第22話 我慢というか……

「こ、これで少しはよくなりましたかね⁉」


「うん、ありがと?」


 そんな私に、つぶらな瞳を向けてくる。

 ……霧先輩。無自覚なあざとさで私を殺しに来ている。


 はぁ……可愛い。


「これで準備は整いましたかね?」


「大丈夫だと思う」


 膝に置いていたスマホを手に取ると、斜め四五度に傾けて映える画角へと構える。

 パチンと自分の頬を叩く霧先輩は、たった一枚の写真に強く意気込む。


「変な顔になりませんように」


 私も気合が入ってしまう。

 なにせ、霧先輩と撮る最初のツーショットだからね。私は、強張るというより嬉しさでほぐれた表情を戻すのに必死だ。


 けど、数えきれないくらいの自撮りをこれまで撮っている私。

 カメラを構えてもこの通り……って、ダメかも……。

 内カメに映る私の顔は、ただの鼻を伸ばした変態そのものであった。


「萌音ちゃんは大丈夫そう?」


「大丈夫です! 覚悟はできてます!」


「覚悟って……萌音ちゃん、実は緊張してたり?」


「しっ! ……てはいますよ」


 強がりでしてない、と言いたかったけど、この顔を見ればバレるのは分かりきっていること。


 私は、しゅんと小さくなってしまう。

 そんな私を見て、霧先輩。


「萌音ちゃんも、可愛いところあるんだね」


「そりゃ……私だって、照れたりすることくらいありますよ」


 誰のせいで照れていると思ってるんだ! 全部霧先輩が可愛いせいなんだよ!

 心身を蝕むほどに霧先輩の全てに溺れてしまいそうな、そんな感じ。


 無自覚で鈍感だなぁ、霧先輩。一体何人の人を無自覚に落としているんだ……。

 私もその被害者だけど。


「こうゆうの慣れてそうだから、私に気にせず我慢しないで無理矢理にでも撮ってくるかと」


「グイグイ行く系だとは思いますけど、ちゃんと節度を持ってますから……私は。我慢というか……自分を抑えているというか」


 クスっと笑いながら言う霧先輩に、私は作り笑いをしてしまう。

 人が嫌がることを無理矢理になんてできない。


 自分がどんなに望んでも、相手がそれを拒んでいたら、私は絶対にそれをしない。

 和奏と付き合っていた時、別れる一ヶ月前くらいからだっただろうか。


 シようと誘って和奏が断った時は、私はいっつも我慢していた。毎回毎回、毎日毎日。

 いいよと言われるまで、我慢の毎日。


 そんな私の苦労も知らないのに、霧先輩には無理矢理にとか……言って欲しくなかったな。


「萌音ちゃんのそうゆうところ、いいなって私は思うよ」


 私の目をどこか羨ましそうに見る霧先輩の言葉に、私の心にかかった靄は一気に晴れてしまった。

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