台か三台あったか、そんくらいの車ですよ! あんなの走ってきたら、やべーって思うでしょ!」
「あの……」
なぎは、状況が飲み込めていない。しかし、顔面蒼白にかっていた。それもそのはず。
「れいと君、さ、攫われて……ら、らち……どうし、警察……」
そう、事態の深刻さに気づいたのだ。
「いや、大丈夫。悪いことはされないよ」
「え……」
すずがなぎの肩に手をおいた。
「行くぞ。車に乗れ。すべて話す」
とうやの後につきはがついていく。すずに支えられて、なぎもそうした。るきもついて行く。
まるで非日常めいた出来事だったが、すべてが現実だった。
若者たちの背中が、徐々に河川敷から見えなくなった。
——————
車がどこに向かっているのか、なぎとるきには検討もつかなかった。オフィス街へ向かっているのはわかった。高いビル群。あまりなじみのない場所だった。
「さて、まずどっから話そうかな〜」
運転がとうや。助手席につきは。
後ろはすず、なぎ、るきだ。
「れいとを攫ったやつら誰なんスか?」
るきが切り込む。すると、すずが一枚の名刺を、どこからともなく出した。なぎが受け取る。それをるきも覗き込む。
「グラン・グッド・インク……?」
「GGI、病院経営から不動産業までやってる国内有数のコングロマリットかな」
「……?」
なぎはぴんときていない。これが、何だと言うのか。
「グランレーベルは知ってる? そうだなー……五年前……は凪屋君は知らないか」
「すず、そこ抜いて話した方いいぞ。悦子さんこえーから」
「あはは、そうだね。うーんと、簡単に言うと、うちのライバル会社だ! 芸能プロダクションもある」
「はぁ……」
「で、この……グランなんとかっつー会社がれいと攫ったんスか? なんで?」
ぼんやりした返事のなぎに、せっかちなるき。すずは不敵に笑う。
「お家騒動が起きてるんだ。先代会長が急死してね。今の会長になったばかり。しかし古い体質の親族経営だから、既に次の代表を探してる。条件は今の会長の直径の男子であること。社長は娘婿だからハズレだ。会長の子供は全員女で、孫も全員女」
「……まさか……」
「会長の隠し子がいることがわかった」
「れいと君⁉︎」
さすがのなぎも気がついたようだ。
「いやぁ、いろいろ情報が隠されていてね。調べるのほんとに大変だったよ! れいと君がオーディションを受けなかったら……いや、悦子さんは……あぁ、ごめん、こっちの話、とにかく、正解。それで攫われたと僕らはみてる」
「んなアホな……あいつ中坊ですよ。会長? 日本有数の企業の?」
「れいと君……そんな大変なことに……」
オフィス街のきらびやかなビルの灯りを追い抜いてどんどん車は進む。
「じゃ、向かってるのって、GGI?」
「そういうことでーす」
なぎはぐっと、ひざの上の手に力を込めた。
れいとが、大変なことになっているのに、自分は力になれなかった。罪悪感や、無力感。
車窓を彩る街灯に照らされた横顔は苦い表情だ。
「……芸能プロダクションって言いましたよね?」
るきが身をかがめて、なぎ越しにすずを見る。鋭い視線だった。
「白鳥せつな、関係してます?」
「!」
白鳥せつは。元、メリ。元、なぎの相棒。
「え……」
なぎも顔を上げる。どうしてそこにせつなが出てくるのか。
「白鳥せつなのこと……なぎが否定してんのにあいつ、なぎがを疑ってて……何か吹き込まれたのかなって。証拠とかも見て、それで疑心暗鬼になってんのかなって思った」
「いいね。一ノ瀬君。聡いね」
すずが拍手する。
事実を把握しているであろうとうやはだんまりだ。つきはも外を見ている。
「GGIの芸能部門、グランレーベルが、白鳥せつなに接触していた。秘密裏にね。暗号を使って! まったく僕の裏をかこうとするなんてね」
「あ、暗号?まじか……」
「せ、せつな君、グランレーベルと契約したんですか……?」
「いや……」
すずも窓の外を見た。GGIのビルが見えてきた。
「白鳥せつなは独立して個人事務所を立ち上げる。そこに資金提供をするらしい。そして、そこにPPCのPレーベルから人気ユニットを引き抜く。そういう話があるらしいよ」
「え……」
「ま、五年前と同じやり口だな。PPCを今度こそ潰そうってわけだ」
つきはが言う。五年前にも、何かがあったらしい。なぎとるきは知らない。ファーレンハイトのメンバーは知っている。
「で、白樺くんがそれを信じたのは……まぁ内部資料見せられたりとかしたんでしょ。それで、なぎ君が自分を捨ててしまうと思ったんだろう。自分も自分で、お家騒動に巻き込まれて音楽活動どころじゃない。精神が不安定になっていてもおかしくはないよね」
「……」
なぎは、れいとのことを考えた。
どうしてこんなことに。
自分に、何ができるだろう。
巨大な陰謀を前に、自分はあまりにもちっぽけだった。
れいとを救いたい。
「で、どーするんすか……まさか、殴り込み? とかじゃないっスよね……」
「まさか。計画考えた。れいと奪還作戦」
こんな事態を前に、つきはの口調は明るい。歌い出しそうなくらいだ。つきはの元ヤンの血が騒いでいるのかもしれない。
「すでにひかるとたかひろがGGIへ行っている」
「えっ……」
とうやがそう言うと、車はGGIのビルの駐車場へ入る。警備員に誘導される。
「ファーレンハイトにもね、引き抜きの打診があってさ。その話をしましょう、って体でね」
「はぁ……」
車が止まる。降りると、隣にひゅうがのバイクがあった。
「で? 作戦って……」
「武闘派のとうや君とつきは君が騒ぎを起こす。ひかるとたかひろは偉いひとたちの足止め。ひゅうがは別行動。僕となぎ君、るき君で白樺君を探して、取り返す!」
「えぇ……」
るきのひきつった声。
殴り込みと同意義だった。かなりの力技の作戦。ほぼ犯罪だ。
これでいけるのか。なぎを見る。
「……」
なぎはうつむいたままだ。
「なぎ、お前は待ってろ。俺がれいと連れてきてやるから……」
るきがなぎの肩に手を添える。
「……」
「凪屋君、無理はしないで?僕たちファーレンハイトにまかせて? 君に恩を返したいんだ。三年前のね」
なぎが小さい声で答える。
「……い、行きます」
「……できないのならここにいろ。足手纏いだ」
とうやが言い放つが、しかし、なぎはぐっと顔をあげた。
「行きます! 俺がれいと君を助けます。俺のれいと君だから……!」
なぎの顔に、つきはもとうやもすずもうなづく。なぎが答えるとわかっていたかのようだ。ファーレンハイトのメンバーは、なぎを信頼している。それに値する何かが、過去にあったのだ。それはるきも、れいとも知らない、何か。
五人は計画どおりに、ビルに向かった。
——————
「まさか彼女がたかが五年でこのまでPPCを再興させるとはね……」
「そりゃ、悦子ちゃんの手腕だよなぁ」
「……気運もある。天が彼女に味方した。それは今でもそうだ」
「ははは。君らの功績が大きいと思うけれど、違うのかな」
そこは広い会議室だった。
壁の床も暗い彩りで、重厚さが演出されていた。間接照明も薄暗く室内は人の顔がわからないほどで、窓の外ののビル街のネオンの方が明るい。
革張りのソファに腰掛けて話しているのは、ファーレンハイトのひかるとたかひろ。それから、知らない男性。
「それで、今度はおたくらは何を計画してるんだ?」
ソファに深く腰掛けていたひかるが、体制を直す。前屈みになって、下から、男性をじっくりと見た。
「はぁ……まったく、……。参ったね。上手くいかないもんだなぁ」
男性は立ち上がるとこつこつと革靴を鳴らして窓際へ移動した。
「俺らを金だのなんだので引き抜こうってのが甘ぇのよ」
「おい、ひかる、話をもっと伸ばせ。そういう計画だ」
「あ、そうだっけ。茶とか出してもらえます?」
「ふふ……かまわんよ、それでは……」
その時だった。
ビー、ビーと、フロア全体、いやビル全体に警告音が鳴った。
「!」
「始まったか」
ひかるは楽しそうに呟いた。
——————
「おい! すずなんだこの音!」
「あはは、なんだろう」
「警備員が来るぞ」
ビルの別の階。
駐車場から上がってきたなぎ一行(なぎ、るき、つきは、すず、とうやの五人)は当然、ひかるとたかひろの待つであろう会議室に案内されるはずだった。
しかし、あろうことか、エレベーターに乗った途端に、とうやが案内係を強かに気絶させた。
「ええ!」となぎの悲鳴が上がったが、今度はすずが勝手にエレベーターを最上階のひとつ下の回まで向かわせた。
「最上階に白樺くんがいるはず。館内見取り図からだとこのエレベーターでは行けないんだ。」
すずはとっくにビルの調べも済んでいて、れいとの居場所の検討もついていた。
こんなことをして大丈夫なのか。普通に犯罪では、などということを言う人間は誰もいなかった。目の前でれいとが攫われたのだ。大義名分は充分だった。
ファーレンハイトは大切なライブ前にこんなことをして、下手したら警察沙汰。すべてが台無しだ。いやしかし、それを持ってもあまりある恩を、なぎに持っている。それだけで、一同の団結には十分だった。いや、それだけじゃない。れいとの騒動には全員がフラストレーションを感じていた。
血の気が多いことに、実質のお礼参り、でもあった。
エレベーターが到着する。
とっくに就業時間を終えたフロアは真っ暗で、非常灯のみがついていた。
まず降りたのが、つきはだった。
その途端に、前述のアラームが鳴った。
ばたばたと足音をたてて、警備員が現れる。いかにも施設警備の制服を着たもののほかに、れいとを攫ったのと同じスーツ……黒服も現れた。
「ビンゴみたい」
「すず、行け!」
つきはととうやが、警備員たちを止めるために残った。
すず、なぎ、るきは走り出す。
「あ、あの、どこへ行けば」
「わからない! ここから上は見取り図が見つからなかった! 秘密の階段か何かがあるはずなんだ! それを探して」
「秘密の階段⁉︎」
なぎたちの背後では、つきはととうやが戦闘していた。警備員たちを倒す。黒服は、武器を持っている。特殊警棒だ。思わずそれを見ていたなぎが危ない、と叫んだ。
しかしつきはは、壁を蹴ってジャンプして、その勢いと体重を思いっきり乗せて、黒服に一撃喰らわせた。
口元は笑顔だ。戦いを楽しんでいるように見えた。
「す、すげー!」
「ほら、見とれてないで、行くよ」
るきの感嘆をよそに、すずが指示をだす。
なぎとるきを呼ぶと、すずは廊下にあった何かの設備のボタンを押した。すると、防火シャッターが降りてきて、廊下を分断した。
「えっ、五十嵐先輩たちが……」
「大丈夫大丈夫。あのふたりはね。けど僕たちは戦闘要員じゃないでしょ。さ、白樺君を探そう」
なぎたちはようやく自分たちのいる場所を見渡した。
オフィスを隔てるしきりや廊下はかろうじて視認できた。しかし非常灯以外がないので、暗い。
なぎたちはそれぞれスマホの灯りを頼りに、すずの言う秘密の入り口を探すことにした。
途中、なぎは家族に遅くなる旨を伝えた。れいとはどうだろう。兄弟は、家族は心配していないのか。れいとのことを考えると、たまらなくなる。
ドアを進んで進むと、サーバールームに着いた。他にも電気設備などがある。あまり一般社員は来ない場所だ。
コンコン、とすずが壁をたたく音が聞こえた。
「ん……」
「何スか?」
「ここ……壁が薄いな」
なぎとるきは、すずの言う場所を照らした。一見すると何の変哲もない壁。
「ここを調べるよ。バールのようなものがあればこじ開けられるかも。何か探してきてくれる?」
「はい!」
すずを残して、るきとなぎは、何か役立つものを探しに行った。
廊下に戻り、オフィスの方へ行く。給湯室やストックルームを見て回る。
「ねぇ……」
「ん?」
途中、なぎがるきに話しかけた。暗い。廊下の突き当たりは全面がガラスで、窓の外のビル街の灯りが眩い。しかし、なぎの顔が見えない。
ふたりはあたりの棚や段ボールなどを漁る。
「るき君ありがとう……いろいろ……俺……」
「あほ。あんたな、れいと助けてから言えよ」
「ファーレンハイトのみんなも……俺……」
「……そういえば、ひとつ聞いていいか?」
「ん?」
「三年前、何があった? どうしてファーレンハイトの皆は……ひゅうがさんは、あんたに恩があるって言うんだ」
「あー……あ!」
話を無理やり終わらせたのか、それともタイミングが良かったのか。
「バール!」
「お、先輩のとこ戻るか」
なぎがバールそのものを発見した。お手柄だった。しかし、これを使うとなると、恐らく器物損壊めいた目的だ。そこまでやっていいのか、もるきは考えた。大事なライブ前に、ファーレンハイトのメンバーが逮捕されるようでは新聞の一面の意味合いが変わる。その辺も何か、作戦があるのだろうか。
なぎとるきが、廊下に戻ろうした時だった。
「動くな」
「!」
「まじかよ……」
「三宅先輩!」
「うーん……ごめんねー、なんか捕まっちゃった!」
なぎとるきの前に、すずと、見知らぬ男が現れた。例の黒服だ。すずは両手を挙げて降参のポーズだ。しかし特段焦っていたり怯える様子もなく、普段どおりのにこやかな笑顔でなぎとるきに応じる。
「でもね、秘密の階段見つけたんだ。さっきのところ」
「黙れ!」
「あー……つまり……」
ふぅ、と息を吐いて……るきは地面をとんとんとつま先でたたいた。
それからダッシュして、勢いよく男に飛びかかった。
「ええ!」
「なぎ、行け!」
「!」
るきはすずを助けようとしている。男は長身のふたりが華奢に見えるぐらいの体格だ。
「で、でも」
「はやく!」
「これ、ここは僕たちに任せて、ってヤツだ。あはは、かっこい〜」
「……!」
なぎはバールを持ったまま駆け出した。ふたりを置いて。
突き当たりを曲がって、先ほどのサーバールームへ。すずの言う通りの場所の目の前に立つ。
「うーん、ごめんなさい、後で弁償します!」
なぎは、バールを思いっきり振った。
パキン、とバールの先端が、壁の溝に食い込む。そのまま体重をかけて、てこの原理でバールを押すと、壁がドアのように動いた。鈍い音をたてて。全部は開かない。なぎなら通れる。そのくらいの狭い隙間が空いた。中を覗くと、階段だ。
「この先に、れいとくんが……」
なぎは隙間に身を滑らせた。階段を駆け上がる。暗くて、足元の非常灯すら心許ない。無機質な足音が響く。それから、ファーレンハイトのみんなのことを思い出した。ひゅうがのバイクがあった。何をしているのだろう。ひかるとたかひろは。警備員のひとたちも、怪我をしていないといい。とうやとつきははやりすぎないだろうか。
階段を上り切ると左手にドアがあった。鍵がかかっている。しかし、この際、どうでも良い。なぎは思いっきり、バールを振り上げた。バキン、と大きな音がして、ドアノブと、その下の鍵の部分が壊れた。
「れいと君!」
「!」
部屋の中に入る。何もない部屋だった。
窓すらない。ひとつだけ、家具があった。ベッドだ。そこに、れいとがいた。
——————
れいと君、となぎはもう一度言った。
れいとは驚いた顔をしていた。ふたりがこうして見つめ合うのが、なんだかかなり久しぶりのように感じた。なぎは頭のてっべんからつま先まで、しっかりとれいとを確認した。れいとだ。れいと君だ。白いシャツにスラックス。少し、頼りないような印象に見えた。
なぎは持っていたバールを捨てて、れいとに駆け寄ろうとした。
「何しに来た!」
「!」
「れ、れいと君……」
なぎは立ち止まる。
「帰れよ……」
「えっ」
小さくれいとが呟く。帰れ。
なぎはゆっくりとまた近寄る。俯くれいとの表示は、わからない。
「ご、ごめんなさい。あの、さっきも言ったけど、あのね、俺、誤解させたと思って……!」
「……」
「俺、れいと君を捨てたりしないよ。せつな君が帰国してること、知らなかった。もちろん、せつな君とまたメリをやろうなんて思ってないよ。だって、今は、れいと君とふたりのメリだもん」
なぎはいかにも用意してきた、考えてきた、と言わんばかりの言葉を紡いだ。台本のようだった。しかし、それは、なぎの、まごうことなき本心だった。たとえどれほど疑われても、こう言うほかにない。そういう回答だった。さきほどの河川敷と同じ。自分の気持ちを吐露した。そこから、何ひとつ変わりない問答だった。
なぎがれいとを見つめる。あまりにも真っ直ぐに。
「れいと君は、どうしたいの?」
「……」
れいとは答えない。
俯いたままだ。
「どうしたら、俺を信じてくれる?」
なぎはゆっくりとしゃがんで、れいとを覗き込んだ。
答えはない。
なぎはいつまでも時間をかけてれいとを説得したかった。しかし、そういうわけにも行かない。外では、ファーレンハイトのみんながどうなっているか。そもそもにして不法侵入だ。明日の朝刊を飾るのがこんなニュースではいけない。
「ね、とりあえず、こんなとこ出ようよ」
無機質な部屋。白い壁に白い床。そして、何もない。ベッドの奥には洗面台と、シャワーとトイレが見えた。それだけだ。まるで檻房。こんなところに、れいとをこのままにはしておきたくなかった。
なぎはれいとの手を取った。
その時だった。
バタバタ……。
先程、なぎがこじ開けた隠し通路の階段を人が登ってくる音がした。
「!」
部屋に人が入ってきた。三人。
しかし、今までとは様子が違う。ひとりは高級そうなスーツだった。残りふたりも黒服。警備員などではない。
「こんばんは、凪屋さん」
「!」
高級そうなスーツの男性が、なぎの名前を呼んだ。初老の、上品な印象のグレーヘア。
「あ……えと……?」
「……なんだよ」
すると、今までベッドに腰掛けて俯いていたれいとが立ち上がり、なぎの前に立った。なぎを庇うように。
「れいと、凪屋さんと話をしているんだ」
「……」
「え、え、あの……」
「凪屋さん。初めまして。私は櫻井宗一郎。そこにいる白樺れいとの、実の父親です」
「へっ⁉︎」
なぎが驚いて、れいと越しに男を見た。
れいとの父親。似ているだろうか。よく、わからない。れいとの弟ふたりを思い出した。似ているだろうか。
「え……いや、でも……」
「彼の下の弟ふたりとは、何の関係もありません。れいとの父親なのですよ」
「……」
心を、読まれている。櫻井は何とも、威厳のある、それでいて柔らかな物腰で、なぎに丁寧に接した。
一方でれいとはふたりの間に立ち塞がったままだ。櫻井をにらみつけていた。
「今まで私は、ファーレンハイトのリーダーの、七星さんと話し合いをしていました。不法侵入の権や、器物損壊については見逃します」
「え……」
「なので、このまま立ち去ってください」
「!」
れいとを見上げる。
つまりそれは、れいとを置いていけ、ということだった。
「れ、れいと君……」
「彼には、新しい人生を歩んでもらいます。私の後継として。名前を変え、経歴も作り変えます。すべてを、我が社に相応しいものにね。そして教育をさせます。あなたたちとは住む世界の違う、これからの人生でかかわることのない人間に、生まれ変わるんですよ」
「……!」
れいとが攫われた件に関してはなぎもある程度は理解はしていた。しかし、櫻井の提案はあまりにも突拍子もなく、非現実的で、しかしそれでいてこの櫻井にとってはできてしまう、そう感じさせるものだった。
「な、何言って……家族は? れいと君にはお母さんと、あやと君とまやと君がいるのに!」
なぎの口調が荒くなるのを、れいとは聞き逃さなかった。なぎを見る。怒っているように見えた。
「それに、そんなの勝手に! れいと君はそれでいいって言ったの? それがれいと君の幸せになるの? 意味わかんない!」
「れいととは話し合いを進めていました。双方の合意を目指して、ね」
櫻井は微動だにしない。
「ご、合意って……」
「凪屋さんは、なぜれいとが、PPCのオーディションを受けたか、聞いていないのですか?」
「‼︎」
四月。れいとと会った日を思い出す。れいとは、金のためだと言っていた。家族のためだと。弟ふたりを大学に行かせたい、と。
「あ……まさか……」
「れいとが私の提案に同意すれば、彼の母親、弟ふたりは、あの狭い団地から、豪邸へ移り住み、母親には今までの分の養育費やこれからの生活費、弟ふたりには大学院までの学費や生活費を充分なだけ出します。さらに留学費用や国内トップの大企業へ就職を約束します。彼の家族に、明るい未来を保証します。家族の笑顔、それは、れいとの望むものです。つまり、れいとは幸せにならる。そうでしょう?」
「はぁ……⁉︎」
なぎは、人生で初めて、確かに、自分が怒っている、と感じた。強く感じた。櫻井の話では、れいとの家族は人質だ。れいとには、断ることができない提案。不平等な取引だった。
「もともと私はれいとを後継者だとは思っていませんでした。むしろ私の汚点だとすら思っていました。ですがたまに、れいとの母親に金を渡しに会いに行きましたよ。まぁ、受け取ってもらえたことはないのですが。つまり割り切った関係だったんです。ですがれいとも下の兄弟たちも、私の存在を知ってはいたでしょう。ですから、れいとさえ頷いてくれれば、後は話は早く済みます。状況が変わりましたから ……」
「なぎ」
れいとがようやく口を開いた。
「れいとく……」
「これで、いいんだ。……帰ってくれ」
「……!」
れいとは何もかもを諦めたような、笑顔だった。
良くない。
良いわけがない。
「いやだよ!」
なぎは大声を出した。
「良くないよ! 俺はれいと君と歌いたい! メリでいたい!」
「なぎ……」
櫻井は黙ってふたりを見つめていた。勝者の余裕。
「俺を……俺は……れいと君と……」
「……」
「れいと君と、歌いたい。れいと君……」
「けれど君には、白鳥せつながいる。そうでしょう?」
櫻井が口を挟んできた。当たり前のようにせつなの名前をカードにした。
なぎは櫻井を睨みつけた。れいとは驚いた。なぎが、こんな表情を、するなんて。
「うるさい! あんたには関係ない!」
「れいとはあなたに失望したから、私の提案に乗ったんですよ。あなたに捨てられたから。ひどい人だ」
「うるさい! そんなことない! れいと君を捨てたりしない!」
なぎは叫んだ。
れいとはただただ困惑した。
なぎが、怒っている。
「俺は、俺は、れいと君が俺を信じてくれないと言うなら、俺だって、れいと君のために今までのものを捨てる!」
狭い部屋の中の中にこだまするような叫び。
櫻井は無表情だったが、櫻井の後ろのSPは完全に、自分よりも小さいなぎの剣幕に、気迫に負けていた。表情がこわばる。
「せつな君が作ってくれた歌を二度と歌わない! せつな君が作っててくれた名前だって捨てる!」
河川敷で、言ったこと。今度のは、れいとに、というよりは、目の前の櫻井に伝えているように聞こえた。
「れいと君を選ぶ! れいと君と歌う! れいと君を俺が幸せにする! れいと君が何をしたいかを尊重する! れいと君の家族のことだって、俺が考える!」
「……」
「おまえの提案なんか、絶対に認めない! おまえが実の父親でも、おまえは全然れいと君のことを考えてない! 愛してない! 俺の方がれいと君を大切にできる! 幸せにできる!」
「なぎ……」
「おまえなんかにれいと君を渡さない!」
あの日。会見の日。
れいとへの気持ちを歌った、あの日。
あの突発的な生歌や、駅前のゲリラライブがよっぽどスマートに感じた。
今のなぎはただ、れいとへの気持ちを叫ぶ他なかった。
たとえ血の繋がった実の父親だろうと、家族を人質するような男が許せなかった。れいとの人生を何も考えていないような語り口を見逃せなかった。たとえ自分の大切なものすべてを捨ててでも、目の前のこの男に、負けるわけには行かなかった。
「……では、凪屋さん。私とのお話は決裂した、ということですね。こちらも少し、強行的な手段に出るようになってしまうのですが……」
「やってみろよ……」
なぎは、れいとの前に立ち、先ほど手放したバールを拾いあげた。片手で手前にそれを構える。もう片方の手でれいとの手をしっかりと握った。
「やぁああ!」
なぎは大声のあとに、櫻井にバールを振り上げた。当然、横にいたSPのひとりが櫻井を庇い横へ避ける。もう1人が前へ出て、それを防いだ。
「れいと君走って!」
道が開けた。
なぎはれいの手を思いっきり引いて、入ってきたドアへ駆け出した。
れいとを先に部屋から出して、なぎはバールをSPに向かって投げた。またもや防がれるが、問題ない。なぎはドアを閉めた。
「れいと君こっち!」
再びれいとの手をひいて走る。先ほどバールでこじ開けた隙間はれいとには通れない。なぎは来た方とは別の方向へ向かった。何があるかはわからない。しかし、後戻りはできない。
しばらく走ると、突き当たりにドアが現れる。施錠されていない。なぎはドアを開けた。
「!」
外だった。非常階段だ。
降りれば外へ出られる。
なぎがふと下を見ると、地下駐車に停めたはずの車があった。とうやが運転しているのだろうか。
すると今度はなぎたちを追って、SPたちがこちらへ来る足音がした。
「……向かい側へ……」
なぎがぼそりとつぶやく。
「えっ……」
なぎにされるがままに着いてきたれいとが反応する。
「向かい側のビルの非常階段に飛ぼう。追いつかれる前に」
「な、なぎ……?」
なぎが手すりを越えようとする。れいとは制止した。
「なぎ、何考えてるんだ! 無理だ!」
「行くよ。れいと君。大丈夫、あっちの方が少し低いから、飛べる。ううん、飛ぶ。でないと追いつかれて捕まる!」
「なぎ、俺は……」
れいとの瞳には、あらゆる感情が映し出されていた。
困惑や、戸惑い。
「れいと君……」
「どうしたら、いいか、わからない……」
「!」
「わからないんだ……!」
れいとの、叫び。
なぎは、はっとした。
彼はまだ十四歳の少年だ。
状況に打ちのめされ地に伏せるような状況に晒されていることがそもそもにしておかしい。保護者の庇護を受け、守られる年齢だ。
れいとがうずくまる。よく見たら裸足だ。
なぎは、ますます、櫻井が許せなかった。
ぐ、と唇を噛む。
ビルの隙間を暴力的なほど冷たい風が吹き抜けると、指先が、鼻先が凍えた。
「れいと君」
なぎは、そっと、れいとから離れた。
手すりを乗り越える。
「俺が、先に飛ぶ」
「!」
「れいと君が俺といたいなら、来て」
なぎは振り向いて、にこりと笑った。
れいとを先導しなくてはならない。自分が。なぎはいつもれいとは年下だが頼りにしていたし、対等に接してきた。今は、違う。自分が彼を導かなくてはならない。強く。
ビル風が吹き荒ぶ中を、なぎは、強く、金属の足場を蹴った。
「なぎ……!」
待て、とれいとが言うまえに、なぎは飛んだ。
ガシャーンと大きな音がして、向かいのビルの非常階段の手すりになぎがひっかかった。
「!」
れいとは思わず手を伸ばした。
なぎはなんとか体制を立て直して、手すりの内側へ入る。れいとの方を見た。
なぎは、本気だと、れいとはこの時ようやくわかった。
こんなことをするなんて。
するとれいとの後ろのドアが開く。SPではなかった。櫻井だった。
「れいと……いや、宗次郎」
「……」
「友達が欲しいのか? 家族か? 名声か? 櫻井宗次郎になれば、私が何でも与えてやる。だから、捨てるんだ。今までのものを。行くな!」
なぎの元へ、飛ぶか。
櫻井と、戻るか。
れいとにはふたつの選択肢があった。
「俺は……」
ビル風が強くなる。
冷たい風だった。風どうし切り裂き合うような音がした。
れいとは目を閉じて、考えた。
永遠のような時間だった。
まるで悠久めいた時間は、時が止まったのかのように感じた。
実際には、数秒だった。
空は夜の海のように暗かった。
街の明かりが迷路のように眩い。
わからない。
思考を手放した。
れいとは、気がつくと、手すりを乗り越えていた。
「‼︎」
だん、と手摺を踏み越えた。隣のビルの非常階段へあっさりと乗り移った。なぎでさえできたことだから、れいとには簡単なことだった。
「れいと君……!」
櫻井を見る。
「俺は白樺れいとだ……!」
今度はれいとがなぎの手をぐ、と掴んで、非常階段を駆け降りた。地上へ。
がんがんと夜のビル街に足音が響く。
「れ、れいと君、れいと君」
なぎが声をかけようとする。
れいとの選択。なぎは泣きそうだった。選んでくれたのだ、自分を。
声をかけたい。話がしたい。
しかしれいとは無言だった。なのでなぎも、黙った。
非常階段の一番下へ着くと外側から施錠されていた。しかしすぐに、チェーンカッターの音がした。
「五十嵐先輩!」
「よぉ、遅いぞ!」
つきはだった。下に停まっていた車はやはりここに来るのに乗っていたもので、とうやが運転していた。後部座席のドアが開く。
「早く乗れ!」
るきだ。すずもいる。
れいととなぎは車に乗り込んだ。
「みんな! 良かった無事で……!」
「ひゅうがさんのおかげだ。交渉して下さった」
車が発信する。運転しながら、とうやが答える。
「ひゅうが君……?」
櫻井もその名を口にしていた。ふたりにはどんなつながりがあるのだろう。
「てめー! れいと! よく戻ってきたな! このバカ野郎」
るきがれいとの頭をくしゃくしゃと撫でる。後部座席は、すずにるきにれいと、れいとの上に乗るような形で、なぎ。完全に定員オーバーだ。
「一ノ瀬君、君最初からいろいろ知ってたくせに。ほんと許さないよ」
すずがにこやかに言う。
「い、いや、さっき助けたじゃないスか! 先輩、頭脳派で戦闘面ぜんぜんなんだから……」
「ひゅうがさんと、ひかるとたかひろも出たってよ、全員無事に悪の総本山から脱出ってわけだ!」
助手席に乗っていたつきはなスマホの画面を見せてきた。
なぎは良かった、とほっとした気持ちになった。れいとを奪還して、全員無事。今はそれだけで良かった。
なぎは少し体制を直して、れいとの方を向いた。
「れいと君、これで良かっ……」
ぎゅ、とれいとがなぎを抱きしめた。
車内の全員が、沈黙した。
「れ、れいと君……?」
なぎは、れいとの体がずいぶん冷えているように感じた。この寒空に薄着だ。当然だった。
「う、ぁ……」
「!」
れいとは泣いていた。
耳のあたりでれいとの嗚咽と、がさかざと音がする。なぎは、れいとの好きなようにさせることにした。力が強くて、少し体が痛かった。
話したいことが、たくさんあった。
けれど今は、このままで良かった。もう誰も、何も言わなかった。
車は夜のビル街を走り去った。
——————
「せーの……」
翌日、ファーレンハイトのスタジオ。
そのミーティングルーム。
るきとすずは、ばっ……と新聞を広げた。
「載ってない!」
「おや、本当だ」
「だから言ったろう。ひゅうがさんが交渉したと」
「ひゅうがさんすげーな……」
朝の日差しの中、ふたりに話しかけたのはとうやとつきはだ。
「おはようございます! だって俺、新聞の一面に、ファーレンハイト、メンバー全員でビル破壊! とかあることないこと載ってるかと……」
ふたりに気づいたるきが挨拶をする。
昨夜はるきとすずはスタジオに泊まった。宿泊施設もあるのでしょっちゅうだが。とうやとつきははちょうど今来たところだ。朝の八時。
あの騒動のあと合流、別行動だったひかるたちと、このスタジオで合流した。ひかるはよくやった、と相変わらずの豪快さで全員を褒めた。それからなぎにケガがない旨をひゅうがに連絡して、翌日の仕事のために早々に離脱。たかひろは日頃のルーティンを崩さないタイプなので、全員の無事を確認した後に帰宅した。ひゅうがは姿を見せなかった。
「さて、るき君、朝食の用意と、メリのふたりを起こしに行く役、どっちがいい?」
新聞を閉じて、すずが席を立つ。
「うげ……」
「じゃんけんする?」
「あー、くそ、選ばせる気ないくせに。わかりましたよ。俺が……」
「お、おはようございます……」
「!」
四人がドアの方を振り向いた。
なぎがいた。
「なぎ!」
るきが立ち上がり、近寄る。
「え……と、皆さん、昨日はどうも……」
控えめな挨拶。
「なぎ君、おはよう。朝食を用意するよ」
「よう。大丈夫か?」
すず、つきはも順番になぎに声をかけた。
朝の日差しが降り注ぐミーティングルームは爽やかな居心地で、なぎはゆっくり足を踏み入れた。
「は、はい、俺は。昨日はほんと、ありがとうございました。あ、泊めてもらっちゃって、それも、ありがとうございました」
「ひゅうがさんの意向で、お前はここでは好きにしていいことになっている。気にするな」
「え、あ、そうなんですか……?」
とうやが答える。
なぎはまだ寝起きでぼーっとしているのだろう。いまいちはっきりとしない。
「いや、てか、なんかこの辺、かぴかぴしてない?」
るきが、なぎの耳のあたりの髪の毛を、汚いものを摘むように持ち上げる。
「うん? あ、えーと、れいと君の……涙とか鼻水とか?」
「いや、本当に汚ねぇな! 顔洗ってこいよ!」
「はーい……」
なぎは言われるがままに、洗面室へ向かった。
——————
すずが用意した朝食を、るきとなぎと、朝を食べてきたはずのつきはも一緒に食べながら、昨日あったことを、なぎは話した。とうやはコーヒーを飲みながら、無言で話を聞いていた。
るき、すずと別れた後、隠し部屋でのやり取り。それから、ビルからビルへ飛び移ったこと。それから、ファーレンハイトのスタジオに来て、ずっと泣いているれいとを介抱しているうちに、疲れて眠ってしまったこと。朝気づいたら、れいとはまだ眠っていて、そのままにしておいたこと。
「あの、れいと君を取り戻せて良かったです。ほんとに皆さんにはなんて言ったらいいか……」
「気にすんなよ。俺だって宗次郎なんて名前嫌だよ」
つきはが言う。
「いや、そこっスか?」
るきが突っ込んだ。
「彼は災難だったね。友人……きみとのすれ違いでだけではなく、出生にまつわる問題や今後の人生の決断、大変なことが一気に押し寄せて、参ってしまったんだろうね」
すずの考察はおそらく正しい。れいとにはいろんなことがありすぎたのだ。
「起きたら……いろいろ話します」
「ライブのことも忘れずにね。メリ、のふたりで僕らのライブに出るんだから」
「あ、そうですよね……あ‼︎‼︎」
なぎが大声を出した。がたん、とテーブルに手をついて立ち上がる。おそるおそる、怪訝そうなとうやを見る。
「お、俺、でもニ丸先輩が……」
「……あれも演技だ」
「は⁉︎⁉︎」
と、いうのも、話を少し遡り、るきがれいとを呼び出した理由の辺りの話をすることになる。
なぎがとうやに殴られた。
そういうことになっていた。実際なぎは、演出が気に食わない、ととうやにどつかれて、しりもちをついた。
「え、演技……?あの、殴ったことだけじゃなくて、その前に怒っていたのも……?」
驚いているのは、なぎだけだった。そう、殴られる前にも二、三の口論があったのだ。何も急に殴られたわけではない。演出について話すうちにヒートアップしたのだ。それすらも、芝居だったというのか。
「全部演技なんだろ」
つきはがくすくすと笑う。
「ひゅうがが大事にしているなぎ君に手を出したりしないよ。ね、優秀な番犬とは、そういうものだもの」
すずもわかっていたようだ。つまり、ファーレンハイトのメンバーは、何が事情があって、とうやがそうしたとわかっていのだ。それから、とうやの本心も。
「演出に不満はない」
「!」
「引き続きしっかりとやるように」
コーヒーカップを置いて、そう言い放ち、とうやはミーティングルームを後にした。
「……」
「ニ丸先輩まじで何考えてるかわかんねーな……」
「まぁ、これで、れいとの味方組は解散。晴れて、皆んなでライブに向けて全力を出せるね」
すずがなぎに、オレンジジュースを注いだ。
「なぎ、れいとが起きる前に、スマホ見ろよ」
「え?」
「マネージャーから鬼電きてたぞ。こえーから電源切った」
「!」
なぎはすっかり熊谷のことが頭から抜けていた。きっと、自分とれいとを心配しているに違いない。
すると、ガチャ、とミーティングルームのドアが開いた。
「!」
たかひろと……たかひろに首根っこを掴まれたれいとがいた。
「れいと君!」
「うろうろしていたぞ」
なぎがれいとの元へ駆け寄る。
泣き腫らしたせいだろうか。目が赤い。
「顔洗いにいこう?」
なぎはれいとの手をひいて、彼を洗面室へ連れ出す。それを見送って、たかひろがテーブルへ近寄る。
「おはようございまーす」
るきが挨拶をする。たかひろは神妙な面持ちだった。
「おはよう皆。さっそく昨日の……ひゅうがと……ひかる、僕がしていた交渉の件について報告したい。メリのふたりが戻ってこないうちに話す」
「!」
その場にいたるき、すず、つきははたかひろの真剣な様子に、それぞれ体制を正して、それから話を、聞いた。
そう。あれだけのことをやって、すべてが円満に解決。そんなはずはない。裏で、ひゅうががすべてを取り仕切っていた。メリのために。なぎのために。……自分をかけて。
ひゅうがは覚悟を持って、あの場へ向かったのだ。
それを、なぎは知らない。
何があったのか、ことの顛末だけではなく、これからメリに、なぎとれいとに、いやPレーベルに……降りかかるであろう「問題」についての話だった。
——————
「はい、れいと君」
朝日の差し込む洗面室はひんやりと肌寒い。なぎはれいとにタオルを差し出した。しかし、れいとは洗面室に手をついて俯いたままだ。
なぎは水道を止めて、れいとの腕を掴んで自分の方向へと向き直るようにして、タオルでれいとの顔を拭いた。妹たちにもよくしているが、れいとの方が背が高いので、髪についた水滴がなぎの方にぽたぽたと落ちてきた。
「れいと君」
優しい声色だった。
「……」
「れいと君」
もう一度。
「……なぎ」
れいとはなぎの手を取って、自分の頬に重ねた。
なぎはおはよう、と笑った。
「目、腫れてる?」
「ん……」
「熊ちゃんに連絡しなきゃ」
「ん……」
ぼーっと佇むれいとはまだ覚醒しきっていないようで、返事もうつろだ。
「なぎ……」
「はい。何ですか」
「……ごめん」
「……れいと君」
「ごめん」
「大丈夫。いいよ。仲直りしてくれるってこと? 俺たち元通りになれる?」
静寂。
「それ以上に、なりたい」
「!」
それは、あの時の問いかけへの返答だった。れいととしてはそのつもりだった。答えてからはなんだか頭がすっきりして、ファーレンハイトの面々に迷惑をかけてことや恥ずかしい一面を見せたことに関して様々な感情が巡ってきた。
「えと……」
「俺も……なぎを選ぶ。人生をあんたに捧げたっていい」
「えぇ……」
れいとは、壮大な話を始めた。
「だから……」
「だから?」
「だから、クリエイティブイベント、がんばろう。最後だけど。絶対に解散したくない」
「うん……!」
「なぎ」
「はい?」
「……ありがとう」
澄んだ空気。肌寒くて、触れているのが調度良いような季節。
例えばふたりが離れはばなれの期間にそれぞれにあった出来事だとか、るきがいつからどこまで知っていたのかだとか……話せばどこまでも深掘りできることがたくさんあった。だが、今はいい。ふたりは洗面室を後にして、ミーティングルームへと向かった。
——————
「いろいろとご迷惑をおかけしました」
ミーティングルームに入るとまず、れいとは頭を下げた。なので、なぎもそれに従った。
「ま、それはひゅうがさんに言うように」
つきはが言う。
「はい。ひゅうが君、今日来ないんですか?」
「今日はひゅうが、ひかる、とうやは仕事」
メンバー全員のスケジュールを把握しているのはすずだけだ。
なぎとれいとも椅子に腰掛ける。
「え、じゃあさっきニ丸先輩いたのは?」
るきが問う。
「凪屋に、怒ってないって言いたかったんじゃね?」
「そもそもひゅうががなぎに演出をまかせると言ったんだ。それにとうやが口を出すものか」
たかひろは冷静だった。
「はぁ……」
「すいません。俺いなかったんで、話どこまで進んでるんですか。というか、俺加わっていいんですか」
するとひかえめに、れいとが話し出す。
「えっ、あっ、えとね、俺ね、あ、メリがね、ファーレンハイトのライブの一部分の演出を任されたの! それ今やってて……」
なぎはできるだけの説明をした。
しかしれいとは続けて問う。
「いろいろ迷惑かけて、後から都合のいいように参加するなんて、筋が通らないかと思って……」
れいとはすっかり、いつもの通りだった。
「あー……まぁ、どうだろな」
「ここで決議をして、それをひゅうがに伝えれば?ウチはねリーダーに絶対服従なんだ。僕は全然いいよ」
「俺も」
すずとるきは、れいとの途中参加を認めた。
「僕も構わない」
「俺も別に」
たかひろ……はいつの間にかなぎの残した朝食をたいらげていた。たかひろとつきはも、れいとの途中参加を認めた。
「多数決的には、決まった……かな?」
なぎがれいとを覗き込む。
「ひかるも細かいことは言わない。とうやはひゅうがに従う。つまり、白樺、君の身の振りはひゅうが次第だ」
「……わかりました。ありがとうございます。なぎ、七星先輩に連絡つくか?」
「え、うん……じゃあいっしょに……」
「いや、俺ひとりで話す。ケジメつける」
「!」
るきは心配そうにれいとを見た。
れいとは少なからず、なぎを、傷つけたわけだ。
それを、ひゅうがはどうするか。
るきはこの件に関して、最後までれいとの味方でいると決めていた。だから、最後まで、心配をする。視線に気づいたれいとが、るきに言った。
「大丈夫だ。……ありがとう。お前に一番迷惑かけた気がする」
「……別に」
るきはぶっきらぼうに言った。そんなことは、どうでもいい。事態は解決へ向かっていると思ったから。
先ほどの、メリのふたりを除いた話以外は。
しかし、今は、それはいい。
今は、すべてが解決した。それでいい。
普段通りになったれいとに、るきは思わず目頭が熱くなった。
で、よくよく考えた。ひゅうがもまた、れいとの味方組、だった。実際いっしょに動いたわけではないが、締めるのならばやはり、ひゅうがが締めるしかない。
結局、ひゅうがとれいと、ふたりで話すしかない。
「あと、殴ったところ……大丈夫かよ」
河川敷で、るきはれいとに手を挙げた。
「あんなの、たいしたことない」
ふ、とれいとが笑った。久しぶりの笑顔だった。
たん、と、軽やかな音をたてて、オレンジジュースの入っていた空のグラスがテーブルに置かれる。
「凪屋は引き続き、演出についての最終決定を決めよう。つきは、すず、一ノ瀬もこちらと合流するように」
たかひろが仕切る。ファーレンハイトではリーダー不在の場合はひかるが。ふたりともいなければ、たかひろが。年功序列ではなく、ファーレンハイトに加入した順に序列が決まっている。
「わかりました! れいと君、じゃあ……」
「あぁ……」
なぎは、ひゅうがに丁重に挨拶と、謝罪や感謝のメッセージを送って、それから、れいとが話したがっていて、ファーレンハイトのスタジオで待つ、という旨を伝えた。それから、たかひとたちと、ライブ会場へ向かった。道中、熊谷に、今までのことを電話で話した。なぎが無事だとわかっただけで、電話口の熊谷の声は震えていたように聞こえた。
——————
なぎたちが出て行った後、れいとは大人しくスタジオにいた。ひとりで、考えた。身の振りを。ここ数週間で自分に振りかかった様々なことを。それは何時間もかかった。考えるだけなのに、何もしていないのに、いつのまにか昼も過ぎていた。
櫻井と、家族のことを考えた。
櫻井の存在は知ってはいた。たまに母親に会いにきいていた。しかし、母親は長く話すこともなかったし櫻井からの金品の受け取りも拒否していた。れいとや弟たちにも、近づくな、と言っていたので、見たことがある、程度だった。彼女は、自分の子供は自分で育てる、と言っていた。いまならわかるし、それがありがたい。
あの程度で櫻井が引くだろうか。白鳥せつなとはどれほどの関係なのか。
まだ油断はできない。
すべてを解決しなければ、なぎと、心から安心して、一緒にいることができない……。
しばらくして外からバイクの音がして、ひゅうががミーティングルームに来た。
れいとは立ち上がった。
以前に、ひゅうがに強かに殴られたことがあった。それを思い出して、少しばかり身構えたが、ひゅうがは何も言わない。
「あの」
「なぎに謝ったか」
「え」
「なぎが認めたなら、俺はいい」
「……」
一言、ひゅうがはそれだけ言って、ミーティングルームを後にしようとした。れいとはすかさず、大声で、すみませんでした、ありがとうございました、と叫んだ。
——————
「れいと君!」
日が暮れるころ。
なぎはひかるに送迎されて、ファーレンハイトのスタジオに戻った。そこで、れいとと合流した。ひかるが駅まで送るといったが、ふたりは歩いて帰ると言った。話したいことが、たくさんあった。
「ひゅうが君、なんて?」
「許してもらえた」
「そっか!」
ひゅう、と風が吹き抜ける。
寒空の下を、ふたりは歩いた。
駅は少し遠い。それでもかまわない。
「あのね、メリにね、ファーレンハイトのライブの一部分の演出を任せるって、ひゅうが君が。そういうコラボなんだ」
なぎの声は弾んでいた。きっと今日のライブ会場での打ち合わせは良い方向に進んだのだろう。
「俺も、久しぶりに家に帰れる……」
「!」
「ずっと、帰りたかった」
「うん……」
「あの、コラボのこと、れいとくんの、自分こと優先でいいからね?」
「?」
「疲れてるかなー……と思って……」
「ああ……」
閑静な住宅街を歩く。時折、車が通った。
「なぎ、俺は……謝っても、謝りきれないけど……」
「うん? いや……」
「もう、言うことも、あんまりない。全部言った」
れいとが立ち止まる。なぎを見る。
「なぎ、ありがとう。」
「うん……。あ、いや、俺こそ、なんかごめん。俺が、……」
「コラボ、俺も……後からの参加になるけど、頑張るから。話して欲しい。なぎの考えてること」
「! うん……!」
それからふたりは駅までの道のりを、なぎの演出について話し合った。
そのうちまたるきの家に行こうだとか、れいとの弟の話しなどもした。よく、ふたりで歩いた河川敷のことを思い出した。場所は違うが、同じことだった。ふたりでいれば、それでいい。困難な状況なのに、それが、なんとかなるような、何の根拠もない漠然とした全能感が、ふたりを支えていた。
——————
さていよいよ、ふたりはPPCに来た。ふたり揃っての出社がずいぶんと久しぶりのように思えた。目的は、熊谷だ。話さなくてはならない。もうすっかり暗い。これが本日の、最後の予定だ。
「熊ちゃん!」
「なぎ君、白樺君」
まだ残業で残っている社員もいる。三人はロビーで再会した。なぎは熊谷にはこまめに連絡をしていたものの、あの鬼電だ。熊谷には相当の心労をかけた。
「なぎ君……」
熊谷の表情をなぎはじっくりと見た。
まだ、なぎのことを心配しているような、問題が解決したことを受けて安堵しているような、たくさんの機微と情緒にあふれた複雑な表情だった。
しかし、先に話し出したのは、れいとだった。
「すみませんでした」
頭を下げる。何故かなぎも同じようにした。
「ふたりとも……」
ちなみに、なぎは頭を下げるようなことはしていないが、ユニットのリーダーとして、れいとの先輩として、メリの仲間として、熊谷へ頭を下げた。
「ふたりとも、問題は解決したんですね?」
熊谷がそっと、ふたりの肩をささえて、顔を上げさせた。
「はい」
「うん!」
「それなら、私から言うことは何もありません。いえ……むしろ、力になれなくて、私の方こそ、すみませんでした。マネージャー失格です」
「そんなことないよ!」
「そんなことはない。……全て俺の問題だった。あんたもなぎも悪くない。だから……」
だから。れいとは続けた。
「これからも三人でやっていきたい」
れいとは真っ直ぐ、ふたりを見て言った。
れいとは、熊谷をメリの、自分のマネージャーだとは思っていなかった。なぎのマネージャーだと思っていた。それも、改めなくてはならない。本当の意味で新生メリ、になるために。なぎのやり方に準じるだけではなく、自分からも自発的にメリを守るために。メリであるために。……熊谷なしではそれは成り立たない。彼もまた、メリなのだ。
伝ったのか否か。
熊谷が微笑んだ。
「はい、なぎ君。白樺君」
こうして、一連の騒動のけじめはついたのだった。幕引きだ。
ふたりは熊谷の送迎で帰宅をした。いつもの社用車のバン。三人。
いつもの光景が戻った。ありふれた日常。
それは失ってからはじめてわかる、尊いものだった……。
——————
「と、いう感じに……どうかな。これ最終決定でいいですか?」
数日後。ファーレンハイトのライブ会場。いよいよなぎの考えた演出がだいたい決まったので、今日は通しでリハをやる。
なので、ファーレンハイトのメンバー、それから、メリのふたり。九人が揃っていた。
舞台の手前で、なぎとひかるが打ち合わせをしている。他のメンバーも忙しい。今日は、代表取締役の波々伯部悦子と、それから熊谷も来ていた。客席から、熊谷がなぎに手を振った。なぎもそれに答えて、大きく手を振った。隣には、ファーレンハイトのマネージャーの五十嵐もいる。さらに道明寺に、それから複数の会社の関係者。当然、クリエイティブイベントの審査員もいた。
「本番みたいだ……」
「まぁな。悦子ちゃん来てんのに、手は抜けねぇよな。それでよ、なぎちゃんの考えた演出、俺はいいけど、どうする。今日リハ通したら、考えが変わるかもしれねぇぞ」
「え?」
ひかるがなぎに近寄る。会場はざわざわとしていた。ひかるはなぎの身長にあわせてやや屈んでくれた。本番さながらの緊張感だ。
「だから、最終決定は本番ギリギリまで考えな。俺に言えばなんとかするからよ」
ファーレンハイトの総合演出のひかるがわざわざそう言うのだから、何かあるのだろう。なぎはこの時はまだいまいちピンときていなかった。
「え、まじ? 俺とこいつでセンター⁉︎」
一方で、なぎの演出に驚いているのはるきだ。
「なぎが個人的に見たいから、らしい」
隣にれいと。
「なんだそれ。てか、なぎは? 歌わないのか」
「なぎは、こう言ってた。なんというか俺の存在が、このファーレンハイトの中でどうってのが、こう……思いつかない……って。だから歌わないの〜……らしい」
そう、なぎは悩んだ。それぞれの個性や特性を考えて、どのように配置して、どんな風に活かすのか。結果、自分が、ファーレンハイトという完璧な存在の中で、邪魔なように感じた。なので、自分は演奏にまわることにした。なぎの思いつきだ。あとは通しでやってみないと、わからない。
そしていよいよ、リハが始まった。
二時間、通してのリハは、まるで本番と遜色のない出来だった。
ひゅうがの歌唱を前に、機材の調整やライトアップの調整の確認をするはずのスタッフらは作業を忘れて釘付けになった。
全体のパフォーマンスを前に、ファーレンハイトの実力は充分に知っているはずの悦子をはじめとした会社の人間すら、前のめりになるほどだった。
ファーレンハイトのパフォーマンスは、言葉にはできないくらい、この場にいる以上の満足感や充足感を与えた。国内外最高峰のアーティストの実力を生で浴びれば、誰もが心を奪われて、リハだというのにしばらく呆然とするほどだった。
しかし。
しかし、そんなリハの後、なぎは、ひとり、打ちのめされていた。
冷たい海にひとりたたずむ孤独のような、日の翳る辻の森のほとりの暗さのような、そんな気分だった。
ステージを前に、自分の企画書を胸に、手は震えていた。
ファーレンハイトの、圧倒的なパフォーマンス。全体の高度な統率に、後輩であるれいと、るきの実力。
一瞬、演出のことなど忘れて、考えてしまった。
自分の演出は、そこに不協和音のように思えたからだ。
観客席では、代表取締役や会社の役員が何やら話をしていた。自分のことだろうか。ダメ出しだろうか。とたんに不安になる。
「……」
なぎの表情は思っていることすべてを物語っていた。
「よーし……ま、今のは八割ってとこだ。本番は気合いいれていくからな!」
リハ後、まず声を出したのはひかるだった。まだまだ体力があるようだった。
「つきは、上着はやはりいらない。脱げ」
「あー、はいはい。」
服飾担当のたかひろは後方で楽器を演奏しながら、全体を見渡していた。その他、立ち位置など細かいところを注意していく。スタッフが次々と来て、リハの確認をしていく。
なぎは後ろのほうでぽつん、と取り残されていた。
これで、良かったのだろうか。
クリエイティブイベント最後のコラボだ。実質、メリの最後のチャンスだ。それが、これで、良いのだろうか……。
そう、ファーレンハイトのパフォーマンスに、なぎもまた、圧倒されていたのだ。
何が正しいのか、指標が、見えない。
「なぎ」
「!」
「ひゅうが君……」
いつのまにか、ひゅうがが横にいた。
目の前には、スタッフらに囲まれたファーレンハイトの面々。ひゅうがはこの光景を、どう感じているのか。
「あ、の、俺……」
「なぎ、なぎは…ライブに来る客、について考えたことはあるか」
「へっ」
そう言えば。
メリはファン重視の姿勢で、ファンを大事にしてはきた。そのつもりだった。しかし、いつも優先されていたのは、なぎが楽しいかどうかだったように思う。それは、せつなの方針だった。れいととふたりになってからは、れいとと歌いたいか、とか、れいとになら、とか、そういったモチベーションだった。
「観客が、たった二時間のライブをどれだけ待ち望んでるかを考えたことがあるか?」
なぎはひゅうがを見た。
ひゅうがはなぎが、自分の演出に満足していないことを感じ取っているのだ。そして、アドバイスを施そうとしている。
なぎは、ひゅうがの言葉を、その真意を考えた。
たとえば、チケットの予約、それだって争奪戦だ。なぎも経験がある。時間ぴったりになるまでスマホを持って待機をして、それでもサイトが重くて繋がらず、数秒で売り切れたと表示され、がっかりした経験がある。なぎは学生だが、社会人ならどうだろう。チケットの予約ですら、休みをとらなくてはならないのではないだろうか。それから、当然、ライブ会場の近くの観客だけではない。わざわざ飛行機で来たり、海外から泊まりがけで来る観客もいる。そうなれば、チケット代だけではない、他の雑費が出る……。
それだけ、ファンは、ライブを心待ちにしているのだ。
「……」
ファーレンハイトは完璧だと思える。そこに、メリが、自分が手を加えることが、邪魔で、不協和音のように思えた。ならば、せめて邪魔をしないように、と思った。自分は前に出ないことが正しいように思えた。
「あ……」
違う。
それは、手を尽くしているとは、言えない。
ファンの前に立つ姿勢として、正しくない。
ファーレンハイトに飲まれてはいけない。いや、ファーレンハイトを、もっと信頼しなくてはならない。自分が何かをしくじった程度でファーレンハイトのライブは挫けない。そして、自分たちとの新しい、今まだにない可能性を表現するべきだと考えた。
ファンが見たいもの。
人生の中の貴重な時間と資金と労力をかけて会場に来てくれるファンへ、見せるべき姿。
なぎはぐっ、と顔を上げた。
「はいっ、あのっ……!」
なぎは、ファーレンハイトのメンバーと、れいとと、スタッフたちのいる方へ駆け出した。
「あの、変えたいところがあって! さっきのところなんですけど、もっと良くしたいんです!」
ひかるの言っていたことがわかった。
れいとが、ふ、と笑った。
「なぎ、俺も意見がある。メリとのコラボ、だよな。なら俺も意見したい」
れいとがなぎの横に並ぶ。ファーレンハイトの面々は、リハ後の疲労を感じさせないかのように、なぎとれいととの会議に応じた。
ステージの上、スポットライトに照らさせるそこへ、ひゅうががゆっくりと、合流した。
全員が上を目指して、熱く議論を交わした。
それと同時に、なぎはひとつ、思ったことがあった。
先ほどのリハ。
ファーレンハイトと、れいと。
れいとは、ファーレンハイトが、合っているのではないか、と。
そう、本来であればれいとはるきと一緒に、ファーレンハイトに入る予定だったのだ。
これはその、実現しなかったifの世界の実現だったのだ。
そして、今目の前で現実のものと化したそれは手をつける必要のない、あまりにも完璧なものだったのだ。
観客席では、代表取締役や会社の役員はどう思っただろう。
やはりれいとはファーレンハイトに入るべきだったと、評価されているのではないだろうか。
自分ですらそう思ってしまったくらいなのだから。そして。
……れいともそう感じたのではないか。
良い仕事をしようとがんばった。だからこそ見えた答え。れいとを充分にアピールできる最高の演出。
……それでいいのか。
「メリ」の演出として、ふさわしいのか。
しかし、自分を入れるとどうにも違うように感じた。自分は歌わない方がいいはず。
気持ちは強くて、明るい。しかし、それと同時に、なんだかよくわからないもやが心の中にある。
仲間とああでもないこうでもないと考えながら、なぎは悩み続けていた……。
——————
「なんか違うなぁ〜」
結局なぎとれいとは、熊谷の送迎で帰宅する最中も、演出についてああでもないこうでもないと考えていた。
れいとの騒動から、すっかりまたもとの三人だった。
「お疲れ様です。なぎ君」
熊谷が、後部座席に、チョコレートがあると言った。それを見つけたなぎは大喜びで口にした。熊谷の気遣い。夕飯の足枷にはならないほどのカロリーの補給。なぎは甘いものが大好きだ。すっかり暗い冬空の下を、いつものバンは街へ向かって走る。
「まさか四宮先輩がバク転ができるとは……」
「それ、曲に合うか? たとえば……そうだな、ポップコーンの時みたいに、踊り狂うんだったらともかく……」
「んー、たしかに……できるとしても、ツインテイルバク転させようとは思わないかも。そういうことだよね」
なぎとれいとのこれまでの経験は、ふたりの中で生きている。それが、道標になる。
「そもそも何で、ひゅうが君は俺に演出を任せるなんて言ったんだろうな……」
ふと、なぎの口から、疑問がこぼれた。
「熊ちゃん、どう思う?」
熊谷はミラー越しになぎを見て微笑む。
「ひゅうがのことですから、なぎ君を思ってのことだというのは、間違い無いかと。経験を積ませたい、とか、何かしらの意図があると思っていますよ」
れいとの一件が解決し、なぎも調子を取り戻した。熊谷もご機嫌だ。
「リハ見てたよね……悦子さんと、会社のひともいた。どんな反応だった?」
「クリエイティブイベントの部分については私にも内密のようでしたけど、ファーレンハイトのパフォーマンスに圧倒されていましたね」
「……」
なぎが黙り込む。夜の街のきらびやかな街灯が凪の横顔を照らした。
「……リハのあと、みんなといろいろ話したけど、俺が演出する部分、もっと良くできる気がしたんだ……」
これも、なぎの、ぽつりとしたつぶやきだった。
もっと、上がある。上を目指せる。
三人を乗せた車は、静かな音とともに、夜の街を走り去った。
——————
「えーと……」
学校の放課後。病院。
ここは、以前にかれんの車との接触事故の際に来た病院だ。
話は早朝のなぎの学校にさかのぼる。なぎの友人、からんところん。ふたりが登校しないので、メッセージを送った。すると、ふたりとも怪我をした、と返ってきたのだ。
さすが(?)双子。ふたりとも、二、三日入院するらしい。
メッセージには、放課後に授業のノートのコピーを持ってきてほしい、とあった。今日は何の予定もないために、なぎは快諾した。そして病院に到着した。が、さっそく迷っていた。
なぎは以前救急外来から入った。なので、入院病棟への行き方が、わからない。
「……?」
思わず、救急外来の方へ来てしまった。人はいない。
「あ、きみ」
「!」
すると、そこにいたのは、以前に話した青年。
かれんの忘れ物を取りに行った際に、助けてくれたあの青年。
「あっ、あなたは……」
なぎは近寄る。
「また会ったね」
にこり。穏やかな笑顔。やはり、どこかで会ったような、誰かに似ているような気がした。
「えと、あの……」
「僕、アリス」
「アリス……さん」
なぎは一瞬だけ、彼の女性のような名前に困惑した。実際彼の容姿はきれいで、名前に合っているように感じた。
「あ、俺、なぎです」
「なぎ、今日は何しにきたの?」
「友達が入院したとのことで、お見舞いに……」
「入院病棟? なら僕のテリトリーだ。おいで、案内してあげる」
「! ありがとう……!」
おそらく、彼はなぎよりも年上だろう。だが、フランクな雰囲気で無邪気にも感じた。なぎはアリスの提案を快く受けた。
アリスに着いて、なぎは入院病棟へ足を踏み入れた。
外来の混雑さと違って、病床のあるだけのフロアは静かだった。
「こことね、人間ドッグセンターの方はいつも静かだよ。ここからカフェに行けるよ。人いない方の」
アリスが病院の説明をする。アリスは長く入院しているのだろうと、なぎは察した。
「友達、何?」
「えーと……それが原因不明で……ケガとは言ってたんだけど……」
「なら、あそこのナースステーションに面会希望って伝えて。僕、カフェにいるから、帰りに寄ってよ」
アリスの指差す方を見る。なぎが振り返る。
「ありがとう……」
すると、もうアリスはいなかった。
——————
「ベランダから飛び降りた⁉︎」
さすがに病院なので声量を控えたなぎの、驚いた声が病室にひびいた。
「ちがう! パルクール! いけると思った!」
「剥離骨折? らしい〜。しかも、ふたりおんなじ場所! あはは!」
からんもころんも、ベッドの上で、あっけらかんとして笑っていた。痛み止めが効いているのだろうか。病室は四人部屋で、今はふたりしかいいないが、あとは七十代のおじいちゃんが入院している、と二人は告げた。
ふたりは病院内を勝手にうろついて、いろんなひとと話をしたらしい。
「なぎ〜、泊まってってよ! ひまー」
「いやです」
なぎはきっぱりと言い放ち、コピーしてきたノートを渡した。しかしふたりとも、勉強はからっきしなのだ。これは、なぎを呼ぶ口実に過ぎない。なぎも承知だった。
ふたりの入院着がはだけていたので、直す。手のかかる双子だ。
「なぎさ、なんだっけ、ファーレンハイトのなんとかと知り合いだよね」
なんとか。突然のころんの発言に、なぎの頭にはファーレンハイトのメンバー全員が浮かんだ。
「リーダーのやつ」
「ひゅうがくん?」
「休憩室で仲良くなった痔で入院してるおばちゃんに聞いたんだけど」
「?」
ひゅうがと、おばちゃん。話が繋がらない。
「そのリーダーの家族が入院してるんだって」
「……」
今度ははっきりと明確に、ひとりだけが、頭に浮かんだ。
アリスだ。
「えっ……」
「そんで、そのリーダーがたまに来てるって。おばちゃんゴシップ。なぎ知ってた?」
なぎは、ひゅうがの家族のことは、知らない。聞いたことがなかった。自分の家族のことは話す。ひゅうがのことは、知らない。
「や……知らない……」
「そーなんだー。良かった」
「え」
「なぎ、リーダーのなんとかと、そんな仲良くないね。良かった」
「良かった良かった」
「……」
何がからんところんにとって良いのか、それはともなく、なぎは、カフェにいると言っていたアリスに会いに行こうと思った。
「ふたりとも、ちゃんと勉強してね」
「え、明日も来てよ」
「仕事。明日も明後日も来れないよ。退院でしょ? そしたら、家にい……あー……ライブあるから、終わったら、家に遊びに行く。ちゃんと、治すんだよ?」
なぎはふたりを覗き込んだ。ふたりは心底つまらなさそうに、はーい、と返事をした。
——————
外来から行けるカフェと違い、入院病棟から行けるカフェは閑静だった。シャビーなレンガ風の壁に、観葉植物。Wi-Fiやコンセントもある。
十一月も半ばなのに、あたたかい、穏やかな日差し。
「アリス……さん」
「あ、なぎ、きた」
「……」
「あ、僕の正体、気づいた感じ?」
カフェで、アリスは紅茶を飲んでいた。なぎが来るのタイミングを予知していたかのように、そこにはなぎの分の紅茶がある。ちゃんとあたたかい。
「ひ……ひゅうが君の、兄弟……?」
「せいかーい。兄の七星アリスです。弟がいつもお世話になっております」
アリスは冗談めいた態度で慇懃に頭を下げた。
「あ、えと、はい!」
「え、敬語いいよ。ほら座って座って」
なぎはゆっくりと、アリスの向かい側に腰掛けた。
「あの、ごめんなさい。知らなくて、俺、ひゅうが君からひゅうが君の家族のことは聞いたことなくて……」
「あー……だろうねぇ。あいつ、照れてるんだよ」
「え」
「ブラコンだから。なぎにかっこ悪いところを見せないようにしたくて、それで、僕にべったりなことを黙ってる」
「そうなの⁉︎」
アリスがくすくすと笑う。その時の肩の動きがひゅうがと似ているような気がして、なぜ今まで気がつかなかったのかとなぎは思った。それと同時に、まずい、と思った。聞いてしまったら、なぎは隠せない。多分次にひゅうがと会う時に、顔に出る。バレる。
「それでそうなると、僕しか家族いないから話せないってこと」
「えっ……」
ひゅうがとアリスには、既に両親がいない。それは、なぎにとって意外な真実だった。まだ、ふたりとも若い。それも、聞いたことがなかった。
「俺……ひゅうが君のこと、あんまり知らなくて……」
それだけじゃない。
ファーレンハイトの面々のこともわかっていない。だから、演出をいくら考えても、個人の個性を活かした演出ができないのではないか。
なぎは、指先が冷たいような気がして、ティーカップを握った。
「ふーん……? ひゅうがはなぎの話しかしないのにね」
「え」
「知ってる? あいつさ、なぎが泊まりに来る前すごい部屋掃除してるの。何時間も。酒の缶とか捨ててさ〜」
「え」
「溜めた洗濯とかも一気にやってさ〜、いかにもいつも綺麗にしてます〜みたいな」
「えっ、え」
アリスが面白そうに、ひゅうがのエピソードを話す。それは、ひゅうがは、なぎに知られたくない一面なのではないか。なぎは、聞いてはいけないことを聞いてしまったように感じて、ただ困惑した。
「あとはね……」
「いや、いや、えっと、待って!」
なぎは、アリスの話を静止した。
「もっと教えてあげるのに」
「えっ、いや……」
なぎの中のひゅうがはいつも、完璧だった。ファーレンハイトのリーダー、優しくて、頼りになる先輩。自分を気にかけてくれる。
でも実は、それらはひゅうがの一面に過ぎなくて、両親がいないことや、唯一の家族が兄のみで、入院していること……なぎは、ひゅうがのことを、全く知らなかった。そのことを、今日まざまざと自覚した。
そして、それを、アリスから聞いてしまっていいのか。
「……」
「なぎ、どした?」
「俺、俺は……」
ひゅうがは、自分とは、どんな関係だろう。どんな名前の関係なのだろう。
「ああ、ごめんね。つい話し過ぎちゃって。弟の友達のことだから」
「!」
友達。
「え、俺と、……ひゅうが君、友達、かな……」
「え? そうでしょ?」
「……」
なぎは身近なひとたちのことを考えた。れいとは相棒で、後輩。熊谷なら頼れる仕事仲間。
「友達……」
友達のことなら、自分で知りたい。自分で聞かなくてはならない。
「……アリスは?」
「ん?」
「アリスは……もう、俺と友達?」
「!」
なぎは、答えを知っていて、それで、知っているけれど、聞いた。
「そうなら、うれしいかな」
「友達だよ」
「ひゅうが、きっと妬くなぁ」
「だから、教えて?」
なぎは微笑んだ。
「友達のこと、知りたい。ひゅうが君のことは、ひゅうが君に聞くよ。だから今はアリスのことが知りたい」
アリスは今までに見たことのない表情をした。飄々としていて、つかみ所のない存在だった。
知りたい。
友達のことだから、知りたい。
なぎは、アリスからアリスのことを聞いた。生まれつきの病気で入退院をしていること。両親はいないが、仲のいい祖父と祖母がいること。おばやおじやいとこがいて、生活に困らないようにしてくれてたこと。ひゅうがよりも三つ年上だということ。
そのうちに、ひゅうがと話したい、となぎは強くて思った。
ひゅうがを、ファーレンハイトのことを知りたい。
ファーレンハイトはエンターテイメントにこだわったユニットで、アドリブなどがほぼなく完璧なパフォーマンスを売りにしている……などという「情報」ではなく、そこにある本懐、ひゅうがをリーダーとし、そのリーダーに絶対服従のルールをもつ意味など……。
もっと知りたい。
なぎはアリスと別れる際にひとつ約束をした。今度は、アリスと、ひゅうがと、三人で会おう、という約束だ。アリスの退院がいつになるかはわからない。だけど、いつか必ず、叶えたいと思った。
病院の外に出た。もう薄暗い。陽が落ちるのが早い。ただ、バスが頻繁に出ているので、帰るのには困らない。
なぎは、家族に帰宅する旨を連絡しようとした。しようとして、スマホを操作する指が止まる。
ひゅうがに会いたい。
なぎは、ひゅうがに、今から会えないか、とメッセージを送った。
メッセージはすぐに既読がつかなかった。なぎは考えた。ひゅうがなら、何かあったのか、という、なぎを心配する内容を送ってくる。それから、なぎのいる場所に迎えに行くと言うだろう。だが、なぎが、ひゅうがの家に行くことにした。
会いたい。
会って、話がしたい。
——————
「なぎ!」
なぎがひゅうがのマンションへ向かう途中の道で、なぎの向かい側から、ひゅうがが走ってきた。
「ひゅうが君!」
ひゅうがは、しばらくしてからなぎのメッセージに気づいて、もうなぎが到着する頃だと考え、慌てて家を出てきた。ここにアリスがいたらきっとひゅうがをからかっていただろう。
なぎはひゅうがが、珍しく息を上げている様子に新鮮さを覚えた。
普段見ない、知らない、彼。
もうすっかり暗くなった歩道を、街灯と、マンションの照明が照らしていた。
もっと知りたい。ちゃんと。そのために来た。
「なぎ、悪い。運転してて……」
「ううん! 俺が急に会いたいとか言ったから……」
「なぎの話はいつだって聞く。けど、もう遅い。家に……家族に連絡はしたか? 送っていくから……」
「した! 外泊するって言った!」
「は?」
「ひゅうが君、泊めて?」
「……」
多少の強引さは、なぎの取り柄でもあった。ひゅうがは、一瞬でたくさんのことを考えた。風邪引くぞ、と言って、なぎの手を引いて、マンションへ戻る。つまり、なぎのおねだりは、無事に許可されたのであった。
——————
「おじゃましまーす」
ひゅうがのマンションは、彼のレベルの芸能人が住むようなマンションではない。オートロックではあるがごく一般的なマンションで、相場なりの賃貸だ。
なぎは勝手知ったる様子で、スリッパを履いた。少し小さめの、なぎ専用のものだ。この家には、なぎ専用のものがいくつかある。
「寒かったろ」
「ううん!」
リビングはあたたかく、寒暖差で、なぎの耳が赤くなった。ひゅうがはその様子を観察して、それから、なぎの上着を預かった。
「お泊まり会で来たばっかりなのに、ごめんね」
「いいんだ。」
お泊まり会。これの真相だが、なぎは、ひゅうがと定期的にお泊まり会を開催していた。ひゅうがが忙しい合間に時間を作って、なぎがひゅうがの家へ行く。なぎがメリとして、PPCへ入ったすぐ後、この慣習ができた。一点、留意すべきは、ふたりは、このお泊まり会のことを、誰にも口外していない、ということである。
誰も知らない、ふたりだけの世界。
「腹空いてないか?」
ひゅうがはいつも通り、なぎを気遣って、ほかにも寒くないかとか、飲み物を用意したりとか、
普段、ファーレンハイトの面子が見たら驚くようなマメな様子だった。なぎは、とっくに知っている一面だ。
「何かあったか?」
暖かいココアを用意して、ひゅうがはなぎにそれを手渡して、それから、なぎの隣に腰掛けた。
ソファはふたりがけのこじんまりとしたものだ。ひゅうがの家は仰々しいインテリアや、格好つけたもなはなくて、どこでも買えるような家具ばかりで、なぎはいつも、ここなら落ち着いて話ができた。
「あ、うん、えとね」
まず、話すべき順番を考える。
何よりも、アリスのことだった。
しかし、そんななぎに、ひゅうがが微笑むので、なぎの思考が止まる。
「楽しそうな顔してる……楽しい話なのか?」
「え、そう……かな?」
「してるよ」
「ん、と、俺的には……楽しいというか、わくわくしてるかも、なんだけど……」
「へぇ」
ひゅうがのことを知りたい。
それは、なぎにとってはわくわくする、いてもたってもいられないことではあった。なぎは、せっかく考えた話の順番はすっかりどこかに飛んでいって、とにかく、思いつくことから、話し始めた。
「あのね、病院でね、アリスっていう、えーと、お兄さんと会ったんだ」
「!」
「ひゅうが君の……」
「……」
ひゅうがは露骨に驚いた表情をしていた。それからなぎを見つめた。
「なぎ、隠していたわけじゃなくて……」
「わかってるよ。もちろん」
「……」
「俺、アリスと仲良くなったんだ」
「そう……なのか? そう……か……」
なぎが微笑むと、ひゅうがは何とも言えない顔をした。驚きと、困惑と、少し安堵して、それから……。
「アリスは……俺の兄で……体が弱くて、今は家にいない。ここ数年はそんな感じで……だから、なぎにもっと早く紹介できればよかったんだが……」
「ううん。いいんだ。俺、ひゅうが君といると、自分のことばっかり喋ってたから」
「俺が、聞きたいんだ。なぎのことを」
「俺も!」
「……」
「それでね、俺もね、ひゅうが君のこと、もっと知りたくなったんだ。聞きたくなったんだ!」
「なぎ……」
なぎは、マグカップを目の前のテーブルに静かに置いて、ひゅうがへ向き直った。
「教えてくれる?」
「……もちろん」
ひゅうがが、ふ、と笑う。
「何から聞く?」
「ファーレンハイトのこと! えーと……あ、待って、ひゅうが君の小さい頃のこととかから!」
「……小さい頃……別に、面白い話ないぞ」
「いいの! 聞かせて」
それから、なぎはひゅうがを質問責めにしていた。ひゅうがはなぎの質問にひとつひとつ丁寧に答えた。嘘偽りなく。自分のことを話すだけだったなぎが、何かが、変わった。アリスのせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。なぎは日々、成長しているのだから。嬉しい気持ちと、少し寂しいような気持ちがした。
——————
「母さん?」
一方、その頃。れいとは、家の前で久しぶりに母親と再会した。白樺あきな。
「れいと」
「しばらく彼氏の家だと思った」
「ばか。あんたとはすれ違ってるだけで、毎日帰ってきてるでしょうが。ご飯食べてないの?」
「俺が帰ってくる頃にはないな」
「はぁ、もう。まやとかな。育ち盛りだから。男三人いたら米がいくらあっても足りないね」
あきなは、大きい子供が三人いるとは思えない若々しい美貌とスタイルで、職業はいわゆるママ、だ。出身は外国だった。若い頃はコンパニオンなどをしていた。金を貯めて、自立した。手には近所のスーパーの買い物袋。今では立派な母親だった。
れいとは学校の友達に付き合って帰りが少々遅くなった。中学生にしては、でありまだ常識の範囲内だ。家は明かりがついていて、弟が帰宅しているのだとはわかっていたが、ここで母親と落ち合うとは思ってもいなかった。
果たして彼女は、一連の、騒動の全体を知っているのか。弟のどちらかが話したかもしれない。何か、言われるのかもしれない。
先に家に入るように促されて、従う。玄関は、靴が散らばっている。弟たちは片付けない。男所帯の臭い。あきなは「相変わらず臭い家」と悪態をつくが手際よく靴を片付ける。
「ごはんは?」
「あー……食ってきた」
「まやと、あやとー、ただいま!」
リビングに行くと、弟ふたりがいた。家族4人が久しぶりに集まることになった。
「おかー」
「おかえり」
ふたりともあきなに返事をする。れいとも控えめに帰宅の挨拶をした。
「煮込みラーメン食うひと!」
「はい!」
「大盛り!」
あきなはすぐに台所に行って、買い物袋から食材を取り出す。こういう時、役に立つのはまやとだった。立ち上がり、話しながらあきなの手伝いをする。あやととれいとは、食事ができるまで手持ち無沙汰だった。
すると、あやとがこっそりと、れいとに耳打ちをした。
「カーチャン、多分知ってる」
「!」
それは、先日の騒動のことだ。れいとが誘拐されたこと。過去にあきなが関係を持った男、つまりれいとの父親の現在の事情。れいとの選択。ここへ、帰ってきたこと。何もなかったかのように、今まで通りにしていること。
まやとが取り皿や箸を用意する。かちゃかちゃと、生活音が鳴る。
「……どうして」
「兄貴家出してる間、何も聞かれなかったから。いつもなら聞いてくる。変だろ」
「……そうだな」
れいとは納得した。
よく考えてみれば、弟ふたりとも、あの騒動以来、ゆっくり話をしていない。もともと、例えばなぎの家のように、家族はべったりとした仲ではない。数日話さないことも珍しくはない。
れいとは考えた。弟ふたりにも迷惑をかけた。話さなくては。謝罪をしなくては。そうしているうちに、あきなが鍋ごと、煮込みラーメンを運んできた。
すっかり冷え込む季節だが、こうして家族で鍋を囲むようなことは、この家庭には珍しいことだった。
あきなは息子たちに学校での様子を聞いた。まやとは、友達の話、誰が誰を好きで、とか、ローティーンにありがちな微笑ましい話題を返した。まやとは素直で、こういう面ではまだまだ子供だ。一方あやとは、あまり話さない。フツー、とか、何もない、とか、その程度。れいとよりも無口だ。だが、誰よりも、先日の件では気を使っていた。母親のあきなに、片親の違う兄に、兄の事情に振り回されるなぎに。あやとなりに、考えて、行動していた。
「れいと、今度相方連れてきなよ」
「え」
れいとは、食べてきた、とは言ったが、食卓に参加していた。ラーメンを啜る手が止まる。
「凪屋なぎ君だよ! あのかわいいコ! サインもらうんだ! てか、私の息子が芸能人とはねー! 顔だけは良く産んでやったからなー」
あきなは屈託なく笑った。
そういえば、れいとは母親とは生活リズムがあわずすれ違いが多く、メリのことやなぎのことを直接話していない。仕事のことは、帰宅が遅くなる、とか、ライブがある、などと最低限の連絡に止まっていた。
「俺よりちっさかったよ」
「ええ? 本当? うわ、いいなー! うちのコたちなんで皆こんなバカでかくなったんだろ! ちっちゃい子いいなー!」
まやとが応対する。
れいとは、考えた。どう話を切り出すか。
「あんたより先輩で、お世話になってんでしょ? 他は? マネージャーさんはよく連絡くれるけど、あんたちゃんとしてんの? 他の先輩とか、同期のコとはよくやってる?」
「あー……まぁ……」
「凪屋さん、いいひとだよ。な、兄貴」
それとなく、あやとはれいとに話を振る。
「……」
どこから、話せばいいのか。
父親のこと、弟ふたりはどう思うだろうか。誘拐されたことは? 実の父親の提案は? なぜ自分は今の選択をした?
「……今度」
「ん?」
「ファーレンハイトのライブに、出る」
「「「は?」」」
れいと以外の三人の声が重なる。
「関係者席……来る、か?」
三人は驚いて、それぞれ固まっていた。
「えーーーー‼︎ はぁ⁉︎ いつだよ! バカ兄貴! 早く言えよなんで黙ってたんだよ! ファーレンハイトのライブ⁉︎ 出るの⁉︎ 兄貴が⁉︎ マジ⁉︎」
いの一番に大きい声を出したのはまやとだった。
「秘密にしてたわけじゃない。ファーレンハイトが、ライブにクリエイティブイベントを組み込んだってのは、告知されてる。それが俺たちなんだよ」
「兄貴、マジ? いや……えー……」
無口なあやとも驚きを隠せない。
「えー、だって、兄貴、ファーレンハイト蹴ったじゃん! 俺クラスの友達にめっちゃ自慢してたのにさぁ! てか、なんで、あの時、ファーレンハイト辞めて、メリにしたの?」
まやとが問う。
「……なぎと歌いたかったから」
れいとはひとこと、はっきりと答えた。
なぎの顔を思い出す。すると不思議なことに、さっきまであんなにぐるぐると考えていたことが、いきなり全部無意味に感じた。
なぎが隣にいるような気がして、隣から自分に話しかけているような気がして、今なら話せる、思った。
「あの、それで、俺、言わなきゃならないことが……」
「れいと」
ことり、とあきなが箸を置いた。
れいとを見つめる。
「ライブに行けば、あんたの考え、わかる?」
「!」
「あんたの歌を聞けば、わかる?」
「……」
れいとは一息置いて、力強くこたえた。
「あぁ」
「よっしゃ! なら行くっきゃないな! 店は休みだ!」
あきながにか、と笑った。
「やったー! てか来週だよね⁉︎ やば! 美容室行かなきゃ!」
「はぁ? なんでだよ」
「行くだろフツー! 服も買わなきゃ! やばいやばい!」
「母さんも楽しみ! ファーレンハイトはね、あのコかっこいいよね! ひかる君! あー、たかひろ君もいいなぁ、とうや君もイケメン!」
「カーチャン……」
「……」
れいとはくすり、と笑った。それと同時に、今までなんとなく、蚊帳の外だったライブが楽しみになった。実力を、メリを、なぎを、家族に紹介できる。だからこそ、ライブ当日まであと少し、やれるだけのことをやらないといけない。そう、考えた。
——————
夜。
帰宅して、なぎは部屋でひとりになった。
いよいよ明日がライブだ。
部屋はスタンドのみで、薄暗い。落ち着かない。
すると、スマホが鳴った。熊谷だった。
「……熊ちゃん?」
「なぎ君、まだ起きていましたか? 少し話せますか?」
明日のクリエイティブイベントについて、かと思ったが、仕事の時と声色が違うように感じた。優しい声だった。
「明日、クリエイティブイベントの審査員がライブ会場に入ります。そこで、点数がついて、それから社内外の人気投票を経て、メリが上位六位に入るか入らないか、決まります」
改めて、熊谷が今のなぎたちの状況を説明する。部屋は暖房器具をつけているのに、指先や足先が冷たいほどだ。
夜に一人で冷静に、自分の立場を顧みるようなことはするべきではない。闇は孤独を、悪い隣人をもたらす。
なぎは冷たい指先で、壁にもたれかかった。
知っている。
明日、すべてが決まる。
「うん……」
「なぎ君、どんな形になっても、後悔することはありません。なぎ君も白樺くんも、がんばりましたね」
「熊ちゃん……」
がんばった、とは言える。しかし、まだひとつ、なぎの心には何かがひっかかっていた。
本当に、人事を尽くしたか。
やれるだけのことは、やったのか。
「何か考えていますね?」
「えっ!」
熊谷にはお見通しのようで、なぎは驚く。
大きい声をだしてしまって、反省した。家族はもう休んでいるはず。
「最後になるかもしれないんです。好きにやりましょう」
「……!」
最後。最後になるかもしれない。
なら、それに相応しい選択を、できているのか。
「熊ちゃん、ありがとう」
「なぎ君」
「明日、熊ちゃんも見にくるよね」
「もちろんです。なぎ君のそばにいます」
「見ててね。俺……俺のできる、できるかぎりのことをやりきるつもりだから」
それから一息おいて、またなぎが話し出した。
「あのね、熊ちゃん。お願いがあるの」
「はい?」
「この間のリハでね……れいとくん、すごく、ファーレンハイトに馴染んでたんだ。ほんとに、完璧な、世界だった」
「!」
熊谷はなぎが言わんとしていることを理解した。
「もし、メリが解散したら……れいと君は嫌がるだろうけど、ファーレンハイトに入れないか、考えて欲しい」
「なぎ君……」
「お願いね」
なぎはベッドに入ってから、あまり考えずに眠ることにした。たくさんのことがあった。それは、成果も残せずに散ることかもしれない。それでも、いつでも全力で、やってきた。そのつもりだった。
がんばったことが報われない、そんなことは当たり前だ。子供じゃなければ納得はできる。それでも、理解はできない。時間や手間にかけた対価にそれ相応の応酬がないのは、変なことだと思う。
だが、明日は全力を出す。それ以外はない。
最後だとしても。
——————
いよいよライブが始まる。
当然会場は満員だった。メリのライブでは見たことのない行列に、警備員に、スタッフ。リハを通して知っていたはずのその規模は、いざ実際人並みを見てしまうと、圧倒されるほどだった。
なぎはギリギリまで、演出について悩んだ。
ひゅうがと話しをして、ひゅうがのことを知って、わかったことがある。ひゅうがが歌う理由。ファーレンハイトの本懐。それはもちろん、なぎたちメリにも通じる所はあった。
なぎも、れいとも、ライブのあくまでゲストだ。舞台袖の邪魔にならない位置にふたりで待機した。
「なぎ、大丈夫か?」
れいとが近寄る。覇気が無く、緊張しているようにも見える。
もうすぐライブが始まる。
あわただしい喧騒の中、なぎはぐるぐるといろんな事が頭を巡っていた。
考えなくてはいけないことの中に、転売対策で入れなかった人、物販列のレジの数、どうでもいいことが紛れ込んでくる。思考の整理がうまくいかない。どうすれば、最善を、最大の自分たちを発揮できるのか。
「なぎ」
「れいと君……」
なぎがあまりにも様子がおかしいので、れいとがそっと、なぎの肩に触れた。ようやくなぎがれいとを見た。
「大丈夫だ。今までを思い出せよ。……やってきたこと、経験が、なぎの力になる」
「今までのこと……」
せつなとの別れ。れいととの出会い。
それからツインテイル、ミーハニア、ポップコーン、サンライズとコラボをしてきた。そして、今日はファーレンハイトと、歌う。
今までの経験が力になる。なぎはれいとの言葉を心で復唱した。そして、回想した。
なぎたちは、ツインテイルとのコラボの際に、円陣を組んだことを思い出した。ファーレンハイトは、やらないらしい。
まだ、少しだけ、時間があった。
最後のチャンス。
「なぎ、提案がある」
「ん?」
「やっぱり、あんたと歌いたい」
ライブが始まる。
わ、とひときわ大きな歓声が上がった。おそらく、メンバーがステージに現れたのだろう。凄まじい声援だった。
なのに、れいとからとんでもない提案が出た。
なぎは耳を疑った。
「えっ……な、何言ってんの? 今更……」
「考えたんだ。俺も。観客が一番見たいもの」
「……それは……決まってるよ、もしれいと君がファーレンハイトに入っていたらっていう……」
「それでいいのか?」
「……!」
結局のところ、あのライブのリハで、ひゅうがに教えてもらったこと、それがすべてだったのだ。
今までは、自分が、としか考えられていなかった。
せつなが、楽しくやろう、と言ってくれていた。もちろん、なぎが楽しいからこそ、ファンも楽しい。そのふたつは両立していたし、比例した関係のはずだった。
しかし、今やっと、なぎには新しい視点ができるようになっていた。
ライブを楽しみにきてくれる観客のために全力を尽くすこと。
それは、自分が楽しむ、以上の観点があった。俯瞰的なものの捉え方や、マーケティング的な観点、複合的で難しいものだった。
ただこれはコラボだ。
れいとの意見は、間違っていない。
一曲目が始まる。
この曲はライブでは定番で、必ずセトリの最初の方に来るもの。
「俺……ファーレンハイトが好きなんだ」
「うん」
歓声に消え入るような声なのに、れいとにははっきりと届いていた。不思議な空間だった。
「れいと君がファーレンハイトに入っていたら、もっと好きになってたと思う」
「うん」
「それを見てみたい。それは、ファンのみんなもそうかなって……。でも、それだけじゃだめで……。れいと君、ひゅうが君、つまり、メリとファーレンハイトの良いところが合体する……みたいな……。全部じゃなくていいんだ。少しでも。けど、そこに俺が入って……それはなんか違うなって思って……」
なぎの出した答えは決まっていたのだ。
ひゅうがのアドバイスを受けて、観客に何を見せたいか。自分の演出で、したいこと。なぎは自分の腕をぎゅうと掴んで小さくなる。
しかもれいとの提案は今更だった。
問題がある。もうライブが始まったことだ。今更演出の変更はできるのだろうか。
いや、ファーレンハイトなら、ひゅうがなら、なぎを、メリを尊重するだろう。
「なぎが言うのなら、って言いたいところだけど……」
なぎはれいとの反応を伺った。
「家族に来てくれって言った……」
「!」
れいとの家族。弟、という表現ではない。つまり、母親も含むということだ。
「今は……」
れいとはゆっくりと息を吐く。
「今は、いろいろ考えてる。あんたと同じだと思う。良いパフォーマンスがしたい。見てくれるひとのために。ライブに来て良かったって、思って欲しい。それだけじゃなくて、これからもこいつらを応援したい、って思えるようなアーティストになるにはどうしたらいいか、とか」
「……」
「だから。あんたと歌いたい」
強い瞳。
「えっ、でも、今更やっぱり……」
「一曲目、俺とるきとあんたにする。二曲目、俺とひゅうがさんと、あんた。別に今からでも大丈夫だ。ファーレンハイトの連中はこのくらい対応できる。俺も」
「そ、それは、まぁ……けど」
「これから七星先輩に話すつもりだった。よし、行こう」
「えええっ」
れいとに手を引かれて、ひゅうがの元へ行く。
良いのか、これで。
しかし、なぎは自分の心に逆らえなかった。
つい、口元が笑ってしまう。
れいとからの提案が、うれしかった。
れいとも、変わった。なぎも。
当然、解散するつもりはない。それでも、もし、人気六位以内に入れずに解散することになっても満足かもしれない。やりぬいたと思えるかもしれない。
れいとと組んで良かったと、なぎは心から思った。
ステージぎりぎりに来て止まって、なぎはれいとに、こそりと耳打ちをした。
打ち明けなくてはならないことがあった。
「れいと君……」
「ん?」
「俺ね、リハでね、れいと君が、ファーレンハイトの方が合ってるんじゃないかって思って、れいと君もそう思ってるんじゃないかって……」
「あんたも? あぁ……まぁ、そうだな」
「やっぱり⁉︎」
「けど……」
「けど?」
「けど、あんたといたい」
ふ、とれいとか笑う。
なやんでいたことがばからしく思えた。
なぎもつられて笑った。
ふたりは足早に、一曲目が終わって、舞台袖に一度戻ったひゅうがのもとへ駆け寄る。
もう間に合わないかもしれない。それでも。
最後まで、諦めない。
なぎは、れいととともに、最後の、演出の変更をひゅうがに願い出た。
——————
セットリストがラストに近づく。
時間が過ぎるのが早い。
なぎたちとのコラボの部分は詳細を明かしてはいないが、ファンはクリエイティブイベントの枠であることは周知で、コラボ相手がメリであることも知っていた。と、いうのも、ファーレンハイトのこの時期のライブは数年前から必ず、クリエイティブイベントのコラボ枠が設けられているからだ。これも、会社の指示。
会場が暗くなる。
ここからが、なぎが考えた演出になる。
二曲。
ステージが明るくなる。
キャー、とファンの歓声が聞こえた。
なぎと、るきと、れいとが歌う。
当初は、なぎは、れいととるき、ふたりのデュオを考えていた。しかし、考えた。自分が入ること、だ。これはクリエイティブイベントであり、最後のチャンスである。メリの可能性を示さなくてはならない。それが、せつなの残した遺産に頼っているわけではないこと、れいとの才能に縋っているだけではないことを、証明しなくてはならない。
真剣に、全力を出さなくてはならない。
が、なぎは、完全に緊張していた。
それもそのはず、飛び入り参加に近いからだ。練習もしていない。
ステージに出る前ににファーレンハイトの面々に声をかけられた。かんばれ、と。ひゅうがもだ。それでも、当たり前だが、緊張する。見たことのない人数が、なぎたちに注目している。目の前で。
「なぎ」
「えっ」
れいとがこそりと、話しかけてきた。るきも、なぎに近寄る。
「楽しくやれ」
「えっ」
せつなの顔が思い浮かぶ。せつなにも、そう言われた。
「た……楽しく……」
「そうそう。あんたがどう頑張っても俺の足元にも及ばないから、へたに緊張してとちるより、普段の能天気さ発揮した方がいいと思うけど?」
るきが、いじわるそうな笑みを浮かべた。
「落ち着いたらまたるきの家に行こう」
「おい、なんでだよ!」
ふ、と心が軽くなった。
るきとも、不思議な関係だ。最初はあんなに険悪だったのに。いつの間にか仲良くなっていた。三人で、るきの家で遊んだことを思い出した。
このふたりと歌うことができる……なぎからは緊張が消え、高揚感がやってきた。
ワクワクしていた。
「うん!」
なぎはふたりともありがとう、と言って、ステージの中央へ駆け出した。
——————
歓声。
なぎ、れいと、るきの三人の曲が終わる。
「メリと、一ノ瀬か……」
会場の関係者席には、代表取締役の悦子がいた。その横に、熊谷。
「……ひゅうがめ、何もかもお見通し、というわけね」
悦子は苦い顔をした。
それに対して、熊谷は、もはや何も言うまい、とどっしりと構えていた。
熊谷も、知っていたのだろうか。熊谷とひゅうがは懇意ではないが、なぎのことであれば団結するだろう。悦子はじとりと熊谷を睨んだ。
熊谷はにこりと微笑んで、なぎ君の実力がわかりましたか、と言った。
なぎは、わかっている。
観客が望むものを、考えられる。
なぎ自身はたいしたアーティストではない。いや、悦子はそうは思っていない。ましてやなぎにはとんでもない恩があった。一般論の話だ。
なぎには、センスがある。
自分が、ではなく、周りに才能あるものが集まり彼に力を貸す。
それは天性の、生来の、よく言えば才能で、悪く言えば魔性であった。
悦子に、役員たちに、それからクリエイティブイベントの審査員たちに、なぎの力がようやく見えたのが、今日この日、今だった。
これからなぎが力を発揮する方向性が、ようやく見えたのだ。
メリは、六位圏外だ。
悦子以外の審査員も悦子と同じ考えだろう。
そう、たった今までは。
……メリを失うことはわけにはいかない。
もう悦子の耳には、とあるニュースが届いていた。
そしてそれに対処するには。
今日、PPCでは、とある件に関して、秘密裏に、会議があった。重役や、一部関係者のみの会議だ。
そして、それを踏まえて、PPC、特にPレーベルに関して、重要な決断を、悦子は迫られていた。クリエイティブイベントの採点方式に従来の形で拘っていてはそれこそ、Pレーベル、いや社の将来にかかわる。それ程の事態だった。
そして今、たった今、もしかしたらその問題を解決する力を持っている人間がいるかもしれない、という気づきを得た。
なぎが、必要だった。
——————
三人の曲が終わる。なぎとるきはステージ袖へ捌ける。
れいとだけが残る。そこへ……。
おそらく今日最大の歓声だった。
ひゅうがが、ステージに立つ。
これが、なぎが自分の演出で目玉にしたことだった。ひゅうがとれいとのデュオだ。
なぎはふたりに、声をかけようと思ったが、その必要もなく感じた。
ふたりに手を振った。ふたりが笑ったような気がした。
この曲は途中から、ファーレンハイトの面々が加わる。そこまでが、ひゅうがとれいとのデュオになる。それが、なぎの提案した演出だった。
そして今日、ぎりぎりになって、なぎも加わることになった。演出の変更を申し出たところ、ひゅうがはまるで知っていたかのように、待っていた、と言ってくれた。
ふたりの曲が始まる。
舞台袖で、なぎは正直なところ、感極まっていた。
自分の演出で、自分の曲を、ひゅうがが、れいとが、ファーレンハイトのメンバーが、歌う。
「なぎちゃん」
声がかかる。ひかるだった。
「多分、ひゅうがの方が、感極まってると思うぜ」
「えっ……」
他のメンバーも集まってきた。
ひかるはまるで、なぎの心を読んでいるかのように話す。
「そうだろうな君の演出……君の曲。ひゅうがにとってはこれ程のことはないだろう」
たかひろが話すと、とうやがうなづいた。
「すごいじゃないか。君、才能あるよ。マネージャーや、プロデューサー向きかもね!」
すずがにこやかに、なぎに視線をあわせて、少しかがんだ。
「えっ」
正直なぎは馬の雰囲気や、いろいろなことに圧倒されていて、反応も鈍かった。皆が何を言っているのかを半分も理解できていない。
「こいつに才能?」
るきが怪訝そうにする。答えたのはつきはだった。
「アーティストとファン、双方満足のいくやりがいあるやり方用意できんのは並大抵のことじゃないよ」
「え……と……」
「ま、まだ、なぎちゃんはわかねぇか。よーし、おら、行くぞお前ら。プロデューサー様が最後まで悩んだ演出だからな!」
おろおろとしているなぎを横目にファーレンハイトのメンバーが舞台へ進んでいく。
歓声がこだました。
なぎは舞台袖から、まばゆいばかりのステージを見つめた。
目の前には、なぎの望んでいた、いや、それ以上のイフの世界があった。五万人のオーディションを勝ち抜いたふたり、れいととるきがファーレンハイトに加入したら、というイフの未来が今、実現していた。
それと同時に、先ほどの、ひかるやファーレンハイトのメンバーの発言の真意を考えた。
ふたりの曲を聴いて、ファーレンハイトのメンバーのパフォーマンスを見て、これで満足か、解散かと問われたら……否定すると思った。
ある考えが浮かんでいた。
ありえないことかもしれない。
ありえる未来かもしれない。
なぎには、もっと、という考えが浮かんでいた。
ふたりに、いや、もっと、他のアーティストにも自分が作った曲を歌って欲しいという、新しい夢。
こんな、たった一度の、既存の曲ではなく、アーティストのために演出を考え、曲を作り、ステージをやりたい。
そう、考えていた……。
そしてなぎがステージへ向かった。
当然、見ているだけではない。自分が、自分とれいとが、メリなのだ。
れいとと歌いたくて今ここいるのだ。
れいとにはファーレンハイトが合っているかもしれない。しかしそれを否定する、もっと良いものを提示して、だ。
メリ、凪屋なぎ、自分自身だ。
ふたりで、メリで、ファーレンハイトの完璧のその先を観客に見せる。
メリの価値を、魅せる!
この瞬間、会場は、今日一番の歓声に包まれた。
——————
「まじか……」
関係者席。そこには、れいとの家族がいた。
ステージを、見つめている。
ステージにはファーレンハイトのリーダー、ひゅうがと、自分たちの家族であるれいとの、ふたり。デュオ。その後、ファーレンハイトのメンバーが現れて、れいとが本来の望んでいた形でのライブが実現していたのだ。そして、なぎ。
「や、まじか……なんか、えー……」
「びっくりしたー。凪屋さんといるとそうでもないのに、兄貴、ヤバいね。芸能人みたい。」
弟ふたりはこの日はじめて、兄が歌う姿を見たのだ。
オーディションの話も、メリとしての活動も、日常的な部活の延長線上のような、なんとなく身近で特別感のないものだった。
今日は違った。数万規模の観客に、自分たちは関係者席。目の前にはファーレンハイトのメンバーがいて、そこに、自分たちの兄が混ざっている。
ちなみに、あきなは泣いていて無言だった。
「兄貴じゃないみたいだ」
ぽつりと、まやとが呟く。
れいとの出自、父親との紛争の全容はまやとも知っていた。
兄が、少し、遠くに感じた。
「……メリでよかったのかもな」
そう言ったのは、あやとだった。
「メリで良かったんだよ。凪屋さんで」
なぎと並び歌うれいとを見れば、誰の目にも明らかだったろう。
今、この選択を後悔していないこと。
なぜファーレンハイトでは無く、メリなのか。その答えが。
こうして、なぎの演出部分が無事に終わった……。
——————
アンコールも終了して、ライブの全てが終わった。
「よくやったなぁ‼︎‼︎」
いつもの、からっとした、悪く言えばガサツな、良く言えば快活な笑い声で、ひかるがなぎに後ろから抱きついた。
先ほどもそうだが、やはり、ひかるは気が効くし、ムードメーカーだった。
「いえ、あの、勝手に、最後まで俺」
なぎはうまく話せないようで、けれどひかるはそれを気にせず、なぎの頭をくしゃくしゃと撫でた。それから、たかひろと、つきはが近寄る。
「凪屋。君には才能がある。ひゅうがが見込むだけのことはある」
「まじでウチに来りゃいいのに。別に身長制限ないぜ?」
全員、まだ体力があるようで、すでに息の上がっているなぎとは違い、
なぎは辺りを見回す。ひゅうがはいない。とうやもいない。遅れて、ステージかられいとが戻ってきた。
「れいと君」
「なぎ」
「よ、良かったよ! すごく良かった、俺、……」
これ以上はないパフォーマンスだった。
これで最後かもしれない。それが、惜しかった。もっと、この先があると思ってしまっ た。未来を、考えてしまった。
「なぎ……」
ぽろぽろと涙をこぼすなぎを、一同は何も、言わずに、見守った。
メリがどうなるのか。誰にもわからないことだった。
ライブは終わり、観客が会場を後にする。熱気は冷めやらず、ファンは興奮した様子だった。
SNSでは当然トレンドワードにこのライブの話が出ていたし、広報のすずは余韻を感じる間もなく、メンバーの写真を撮っていかに素晴らしいライブだったかを発信したりと、仕事はまだまだ残っていて、メンバーはあわただしくしていた。
熊谷がなぎを迎えに来た。れいとは家族と帰宅するので、なぎを送迎する。
なぎはファーレンハイトのメンバーやれいとと別れた後も、なんとなく現実感のない、ふわふわとした心地だった。
関係者のみが通れる通路。
もう人もまばらだった。
もうできることはない。
そう言われているかのような帰り道。
こつこつと足音だけが響いていた。熊谷がなぎを見て言った。
「なぎ君」
「うん」
「あなたのマネージャーをしていること、心から嬉しいと思います」
「……えへへ」
熊谷の一言が、なぎを現実に連れ戻した。
なぎは照れくさそうに笑った。
帰ったら、きっと妹たちや家族にライブのことを話すことになる。
日常が戻ってくる。
すっかり暗くなった冬空を、いつものバンがなぎの家へ向けて発進した。
——————
「クリエイティブイベントについての審査結果の報告があります。ふたりとも、放課後PPCに来ることは可能ですか?」
ライブから数日後。
この日は非常に寒く、雪がちらついていた。積もるほどではないが、天気予報のとおりに曇天。風も強く、体感温度はひどい。
スマホにメッセージが入ったのは、昼ごろだった。なぎは学校でひとりで昼食を摂っていた。からんところんがまだ登校できないので、ひとりだった。
結果発表。
メリの、運命が決まる。
すぐに返事をした。なぎはOKで、れいとも都合がつくとのことで、熊谷の送迎が決まる。なぎはメッセージに、熊谷は結果をしっているのか、と質問した。
すると、熊谷もまだ、結果を知らないらしい。そして、メリには特別に、代表取締役の悦子自ら、結果発表をするとのことだった。それが、良いことを意味するのか否か、なぎは余計なことは考えないようにして、放課後までを過ごした。
ーーーーーーー
放課後になって、熊谷と合流した。
「熊ちゃん……」
「なぎ君、大丈夫ですか?」
なぎは、いつもとは違って、後部座席ではなく助手席に乗り込んだ。
「手が震えてて……」
「私もですよ」
「手握っててくれる? あっ、それじゃ運転しずらいか……」
熊谷は片手でなぎの手を包み込むように握った。冷たくなっている。
「なぎ君、どんな結果になっても、これからも、なぎ君といっしょにいさせて下さい」
「熊ちゃん」
熊谷は結果をもう知っているのだろうか。いつも通りの彼に見える。
しばらくして、れいとの学校についた。
れいともまた、どんよりとした雰囲気で車に乗り込んだ。最低限の会話以外は、無言で、車はPPCへ向かった。
——————
代表取締役のオフィスに、なぎがノックをして、それから三人で入った。
社内はあたたかく、快適だ。
しかし、なぎもれいとも、そんな気分ではなかった。
悦子は無表情で、それが、良いニュースと悪いニュースどちらを示しているのか、わからない。
真っ赤なポインセチアの鉢植えが目に入った。
「座って下さい」
「はい……」
着席を促され、なぎとれいとが座る。熊谷は立ったままだ。
ふたりに、悦子が数枚の資料を出す。
それは、クリエイティブイベントの、メリの成績表であり、小難しい数値やグラフが並んでいた。ふたりは説明されないとよくわからない。
「クリエイティブイベント一位、ファーレンハイト」
「!」
悦子が、結果を読み上げ始めた。
いきなりだ。何の前置きも無い。
「二位、ツインテイル、三位ミーハニア」
ここまでは、昨年と同じ並びだった。
「しかしミーハニアは、今年は個人での活動が多く、ユニットでの活動が控えめだったので、順位こそ落とさなかったものの、ポイントとしては下がりました」
「……」
なぎ、れいと、熊谷は、悦子の話をじっくりと聞いた。聞き逃してはならない、運命のとき。
「四位、メリ」
「えっ」
「五位サンライズ、六位ポップコーン。ポップコーンは今年初のランキング入賞です」
「えっ、えっ」
淡々と発表された結果になぎはただただ、返す言葉も無くなっていた。
「なぎ君……!」
「なぎ……!」
熊谷、れいと双方がなぎに近寄る。
そう。
そうだ。
メリは、目標である六位以内に入ったのだ。
「おめでとう。よくがんばりました」
悦子のねぎらいを経て、ようやくなぎは、現実を知覚した。
ポインセチアの花がかすかに空調に揺れた。
「やったーーーー‼︎‼︎」
なぎはここが代表取締役のオフィスであることも忘れて、大きな声を出した。
それどころか、先ほどまで凍てつく雪原に薄着で放り出されたような居心地だったのに、一気に気分が晴れ空に変わる。
熊谷がふたりの後方から拍手を送った。
そう。やった。
やったのだ。
「やった! やった! やったね、れいと君、熊ちゃん! やったよ! やったぁ!」
「あぁ……」
なぎはれいとに抱きついた。なぎがはしゃぐので、ソファがぎしぎし音をたてる。
れいとは反応がやや薄い。呆然としている。たぶん、彼もまた、かなり緊張してここまで来たのだ。
やり遂げた現実感がまだないのだろう。
しかし。
「まだですよ。これは年末のライブに出る六組が決まった、それだけのことです。そのライブを踏まえての最終人気投票で三位に入る……それがメリ存続の条件です」
ぴしゃり。
せっかくの空気に釘を刺すように悦子が言い放つ。しかし、それは、まぎれもない事実だった。
「さ、三位……」
立ちはだかる壁、それは。
「ファーレンハイト、ツインテイル、ミーハニア、サンライズ、ポップコーン……」
ライブでの、実力勝負。
それは今のランキング、つまりクリエイティブイベントのと審査とはまた別の基準での勝負となる。さらにファンによる人気投票も加味される。
「俺たちより順位の低いサンライズもポップコーンもライブが強いユニットだ。互角……いや、俺たちより実力がある……」
「ライブ、って、年末のライブって、俺わからない! どうしよう!」
「静粛に」
うろたえるふたりを悦子は静止する。
「ライブについては後日ユニットリーダーのみでの会議などがあります。ライブは半年前から告知されているので、もう満席で、それでいて我が社選り抜きのユニットのそろう特別なライブです。生半可なことは許されません。これに関する打ち合わせはここを出てからにしなさい。詳細は熊谷から聞くように」
「は、はい、わかりました。すみません……えと、じゃあ、俺たち、これで……」
なぎたちが立ち上がる。師走の忙しい時だ。悦子を煩わせてはいけない。
「ええ。話は終了よ。普通クリエイティブイベントの結果はそれぞれのマネージャーから通達されるものですが、あなたたちには直接言いたかったの。来てくれてありがとう。そして……」
悦子が微笑む。なぎが悦子の笑顔を見たのは、久しぶりだった。
「改めて、おめでとう。年末のライブまで、気を引き締めて頑張るように」
悦子の激励を背に、三人はオフィスを後にした。
——————
「焼肉」
「えっ?」
オフィスを出て、真っ先に発言したのが、れいとだった。
「とりあえずの、お祝いというか、まぁまだ危機は脱してはいないが……打ち上げというか……焼肉だろ? こういう時」
「あっ! あぁー……なるほど?」
「三人で行こう。打ち上げ、兼作戦会議」
れいとはなぎと熊谷を順番に見て言った。
「なんだよ。今までメリは打ち上げはどうしてたんだよ」
「メリはそういうの、なかったんです」
熊谷がいささか新鮮な反応を見せていた。なぎとせつなはプライベートでは一緒に出かけることもあったらしいが、打ち上げ、といった名目の会食はほぼ無かったらしい。
その後、自分も? と聞いてきたので、れいとは当たり前だろ、と言った。
「お、俺は行くよ! 家に連絡する……あ、熊ちゃんは? 熊ちゃんは忙しくない?」
「はい、自分も大丈夫です。あ、会計、お任せを」
「やった」
「う、打ち上げ。俺、焼肉打ち上げ、初めてかも……!」
れいとからしたら、何をそんなに意気込むことがあるのか不思議だったが、三人で焼肉に行く流れになった。
そもそもにしてれいとは熊谷とは距離があるし、クリエイティブイベントがユニット主体のイベントだったことや、れいとの個人的な騒動があって、三人でゆっくりすることはなかった。良い機会でもあった。作成を考えなくてはならない。ここから、人気投票三位以内に入らなくてはならない。
——————
「よく考えたら俺そんなにお肉食べないんだよね〜」
なぎと熊谷は、あまり肉が好きじゃないようで、れいとだけが肉を焼いていた。
「あんだけはしゃいでおいて」
「いや、なんか打ち上げ、という雰囲気に飲まれました。」
「なぎ君、海鮮頼みましょうか。」
「さっそくですが……ふたりとも、本当にがんばりましたね。信じていましたよ」
「ありがとう、熊ちゃん」
「おう」
熊谷が微笑む。いつもピシッとしたスーツだが、ノーネクタイだ。珍しい姿だった。ノンアルコールビール。本来は酒豪らしい。ちなみにこれは、れいとが過去にたくととこっそり行ったライブハウスで、熊谷のコピーをしているバンドのメンバーが教えてくれた情報だ。
「特になぎ君、せつなが急に脱退したあの日から……本当によく頑張りました。」
「なんかもうすごい昔のことみたいだね」
「白鳥せつな……か」
れいとは、せつなを知らない。きっとメディアに映る公の姿とは違う白鳥せつながいたはずだ。なぎと熊谷は、知っている。それは一体、どんな人物だったのか。
焼肉屋はチェーン店の大衆向けの店舗で、家族連れなどで賑わっていた。華やかな時間帯。個室をとったので、なぎもれいとも、気兼ねなくしていた。
なぎがウーロン茶を追加で注文する。れいともそうした。
「例年どおり、ライブは三十一日です。人気投票の結果は年明けに発表されます。」
ここは社外なので、機密にかかわるような打ち合わせはしない。今日はあくまで打ち上げだった。
「がんばろうね!」
「あぁ。ここまできたら、やる」
「来年も、メリとして活動できるように、がんばりましょう。私もできるかぎりのバックアップをしますからね」
「あ、海鮮きた! れいと君焼いて!」
「はいはい……」
それから三人で、これまでのクリエイティブイベントの話をした。楽しかったことや、ちょっとした危機一髪。たくさんのことがあったのだ。
来年も、同じように、メリのふたりとマネージャーの二人三脚で進めたら、それ以上のことはない。そう、誓った。
帰りに、熊谷が、ふたりにそれぞれ本を手渡した。
「これ!」
「完成したのか」
それは例のフォトブックだ。これの売り上げもまた、メリの存続に必要な指標のひとつだ。
「目を通して、週末までに修正があれば私に連絡を。これで最終決定になり、印刷されます。予約の段階でだいたいの売り上げや重版するかがわかるので、それもまたメリ存続の目標のひとつですから、しっかり確認してくださいね」
「わかった!」
「わかった」
「ねぇ、れいと君、いっしょに見ようよ。俺、間違いとかあっても見落としちゃうかも」
「あー……そう、だな。いつにする?」
「明日は? 土曜日」
「ん」
れいとは短く返事をした。それと、なぎにはひとつ考えがあった。れいとの騒動の時、それからライブでの約束だ。それを果たしてもいいはずだ。
——————
次の日。
早朝。
なぎとれいとは、るきの家にいた。
「なんでだよ!」
「おまえの方から誘ったろ。俺たち親友だよな」
「やめろ!」
「村上さん元気?」
ロビーではしゃぐなぎとれいとを出迎えたのは、どう見ても寝起きのるきだった。まだいつもの専属コンシェルジュ村上は出勤していない。
「るき君、これ。お母さんと朝ごはん、作って詰めてきた! 一緒に食べよう」
「え」
「他人の手作りとかだめ?」
「や、そんなことない、え、まじ? 見せて?」
なぎが家から持参したタッパーは、昼のお弁当のような内容だった。おにぎりに、ウインナーや卵焼き。別のタッパーにはりんご。
るきは半透明のタッパーから見えるおかずに興味があるようだった。
「こっちがあきな製」
「……かーちゃんか?」
「そう」
れいとも、朝食を持参していた。れいとの母親のあきなが作った……というか、ありものを詰めた弁当は、市販の惣菜パンを切ったものや果物、クッキーや野菜のぶつ切り。火を使わないラインナップだった。るきはそれも、興味深そうに眺めた。
「まぁ……手土産持ってきたやつらを追い返すほど薄情ではねぇ」
ちなみに、これはなぎの考えだった。
るきはいつもデリバリーだ。るきの家庭事情からだ。せっかくならるきに手作りを食べさせよう、と
考えたのだ。なぎは早起きして、母親と朝、キッチンに立った。
「俺、たまご割ったんだ」
「焼くとこまでやれよ」
るきは当然、悪態をつきつつも、もはや言うまい、ふたりを歓迎していた。
三人でエレベーターへ向かう。
朝の日差しは、温もりを感じた。
「じゃじゃーん! メリのフォトブックでーす」
「俺が見てもいいわけ?」
るきの家で、珍しくデリバリーではない食事をしながら、三人とジョンで、写真集を開いた。なぎはジョンをひざに乗せて、ジョンに本を見せる。ジョンは大人しくしていた。床暖房が心地よい。
「どう? ジョン?」
「ジョンは気に入ったって」
「なんでだよ! 貸してみろ」
るきが本を手にする。
ぱらぱらと流し見するかと思いきや、意外としっかりと一ページ一ページを読み込んでいく。
「ふーん……」
ぱり、となぎの持ってきたりんごをつまむ。れいとも、なぎとフォトブックを読むことにした。
「俺は特に修正して欲しいところはないかなぁ」
「あー……俺も。てか、このインタビューとかっていつしたっけ」
「道明寺さんとたまに会った時にだよ」
「道明寺? あー……」
「るき君知ってるの?」
「ファーレンハイトも写真集の話きてて、三宅先輩が対応中。多分受けると思う」
「え‼︎‼︎ 欲しい‼︎‼︎」
「まだだっての。秘密だぞ」
話によると、なぎたちのフォトブックよりも豪華なものになるらしい。なぎは、もう欲しい、欲しいしか言わなくなった。
「どうせあんたならひゅうがさんにもらえるだろ」
るきが読み終わった写真集をなぎへ渡す。
「そういえば……」
れいとがなぎを見る。
「なぎ、ずっと聞きたかったんだが……」
るきもなぎを見た。おそらくふたりは同じ質問をするつもりなのだろう。
「なんで、七星先輩は、なぎにあんなに親切なんだ?」
「えっ」
なぎは、ぎくり、とした様子だ。
「俺も聞きたいなぁ〜。三年前がうんちゃらって……どういうこと? ファーレンハイトの全員あんたに恩があるって言ってたぜ?」
「そうなのか?」
るきはわざとらしくなぎに詰め寄った。
なぎはジョンを抱いたまま後ずさる。
「いや、恩ってほどじゃ。てか、俺だけじゃなくて、多分それ、その話ならななみ君とぎんた君もだし……てか言うほどの、ことじゃないし……」
なぎは歯切れが悪い様子だった。それに、ななみとぎんたとは。ツインテイル、ミーハニアのそれぞれのユニットリーダーだ。
「この話終わり! 俺話さない!」
「おい、ずりーぞ! ジョン返せ」
「やだ!」
なぎが話を強制的に終わらせる。
三年前、何があったというのか。
ではななみとぎんたなら知っているのか。
「なぎが話したくないなら、音村先輩と水島先輩になら、聞いていいのか?」
「べ、別に、隠してるわけじゃないから。……まぁ、それなら……恥ずかしいから言いたくないだけで……」
「おまえそのふたり知ってんの?」
「まぁ。音村先輩は連絡先も知ってる。それとなく聞いてみるけど」
「えー……やだなぁー……」
「あんま迷惑かけんなよ。新曲とか作ってて忙しいだろうし」
「え、新曲?」
るきが新曲、と言った。ツインテイルの話だろうか。何故それを知っているのか。
「てかおまえらもぼさっとしてていいわけ? ファーレンハイトにツインテイル……年末ライブ常連はみんな新曲披露するんだぜ?そこで人気三位に食い込みたいんだろ? メリも既存の曲じゃまずいんじゃねーの?」
「えっ……」
年末のライブについては、ユニットリーダーの打ち合わせが明日だ。ましてやふたりはまだ祝賀ムードたった。そう、ひとつ課題を突破したことについてだ。
しかしここに来て、新しい困難がメリのふたりを待ち受けていた。
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