1日行方不明


「1日行方不明」


「え?」


「俺が今1番やりたいこと」


「行方不明……」


「ダサく言えば……2人で弾けてみない?」






 「日直忘れてるぞ」


 冨田がカレンダーの日付をめくり、私は黒板横の7月21日の文字を見つめた。携帯の電源を切る。それから大きく深呼吸をして手を挙げる。

 

「体調が悪いので保健室行ってきます」


 1階に降りるまでの階段がやたら長く感じた。保健室を訪れたのはいつぶりだろうか。おさげ頭のナースは私がこの部屋に来るのが珍しいらしく、念入りに心配してくれた。


「熱は無いみたいだけど吐き気とかは?」


「あーそういう感じじゃなくて、多分ちょっとした貧血かもです。少しだけ寝てても良いですか?」


「そうね、窓側は別の生徒が使ってるからこっちで良い?」


「はい」


 横になってもう一度大きく深呼吸をする。クリーム色の天井と垂れ下がる白いカーテン。目を瞑ると音楽室からシャンソンを歌う生徒たちの歌声が聞こえてくる。美しい音色。それなのにどうしても落ち着かない。

 我慢できなくて寝転がったまま左を向いた。

 視界を覆い尽くす白いカーテン。

 そのカーテン越しに光が広がり、微かに影が動いたのを見た。


「ひかり」


 光の先で声がする。


「ひかり」


 ひかりはその白いカーテンに指で触れた。

 


「脱出成功だな」


 運よく校庭には誰もいなかった。保健室の窓から抜け出した私たちは学校からほど近くの住宅街に来ていた。


「もうバレてるかな?」


「まだ大丈夫じゃない?」


「ねぇ、どこ行くの?」


「ここ」


「え?」


 彼が差しているのは今まさに自分たちが立っている場所。そからおもむろに携帯を取り出すと誰かに連絡を取ってから目の前の家の白いシャッターガレージを引き上げた。


「なにごと?」


「良いってさ」


「なにが?」


 カブトムシ

 そう思った。

 黒く光るバイクがそこにはあった。



「免許、持ってたんだね!」


「え? 聞こえない」


「バイクの免許、持ってたんだね!」


 初めての世界だった。


「そう! 16の時に!」


「なんか夢みたい! 自分がバイクに乗るなんて」


「怖くない?」


「まあ大丈夫! バイクって二人乗り平気なの? 捕まらないよね?」


「あ! 警察!」


「どこ? どこ?」


「冗談でーす」


「もう」


「大丈夫。高速は乗れないけどね」


「てか絶対変だよ、制服着た高校生2人がこんな平日の昼間にバイクなんて」


「俺らは今行方不明だろ? 小さいことは気にすんな」


「なんか、自分がバイク乗ってるなんて不思議。お母さん達驚くだろうな」


「そうだな」


「どうして湘南なの?」


「なんとなくだよ。行ったことない?」


「うん。なんか、佐伯くんみたいになりたかったな」


「え、俺?」


「ありがとう」





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