第五章 ポップコーン
第五章 ポップコーン
「なぎ君、ポップコーンの方から、連絡がありました」
八月初旬、なぎは家族旅行の帰りに、熊谷から連絡を受けた。ポップコーンはPレーベルで一番忙しいとも言われていた。こんなに早く返事をもらえると思っていなかった。熊谷は、順番に、サンライズ、ファーレンハイトにも連絡をいれ、コラボについて正式に承諾を得たとなぎに説明をした。また、ポップコーン側はむしろ、メリとのコラボをとても楽しみにしているとのことだった。しかし、なぎは、三人に面識がない。どんなコラボになるか、想像もつかない。なぎはれいとにも連絡を取り、熊谷にアポを取り付けてもらい、すぐに打ち合わせの予定が決まった。
——————
なぎとれいとが呼ばれたのは、駅からすぐ近くのマンションの一室だった。何でも、赤井りおの自宅兼配信用の防音室がある仕事部屋でもあるらしい。
「な、何号室だっけ?」
オートロックを前に戸惑うなぎの代わりに、れいとが部屋の番号を押して、住人を呼び出した。すぐに、はい、と返事がある。
「すみません。メリの白樺です。打ち合わせに来ました」
れいとがそう告げると、インターフォンの向こうで、どたばたと音がした。来たぞとか、おいそれ隠せ、とか騒がしい様子が聞こえる。
「だ、大丈夫かな……」
なぎは、ぎんたの言葉を思い出した。襲撃されたと言っていた。何故。さらによく考えれば、なぜ自宅で打ち合わせなのか、PPCでもいいのに。いろいろとよくない想像をめぐらせて百面相するなぎに、れいとが声をかける。
「なぎ、大丈夫だ。何かあったら逃げよう」
「十四階から⁉︎」
「とりあえず、行ってみよう」
オートロックのドアが開く。ふたりはマンションのエントランスに足を踏み入れた。生花が飾ってある。ひまわりだ。目的は十四階の角部屋。エレベーターに乗り込む。無機質な音とともに、すぐに14階に着く。エレベーターのドアが開く。すると目の前に、派手な三人組みがいた。
「メリだーーーー‼︎‼︎」
「‼︎‼︎」
わっ、と一気に騒がしい。
マンションの廊下とは思えない大声。
なぎが露骨に驚く。れいとはなぎの前に出て思わずなぎを庇った。
おそらくこの三人が、ポップコーンのメンバーだろう。そう、今日、なぎとれいとが会うはずの人物だ。しかし……。
れいとは無言で、エレベーターのドアを閉めた。
「ちょ、待った待った待った‼︎」
「待ってごめんなさいサーセンほんと調子乗りました! 待ってなぎ氏! なぎ氏〜!」
「おまえらうるせーぞ! また苦情言われるだろうが!」
ひとりがエレベーターのドアが閉まる直前に足を差し込んで、体を捩じ込んできた。一番、長身の男だ。こうされてしまうと、れいとはなぎを後ろに隠したまま、エレベーターから動けなくなってしまった。
完全に状況に飲まれて引いてしまっているなぎと、れいとは多少は、冷静だった。三人を観察する。こんなことになるならもっと事前に、リサーチしてくるべきだった。(多少経歴を調べたりはした)ツインテイル、ミーハニア双方、こんなことはなかった。油断していた。
よく見ると全員が全員、派手な髪色に、ピアスやタトゥーにネイル、アクセサリー。サブカルチャーグループとは、どういうことなのだろうか。
「なぎ氏だ! 本物だー! 本物かわいー! 会いたかったー! 顔ちっちゃ! なぎ氏! 男の娘hshs! 拙者のことはお兄ちゃんと呼んでくれてかまいませんぞ〜」
「白鳥せつなが消えたと思ったらまためんどくさそーなの味方にして……まぁいっか! 早く部屋行こうぜ! なぎちゃんお茶? ジュース? お兄ちゃんが何でも出してあげまよ〜」
特にふたりは、こちらにおかまいなしにまくしたてている。なぎ、れいとからは誰が誰だかさっぱりわからない。お兄ちゃんとは何なのか。しかしすぐに、状況は改善した。
ひとりがふたりの頭を思いっきり、フルスイングでひっぱたいたのだ。
すぱーん、といい音がした。
「いってー!」
「何すんの⁉︎」
「お前らな……」
今度は頭をたたいた人物が、渾身の大声を出した。
「うるせーんだよ! 落ちつけこのマヌケども! 一旦部屋行くぞ! また苦情来るっつてんだろうが!」
大きい声だった。声量がある。れいとは素直に感心した。なぎは、もはや放心している。
「はぁーい……」
「なぎちゃんごめんねー。あと、えーと、何だっけ? 後輩……君も行こうか」
こうしてようやくれいととなぎはエレベーターから、廊下へ足を踏み入れた。
「悪かったなふたりとも」
場を仕切っていたひとりがなぎとれいとに手を差し出してきた。握手だろう。アクセサリーがちゃらちゃらと鳴る。派手なネイル。ピアス。タトゥー。
「俺は青木とうま。ポップコーンのリーダーだ。声優もやってる。よろしく」
声優、どうりで、なぎもれいとも納得の声量だ。
「あっちの頭白いのが赤井りお、あっちのが黄瀬ゆうや。うちのボンクラどもがほんと迷惑かけて悪かったな。さ、行こうか」
これでようやく、三人を見分けることができるようになった。
「よろしくお願いします。」
れいとが深々と頭をさげる。なぎもようやく、はっ! と、己を取り戻した。
「あっ、よろしくお願いします!メリの凪屋なぎです。こっちはれいと君!」
「知ってる」
クス、ととうまが笑う。ぎんたが言っていたような凶暴な印象はない。ちょっと、最初、トラブルがあったが……。
なぎとれいとは促されるままに、りおの部屋へと入って行った。
——————
「よっしゃ! じゃあ改めて……ポップコーンの青木とうまだ! よろしくな!」
りおの部屋はごく一般的な3LDKだった。ひとり暮らしにしては広いが、一部屋は防音室で、配信をする機材でいっぱいだ。残りはたまにふたりが来るのでその時に使うらしい。リビングは充分に広い。だが、ごみも落ちているし、フィギュアやプラモデルの箱が詰まれていて漫画やゲームが散乱している。
「メリの凪屋なぎと、白樺れいとです」
リビングのテーブルに集まって、なぎは深々と頭を下げた。
「まぁ、そうかしこまんなくていいって! 俺たちのほうが年上だけど、活動歴はメリの方が長いから。気楽に行こうぜ!」
三人とも、メリとのコラボには好意的で、積極的だと言ってくれた。良いイベントにしよう、と言ってくれた。それだけでなぎはほっとした。
ここで、ポップコーンの三人を解説する。
まずはリーダーの青木とうま(二十歳)
とうまは明るく、よく通る、けど少しハスキーにも聞こえるような、女性にウケる声が人気の現役声優だ。当然のように容姿も良い。今期のアニメも準主役を担っていて、レコーディングに忙しい。昨今の声優は舞台や、グラビア、歌手活動なども兼ねるマルチタレントとしての側面が強い。とうまも例に漏れず、声優業の傍にさまざまな場面で活躍している。赤井りおとは学生時代からの付き合いだ。
赤井りお(二十歳)は、本業はゲーム配信者だ。真っ白な髪は脱色しているらしい。指に、同じポップコーンのメンバーであるとうまとゆうやの名前のタトゥーを入れている。平日の夜二十二時〜朝の四時あたりまでほぼ毎日ゲームのライブ配信をしている。複数の動画投稿サイトで数十万人のフォロワーを抱えて、毎回配信には三万人前後がリアタイをする人気配信者だ。企業案件をこなすほか、ゲームのCMやイベントにもひっぱりだこ。得意なのはFPSやRPG。難しいゲームもすぐにコツを覚える。ちなみに、ホラーゲームが苦手で、その絶叫配信は話題なった。
そして、黄瀬ゆうや(二十一歳)ふたりよりひとつ年上だ。所謂歌い手出身。初めて投稿した動画が一日で百万回再生され一気に話題になった、時のひとでもある。昔のオタク風のしゃべり方をわざとしている。三人の中では一番背が高い。
もともとはとうまとりお、ふたりで動画上でコラボなどをしていた。そこに、ゆうやが加わり、PPCに正式に所属して、音楽活動をすることになった。
れいとは、ざっと以上のことを、事前調べていた。それから曲を、動画サイトで再生回数の多い順にいくつか聞いた。当然三人のビジュアルや宣材写真も確認した。
では、なぜ、三人を見分けることができなかったか?
調べると出てくる写真は毎度別人のようなものばかりだった。加工、女装、コスプレ……。ウィッグにカラコン、メイクで、もはや誰が誰なのかさっぱりわからなかった。
なぎともその情報は共有したが、一般論的な話題に止まり、結局ポップコーンについて真相を確かめぬまま今日に至り、こうして顔を突き合わせてはじめて、人間性を知ることになった。
なぎもれいとも、三人をよく観察した。和気藹々としていて、頻繁によくわからない単語で会話する。凶暴な一面は感じないし、なぎやれいとにせっせと接待をする様子は見た目の派手さよりもむしろ誠実そうに感じる。
「本題の前に少し雑談でもするか。お互いを知った方がいいだろ?」
とうまの提案に、全員がうなづく。すぐに手をあげたのはりおだ。
「自分たちで言うのもなんだが、俺たちにはひとつ、すげー自慢があるんだー!」
「なぎ氏当ててみて〜」
「?」
りおとゆうやが話題を振る。しかもれいとを押しのけてなぎの隣に来て、両側からなぎの肩を抱いた。れいとは、なぎが嫌がってはなさそうなので、それは見過ごした。そして、自慢とは。
「はい! SNSのフォロワー数がすごい、とか!」
「不正解〜! なぎ氏ペナルティでござるぞ!」
「え!」
「ふひひ、なぎ氏に罰ゲームかぁ! ワクテカ! 何にしよっかなぁ〜」
「すまん。気にしなくていいから。ゆうや、キモいから止めろ」
ひとりで盛り上がるゆうやを、とうまが静止した。りおは、リーダーはツンデレだから〜などどからかう。
なぎは、ゆうやの不思議なしゃべり方にぽかん、としている。れいとは怪訝そうに眉間に皺を寄せていた。
「ヒント〜じゃじゃーん! これ新しいタトゥー! 見て見て〜」
今度はりおが、ふたりに手を見せてきた。黒いネイルの指先にはタトゥー。
「名前……ですか」
「後輩君惜しい!」
「あ、わかった! えーと、三人が、とっても仲が良い……とか!」
なぎは思いつきで、正解しようとも思わずに発言したし、半ば冗談だった。しかし、ポップコーン三人が無言で立ち上がる。
「大正解〜〜〜〜‼︎‼︎」
耳がきーん、となるような大声だ。リビングは防音じゃなかったはずだし、昼間とはいえ隣の住民に迷惑なほど三人がはしゃぎだす。なぎとれいとは、もうついていけていない。
ポップコーンの三人はうるさいタイプのオタク、という一面もあった。三人はイェーイとかウィーといった奇声を発して部屋をばたばた走り回っていた。
なぎは、れいとに寄り添って、小声で耳打ちした。
「明るいひとたちみたいでよかったね。たまに何言ってるかわからないんだけど、れいと君わかる?」
「わからない。明るいというか、うるさい。あと、あんた……必ず俺といろよ。この三人と、サシで会うな」
「?」
「まぁ、俺が気をつけるからいいや。そろそろ本題に入るか?」
「ポップコーンの三人は、俺たちのこと知ってるかな?」
「俺が聞くよ」
れいとが三人に、俺たちのことはどこまで知っていますか? と聞いた。また続けて、どんなコラボをしますか?とも。つまり、歓談はここまで。本題に入ろう、ということだ。3人は踊り狂うのをやめて、またリビングのテーブルに戻ってきて着席した。とうまが真ん中だ。神妙な演技で、テーブルに肘を乗せて、指を組んで、口元を隠す。
「イベントはもう始まってる……!」
「はい?」
なぎとれいとは、きょとん、とした。
「説明しよう!俺たちは今ポップコーンハイパーポップポップフェス開催中だ!」
こんどは、ぐっと拳を作って一度もかまずにややこしい発言をした。さすが現役の声優だ。
「ぽっ……え……と、イベントをやっていんですか?」
「はいはい注目〜」
りおがノートパソコンを起動する。資料が提示される。
「ポップコーンハイパーポップポップフェスはバーチャルとリアルで展開してるフェスなんだ」
「バーチャルとリアル……?」
なぎの疑問。れいとも同じ疑問を持った。
りおが続けて説明する。
「俺たちそれぞれ声優、配信者、歌い手だろ? ファンは俺たちとネット上のつながりでできたコたちが多いんだ。だからフェスも、バーチャルとリアル両方をうまく融合させてやってるんだ」
すると、今度は動画配信サイトを見せる。自分のチャンネルを開く。
「これは、昨日のゲームの配信! これは俺たちのオリジナルノベルゲームなんだ。今伏線回収中。それで、読者参加型でアンケート取って選択肢を進めたり、PPCの公式サイトのヒントを見てポップアップショップで答えを言うと隠しキャラのグッズが貰えたり……あと、このゲームのエンディングはライブでやるんだ」
「ライブでゲームやるの?」
「しかも……普段やってるゲーム配信と連動させてる……面白い試みですね」
れいとの方が、なぎより理解が早い。
つまり、りおの説明はこうだった。
ポップコーンのフェスでは、約一ヶ月間、それぞれゲーム実況や雑談配信などで連続したストーリーが描かれる。ゲームの伏線を貼ったり、ゲームの結果でライブの内容が変わる。他にも、ファンによる新曲の考察次第でイベントの内容が変わったり、グッズにヒントがあったり……さらに最後のライブでエンディングまでの配信をしたり、それまで人気だった動画にフィーチャーしたり……と、バーチャルの世界とリアルの世界を跨いだフェス、とのことだった。
メリは、ライブは歌を歌う。それだけだ。また、なぎもれいとも配信などはやっていない。ポップコーンの試みは、なぎとれいとは初めて触れる世界だ。
「今はもうフェスは後半戦だ! メリにも、ボーナスキャラとして、配信やライブに参加して欲しいんだが……どうかな?」
とうまが問う。
これが、コラボの内容となる。
なぎは、やってみたい、とれいとに言った。れいともOKだ。
「ふひひ! 言質取ったり!」
ゆうやがガッツポーズを取る。
「やったな! 特に俺とゆうやはなぎちゃんとコラボしたったんだよー! ほんと良かった!」
「え、そうなんですか……?」
「じゃあ自己紹介……」
「いらないいらない! メリのことはよく知ってるから。」
「拙者メリのCDは三枚づつ買っております! 自分用布教用保存用ですな! あ、あの、ちなみにな、なぎ氏、サインとか……」
「はいはい、後にしろ! とにかくじゃあこれで決定ということで! 詳細は資料送るから、マネに確認とって! がんばろうな!」
「ありがとうございます。あと、応援してもらえて嬉しいです! よろしくお願いします!」
のほほんとしたなぎに、どことなくれいとは嫌な予感がしていた。一応れいとも、頭を下げて、よろしくお願いします、と言った。しかし、コラボの決断を早まった気がする。りおと、ゆうやの態度だ。とうまはまだいい。ちょっとやかましいくらいだ。しかし、りおととうまの態度が、ひっかかる。れいとは、切り出した。
「あの、赤井先輩と黄瀬先輩はなぎのファン、なんでしょうか」
「そりゃあ拙者、男の娘推しですからぁ!」
「もちろん!」
ふたりは満面の笑みで答えた。やはり。しかし、オトコノコ、とは? よくわからない単語だった。
「かわいいコが好きってこと。おい、お前。れいと、だっけか? 新入り。りおとゆうやから、なぎ守れよ。あと、ライブでコスプレと女装するから、マネからOKもらっとけ」
「は?」
怒涛の情報量に、なぎもれいともついていけない。男の子? かわいいコが好き?コスプレ、女装?
困惑するふたりに、更に情報が追加された。
黄瀬は、Pレーベル内では、なぎ、ななみ、あやの三人を推しているとのことで、その理由が男の娘だから、とのことだった。たくともアリらしい。それから、ライブのポップコーンの前回のイベントのライブのDVDをもらった。ジャケットがすでに、誰? というレベルの三人の女装姿で、なぎとれいとの困惑は深まるばかりだった。とうまが、後日詳細を連絡する、と仕切り場を切り上げた。なぎとれいとは元来たエレベーターで、マンションを出て、なんだか現実感のないままに帰宅した。
熊谷への連絡をしたのはれいとだった。すると、女装、コスプレは内容によるので熊谷のチェックが入るらしいことと、なぎに関しては、露出に制限があるので、腕からと、膝から下以外は露出NGとのことだった。(会社ではなく熊谷的NGである)なかなかに厳しい。れいとは、自分は? と一応確認したところ、熊谷からは好きにするように、と返答があり、ポップコーンの三人との打ち合わせの時もそうだったが、関心されないこと、それはそれで安心した。
後日、イベントに関しての詳細な連絡が来た。まず、最終ライブは八月三十一日。
それまでになぎ、れいとはふたりで、とうま、りお、ゆうやそれぞれの配信に参加する。とうまは、スマホアプリゲームのボイスの公開収録のゲストにメリを参加させ、アフレコ体験をさせる。りおは、ゲーム実況の配信になぎ、れいとのふたりを参加させる。とうまは歌枠の配信になぎとれいとを参加させる。そしてフェスの締めのライブにもゲスト出演する、という大枠が決まった。
まずは、とうまとのアフレコ体験だ。当然、メリのふたりはアフレコの経験はない。熊谷に聞いたところ、熊谷もアフレコは経験がないと言った。
ふたりはとうまの指定の日時にレコーディングスタジオに足を運んだ。
——————
「涼しい〜!」
うだるような外気温から、ようやく冷房のきいたレコーディングスタジオ内へ来たなぎとれいと。スタッフらに挨拶をして、それからとうまを探す。それから、差し入れ(熊谷が持たせた)をスタッフに渡した。スタッフが、メリから差し入れです、と大声で言うと、奥の部屋からとうまがちょうど良く姿を表した。
「おう! よく来たな! 差し入れありがとう!」
「今日はよろしくお願いします!」
ふたりで挨拶をする。とうまが、監督を紹介してくれて、台本を見せてくれた。モブキャラのセリフをなぎ、れいとそれぞれに当てがってくれたので、簡単にとうまから演技指導を受けて、とうまのアフレコを見学して、それからふたりの本番だ。
「えーと、俺のセリフは……『本物の勇者さま⁉︎」』……驚く感じのセリフかなぁ。難しそう……。それにこれは、若い女の子のセリフってなってる。俺でいいの?」
「俺の方が長い……」
台本を手にしてそれぞれの役を確認して、それぞれが疑問を呈した。
なぎは、村娘の役。れいとはなぎの後に、勇者について説明するモブの役。
「まぁまぁお前ら、いいか、監督が決めたんだ。今声優になりたい奴らなんてゴマンといるんだ。こんな端役でももらえるだけありがたいんだから頑張ること! まず、なぎ、リハだ!」
「は、はい!」
とうまに上手く言いくるめられて、スタジオの端で、なぎがセリフを繰り返す。あまり長くないセリフなのに、どうにも棒読みというか、素人くさい。
「あはは、下手くそだな~」
「す、すみません……」
「いいんだ! 逆に、下手なモブがいたとかって話題になればそれはそれでOKだし? ってかあれだな。台本見ないで……ほら、俺に向かって言ってみて。その前のセリフ俺が読むから。」
「え……えーと……」
とうまがなぎの前に立つ。なぎはとうまの言う通りにした。
「もっと……村娘になりきるより、なぎっぽくやってみろよ。後輩、普段なぎって驚く時どんな感じだ?」
「えーと……そうですね。口が開いてます。かなり大きく。それで、え、って言います。今度撮ります」
「撮らないでよ!」
「演技ってのは一筋縄で……付け焼き刃では何ともならん! 下手な演技するくらいなら素でいいぞ!」
「う、うーん……」
「次、後輩!」
次にれいとが演技指導を受ける。とうまに向かって、台詞を読む。なぎの台詞より長い。
「……なかなかだな。それでいい」
なぎの時より、適当だった。
なぎが「えっ⁉︎」と思わず大声を出した。
するととうまが「それだよ!」となぎに、どうやらなぎにリアクションを取らせることで、どんな演技をするべきかを教えるためにわざとれいとには適当な反応をした……ように見えるが、れいとは薄々感じていた。ポップコーンの三人がいかに自分に興味が薄いかを。
こうして、とうまの演技指導のおかげで、アフレコはなんなく済んだのであった。監督からは、れいとは絶賛され、別のスマホ向けソシャゲのキャラクターをやらないか、とまで言われたが、れいとは声優業には興味がなかったので、やんわりと断ったのであった。
「れいと君、すごいね、声優の才能もあるなんて!」
「……あんまり興味ない。」
「あ、青木先輩のアフレコだよ。これ、ソシャゲの公式チャンネルで一部配信するんだって」
自分たちのアフレコを終えて、今度はとうまのアフレコを見学する。
ここでなぎもれいとも、初めて会った時からのポップコーンのリーダー、青木とうまについて考えた。とうまは最初から、赤井と黄瀬、ふたりを制していたり、話の仕切り役だったりと、明らかにリーダー全としていた。それでいて二人に悪ノリをする時もあり、本人もなかなか明るくてふざけている。ポップコーンでのユニットの活動よりも、彼は声優が本業だ。一体、プロの仕事とはどんなものだろう。
渡された資料を見る。今時の絵柄のキャラクターが描かれていて、ストーリーの更新分と、新規衣装実装のための新ボイスだ。
とうまが収録ブースに入る。なぎとれいとはそれを外から見学する。ガラスの向こうのとうまは台本を読んで最終確認を取って、マイクの前に立った。
アフレコがはじまる。
「わ! すごい……!」
なぎが感嘆する。
難しい横文字の続く台詞も噛まずに、はっきりと聞こえる。それでいて、感情が伝わる。戦闘時の台詞や、主人公に向けた台詞……様々な台詞を、確かに、声優青木とうまの声で演じていた。
「すごいね! 青木先輩がどんなひとかわからなかったけど……仕事を見れば、十分だね!」
なぎの言う通りだとれいとは思った。ポップコーンの三人はうるさくて、学校の友達どうしの延長線上のようなノリだったが、ひとりひとりが確かにプロなのだ。そして、それを纏めるとうまは、確かにリーダーとしてのカリスマを持つ存在であった。
「ね……もっとさ、オタクっぽいこと、勉強しない?」
「……?」
「俺たち、漫画とアニメとか詳しくないから。ポップコーンの先輩たちが何言ってるかもわからないんだよ。せめて、言葉が通じるくらいには勉強しようよ!」
「……」
なぎの提案は最もだったが、問題がある。れいとは腕を組んだ。難しい顔。なぎはそれに気づいたが、眉を寄せていてもかっこいいなぁ、なんて呑気な考えが浮かんだ。
「勉強って、誰からだ」
「あ、た、確かに……」
ふたりには、いわゆるオタクの友人が、いない。
ギリギリ思いついたのがエリックだ。ミーハニアの、梅北エリック。しかし、それもなんとなく違うような気がした。
その内に、とうまの収録が終わる。とうまがブースから出てきた。スタッフと何か話合いをしている。ふたりも声をかけた。
「先輩! お疲れ様です! 凄かったです!」
「どうもどうも! なぎ、サイン欲しかったらいつでも言えよ!」
とうまは軽快に笑って、なぎの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「俺たちのチャンネルの動画、今日からのでもいいから見てくれよ! 楽しいからさ。俺たちPは……place!」
「!」
P、それは、ミーハニアとコラボした際にいおりから聞いた、それぞれのユニットの持つPという文字に対するアプローチのことだった。
「意味は……場所、ですか?」
れいとが問う。
「そうだな。居場所ってかんじかな。……そもそもな、今はそんなことないかもだけどさ、オタクとかってのはさ、漫画とかアニメで現実逃避して、辛い日常の癒しを求めてんだよ。わかるか?」
「俺は本が好きなので……面白い話を読むと、ストレス解消になる、というのはわかります」
とうまは少し、遠い所を見ているような気がした。
「俺たちはファンの奴らに居場所を作ってやりたいんだ。だから、俺たちのイベは多幸感や一体感をテーマにしてる。……いかに楽しいか! 楽しませるか、だ! 現実なんて忘れちまえ、ってな!」
それは、ファーレンハイトが、クオリティの高いパフォーマンスで徹底したエンタメ性を追求している所と通じるものがあった。ポップコーンは、ファーレンハイトと相性がいいかもしれない。
「だから、メリのふたりも、俺たちとコラボする上でそれを意識して欲しい。ネットを通した、画面の向こうの奴らを、いかに楽しませるか、笑わせるか、だ。コスプレとか女装とか聞くとさ、変って思うかもだけど、ウケたらOKなんだよ」
「なる……ほど……?」
なぎはとうまの話に聞き入っていた。なぎたちのライブとは違う、リアルとバーチャルの混交したイベントをプロデュースするだけあって、ビジョンは明確で、とうまの口から出る言葉には、迷いがない。いかに楽しませるか、はまだ、なぎやれいとにはない概念だった。メリのライブでは、届けるのは、音楽だ。聞き手の解釈をあらかじめ設定するとはない。ポップコーンは、楽しませる、ことに徹底している。
「まぁ、俺のアフレコなんかより、次、りおとゲーム実況とるだろ? その前にさ、りおの動画じゃなくて、再生数数回とかの、言い方悪いけど、面白くないやつの実況動画見てみるといいよ。わかるからさ、楽しませるってことが何かさ」
「はい……!」
とうまのアドバイスもまた、明確だ。
とうまは午後からはキャラソンの打ち合わせがあるとのことで、メリのふたりとはここで別れた。夜には別のアニメの公式生放送に出演するとのことだ。忙しい。
ふたりは、徒歩で帰ることにした。
この日は曇りで、蒸し暑かったので途中、商業ビルのカフェに入ることにした。そのひとつ下の回に、本屋とアニメ関連のグッズを扱いショップがある。
オタクの勉強。
なぎとれいとはまず、そこに寄ってみた。
——————
「へー! ここ初めて入った!」
「俺もだ」
アニメグッズのショップの前には、アニメキャラの大きな等身大ポップが並んでいた。CDやDVDの発売の予定が所狭しと書かれていて、入り口には漫画が置いてあり、店員の一推しのアニメのコーナーは、手作りのポップなどで派手に飾られていた。なぎとれいとが意外に思ったのは、客層だ。若い女性が多い。アニメ、とかオタク、という単語からふたりが想像したのは、若い男性の趣味、というあたりだったので、これはふたりにとっては新しい発見だった。
あまり、女性をじろじろ観察するのははばかられるので、それ以上は気にせずに、ふたりは店内を一回りすることにした。
「アクリルグッズ……は、ライブとかのと同じ感じだね。アクスタとか、アクキーだ」
「アニメグッズといっても、ライブのグッズと通じるところがあるな」
ふたりはメリの1stライブでのグッズのことを思い出した。根底は同じなのだ。それからフィギュアや、ぬいぐるみを見た。ひやかしだけでは良くないので、何か買っていこうと考えたが、目移りしてしまい、どれにするかも決まらない。
「でも、こんなにアニメとかゲームがあって、どれが一番流行ってるんだろう。みんな、全部見てるのかな、そんなわけないよね」
「詳しい奴がいればな……」
「あれ、あそこ……」
広い店内をだいたい半分くらいまで来たところで、ふたりは見慣れた人影を見つけた。まさか、こんな所で、と思ったが、間違いない。
「るき君⁉︎」
「げっ!」
ファーレンハイトの一ノ瀬るきがそこにいた。
なぎは知り合いを見つけてうれしそうに駆け寄った。るき君! と名前を呼ぶ。しかしるきは、挨拶も早々になぎの口を自分の手で塞いだ。
「嘘だろ、おまえらなんで、違う! 俺は……」
「るき。なんでここにいる」
るきは、どう見ても焦っている。れいとが近寄る、そして問う。しかし、様子がおかしい。
「黙れ! こんなとこ好きで来てるわけじゃない! これは……」
「あれ、るき氏、お友達ですかな?」
なぎ、れいと、るきのいる棚のコーナーから、制服の少年が、るきに向かって話しかけてきた。れいとは少し、怪訝な顔になった。小太りで、メガネ。正直に言うと、るきと親しいようには見えかったからだ。るきは、今をときめくファーレンハイトのメンバーだ。プライドも高い。こんな冴えない人間と付き合うタイプでもない。このとおり、れいとは少し、辛辣なことを考えている時がある。
「友達……えと……」
るきは口ごもる。あまり、るきにとっては歓迎できない状況のようだ。なぎは、自分の口を塞いでいたるきの手を退かした。
「こんにちは。俺、凪屋なぎです。るき君の友達です! あれ…‥るき君と同じ制服着てる! クラスメイト?」
「凪屋……あ〜、わかりましたぞ。フヒヒ。メリのふたりでしたか。初めまして、拙者は、るき氏のクラスメイトの井口でござるよ。るき氏の前の席なのです」
井口、と名乗る少年は、黄瀬と似たような、しかし黄瀬よりは落ち着いたトーンでなぎに応対した。自己紹介をする。るきとは、クラスメイトとのことだ。
「おまえが……クラスメイトと、ここに?」
れいとがじとりと、るきを見た。
「黙れ……くそ……」
るきはばつが悪そうにしている。何か事情があるらしい。すると、井口から提案があった。
「せっかくですし、上のカフェに行きましょう! 拙者、るき氏のご友人と是非交流してみたいですぞ! いかがですかな?」
なぎはすぐに賛成、と言った。れいとはなぎに従う。るきは、何も言わなかったが、おとなしく着いてきた。四人で、カフェに入って、ソファー席に座った。なぎが井口の隣に座ったので、必然的に、れいとがるきの隣になった。るきは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた……。
——————
「で、ふたりはどうしてアニメショップにいたの?」
注文した飲み物が届いた。それまで四人は、簡単に自己紹介をしあった。しかし、井口はともかく、メリのふたりに関しては有名人だ、話すこともない。井口はメリのふたりに対して特段、芸能人に会えてうれしい! といったテンションでもなく、穏やかに話を進めている。同じオタクといっても、かなりやかましい雰囲気だったポップコーンとは違うように思えた。
るきが、アイスコーヒーを一口飲んで、ようやく口を開いた。
「いいか、まず、俺とそこの井口ってやつは友達なんかじゃない。知り合い程度。けどこいつはどうやら俺のファンらしくてな? 俺に絡んでくるわけ。お前らだってファンを無下にはしないだろ? 俺はいやいやこいつとは会話してやってんの。オハヨーとか、今日いい天気、とかな。これは社交辞令だ。常識ってやつ。それで、今日は夏休みだけど登校日なわけ。こいつはアニメ部で学校来ててたまたま会った。こいつが俺の……ファーレンハイトのCD、いつもどこで予約してるかって話になって、あのアニメショップって言うから、興味本位でついて来てやった。俺はアニメとかは興味ねぇよ? こいつの解説聞いてただけ。そしたらおまえらに会った。以上。質問はするな」
るきは、早口で一気にまくしたてた。多分ずっと考えていたのだろう。
「るき君、そんな言い方、井口君に失礼だよ」
出た、なぎの正論。とれいとは思った。るきは、うるせぇな、と言った。
「ムホホ。良いのですぞ、凪屋氏〜。るき氏のツンギレはいつものことですから。拙者はたまにるき氏の頼りにするNPCで良いのでござる」
「キモいからやめろ!」
どうやら、なぎの心配は無用のようだ。このふたりはこのふたりなりの距離感があるらしい、とれいとは感じた。るきと同じアイスコーヒーに、ミルクを入れて飲んだ。なぎはアイスココア。井口はアイスティーだ。
「おまえらは?」
るきが、少し姿勢を崩して、ソファにもたれる。それからなぎに質問をした。なぜ、メリのふたりがアニメショップにいたか、である。
なぎとれいとは、ポップコーンとのコラボから、サブカルチャーについて勉強しようと思い至ったわけについて説明をした。
「ふーん……」
るきのことだ。興味なさそうな反応をしているが、なぎの話は聞き逃さない。
「けどね、実際アニメショップ行ったら、なんなものすごくて、何も買えなかった。誰かに、いろいろ教えてもらわないとかも……」
「ならそいつに頼めば?」
るきは顎で、はす向かいの井口を指名した。
「へ、拙者でござるか?話は聞いていましたが、拙者、まだまだ素人故適任とは申しがたく……」
井口はメガネを直して、答えた。つまり、るきは、井口に、メリのふたりに、アニメや漫画について教えてやれ、と言っている。
「井口君、アニメとか漫画詳しいの?」
「あはは、まぁ、だいたいはチェックしていますから。お力になれるのなら……」
「いいのか。暇なら頼みたい」
「暇だろ。オタクなんて。どうせ帰ったってやることねーだろ」
「るき氏の頼みとあれば、もちろんやらせていただきますぞ。いかがでしょうか、メリのおふたり」
こうして、なぎとれいとは、井口にアニメや漫画について教わることになった。またあのアニメショップに行って、アニメや声優、漫画ゲーム……素人向けに幅広く講義をしつつ、オススメグッズを紹介してくれるらしい。なぎとれいとと、なぜかいやいやるきも付き合う流れになった。
「わー! 良かった、井口君、ありがとう。るき君のクラスメイトってことは、れいと君と同じ年だよね。俺、先輩だけど、敬語とかいらないから、気軽によろしくお願いします」
そう、この場で、なぎだけ年上だ。しかし、なぎにちゃんと挨拶したの井口の様子から、ちゃんと社交的な様子が伺える。
「フヒヒ。拙者こそ、この超ハイレベの顔面偏差値軍団に囲まれるとエルフの里に迷い込んだオークのようですが、精一杯務めさせていただきますぞ!」
こうして、四人は再び、アニメショップへ向かった。食器を寄せて、各々荷物を持って立ち上がる。するとここで、なぎから質問が入った。
「ねぇねぇ、黄瀬君もそんな感じの喋り方なんだけど、流行り?」
れいととるきがなんとなくスルーしていた所だ。ふたりが固まる。よく聞くな、と思った。
「凪屋氏、これは、僕たちが生まれる前、古のネット上の巨大掲示板に集っていたオタクの先輩たちのしゃべり方をリスペクトしたものなのですよ。Y2Kファッションの復権に似たものなのです」
そうだったのか、とれいととるきは思った。なんというか、井口は、安定感がある。見た目や、喋り方とは裏腹にしっかりとした人間だ。このあたりではトップの進学校の制服は伊達ではない。なぎは、そうなんだ〜と、嬉しそうにしていた。
——————
それから、四人はアニメショップに戻って、井口の解説を聞いた。最新の情報、ネットでのミームや流行り。井口の解説は、なぎ、れいと、るき、三人とも納得の情報量とわかりやすさだ。
「ファーレンハイトとかのCDも予約できるんだね」
「はい。一般向けのも可能ですぞ。拙者はポイント貯まるのでいつもここなのです。フヒ、こうしてお近づきになれたのです。これからはメリも推して行きますぞ」
「わー、ありがと!」
「それから、こちらが、いまや時の人、ポップコーンのCDですな」
井口が三人を案内する。ポップコーンはわざわざ専用のコーナーが作られていた。店員の手書きで、おすすめが書かれている。
「ジャケットがイラストだ……」
「このジャケはSNSで五十万フォロワーを誇る人気絵師の方の描き下ろしですぞ」
れいととるきも、近寄ってポップコーンのコーナーを見た。CDやDVDの他に、三人をイラストにしたグッズなどが売られている。SNSでは、三人のファンアート専用のタグがある程だ。この盛り上がり方は、Pレーベルの他のユニットとはまるで違う様子だ。
「こちらのぬいは虚無顔が話題になりまして一時期高額転売の憂き目にあったものの製作会社の計らいによって在庫復活した人気商品でござるよ。こちらのバースデーベアは、お部屋のインテリアを邪魔せずに飾れるのでオススメですぞ。プレミアムアクスタは背景がセットになっていて見映え抜群! こちらのラバストは三人の名台詞が入ったファン必見のものですし、今までポップコーンのグッズを含む三千円以上のお買い上げでランダムにカードが貰えるのです。他にもポップコーンコラボカフェの開催も決定していて来週からはクリアしおりが貰えますぞ」
ここまでを井口は一度も噛まずに言い切った。オタク特有の早口である。
れいととるきは素直に感心した。
「そうなんだ! じゃあこれ、ぬい……買おうかなあ。どれにしよう……」
なぎは、ぬいぐるみを買うことにしたようで、三人のうち誰を買うかを悩み出した。一つ、一六五〇円だ。三つすべては、少しはばかられる値段だ。
「こういう時は目を瞑って選ぶと、角がたたないのですよ」
「井口君天才……! そうだね! れいと君!」
「え」
なぎは何故か、れいとの目を両手で隠した。なかなかシュールな光景だ。るきが思わず笑う。井口が気を利かせて、ぬいぐるみをシャッフルした。
「右左真ん中!」
「じゃあ、真ん中」
「真ん中は……黄瀬ゆうや氏ですぞー!」
なぎが買うぬいは、黄瀬のものに決まった。
「わぁ……今度赤井先輩に見せよう」
「たぶんポップコーンの三人はお互いのグッズを制覇しているかと。仲の良さで有名ですから。後から入った黄瀬氏は青木氏、赤井氏と年齢も違うもののすっかり馴染んでいますな」
「そういえば、黄瀬先輩は後から入ったんだっけ……?」
るきがつぶやく。なんとなくそれは、調べたので、全員一致の共通事項だった。最初はとうまとりおのふたりだった。そこに、ゆうやが加わった。
「黄瀬氏はファーレンハイトのファンとしても有名ですぞ。しかし何故か……五十嵐氏のことは話題を避けています。ふたりは何がつながりがあるのでしょうか?」
「五十嵐先輩?」
五十嵐つきは。ファーレンハイトのメンバーだ。るきは首を横に振る。なぎもれいとも、知らない。有名人だ。ただの噂話が大きく広がる。だがなぎはなんとなくそのことが頭に残ったので、気に留めておくことにした。つきはを、どこかで最近、見たような、見てないような。何だろうか。よく、思い出せない。
その後もいくつか講義を受けて、井口は予備校に行くというので、別れる前に、四人で写真を撮った。
「よく撮れた? 見せて」
なぎが井口のスマホを覗き込む。カメラロールを回して、写真を見る。
「ムホホ。拙者のスマホはこのメンツの中で1番性能良いですから……この通りばっちり……っ」
「わ! 今のひとかっこいい! 誰?」
「あ、いえいえ、なんでも……」
「おい、ちょっと待てお前……昔痩せてたとかって言ってたよな? まさか……」
「何でもないでござる! 何でもないでごさる!」
「おい、スマホ貸せ! なぎ、奪え!」
「やめてくだされ! やめてくだされ〜!」
こうして、井口は謎を残して去り、なぎと、れいとと、るきの三人になった。
夕方。薄暗くなるころには蒸し暑さが増す。ぐだぐだと、なんとなく帰路に付く雰囲気で、なぎの家へ向かう。れいとは、徒歩の時はできるだけなぎを送る。今日はるきもついてくる。なぎの家の前に来ると、るきはじっとなぎの家を観察していた。リビングの窓から暖色の光がこぼれている。庭には、子供向けのピンクの自転車やバケツ。ファミリーカー。生活感がある。
それを見つめるるきの横顔は、少し寂しそうに、れいとには映った。なぎが別れの挨拶をする。
「ねぇ、そうだ。るき君、井口君は、お家に呼んだりしないの?」
「はぁ? 呼ばねーよ。家はお前らだけ……じゃなかった。人呼ばねーんだよ! お前らがずうずうしく勝手に上がってくるだけ!」
「なるほど。これが……」
「なんだよ! お前までやめろ!」
「今度、るき君もうちに遊びに来てね」
「……」
「ジョンも連れてきてね! お泊まり会とかもしようね!」
るきは、気が向いたら、と答えた。れいとは、即答しないその気持ちが少しわかる気がした。なぎの家から帰ると、少し寂しくなる。るきなら、なおさらだろう。
れいとはなぎに、家に入るように促した。これで、れいととるきのふたりになった。
無言で、歩き出す。
無言だが、並んで歩く。
しばらくして、るきから話はじめた。
「メリ。遊んでんじゃねーぞ。お前らこの間の中間結果発表、圏外じゃねーか」
「それは……」
「最後のコラボ、ファーレンハイトだろ」
「……」
「しっかりやれよ。……さっきの、五十嵐先輩の件はそれとなく聞いておく」
「あぁ」
交差点でふたりは別れた。るきは歩道橋を登っていく。れいとはそのまま歩き始めた。
圏外。それは、痛いほどわかっていた。なぎからの電話で、その事実を知った時、落胆したのを覚えている。しかしそれと同時に、白鳥せつなが抜けて、なぎと、新人の自分の結果がそれで、納得したのを覚えている。
歩道橋を見上げる。るきが歩いていく。夕日が逆光で、眩しい。スタート地点は同じだったはずの同期と、随分と差があるように感じた。選ばれたのは、自分だったのを覚えている。しかし、選んだのは、メリを取ったのもまた、自分だ。れいとは歩き出す。できることをやるしかない。そのうちに人混みに紛れ、見えなくなった。
——————
なぎとれいとは再び、赤井りおのマンションに来ていた。今日はりおと、ゲーム実況のライブ配信をする日だ。当然、なぎ、れいと双方、ゲーム実況の経験はない。とうまに言われたことを思い出す。視聴者を「楽しませる」。その工夫は、自分たちにもできるだらうか。ふたりは神妙な面持ちだった。早めの時間に集合して、リハを兼ねたテストをすることになった。
「なぎちゃん、後輩、いらっしゃい〜」
今日はりおしかいない。
りおの部屋は先日より片付いていた。どうやら散らかすのはとうまとゆうやのようで、りお本人は綺麗好きらしい。
「じゃーん、なぎちゃんに猫耳ヘッドフォン買っといた! してして!」
「あ、ありがとうございます……」
りおはふたりを、先日は見せなかった、ゲーム実況専用の防音室へ案内した。約六畳。もともと防音室のある物件だったらしい。エアコンも完備されていて、モニターは複数あって、なぎが見たこともない横長のもので、ややカーブしている。パソコンは虹色に光り輝いていて、キーボードも同様だ。キーボードは中央が山のようになっている。これも、見たことのない形のものだった。まるで映画の近未来の世界のようだ。なぎの家には、親のノートパソコンがあるだけだ。れいとの家は、ない。
りおは機材の説明、ソフトの説明をした。マイクや照明は、あやと料理の動画をした時に似たようなものを見た。問題はソフトの方だった。聞いたこともないような言葉をりおは次々に操る。今回はなぎとれいとも、その場で一緒にゲームをする、そしてそれを撮る、という形になった。メリのふたりが高性能のゲーミングPCを持っていれば、わざわざ来なくても幅広い実況が叶っただろうが、そううまくはいかない。
りおはパソコンからいくつかのゲームをふたりに提示した。どれを実況するか選んでいいとのことだった。
「まずこれ。人気ナンバーワンFPS! でもふたりとも普段ゲームしないんだべ? ちと難しいかな〜」
「えふぴーえす……」
「ファーストパーソンシューティングね。一人称視点なのよ。ど?」
りおがゲームを起動して、実際にやってる所を見せる。
「う、なんか……酔うかも……」
なぎは、あまりFPSは得意ではなさそうだった。れいともゲームをしないので、人を撃ったり、競ったりするのがメインのゲームはあまり食指が動かない。
「なぎちゃんごめん〜! 酔っちゃった? これナシナシ! じゃあ、これ、ご長寿すごろくゲームの最新作! フツーの人生ゲームと同じ感覚でプレイできるよ」
「三人で人生ゲーム……?」
盛り上がりにかけるのでは? とれいとが言った。
「確かに。んじゃ次は……」
カチカチとマウスをクリックしながらゲームを選ぶりおに、なぎが提案をした!
「あ、あれがいいです! 赤井先輩の、ホラーゲームの動画、面白かったです。ホラーゲームがやりたいです」
ぴしっ
りおが固まる。
「え」
なぎは、まずいことを言ったかと思った。りおのことを調べた際に、ホラーゲームの実況での絶叫が話題になったとあったのだ。
「な、なぎちゃん、ホラーゲーム得意なの……?」
「いえ別に……ホラー映画とかは、けっこう平気です」
「嫌だ」
「えっ」
嫌だと真っ先に明確に言ったのは、れいとだった。
「ホラー系は嫌だ」
「……」
ホラー苦手なのか、となぎは思った。意外。れいとはいつだってクールで、冷静だ。ホラーが苦手なように思えない。
「あ、ご、ごめんなさい。りお先輩もれいと君もイヤなら……」
「……やるか」
「え⁉︎」
やる、と言ったのはりおだ。
「面白くなるかと思うから」
「!」
とうまの言っていたことを思い出す。
「えと……」
「わかってる。視聴者は俺が大騒ぎして叫んで何度も死んで苦しみながらゲームしてるとこを笑ってるわけよ! だから、後輩野郎もホラー苦手ってことは、面白さも二倍だ……! 俺は、自分がイヤかどうかより、面白さを取る……!」
何が面白いか。りおは自分の強みをわかっているようだった。
しかし表情は、苦痛に満ちていた。
「これはどうだろ……」
りおは、カチカチとまたマウスを操って、発売したばかりの新作ホラーゲームをふたりに見せた。四人までプレイできて協力して進む脱出ゲームものだ。リアルで、普通に怖い。れいとの顔が歪む。なぎは面白そう! と言った。
「俺はこれやりたいです! あ、れいと君は……」
「……」
れいとはいかにもやりたくない、といった表情だ。しかし、りおのさきほどの、情けない勇姿を思うと、ここでやりたくないとは言えなかった。
「わかった……」
「よし、じゃあ……これで! なぎちゃんしか頼れないからね。クリアするまでやるからね!」
実況はいつもより時間を早めて、二十時からになった。だいたい二十二時にはクリアできる算段だ。リハはしない。体当たりのリアクションを取るためだ。主に、ホラーゲームが苦手な、りおとれいとの。
マイクの調整などをしているうちに時間が近づいて、三人は画面の前に座った。背後はグリーンバックだ。三人の様子は画面の右下の方に切り抜かれて映る。
あやの時の動画と違って、これはライブ配信だ。失言は許されない。りおからは、あらかじめ、使わない方がいい若者言葉などの指導があった。また、避けるべき話題や、気遣うべき点、だ。これら諸注意もすべて視聴者を「楽しませる」ためのことであり、りおのモラルでもあった。しかし「楽しませる」ために何を言ってもいいわけではない。マナーを守っても、面白いものは作れる。マナーを度外視しなければ面白いものが作れない、などというのは三流だけだ。
なぎもれいとも緊張した面持ちだ。りおはいつもと変わらぬ手順で、時間通りに配信を開始した。
「はーはーはー。てすてすー」
りおがマイクに向かって話かける。画面は、ホラーゲームのオープニングが映っている。右下には三人の様子はばっちり写っている。モニターに自分が映ると、なぎはぱっと笑顔になって、手を振った。猫耳ヘッドフォンもばっちりだ。
「なぎちゃん、かわいい! えー、今日はご覧の通り、メリのふたりがゲストに来てくれてまーす!」
「メリの凪屋なぎです! よろしくお願いします!」
「白樺れいとです」
「なぎちゃん、後輩、そっちのモニターがコメント欄です。うわーすごい早い。なんか拾って読んであげて?」
「あっ、はい! えーと、まる、さん! はじめまして! 田中みよよさん、そうです! ゲーム実況初めてです、最後までよろしくです!」
なぎがコメント欄から数人を抜粋してコメントを読み上げると、コメント欄は更に早くなっていった。同接はすでに一万人を超えた。ランキングに乗るだろうとりおは確信した。
「ほんじゃあ、さっそく! 今日やるのはこれ! モンスターサプライスドユー! 海外の超怖いホラゲーね! 俺はね、やりたくないんだけどね!」
「俺のリクエストです〜」
「さっきから一言もしゃべんねー後輩! なんか言え!」
「……もう画面が怖い」
「しっかりしろ後輩!」
「れいと君、頑張ろうね!」
「なんかこう、むしろ冷静になってきたわ。自分よりパニクってる奴いるとむしろ冷静になる現象が起きてる。よーし、なぎちゃんにいいトコ見せちゃうぞー!」
ゲームの説明もないままに、りおがスタートを押すと、大きい音が鳴って、タイトルコールが入った。れいとがびくりとした。それが、コメント欄ではおおいにウケていた。
ーーーーー
まずは各々がキャラクターを選んだ。洋ゲーらしく、リアルで筋肉質なキャラデザだ。
「俺、この屈強なひとにする」
「え、まじ? じゃ俺女の人にしよ。なぎちゃん助けてね」
「俺も女性にする。なぎ、助けて」
なぎは屈強なスキンヘッドの人物を、れいととりおはそれぞれ別の女性キャラを選んだ。画面では、洋館の門の前に三人のキャラクターがいる。暗く、陰鬱な雰囲気だ。なぎが「動く!」といってキャラクターを動かすと、画面内でカラスが飛び立った。その途端、なぎを挟んで座るふたりがぎゃ、と声をあげた。
「……」
「なぎちゃん! もーやだー!」
「なぎ……一言、言ってから動いてくれ」
なぎは、ふたりとも、こんなのが怖いの? と思ったが、言わなかった。軽くゲームのチュートリアルが入り、いよいよゲームが始まると、なぎは行くよー! と言ってどんどん前へ進んだ。謎解きのヒントを集めたり、簡単なパズルを解くのが楽しいようだ。
「待って待って待って待って待って‼︎」
「なぎ! 止まれ! なぎ!」
ホラー苦手なふたりのためにも、自分ががんばらなきゃ! と張り切るなぎの気持ちが、そのふたりにとって完全に逆効果になっていた。なぎの横で、れいととりおがぎゃーぎゃー騒ぐたびに、コメント欄が多いに盛り上がった。ギミックを協力して突破して進むと、明らかにこちらはびっくりさせようとする意図の演出が入ってる、りおがぎゃー! という叫び声とともに、画面を一旦フリーズした。
「もう無理ー‼︎」
「赤井先輩、がんばりましょう!」
「なぎ、俺も、休憩……」
「え、れいと君も……うーん、わかった……」
ここまで、怒涛の勢いで面をクリアしてきたので、一旦ホラー感の少ないミニゲームをやりつつ、ゲーム内で使う金貨を稼ぎがてら、トークをする流れになった。
「わー! ここは怖くない! よかったー!」
ホラーゲームよろしく、暗く、陰鬱な雰囲気は無く、明るい室内での射撃ゲームだ。りおの得意分野でもある。
「なぎ、あんたな……」
れいとがなぎをうらめしそうに見る。
「あはは、れいと君がこういうの苦手だって知らなかった。ホラー映画とかもだめなの?」
「見るわけないだろそんなの」
「俺も見ません〜。ねぇなぎちゃん、何かさぁ癒してよ! なぎちゃんに癒してもらわないとこっから出られない!」
「い、癒す……?」
りおの無茶ぶりに、なぎは考えた。それからはっとして、少し離席して、カバンからあるものを持ってきた。画面ではなくカメラを見て、それを視聴者にお披露目した。
「アニメショップで買ってきた、黄瀬先輩です!」
ばーん、とカメラに向かって、この前アニメショップで買ったぬいぐるみを見せた。美容系の動画を出しているひとがコスメを紹介するときのように、手を添えてみた。やってみたかったことのひとつだ。
すると、りおが、がたーん、とそのまま横に倒れた。ぎゃー! と。
「え⁉︎」
「正直言うとホラー演出より赤井先輩の声のほうに驚くことあるんでやめてください」
なぎがりおを起こす。コメント欄が早い。
「大丈夫ですか? あの……」
「な、なぎちゃ、ど、どうして、それ、三種類あったよね……?」
「あ、はい、ありました。」
「どうしてゆうや選んだの……?」
「どれもかわいくて選べなかったので、目をつぶって選んだんです」
「よかったー‼︎‼︎」
何が良かったのだろう。癒されたのだろうか。なぎは黄瀬のぬいぐるみをひざにのせたままれいとと顔を見合わせた。
「いや、ゆうやが選ばれた! ってとこはめっちゃ誇らしいよ⁉︎ あいつは最高だから! 全部! けどさぁ、俺は⁉︎ なぎちゃんに俺を選んで欲しかったわけ! お兄ちゃん(?)だよ⁉︎ けど、選べなくてランダムで選んだって聞いて安心した! まだ負けてないってことじゃん⁉︎」
りおの説明はよくわからなかったが、その時、コメント欄に赤い帯がでてきて、コメント欄には本人⁉︎ とか、キター! などのコメントが続いた。
「あ! ゆうや! 赤スパゆうやだよ! なぎちゃん!」
「え、黄瀬先輩……?」
「黄瀬先輩がこの配信見てるってことですか?」
れいとの疑問にりおはそうだと答えた。
赤スパ、つまり高額の投げ銭のコメントは、メリのふたりは未成年だから遅くまで付き合わせるな、早くクリアしろ、とのことだった。
「ちくしょー! わかったよ! やるよなぎちゃん!」
「はい、先輩、れいと君、がんばりましょう!」
「……早く終わらせよう」
こうして、三人で協力してステージをなんとかクリアした。やり込み要素などは放置したものの一応エンディングに辿り着いたことになる。だいたい二時間で終わった。
「やったー!」
「やっと終わった……」
「まだ配信は終わってないぞー!」
「?」
「スパチャ読みするから。今日もたくさんきてるからな!」
ここで、りおは、ふたりにスパチャの説明をした。いわゆるネット上の投げ銭だ。投げ銭、という説明はふたりにもわかりやすかった。ふたりは路上で歌ったこともある。数百円のものから、数万円のものまで。りおは配信画面にスパチャ読みしています、との文字をだして、スパチャを読みつつ、今日の反省会トークをする、と言った。
「まず、ゆうや、見てんなら来い! おまえが来ないと、後輩と連れションするしなぎちゃんと寝る! でないと寝れない! ホラゲーなんてやるんじゃなかった!」
りおは画面の向こうのゆうやに向かってさけんだ。すぐに、スマホの方のメッセージ受信の音が鳴る。なぎちゃん、見て、と言われて、なぎが見ると、すぐ行く、とあった。
「黄瀬先輩来てくれるみたいですよ。よかったですね」
「遅いから、帰り送るからね。ゆうやが」
りおに促されて、どんどんスパチャを読んで、コメントへ返事をした。
「えーと、ドラマ〜さん、れいと君のギャップツボでした! メリのファンになっちゃいました!わー、ありがとう! れいと君もほら、お礼して!」
「ありがとうございます」
メリがライブで音楽を届けるのとは違う反応は、ふたりには新鮮だった。リアクションが面白い、とか、楽しかったとか。ファンレターなどをもらう時もあるが、大体は音楽のことや、容姿のことなどだ。こうして、ゲームをして、そのリアクションに対してさらにリアクションが返ってくる、というのは、新しい感覚だった。
「なぎちゃん、後輩、初めてのゲーム実況はどうでした?」
「あ、はい、楽しかったです。画面の向こうのみんなも、楽しんでもらえたかな……ってのが気になっていたんですけど、それがコメント欄でわかるのも新鮮で……」
「……赤井先輩がすごいってのはわかりました。今日一番役に立ってなかったのは俺だ」
あまり喋らなかったれいとがふとつぶやく。
「ゲーム上ではなぎがどんどん先に進んでリードしていたように見えるけれど、赤井先輩は、説明をちゃんと読んだり、ギミックを一度起動させてみたりと、ただゲームを遊んでいるんじゃなくて、視聴者にゲームを遊んでいるところを見せている、ということができていました。そこは明確に俺となぎと違っていました」
「お、おいどーした急にそんな褒めんなよ……」
れいとはれいとなりにしっかりと状況を分析していた。
「まぁ、驚いてるのはちょっとやかましかったですけど」
「おい! てめぇ!」
れいとのいじりにコメント欄がまた盛り上がりを見せた。なるほど、れいとも、視聴者を楽しませる、笑わせてやろう、という気持ちがあって、それを実践してみせるだけの要領があるのだ。なぎはそれに気づいた。
「た、確かに……俺はただ自由に進んでたけど、赤井先輩は、トークも挟んだり、わかりにくい所を説明したり、今何をしているかを定期的に言ったりしてた……そっか、そうだよね、やっぱりプロだもんね! すごい! すごく勉強になりました!」
「なぎちゃんまで⁉︎ なぎちゃんまで上げて落とす気!?」
「え?」
「ないんかい!」
なぎの発言は特にウケを狙ったわけではなかった。
すると、玄関のドアが開いた音がした。
どたどた、足音が近づいてきて、防音室にゆうやが入ってきた。グリーンバックに割り込むと、当然配信に映り込む。
「おせーぞ!」
「はいはいお待たせ〜。てか俺も配信してたからね! なぎ氏〜お疲れ様ですぞ〜」
「は、はい、おつかれ様です!」
素が出ているのだろうか、黄瀬は、発言の前半は、いつもの不思議な喋り方ではなかった。
「それじゃあ、今日はこれでお終い! 明日またよろしくな!」
りおが、配信をを締める。ソフトで配信を切って、動画サイトの方でもライブ配信を終了したりと、てきぱき動く。
「黄瀬先輩も配信していたんですね」
「普段りおは二十二時からの配信なので拙者が二十時から配信していたりと被らない工夫をしていまして……」
れいとが話しかけるころには、普段の不思議な喋り方に戻っていた。
りおがもう一度、おつかれ、と元気に言った。
場を締めくくる。これでメリはじめてのゲーム実況のライブ配信が終わった。ふたりもヘッドフォンを外したりと、実況の後片付けをした。
すると、黄瀬が指先でくるくると車のキーを操る。ふたりを送迎するとのことだ。なぎは熊谷を呼ぶつもりだったが、黄瀬の世話になることにした。聞きたいことがあったからだ。
「俺も行く! 帰りコンビニ寄って!」
「ひとりでいれないだけでしょ〜」
りおも付いてくることになった。どうやら、ホラゲーの実況をした後はいつも、ひとりで寝れなくなるらしい。
なぎはれいとを見た。
「れいと君……大丈夫?」
「そこまでじゃない。けど、ホラーゲームは二度とやらない」
いつもより眉間の皺が深いれいとだが、新しい体験と学びを得たふたりは、達成感を抱いたまま、りおの家を後にした。
さて、なぎが、送迎の車中で聞いたのは、ポップコーンの三人がぎんたを襲撃した、という件についてである。
それに関して、りおとゆうやは懇切丁寧に、説明をしてくれた。
まず、発案者はりおとゆうや。なぎとどうしてもコラボしたかったために、なぎと仲の良いぎんたやひゅうが、マネージャーののあに声を掛けようとしたらしい。ぎんたに白羽の矢が立った。あやに話して、寝ているぎんたを遅い、シーツでぐるぐる巻きにしてペットボトルでしたたかに叩いておとなしくさせてから、なぎのことをいろいろ聞いたとのことだった。
なぎもれいとも、襲う必要あるか、なぜペットボトルか……などとツッコミたかったが、言わなかった。しかしなぜ、ひゅうがやのあを避けたかは、聞いた。すると、マジのヤツとはケンカできねぇ! とりおが言った。ぎんたはつまり、舐められていた。なぎとしては、ぎんたは剣道をやっているし、なぎとななみを変質者から助けてくれた実績もあるので、ぎんたは頼れる存在だが、それと同時に確かにぎんたなら三人のその行動をじゃれてる、と表現しそうではあった。本気ではない。ゆうやはそもそもにして、せつながいた時からなぎと話したかったそうだが、せつながいるからこそなぎには近寄らなかった、とも言った。
とうま、りおとコラボをして、最後はゆうやだ。そしてライブ。
ポップコーンの三人の活動は、なぎやれいとには未経験のことが多く、新鮮で良い影響をもらっていた。もちろん、中間結果が振るわなかったことはショックだったが、なぎは、れいとと、様々な体験ができるコラボそのものが楽しかった。ゆうやとコラボをして、その後のライブも、楽しいものになると良いな、と考えていた……。
車が橋を渡る。その頃にはなんとなく無言で、後部座席になぎとれいとは座っていて、りおとゆうやの話を聞いていた。街頭の明かりが尾をひいて過ぎ去っていく。その光が、れいとの横顔を映している。いつの間にか、れいとは目を閉じていた。寝ているように見える。疲れているのだろうと、なぎは思った。顔を覗き込む。いろいろと、自分の無理に付き合わせてはいないかと、心配になる。彼は自分より年下だということを、常日頃忘れている。すると前の席のふたりから声がかかる。
「なぎちゃんが、後輩スカウトしたんだっけ?」
りおだ。
「メリの話は俺たちも聞いてるよ〜。人気三位にならなきゃいけないんだっけ?大変だね。拙者応援してる故、何でも言ってね」
れいとが休んでいることに気づいているのだろう。ふたりはいつもよりずっと小声だった。
「なぎちゃん、後輩のこと、好きなんだね。一緒にいれるといいね」
「はい……」
好き。そうだ。
れいとと歌いたい。それは、そう言って、言い切っていい感情だろう。
「なぎ氏の……メリのPは何でござる?」
「え……」
それは、まだ考えてもいないことだった。
ポップコーンはplaceだと言っていた。居場所。
「まだ……考えてなくて……」
なぎの声も、静かに響いた。先程まで、りおの部屋で大騒ぎしていたのが嘘のように、夜の街を走る車内は静かだ。
「ポップコーンは、ファンの居場所でもあって、俺たちの居場所でもあるんだ。俺の居場所だよ。今日はいねぇけど、とうまと、ゆうやがいるとこが、俺の居場所」
「あはは! 拙者こそ。とうまとりおがいるから今の拙者があるんですぞ〜」
りおはまっすぐ前を見ていて、運転をしているゆうやも、節目がちだおだやかに見えて。ポップコーンは、ツインテイルと同じくらいか、それ以上に、互いを大切に思っているのだと感じた。
「俺は……」
考えなくてはいけない。
中間結果を受けて、このままではいけないと思った。攻めに転じる必要がある。それでなければ自分こそ、れいととの居場所である、メリを失う。
車はなぎの家に先に着いた。れいとが心配だったが、ふたりがちゃんと送るといったので任せることにした。
車窓から手を振るふたりには、アフレコの時にとうまにそう感じたように、最初に会った印象とはまた違う、頼れる年上の印象を受けた。
もう妹たちは寝ている頃だが、なぎは静かに、ただいま、と言って家へ入った。
——————
PPC本社。
今日は、メリの単独ミニライブための打ち合わせのために来ている。もともとはせつながいた頃に決まったものだ。払い戻し等もあったが1stライブ同様チケットは完売だ。ライブは九月初旬。その他にも、予定していたライブ以外にファンと交流できるようなCDのお渡し会や、フェスへの参加なども打ち合わせに含まれる。もともとメリは、通常のライブ以外にも飛び入りでインディーズに混ざってイベントに参加したり、急遽開催するライブがチケットの予約が一月前だったりと、変則的かつ急な予定も多かったので、なぎはその辺りの采配は熊谷とせつなに任せていた。しかし、今はれいとの都合もある。ふたりとも学生だ。れいとに至っては中学生だ(そうは見えないが)。方向性の擦り合わせは大事なことだ。それから、フォトブックの写真をいくつか選ぶ。特典についても決定するとのことだった。道明寺は、メリがポップコーンとのコラボで、ライブで女装やコスプレをすると聞いて、それも撮りたいと張り切っている、とのことだった。
「なぎ君、白樺君、クリエイティブイベント、おつかれ様です」
熊谷はふたりを労った。ふたりも夏休みとはいえ多忙だ。今日はこの打ち合わせ以外の予定はない。三人はゆったりした雰囲気だ。
なぎはれいとに、先日のことを聞いた。家についたら、りおが起こしたくれたそうだ。
しかし、なぎは、考えていたことをふたりに伝えようと思っていた。
それは、中間結果を熊谷から聞いて、それをれいとに伝えたあの夜に、考えていたことだ。
攻めに転じなくては、ということだ。今まで、せつなが脱退してから、怒涛の日々をなんとかこなしていた。それはせつなの後追いだったかもしれない。自分はせつなとは違う、それでも、せつなから受けた影響は大きくて、なぎの根源そのもので、暗い海に一筋の光を示す灯台のように、なぎにとっては指標そのものだった。
しかし。
中間結果を受けて、このままではいけない、と思ったのだ。考え方を、やり方を変えなくては、メリは解散して、れいとと歌うことはなくなってしまう。それは嫌だと、昨日、いや、ずっと考えてはいたが改めてはっきりわかった。ゆうやの運転する車で、れいとの横顔を見て、思った。自分が、守らなくてはいけない。それと同時に、自分だけでは何もできない。れいとといっしょに、戦わなくてはならない。
熊谷がライブや今後の予定に関して資料を配る。なぎはそれを受け取り、ぐ、と握りしめた。横を見る。れいとの横顔を見る。それから向き直った。
「あの、打ち合わせの前に俺から話があるんだけど……」
熊谷とれいとは、姿勢を正してなぎを見た。
「なんだ?」
「どうぞ、なぎ君。」
「来年の予定、そろそろ決める頃合いじゃない?」
ふたりが顔を見合わせる。
「あんた、来年って、俺たち……」
「俺は、解散する気ないから」
「なぎ君……」
なぎはしっかりとふたりを見て言った。
「もちろん、目の前の問題をひとつひとつ考えていくのが大事だって言うのはわかるよ!来年のことなんか考えてる場合じゃないって……けど、俺は、れいと君といることを……メリを諦める気はない。だから、先のことを考えたいんだ!」
熊谷は真剣に聞き入っていた。なぎの言うことに熊谷は従順だ。なぎがそう言うのなら代表取締役だって説き伏せる。
れいとは、なぎの発言の真意を掴めずにいた。
なぎは、その場にあったノートに、ボールペンで字を書いた。
prime
「意味は……えと、最高! みたいな……」
熊谷もれいとも英語がわかる。意味に関してはなぎよりも詳しい。なぎは、その言葉にこめた意味を説明する。
「Pの意味……考えたんだ。これは、俺のれいとくんの紹介でもあるし、俺たちメリのことでもある。最高の体験を提供したいんだ! そういう方個性で行きたい。今までの……せつな君の後追いのメリとは違う、新生メリを作り上げていきたいから……」
「なぎ……」
れいとは、隣に座るなぎの横顔を見つめた。驚いている。
なぎは、先を見ている。
こういう時に、なぎをいつもより少し、大きく感じる。自分と違うと感じる。
れいとは、保守的だった。堅実とも言う。なぎは、前向きで、楽天的でそれでいて、いつだって、自分といたいと明確に言ってくれる。れいとは、なぎの優先順位の一番上の方に自分がいると、確実にわかっていた。
「ふたりの意見聞きたいです!」
なぎがそう言うと、まず発言をしたのは熊谷だった。
「なぎ君、とても良い考えだと思いますよ。この間の中間結果を受けて、落ち込むより前を向こうとする……そういう所を素晴らしいと思いますよ」
「熊ちゃん! ありがとう! 俺……もちろん来年以降も、熊ちゃんにマネージャーでいてもらいたいんだ! もちろん、熊ちゃんが良ければだけど……」
「はい、なぎ君。私も、ずっとなぎ君の……メリのマネージャーでいたいと思います。それで、メリが来年も活動を継続することを前提に予定を考えることは、アリだと思います。行き当たりばったりより、良いでしょう。以前も下半期には来年の計画を立てていましたから。まかせて下さい」
「よかった! よろしく! れいと君はどう? 他に何か……意見ある?」
「俺は……」
れいとは、そこで言い淀む。しかし、考えた。
「俺は、まず、primeってのは、まぁいいと思う。その上で、もうちょっと明確にしたい」
「えと……」
「最高の……何を提供したいか、だ」
れいとは、思ったことを打ち明けた。
「ポップコーンは、視聴者にどう思って欲しいかを設定していた。楽しんで欲しい、面白いと感じて欲しい……って。俺も、そういうのがメリにあると、わかりやすいんじゃないかと、思った」
「な、なるほど……」
これ以上は、マーケティングの話にもなる。コンセプトやテーマに通じるものだった。
「では……」
今度は熊谷がれいとに問う。
「白樺君はどうですか? メリそのものに、どんな力がると思いますか。なぎの作る楽曲に、白樺君の歌に。聞いてくれるひとの心を動かすほどの力を込めることはできますか?」
元ミュージシャンの熊谷らしい視点の質問だった。
なぎなら、できると答える。
「俺は……」
自分はどうだろう。メリに入ってから、いや、なぎと、メリについて向き合うと、必ず自分自身とも向き合うことになる。哲学は苦手だった。朴念仁ではないが、感傷や憐憫に似ていて、苦手だった。
「なぎと居たいってのは、わかる……」
それ以外は、どうだろう。
「なぎといると……」
なぎといると、どうか。
そういえばなぎが最初に自分に歌ってくれた……作曲した曲は、自分と歌いたい、という曲だったことを思い出した。
「俺は、なぎといると、勇気をもらえる……」
「え……」
熊谷は少し、驚いていた。
せつなの決めたメリのコンセプトは癒し、とか自然派とか、そういうものだった。
れいとは、なぎに、せつなとは違う印象を持っている。
「そ、そうかな? 俺、そんな大それたこと……」
「なぎ、俺は、あんたが思うほど有能じゃない」
「え⁉︎」
なんでそんなこと言うの? れいと君はすごいよ! と続いた。
「あんたがいるから……そう、なれる。あんたが居てくれるなら……。あんたを見てると、あんたと歌っていると、考えられる。未来のこととか、良いと思う決断を。だから……メリは、そういう方向でいけたらいいと思う。俺が、最高だと思えるものを、提供したい。だれかがどう思うかは……別だ。だから、俺も、primeには、賛成だ」
「れいと君……」
出会ってから数ヶ月。
ふたりの関係は、多面的に見える。刻一刻と変化しているように見える。
別の角度から見ると、違う色に見える。
なぎもまた、れいとがたまにとてつもなく、頼もしく見える時があった。頼れる仲間だと、感じる時があった。
「おふたりの意見が合うのなら、それで行きましょう。もちろん、目標は年内のメリ存続です。ですが、目標を達成させる前提で次を考える……とても良いことだと思います」
熊谷が話をまとめる。
さらに資料を出した。
「これは……」
「クリエイティブイベントの内部資料です。メリは、ランキング圏外ではありましたが、コラボに積極的であることや、楽曲の制作以外にも取り組む姿は非常に評価されています。決して、評価が低いわけではないんですよ」
「……」
ふたりは資料に見入る。よくわからない数字や、グラフだ。これで、自分たちは評価されているのかと感じた。
「今話題のポップコーンとのコラボで、流行性や新しい展開を勉強している、と評価されれば、ランキング圏内も見えてきます。また、良くも悪くも、残りのコラボ相手は、サンライズとファーレンハイトです。確実に、話題になります」
「……!」
なぎは、ひゅうがや、るきの顔を思い浮かべた。それだけではない、応援してくれる、たくさんの人の顔が浮かぶ。メリを、れいとを絶対に諦めないで。
「それでも、やるべきことは変わりありません。ひとつひとつ、やっていきましょう」
「うん……!」
強い瞳。
「そのうちフィンランドいきましょうか」
「うん、えっ?」
「え?」
熊谷から突拍子もない話しが出て、ふたりは困惑した。何故。
「メリ、とはフィンランドの言葉で海という意味ですから。原点回帰や新生メリのイメージを掴むためにも、良いかと思いまして。」
「ふぃ、フィンランドってどこ? アメリカとか、イギリスしかわかんない……」
「北欧だ。まぁ一応、日本から一番近いヨーロッパ」
「メリが年末のライブで人気三位に入ったら、会社に頼んでみます。そのくらいはしてくれるてしょう。どうです?」
なぎは、遠い、想像もつかない国を思い浮かべた。フィンランド。北欧。せつながつけた名前だが、そこに、ルーツがある。フィンランドの海は、どんな様子なのだろう。
「うん……。行って、みたいかも」
ひかえめな返事。
それから、ライブのことなどの打ち合わせをした。
そのうち、ゆうやから連絡が入った。ゆうやの配信に関する連絡だった。明日、配信をするのでスタジオに来るように言われた。
その後、フォトブックの写真を選んだ。初回限定特典は、海亀のキーホルダーになった。なぎが描いた。
タブレットの画面に映し出された試作品の画像を、れいとは指でなぞった。
——————
「これかな?」
なぎは帰宅してから、タブレットでゆうやのチャンネルを検索した。歌枠、というものがどういうものかを知りたかったからだ。ゆうやのチャンネルのライブ配信のアーカイブに過去の歌枠のものがあって、それを見ることにした。しかし、妹たちも見たがったので、結局テレビで動画を見ることにした。ゆうやがいろんな曲をカバーして歌っていた。カラオケの配信のように感じた。
かれんがテレビの前で踊るのを見たりして、それとは別に自分のタブレットでゆうやの動画のコメント欄をみる。
「え……」
なぎは驚いた。
最新の動画には、所謂荒らし、アンチコメ、とも取れるようなコメントがトップ表示されていたのだ。真偽不明の誹謗中傷に近い内容だった。脅迫とも取れる内容だった。また、他の動画のコメント欄にも似たようなことが内容を変えて書かれていた。投稿は、三分前。きっとまだポップコーンのメンバーやPPCは、この書き込みに気づいていない。
黄瀬ゆうやは、元不良で、町を二分していた不良グループのリーダーで、器物破損や窃盗で少年院に入っていたこともある。ポップコーンから抜けろ。さもなければライブをめちゃくちゃにしてやる。
なぎは思わず、そのコメントのスクショを取った。後から、コメントが消されることを危惧したからだ。
「……」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
なぎの隣に腰掛けているみあが顔を覗き込んできた。なぎは、なんでもないよ、と答えた。
スマホを握りしめる。どきどきして、嫌な気分になる。胸のあたりが苦しい。目の前では、かれんが、ゆうやの歌に合わせてくるくると、楽しそうに踊っていた。
夜。二十二時を過ぎたあたり。妹たちは寝てしまった。なぎは部屋でひとり、れいとにメッセージを送った。まだ起きてる?と。先ほどのことが気になって、胸につかえて、眠れない。
するとすぐに返事が来た。
起きてる。何かあった? と……。
なぎは少し、ほっとした気持ちになった。そして、先ほどの件をれいとに伝えた。
スクショも添えた。
ただの悪質な荒らしで、今頃はコメントも削除されていて、なんでもない……そう、思いたかった。しかし何故か、そう思えなかった。数分後、れいとからメッセージが届いた。
そこには、こうあった。
れいとが動画のコメント欄を確認しにいったら、まだそのコメントがあったこと。コメントへのインプレッションは多いこと。それから、れいとの考えが添えてあった。コメントの内容は真偽不明で、仮に本当でも自分たちが気にするようなことではないと思う。もしコラボに影響が出るようなら、自分たち以外にもポップコーンの他ふたりやマネージャーも含めて対応を考えるべき……。
なぎは、れいのからの返事を必死に目で追った。れいとが、ただの荒らしだと笑ってあしらうことなく、真面目に受け取ってくれたのは嬉しかった。
以前にアニメショップで買った黄瀬のぬいぐるみが、なぎの部屋の机に飾ってある。かわいいぬいぐるみだ。こんなこととは無縁のような、無垢なものの象徴。
なぎはれいとに感謝を述べて、それからおやすみ、と送った。
——————
翌日。
今日の夕方にはゆうやと配信をする予定だ。
なぎとれいとは昼ごろからいっしょにいた。れいとが、たくとに作曲を習いに行って、その帰りに合流したのだ。
「昨日の件……どう?」
カフェで、それとなくなぎが切り出した。あの書き込みは、本当なのだろうか。
珍しく、なぎはカフェオレを頼んだ。少し、苦い。
「あぁ。まぁ、昨日メッセージで送った通りだな。どうしようもないだろ」
「うん……」
黄瀬の明るい笑顔を思い浮かべる。不良だった?オタクの彼が?そうは思えない。
「そういえば……」
ふと、なぎはひとつ思い出したことがあった。
井口だ。前はここに、なぎ、れいと、るき、井口の四人で来たのだ。彼もまた、黄瀬について、ひとつ噂をしていた。
ファーレンハイトの五十嵐と不仲なのか、である。
「そういえば、あんたらそんな話してたな。黄瀬先輩は、ウワサ多いってことか……」
「五十嵐先輩……って、どんなひとだろう。あいさつはしたけど……」
「……るきに聞いたことある」
ここで、れいとが、少し前のことを思い出して、あ、と言った。
もしかしたら、繋がったかもしれない。
「梅北先輩とのコラボの時、あんたが風邪が治ってから、るきの家に言っただろう? あんたがジョンと遊んでる間に、三宅先輩の素性をるきに聞いたんだ。その時五十嵐先輩の話も出た。元ヤンだったらしい」
「……!」
繋がったかもしれない! なぎもまた、そう思った。
「できれば、ほんとかどうか知りたい。そうすれば、手助けできるかなって……あんな、イベントへの脅迫、だめだと思うし……」
もちろんそれは会社側の仕事だ。しかし、なぎが手を貸したいと思うのは、これまでとうまやりおの仕事を見てきて、彼らを好きになったからだ。ツインテイル、ミーハニアの時は、もう知っている仲のコラボだった。ポップコーンは違う。何も知らない状態から、このクリエイティブイベントを通して、本人たちを、その仕事を知った。そして、好きになったのだ。
「俺、力になりたい……」
件の書き込みについて、ポップコーン側やゆうや本人がどう思っているかさえまだわからないのだが、なぎの心は決まっていた。友人を、同じレーベルの仲間を、傷つけるような行為は許せない。
「……」
れいととしては、なぎに危険な行為は取ってほしくない、というのが本音だ。スルーしていたって、それは罪ではない。しかし、なぎの性質を知っている。自分が関わらないわけにはいかない。
「……わかった。俺も、できることするよ」
「れいと君……!」
「まずは、情報収集。それから、今日黄瀬先輩に会って話そう」
情報収集は、るきと井口に聞く。
るきには五十嵐つきはの情報を。井口にはほかに、ゆうや本人についての噂を。しかし、その計画はあっさり破綻した。
——————
「行方不明⁉︎」
なぎたちがゆうやに指定されたスタジオに行くも、ゆうやが来なかった。仕方なく、連絡先のわかるとうま、りおに事情を伝えた所、ふたりから帰ってきた返事は、どこにいるかわからない、こちらも連絡がつかない、とのことだった。
「え、だ、大丈夫……なんですか?」
メッセージアプリの無料通話でとうまと会話するなぎの声は震えていた。嫌な予感がする。れいとはそっと肩を抱いた。それからスマホを預かる。とうまに話しかける。
「俺たちにできることありますか?」
「……ねぇな。連絡、ありがとな。コラボの件、悪いな。見つけたらまた連絡するから、とりあえず帰りな」
通話が終わる。
なぎとれいとには、できることはなかった。
「ど、どうしよう……」
歌枠のために借りたスタジオが無常にもあまりの静寂を作り出し、なぎを一層不安にさせた。もうすぐ陽も落ちる。ゆうやは成人しているとはいえ、連絡がつかないのはあまりにも心配だった。
「青木先輩、赤井先輩、ふたりとも書き込みの件は承知していると言っていた。危ないことがないといいけれど……」
「俺たちも探そうよ……」
「俺はいいけど……」
問題があった。どこを探すかだ、なぜなら、ふたりはろくに黄瀬のことを知らない。仲の良いとうまやりおでさえ知らないという所在を、どう調べろというのか。
なぎの不安な気持ちを表すかのように、空はいつの間にか暗くなりはじめていた。
すると、れいとのスマホが鳴った。
「! 井口……」
それは、先日アニメショップで知り合った、るきの学友の井口からのメッセージだった。今、るきと一緒にいるらしい。そして、ふたりともそれぞれ、黄瀬について、五十嵐について、情報があるとのことだった。
近くの公園で合流することにした。
「また会いましたなおふたりとも!」
井口は相変わらずにこやかで人当たりの良い雰囲気でふたりに話しかけた。
体操着のような格好だ。汗をかいている。るきもかなりラフな格好をしている。
「こいつが痩せたら美形って判明したからな。俺様がダイエットに付き合ってやってるわけ」
ふたりがいっしょにいた理由が判明した。不仲は世間体らしい。
個別に送ったメッセージも、互いに情報共有をしたはずだ。
公園はひともまばらになり始める時間で、空の傾きとともに徐々に明かりが点灯した。
切り揃えられた落葉樹のみずらの葉が風にざわざわと揺らめく。
空はオレンジと紫のグラデーションだった。
「事情は聞きましたぞ。ポップコーンの黄瀬氏について、ですな」
「俺たちなりに調べたんだよ」
「ふたりとも……ありがとう……」
四人はまず、既出の情報について、整理をした。
昨晩の黄瀬の動画へのコメント。黄瀬が元ヤンだとあったこと。それから、五十嵐と不仲とされていること。この両者が関係あるのか。そして現在黄瀬が行方不明であること。これはコメントの件と関係あるのか……。
井口がまず、情報を出した。それは、数年前のニュースのネット上の記事だ。
「不良グループの一斉補導……?」
「はい。数年前のことになりますが、この町にはふたつの大きな不良グループが存在していました。そのため、不良と呼ばれる若者は必ず、ふたつの不良グループのうちどちらかに所属しなければいけませんでした。このふたつのグループはライバル関係にありました。ですがこの一斉検挙でどちらのグループもトップが補導され、解散に至ったのです」
次に話出したのが、るきだ。
「で、それがその不良グループの片方の元リーダーの現役時のご尊顔よ!」
「あ!」
るきのスマホに写っている人物は、明らかに五十嵐だった。ファーレンハイトの五十嵐つきは。
「五十嵐先輩は、不良グループのトップだったのか」
れいとが意外そうにしている。それもそのはず、るきも意外だった。元ヤンなどといっても、そこまで大きい存在だと思わなかった。
「五十嵐先輩は、ひゅうがさんのおかげで不良やめて、今ファーレンハイトにいるんだとよ。これは、睦月先輩情報。三宅先輩も同じこと言ってたから確定。……ファーレンハイトのメンバーに初めて顔見せた時、まず話しかけてくれたのが五十嵐先輩だった。フツーにいいひとそうだから、意外だぜ、ほんとに」
ファーレンハイトのメンバーとして、渦中の人物に一番近いはずのるきがこう言うのであれば、他の人物はさもありなん。
「……この流れでいくと、つまり、もう片方の不良グループのトップだったのは……」
れいとの疑問に、井口が答えた。スマホの画面を皆の方に向けた。
「そうでごさる! 黄瀬ゆうや氏! もう片方の不良グループのトップだったのでごさる!」
井口のスマホには今の黄瀬とはまるで別人の写真が写っていた。面影は、ある。黄瀬だ。
点と点が繋がってゆく。
黄瀬と五十嵐は知り合いだったのだ。
「どの程度の関係だったんだろう。ライバルだったなら、仲悪かったのかな……?」
「そもそもにして、補導されたぐらいで、そんな大きな不良グループがふたつ同時に解散するのか?」
なぎ、れいとがそれぞれ疑問をぶつけた。
「拙者、あらゆるSNSやメッセージアプリ、掲示板などにハッ……いやいや非合、……いやいや合法的に閲覧しまして情報を調べました。なんと、片方のリーダーが不良から足抜けしたことによって、もう片方のリーダーも不良を辞めてしまい、なし崩し的に両グループは崩壊に至ったそうなのです」
井口がまずい発言をしかけたがスルーして、つまり、その情報からすると、ふたりの間にはまだ遺恨があるのかもしれない。
「あとはあれだな。互いに、五十嵐先輩は黄瀬先輩を、黄瀬先輩は五十嵐を認識してるのかどうか。」
「あ、確かに……。ふたりともすごいイメチェンで、互いに互いだと気づいていないかもね。黄瀬先輩がPPCに入ったのは一年 前で、割と最近だし……」
情報が集まれば集まるほど、さらに謎が深まる。
「行方不明なのが、もしかしたら過去のことが原因かもしれないな」
れいとが話をまとめる。井口がれいとに、地図アプリでの情報を共有した。
「ふたつの不良グループがよく集まっていた場所で、現存している箇所は少ないので、もしかしたらそこを探せばあるいは……」
「よし、なぎ、井口はここにいろ。俺とるきで……」
「なんで! 俺も行くよ!」
「拙者も協力するでござる!」
「……」
れいとは、不良グループが絡んでいるかもしれない話になぎを巻き込みたくなかった。自分は平気だと考えている。それからるきも。井口は弱そうなので、連れて行く選択肢にない。
「あー……じゃあ、こうしようぜ、二手に別れよう。」
「! おい……」
るきの提案に、苦言を呈するそぶりのれいとをるきはぐ、と肩を掴んで制した。
「大丈夫だ。俺の言う通りに」
「!」
耳元で囁く。れいとは、るきにその場を譲った。
「俺とこいつで、こことここに行く。なぎ、井口はこっちだ。手分けしよう。どうだ?」
「うん! いいと思う!」
「凪屋氏はおまかせを。拙者がお守りいたすですぞー」
「頼んだぞふたりとも」
にこり。るきが笑う。れいとは少しぞわりとした。そういえば、るきはこういう奴だった。最初に会った時のことを思い出す。四人は解散した。なぎと井口を見送って、るきを振り向くと、るきの方から説明を初めた。
「安心しろよ。あいつらに行かせた場所は今や児童公園! コンビニと幼稚園の隣のな。人通りも多いから大丈夫だ」
「……そうか」
「井口のやろーはともかく、なぎになんかあってみろよ。俺がひゅうがさんにぶっ殺されちまうだろが。わかったか? れいとクン」
るきはわざとらしくかがんで、少し下かられいのを覗き込んだ。上目遣いなのに、挑発的だ。れいとは一歩後ろに下がった。
「じゃあ、俺たちが行く方が本命か? ……そもそも情報をくれたのは助かるが、そこまで付き合わなくてもいいんだぞ。俺だけで……」
「あのなぁ……」
るきは呆れた顔をしていた。はぁ、とため息。だが確かにここまで付き合わせる義理はない。井口もだ。れいとはこういう時に、少し鈍感である。善意だった。厚意だ。友人に手を貸すことに理由はない。
「ま、どうでもいいけど。乗り掛かった船だから。行くぞ、その前に、ある人と合流な」
「……?」
れいとはるきについて行った。公園を歩く。入り口の方に、人影。
「五十嵐先輩……!」
「よう」
渦中の人物のひとり、五十嵐つきはがそこにはいた。
「話は聞かせてもらった。あとはまかせろ……って言いたいとこだけど。チビふたりどっかやったってことは、お前らは付いてくるってことか?」
「そのつもりです」
「もちろんスよ、先輩」
どうやらつきはは状況を把握しているらしい。
「仕方ねぇな……行くぞ」
つきはについて行くと車があって、れいととるきは乗り込んだ。
向かうは廃墟になっているモーテル跡だ。街の少しはずれの、国道沿いにひっそりと佇む。ドライブをしていれば嫌でも目につく所で、不良の貯まり場所として格好らしい。
れいとはなぎに、しばらく連絡がとれなくても心配しないように、とメッセージを送った。隣で、るきが嫌そうな顔をしているのに気づく。モーテルが見えてきた。うんざりした声が聞こえた。
「げー……俺薮とかダメなんすけど……」
だろうな、とれいとは思った。綺麗好きだし、虫とかも嫌いそうで、多分ケンカもできない。タッパがあるから、いればそこそこ有用ではある。つきははどうだろうか、とれいとは考えた。元、不良グループのリーダーなら、強いはず。何かあっても、頼りになると良い。
車は藪を突っ切って、モーテルの駐車場へ入る。ばちばちと窓ガラスに木の枝が弾く。モーテルの全容が見える。全室、ドアがガラ空きだ。三人は車を降りた。
「端から手分けして……」
つきはが指揮をとろうとした時だった。
「だから、俺は戻らないって言ってるだろ‼︎」
「!」
大きい声が聞こえた。
ゆうやの声だ。
「あっちか!」
三人は一番端の部屋へ走った。
つきはがドアを蹴る。
中にはゆうやと知らない人間が五人。ゆうやを取り囲んでいる。ゆうやは縛られていて、座っている。五人はそれぞれ、れいととるきには目もくれずに、つきはを見て、あ! と反応をした。
それからゆうやがれいと、るき、つきはの三人に気づく。
「え⁉︎ 後輩に……ファーレンハイトのふたり⁉︎ なんで⁉︎」
意外にも、というかいつものゆうやらしく、困惑や疑念といった表情ではなく、ただ驚いているという反応だ。
「先輩、大丈夫ですか」
「あ、そうか! コラボ! クリエイティブイベント! すっぽかしったのか俺。じゃあ俺今、音信不通の行方不明ってことか⁉︎」
れいとが声をかけると、元気な反応で、ひとまず三人は安心した。当然、最悪の事態を想定していたのだ。例えば、ゆうやの過去を知る不良による金銭目的などでの拉致監禁。過去に揉めた不良による、暴力の報復などだ。
ゆうやを見ると、服は多少汚れているが、ケガなどはなさそうだ。
「はぁ……で、こいつらは? お友達か?」
「仲良しって雰囲気じゃないっスよ」
次に話しかけたのが、つきは、るきの順番だった。いよいよゆうやの表情は困惑を見せる。
「ファーレンハイトの……五十嵐先輩と、この前オーディションで入った新人……ど、どうしてここに? 後輩、仲いいの?」
ここで、れいとは、ゆうやの反応からとある考えが浮かんだ。もしかしてゆうやは、つきはが、過去に対立していた不良グループのリーダーだと知らない、もしくは気づいていないのでは、ということである。
しかし、れいとの思考を打ち切るように、ゆうやを取り囲んでいた五人が、こちらへ向き直る。つきはが、れいととるきをかばって、一歩前へ出た。五人をよく見ると、いかにも、チンピラ、とか不良といった言葉のに似合う様相だ。ひとりが口を開いた。
「へぇ……誰かと思えば」
「黙れ。そいつ返してもらっていいか。仕事あるらしいからよ」
「そうはいかねぇよ」
「何がしてぇんだよ」
つきはが、問う。
不良のリーダー格は大人しく事情を説明し始め……ることはなかった。
「やっちまえ!」
「マジかよ!」
「あー、くそっ」
「外へ!」
不良のリーダー格が殴りかかってきた。
つきはがそれを避けて、背後のふたりへ声をかけた。
れいととるきは狭い室内から、外へ出た。
「ケンカの経験は?」
「あるわけねーだろ!」
と、いいつつ、るきは追ってきたひとりを蹴る。不良はモーテルのひび割れた壁に叩きつけられた。れいとはそれを見て、足が長いな、なんて呑気なことを思ったが、言わなかった。なぎを連れてこなくて良かった、と心底思った。れいともひとり殴り倒した。こういうことは……ケンカも暴力も、するのもされるのもある程度平気だが、なぎに見られるのが嫌だった。なぎが、なんとも言えないような顔をするのを知っている。以前、あやとが家出した時の件だ。なぎは、暴力を嫌う。
「つーかどうすんだよこれ! 撮られたりしたらスキャンダルだぞ! 俺の完璧な芸能生活に汚点が……」
「こうすればいい」
倒れた不良のポケットから、スマートフォンを回収する。その場で踏んで壊してやろうかと思ったが、とりあえず持ったまま、つきはの援護のために室内に向かう。
「!」
室内へ入ると、不良が三人、床に這いつくばっていた。つきはがやったのか。つきは、ゆうやの拘束を解いていた。
「うわ、まじ? 先輩つよ……」
「先輩、ケガは」
「ねーよ。お前らは?」
たぶんつきはは、れいととるきなら一対一くらいのケンカなら、フィジカルだけで十分勝てると想定して、残り三人を自分で片付けた。なるほど、その場で力量を見極めて、采配を振る、リーダーの素質がある人物なのだ。
「あ、ありがとう、……強いんだな、ファーレンハイトの、五十嵐は……」
「……」
ゆうやが拘束を解かれる。立って、つきはの方を見た。つきはは明らかに不機嫌そうな顔をした。
れいとは這いつくばっている三人の分もスマートフォンを回収した。
「いや、どうすんのそんなの」
つきはが顔をしかめる。
「盗むとかじゃありませんよ。俺たちや黄瀬先輩の写真撮ってないか、あと、動画への変な書き込みをしたのがこいつらか知りたいので……」
「お前らの写真なんて撮るかよ……」
れいとが話し終わるか終わらないかぐらいのタイミングで、地面に伏していた不良のリーダー格は、うつぶせのまま顔だけをあげて喋り出した。
「くそ……どうしてだよ……戻ってこいよ……」
「どういうことだ?」
れいとが問う。不良は、これまでの経緯を話し始めた。
「梅北エリックって奴がいるだろ……」
「!」
梅北エリック。ミーハニアのメンバーだ。先月、れいとはエリックとクリエイティブイベントでコラボしたばかりだ。そういえばその時も、不良が出てきた。
「同じ中学だったやつがちょっかいかけてたんだけどよ……高校デビューっつうの? すっかり変わっちまって相手されねぇって言ってた。少し強く出て、とっちめてやるって。なのに、この間会ったら、もう二度と手はださねぇし、別の街に行くって、この街から消えるって言ってた。なんでかって聞いたらよ……ハハ……ファーレンハイトの……メガネに写真魅せられたって、元、リーダーのな……。俺の所にも送られてきたよ」
ここは、れいとは知らない。なぎはその場面を目撃している。
しかし、不良が指しているのが、つきはのことなのか、ゆうやのことなのか、わからない。すると、つきはがるきを見る。
「一ノ瀬。……黄瀬を車に連れて行って、手当してやれ。擦りむいてるから」
「え」
「早く」
「あ、ハイ」
「……」
安易に、ゆうやに出ていけと言っていた。るきはちゃんと空気をよんで、ゆうやを連れていった。
不良が話を続ける。
「は……なるほど。隠してんのか。過去」
「……」
「あんたの写真だったよ。変わったな。昔の面影が全然ねぇよ。けど、それで、ポップコーンのメンバーのひとり……あの、黄瀬じゃねえかって」
この不良は、エリックにちょっかいを出していた不良から送られてきた、昔のつきはの写真を見て、ポップコーンのメンバーのひとり、黄瀬が、過去につきはと対立していた不良グループの元リーダーの黄瀬ではないかと気づいたということだった。
「変わったな……けど、戻ってきて欲しかった……もう一回、あの頃に……。だから、コメント欄を荒らして、DMしたんだ。ここに呼び出した……」
どうやら、例のコメントも、こいつの仕業のようだった。
「あの頃に戻りたかった。ふたつのグループが競いあって……楽しかった……」
「もう過去のことだ。俺は変わったんだ。好きで不良だったわけじゃない。……二度とこんなことするな」
つきはが冷たく言い放つ。
「……俺は変わった。けれど、過去を捨てたわけでもないし、忘れる気もない。お前らのことも……」
不良は、諦めたように、地面に視線を落とした。
「行こう」
「……」
れいとは集めたスマホを地面に置いた。
それから、モーテルの狭い部屋を出た。もう暗くて、手入れされていない藪があまりにも不気味だ。だが周囲に建物がない分、星がきれいだった。
駐車場へ向かう。つきはが並んで、それから話しかけてきた。
「悪かったな。……知ってると思うが、俺は昔……素行が良くなかった。その時のことは隠してるんだ。黄瀬にも、言わないで欲しい」
「……はい」
つきはは、ゆうやが、かつて対立していた不良グループのリーダーだったことを知ってい る。逆に、ゆうやは、知らない。アンバランスな関係だった。
駐車場へ戻ると、車の外にるきとゆうやがいた。ゆうやは手首を少し擦りむいていて、るきがそこに絆創膏を貼っている。
「ハナシついたんすか?」
「ああ。もうこんなことにはならないと思う」
「……」
つきはとれいとが戻ってきたことに安堵したのだろう。ゆうやが三人を見回して、ごめん、と言った。
「俺のせいで……。話さないと、いけないよな。過去のこと……」
「……乗れよ」
運転席につきはが、隣はるき。後部座席がれいととゆうやになった。れいとはなぎやりおに連絡をした。ゆうやは無事だと。すぐにメッセージが返ってきたが、それはあえて読まずに、黄瀬の独白を聞くことにした。
車が発進すると、ゆうやが話し出した。
「俺、昔、不良だったんだ……」
これは、れいとも、るきもつきはも知っている情報だった。
車内は暗くて、ゆうやの表情はわからない。
「少年院にも半年くらいいた。けど、そこで、更生した。そっからはバイトしたりして真面目にやってきて……」
普段のゆうやは、井口のような、昔のオタクにフィーチャーした喋り方をする。それが今は見る影もない。
「それで、一年くらい前かな、歌うまいって言われて、動画撮って投稿してみたらなんかバズって……ポップコーンにいれてもらって、今に至るっつーか……」
ゆうやは続けた。過去を隠すために、だいぶ見た目を変えたことや、オタクっぽい喋り方も、言葉遣いをごまかすためにわざとしているとのことだった。
「な、後輩、なぎちゃんは……?」
「なぎは連れてきませんでした。危ないと思ったので」
「それで、ファーレンハイトのふたりを? そういえば後輩……ファーレンハイトに入る予定だったんだっけ。仲良いんだな。五十嵐と、一ノ瀬だっけ。ケンカできるなんて知らなかったよ」
ゆうやはやはり、つきはが、かつて対立していた不良グループの元リーダーであることに気づいていないようだった。
はぁ、とゆうやのため息が車内でこだました。
「こんなことになるなんて……やっぱり、俺みたいな奴はいつまでたっても、変われないのかな。自分だけ都合よく更生、なんてありえないのかな。みんなに迷惑かけて……ほんと、申し訳なくて……なんて言ったらいいか……」
れいとは横のゆうやを見た。どう声をかけたらいいかわからない。るきも同じように黙っていた。ゆうやは二十二歳で、十四歳のふたりは、何か言葉をかけほどの経験則を持ち合わせていなかった。人生経験の差あかりは埋まらない。
ゆうやに声をかけたのは、つきはだった。
「んなことねぇよ。……俺は、少なくとも、変われた。ひゅうがさんのおかげだ」
「え……」
「自分のためじゃなくて、誰かのために、……変わるんだ。それでいいんだ」
「……いつか、あんたの過去も聞かせてくれよな」
「……は、冗談じゃねぇ」
つきはが笑う。
車が止まる。最初に集合した公園だ。いつの間にか到着していた。すると。
「ゆうや〜〜〜〜‼︎」
「!」
ゆうやが窓から外を見る。すかさず車を降りて走り出した。
とうまとりおがいた。なぎと井口が、ふたりを呼んだのだ。
「ふたりとも……!」
車を降りる。
ふたりの元へ駆け出す。
「てめー! このやろう! 音信不通って何だよ今どき! 次はゆるさねぇぞ!」
「見つかって良かったー! 心配すぎて俺まで配信休んじゃっただろが! 謝罪動画出せよ!」
とうまとりおとゆうや。いつもの三人になった。
それを見届けて、れいとは、つきはとるきに声をかけた。
「あの、先輩、ありがとうございました。るきも」
「俺はオマケかよ!」
「いいんだ。俺の蒔いた種だったからな。……送ってくか?」
「いえ、大丈夫です。失礼します。るき、ありがとう。またな」
「なぎによろしく。井口呼んできて。送るから」
れいとは車を降りて、自分も皆の元へ向かった。
「れいと君! 先輩、見つかって良かった!」
「ああ。なぎ、井口、ありがとう」
「ハッピーエンドですな〜。少しでも貢献できたのでしたら、鼻が高いです」
「井口、るきがあの車に乗ってる。送るって言うから、行ってくれ。またな」
「井口くんありがとう! またね!」
井口は別れの挨拶をして、足早に去って行った。置いていくのかと思ったが、るきはなんだかんだで友人を大切にしている。
「れいと君、運転してるの……だれ……?」
「…秘密。あんたらが青木先輩と赤井先輩呼んだの?」
「うん、見つかったって連絡くれたでしょ、それで」
「そうか……」
「何があったの? 話してくれる?」
「……秘密」
「えー! なんで⁉︎」
なぎに暴力的な内容のことを話すのは憚られる。それから、ゆうやのことも。本人が話さないかぎり、風聴するつもりはない。するとふたりに、ポップコーンの三人が近づいてきた。
「ふたりとも、悪かったな。ポップコーンのリーダーとして、謝罪するよ。この埋め合わせはするから、ゆうやを許してやって欲しい」
「なぎちゃん、後輩……いや、れいと。うちのゆうやを見つけてくれてありがとう。メリは恩人だよ。恩返しするから、何でも相談してね!」
先に話しかけてきたのはとうまとりおだ。ふたりが、仲間であり友人であるゆうやをどう思っているか……それは充分に伝わってきた。なぎもれいとも、言うことはない。ゆうやを見る。車内で見た、すべてを諦めたかのような目じゃない。つきはの言葉を受けて、仲間の存在を再確認して……今は、噛み締めている。自分の幸福を。
そう、ポップコーンがライブで提供したいと言っていた気持ち。それを一番、よく知っている。
「みんな、本当に、ありがと……」
いよいよゆうやが口を開いた。
「俺……そのいろいろ迷惑かけたから、説明しないとなんだけど……」
「いいよ、別に」
「!」
とうまがゆうやに答える。
「けど……」
「話したいっていうなら聞く。無理には聞かない。そっちは?メリのおふたりさん」
なぎとれいとに話しが振られた。れいとは事の顛末を一通り知っている。なぎは、知らない。
れいとはなぎを見た。なぎ次第だ。
「俺も、大丈夫です。迷惑だなんて思ってないです! 無事で良かった!」
「なぎ氏……」
ゆうやが一瞬、俯く。すぐに顔をあげた。いつものゆうやだった。
「拙者、感動で胸いっぱいですぞー! このメンバーでライブやったらぜーったい楽しい!最高だと思います! めちゃくちゃやる気出てきました!頑張ろうー!」
ゆうやがとうまとりおに抱きつく。
ひとまず、事態は収まった。
なぎ、れいととのコラボは流れた形になったが、別にクリエイティブイベントでなくても、呼んでくれれば良い。なぎもれいとも、もうポップコーンのメンバーを、知らない人たち、とは思っていない。それは、先輩で、仲間で、友人だった。
ーーーーーーー
「誰⁉︎」
ポップコーンのライブの当日。
なぎはあんぐりと口をあげて驚いていた。
ポップコーンのメンバーが全員女装していて、誰が誰だがわからない。
「俺、とうま」
「青木先輩!」
とうまはくるくるのツインテイルに、セーラー服。丈は長めでクラシカルな印象だ。
りおは、髪の色から、りおだとわかった。ぴっちりとしたチャイナ服。ファーのストール。ド派手な印象だ。そしてゆうやが軍服のような衣装。
「なぎちゃんたちの衣装は楽屋に用意してあるよ〜。俺たちは何回か着替えるけど、どうする?」
先日、ライブのリハをおこなったとき、本番まで衣装は秘密とされた。また着替えをどうするかも聞かれてが、保留にしていたのだ。ひとつ聞かれたのは、なぎとれいとどちらが丈の短い方を着るか、であった。
「……俺が丈の短い方を着ます」
「ええー!」
りおとゆうやがショックを受けている。
「れいと君! やっぱり俺が……」
「いや、いい、俺が着る。覚悟はできてる」
まぁ、後輩が着た方が盛り上がるか? と結局三人は納得していた。
今日の目標は、ライブを成功させること。
ポップコーンの一連のイベントの締めだ。
このイベントではこれまでの配信でやったゲームや歌などを知っていた方が楽しめる演出が多い。ちなみに、メリの登場はサプライズだ。
「れいと君……着替える?」
「ぎりぎりまで着替えたくない……」
ふたりはそれぞれ、メイド服を手にしていた。
ライブが始まる。
リハの際にも驚いたことだが、ポップコーンのライブは、全力、という言葉が似合う、そんなライブだ。
全力で踊り狂って、全力でステージの端から端まで駆ける。バックでは炎や爆発の演出が映し出される。
楽しんでもらう、ためのライブだが、まさにその通りだ。
そして何より……。
「っしゃあ! ポップコーン! メリ! 行くぞー!」
とうまの掛け声で円陣をくんだ。
そう、そして何より、本人たちが楽しんでいるのだ。
「俺たちのライブ、リハよりアドリブめっちゃ多いから、そこんとこよろしく!」
そう言ってまずりおがステージへ向かった。彼がMCもこなすのだ。そこからポップコーンの曲が続いて、いよいよメリの出番だ。メイド服はばっちりだ。歌うのはポップコーンのオリジナル曲のカバー。
「れ、れいと君……」
「どうした」
「緊張してきたかも」
「俺たちも楽しくなきゃ、観客を楽しませてやれないんじゃないか?」
なかなかいい台詞だが、メイド服。しかも丈が短い。シュールな光景だ。
「まぁ、あんたはこういうノリは得意じゃないかもしれないけど……」
「けど?」
「俺はなんだか楽しくなってきた」
「ほんと⁉︎」
りおのコールで、メリのふたりもステージへ飛び出した。会場が湧く。
かわいい〜と声をかけられて、なぎはあたふたしていたが、れいとは手を振った。ファンサだ。会場からはきゃー! と歓声があがった。
「あれ? 青木先輩と、黄瀬先輩は……」
しかし、ステージにはりおしかいない。
すると……。
「お色直しだぜー!」
なぎとれいとの背後から、とうまとゆうやが現れて、ふたりに抱きついた。ふたりともメイド服になっていた。
いつの間にりおも早着替えをしている。なぎとれいとはパンプスだが、三人はとんでもないヒールの靴だ。これで歌ったり踊るのかと、なぎは心底驚いた。
みんなでお揃いの衣装だ。歌う曲は結構まじめな歌詞だ。仲間が好きだ、ということをストレートに歌った歌詞。
なぎの肩を抱いていたゆうやが、そっと、なぎに耳打ちをした。
「俺の過去、ふたりに話したんだ」
「え……」
「だいたい、あの動画のコメント通りなんだ……なぎ氏、引いた?」
「いえ! そんな……」
りおが会場を盛り上げる。りおのトークは、ゲーム実況の実力からわかる。なぎやれいとにはない才能だ。
「ふたりとも、受け入れてくれたんだ。俺は脱退も考えていたくらいなのに。いっしょにがんばろうって……言ってくれた」
巨大なモニターとネオンで、何色もの光が写すゆうやの顔は、泣いているような、笑っているような、どちらとも言えないような表情だった。
「あの、俺も……」
「ん?」
「ポップコーンの皆さんのこと、全然知らなかった。けど、コラボできて本当に良かったです。俺たちの知らない仕事を知ったし……何より、三人が仲良くしてるの見ると、こっちも楽しくなっちゃうんです。なんでだろ……」
なぎは自分の肩に置かれたゆうやの手に、自分の手を重ねた。
「なぎ氏……」
「黄瀬先輩、このあいだ、歌枠っていうの、実現しなかったけど……いつでも呼んで下さい、先輩の配信に! その時は、俺の持ってるぬいぐるみにサイン下さいね。俺、もうすっかりポップコーンのファンだから……!」
「なぎ氏〜!」
ゆうやが、なぎを抱えてくるくる回った。イントロが始まる。五人で歌った。実は簡単な振り付けがあって、慣れないスカートで、なぎとれいとは一生懸命だった。
その後も、会場でのゲーム実況や、新曲の発表など、ライブは終始盛り上がって、アンコールを経て終わった。結局、なぎたちも一回だけ、お色直しをした。それは、コスプレの定番、ナース服だった。りおの提案したその衣装は、メリのイメージのひとつでもある、癒し、といったところから着想を得たものだったらしいが、やはり丈が短いものと長いものがあって、短い方をれいとが着たのであった……。
——————
「コラボお疲れ様でした」
翌日。今日から二学期だ。放課後に、なぎらはPPCへ来ていた。熊谷とミーティングをする。
残暑。まだまだ暑い
「社内でも、話題になっていましたよ」
熊谷が、くすりと笑う。なぎはコスプレのことを揶揄われたのだと思って、それは合っていたのだが、いざライブでみんなで同じ衣装だった時と違い、こうして冷静になると少し恥ずかしい。
「フォトブックには載せないでね……?」
「わかりました。道明寺さんに伝えておきます」
さて、今日の本題はメリのライブと、次のコラボであるサンライズとのコラボの日程を調整することだ。まずはサンライズ側と打ち合わせが必要になる。なぎはサンライズのメンバーの連絡先は知らない。当然、熊谷に仲介を頼む予定だ。
しかし、いつもよりも、熊谷の表情が明るいように感じる。なぎは、何か良いことがあったのかと尋ねた。
「はい。ポップコーンとのコラボ、社内でとても話題になっただけではなく、とても高評価を貰えたんです」
「そうなの⁉︎」
熊谷の話によると、今話題のポップコーンの、ゲーム実況やバーチャルとリアルの混合したイベントに参加した挑戦的な部分を評価してされたらしい。次の、サンライズとのコラボ、ファーレンハイトとのコラボがうまくいけば、6位以内も夢ではない、とのことだった。
「熊ちゃん……!」
なぎの瞳がきらきら輝く。
評価されたということが嬉しいし、暫定でも、未定でも、明るい顛末は気持ちも違う。
「このまま、頑張っていきましょう」
「うん!」
なぎははつらつとした笑顔で答えた。
「見つけた! 魂の仲間よ〜」
すると、いざ会議室に入ろうとした時に、声をかけられた。高めのすっきりとした声。不可解な内容。
紙飛行機が、なぎの足元に胴体着地した。
なぎと熊谷、ふたりが会話をやめて振り向くと、熊谷と同じくらいの長身の人物。髪も肌もまっ白。
「あ、もしかして、松岡先輩……」
そう、サンライズの松岡とらちよだ。
「こんにちは。松岡君。なぎに用でしょうか」
「うーん……波動のゆらぎを感じる……。良くないね。熊谷は、ティモクラティアの工作員なのを、隠せていないよね」
「……?」
なぎも熊谷も、ぽかんとするしかなかった。
とらちよについて、不思議ちゃん、だとは聞いていた。ポップコーン以上に意思疎通が難しい。いや、ポップコーンはまだ、現実に則ったことを話していた。とらちよの言葉に出てくるのは造語のようで、解説なしには到底理解しえない。
「はい、なぎ。これは招待状だよ。オノマの覚醒の日だから、なぎは来ていいよ。君の光が頼りになる」
なぎはとらちよから一枚のチケットをもらった。熊谷もそれを覗き込んだ。それは、夕方からのイベントのチケットだった。
「海洋生物を守る……?」
イベントは、海洋生物の保護を訴える環境保護団体とそのボランティアや活動家の主催したもので、そこで、予定ではサンライズが二曲歌うことになっている。
なぎは、サンライズの曲も、よく聞いている。ファーレンハイト同様、単にファンとして、だ。ただ、メンバーについては詳しくはない。行けばメンバーの顔を確認できるし、もしかしたら話せるかもしれない。
「夜だから、なぎひとりでは危険かも……。熊谷も来ていいよ」
「なぎ君、どうしますか? なぎ君が決めて下さいね」
「行きたい!」
なぎは即答した。今日は、れいとはいない。しかし、ポップコーンとのコラボの結果を受けて、なぎひとりでもイベントに向かうと決めた。良い風があるのならば、乗るしかないのだ。
「それでは会場で。控室に来るといいよ。あっくんに伝えておく」
とらちよは手を振って去っていった。かちゃかちゃと、手首の手錠とチェーンが鳴った。儚げな雰囲気に、アンニュイで不思議な言動。惑わすような瞳。とらちよがいると、場を支配される。
「それでは、遅くなるとご家族に連絡します。もうすぐですね。どんなイベントなのかあまり想像がつかないのですが……サンライズの皆さんにご挨拶しに行きましょう」
「うん!」
いよいよサンライズとのコラボだ。
なぎは足元の紙飛行機を拾った。ただの真っ白なコピー用紙。何でも描ける。これからの未来のように。
なぎはぐ……と強気な笑顔を見せた。
そしてなぎと熊谷は、時間より少し前に、イベント会場へと向かった……。
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