第9話 間接キス

我慢の後にはご褒美が待っているものだ。


「アイス美味しいですねぇ~」


「疲れた後にはやっぱ甘いものが効くね」


 作業が終わり、生徒会室の冷蔵庫に入っていたアイスを食べながら、私と霧先輩はソファーにうなだれていた。


「詩音も差し入れしてるなら言ってくれたらよかったのにね。最初から知ってたなら少しは作業も頑張れたのに」


 バニラ味のカップアイスをスプーンですくい、一口食べた途端、幸せそうな表情を浮かべる霧先輩。


 あぁ、なんて可愛いんだろう……その顔だけで三回はイケる。

 私はアイスじゃなくて先輩を食べたいくらいなのに……


「ホント、詩音先輩は報連相が出来てないときがあって困りますよね」


 そう思いながらも、言葉に出たのは詩音先輩への愚痴で。

 私はチョコ味の棒アイスを一口かじる。


 やっぱり、私が疲れた時に食べるものは甘いものじゃなくて、可愛い女子の方が回復が早い。

 和奏付き合っていた時に、それは自分の体で実験済みだ。


「今日はお疲れ様。よく頑張ったね」


「本当にお疲れ様でした。先輩も手伝って頂きありがとうございます」


「とんでもないよ。萌音ちゃんと一緒で楽しかったし」


「……先輩」


 気疲れしている私に、霧先輩は優しく声を掛ける。

 こんなの、ときめかないわけがない。そのまま頭でも撫でてくれたら完璧だったのに、なんて考えながら、褒められたことにニコニコになる私。 


 作業が終わってすぐ解散だと思っていたのに、こんな至福の時間が訪れるとは……アイスでまったりタイム、最高……。


 それに、アイスを食べている霧先輩を見るだけで私はお腹いっぱいだ。

 口元に付く溶けたアイスが、色気を醸し出している。

 ジーっと霧先輩に見惚れていると、


「……一口食べる?」


 アイスをすくったスプーンこちらに向けてくる。


「え、いやっ!」


「気にしないで食べていいよ」


 こんなにも早く間接キスまで辿り着けるとは思わなかったので、目を回してしまう。


 待て待て! 展開が早すぎる!


 私の考えたプランでは、最初のお出かけで私からあーんする予定だったのに、いくらなんでも早すぎるし、霧先輩からされるとは……ヤバい、鼻血が出そう。


「じゃ、私にも萌音ちゃんのやつ一口ちょうだい」


 爆発しそうな感情を抑える私に、オーバーキルを仕掛けてくる霧先輩。

 可愛い先輩に間接キスを迫られちゃっていいの? 私、こんなに幸せでいいの?


「で、では……失礼します」


 両手を合わせると、アイスが垂れる前に霧先輩が構えているスプーンにパクリ。

 バニラの甘さが口の中に広がる~、と言いたいところだが、間接キスということだけに意識が取られ、味など全く感じない。


 舌に当たるのは、霧先輩の唾液がついたスプーン。それを不自然に口が動かないようにさりげなく舐めまわす。


 どんなアイスよりもこのスプーンの方が美味しい。濃厚でクリーミーながらも繊細な味わい。


 それがバニラの味だって。 いや、これは私の中ではバニラの味ではない。

 変態? そんなの自分でも分かりきっていることだ。

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