第8話 ムラムラし過ぎ

「それじゃぁ、霧先輩――」


「萌音ちゃん――」


 お互い顔を赤くしている私達の声が重なる。


「あ、先輩先にどうぞ」


「ううん。萌音ちゃんから先いいよ」


「でも霧先輩の方が大事な話だろうし」


「いやいや、萌音ちゃんこそ何か言いたげな顔だよ」


 一歩も譲らない私と霧先輩。

 私としては先に霧先輩の話を聞きたい。

 私が言おうとしていることと全く違ったら、恥ずかしすぎるから。


 霧先輩のを先に聞いてから、私も話したい。


「お先に、お願いします」


 両手を合わせてお願いすると、仕方ないなと目を閉じると、霧先輩は目の前を指さす。


「仕事、やらなきゃヤバいよね」


「あ……」


 私の思っていることと全然違うという絶望と、まだ山盛りになっている資料を見て、私の口からは野太い声が出る。


 ……話すのに夢中になりすぎて、作業のことをすっかりと忘れてしまっていた。

 それに私から話さなくてよかった……うっかり、今から遊び行きましょ!

 と場違いな発言をしてしまうところだった。


 ……危ない危ない。


 遊びに誘うためにも、今は集中して終わらせないと。


「よしっ!」


 パチンと自分の頬を叩くと、霧先輩から机にある資料へと目線を落とす。


「協力して早く終わらせようね」


「はい!」


 その会話を目途に、部屋にはペンを走らせる音と、紙が擦れる音だけが響く。

 先程よりは集中できているもの、隣で作業をしている霧先輩が気になって仕方がない。


 視界にチラリと映る、白く細い指。手入れの行き届いている爪。

 その綺麗な手で体を触られているところを想像すると……よだれが出てくる。


 横を見ると、美少女の顔がそこにある。


 長いまつ毛、綺麗なラインの鼻筋、薄ピンク色のハリのある唇。

 どこをとっても、美少女という言葉しか似合わない。


 ……集中できるわけないだろぉぉぉ!


 ムラムラし過ぎて作業どころじゃないんだよ私は!


 今だって手を動かしてはいるが、資料の確認なんてできていない。

 これじゃ、一人で作業していた方が早く終わったのでは?

 いやいやそれはダメ。

 霧先輩と出会わなくなったことになるから。


 耐えるんだ七尾萌音!


 ここを耐えれば、あとはバラ色の生活を過ごせるかもしれないんだ。


 あと少し、あと少しだけ……欲に負けずに耐えるんだ!


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