第3話 闇の中で

 敵RCは目標4とは別ルートを通り移動している。つまり奴の目的は生物兵器の護衛ではなく、こちらを迎撃すること。

「レナード」

〈イエス〉

「このルートを通る場合、先に目標4とRCのどちらと会敵する」

〈敵RCとの会敵可能性エンカウント・ポシビリティが高いと予測〉

「これより敵RCの撃破に向かう」

〈作戦了解〉

 残弾が片手で数えられるほどになった弾倉を捨て、アサルト・カービン本体に電磁信号送り遊底ボルトを開放。腰部から取り出した二連弾倉の片方を差し込み、初弾を薬室へ送り込んで遊底を閉鎖する。

〈警告・アサルト・カービンの残弾80〉

 機体の持つ残りの武装を確認。右脇腹の外装式アーマー・ラックに、Mk-1Mod.0対装甲コンバット・ナイフが一本と、152ミリグレネード・ランチャーの予備弾が一発。左脇腹のラックは空。

 デッドウェイト排除のため、左の外装式アーマー・ラックをパージする。右のアーマー・ラックから152ミリグレネード弾を取り出し、アサルト・カービンの砲身下部ランチャーに装填。射撃武器はアサルト・カービンと、頭部同軸チェーンガンのみ。近接武装はコンバット・ナイフ。不足は否めない。

〈間もなく敵RCと会敵〉

 突き当りを右に。サブ・ディスプレイによると、敵機は次の角を曲がった先の通路で停止している。こちらを迎え撃つつもりなのだ。

 角から出た瞬間、眩い曳光弾が飛んできた。慌てて身を隠す。壁面が砲弾によって削られる。

 左手の指先からファイバーユニットを伸ばし、その先端を角から出して敵を覗く。端子同軸のカメラが敵を捉え、メイン・ディスプレイの隅に映像を送る。

〈敵機確認。機種判別。レイジノフ・コンツェルン製R-30“ズヴェズダー”〉

 赤色に塗装された敵機は、局面をつなげたようなフォルムが特徴的なレイジノフ製の機体、R-30。愛称ペットネームのズヴェズダーとは、ロシア語で「星」を意味する。

 右手一本でアサルト・カービンを把持し、角からグレネード・ランチャーを覗かせる。照準装置が敵を捉え、ロックオン。照準レティクルが赤色に。操縦桿のトリガーを絞ると、152ミリグレネードが発射される。

 敵機の肩部が一瞬光った。次の瞬間、敵機との間でグレネード弾が爆発する。迎撃ハード・キルされたのだ。

「何っ!?」

〈敵装備に“アルターリ”対空誘導弾システムを確認〉

 敵の装備するアルターリは、レイジノフ・コンツェルンの傘下企業であるシーラ・ヴォーリが開発した、空中からの攻撃を小型ミサイルで迎撃する防衛システムである。誘導弾のみならず、無誘導であるグレネード弾の飛来にも対応しているとは驚きだ。

 R-30のアサルト・ライフルの連射が途切れる。敵が弾倉を交換する隙に角から飛び出し、アサルト・カービンを撃つ。敵機の傾斜装甲が効果を発揮したこともあり、数発の35ミリ弾では装甲表面に傷をつけることしかできない。

 敵のAK-38アサルト・ライフルは、100連弾倉を使用する火力支援モデルである。正面切っての打ち合いではこちらが不利だ。

 M5は踏み出し、敵が再装填中のアサルト・ライフルを撃ち抜く。破損した100連弾倉が落下し、床に40ミリ徹甲弾が散らばる。

 アサルト・カービンの銃床ストックで敵を殴りつける。フレームが激しく曲がり、ロックピンが弾け飛んでアッパーフレームが跳ねる。衝撃に耐え切れずマガジンが脱落。

 機関部が損壊したアサルト・カービンを捨てる。メインの武装を失った。

 丸腰の敵に体当たりして隙を作る。

〈警告・頸部周辺に計数外のダメージが蓄積しています〉

 管制AI・レナードからの警告。右アーマー・ラックからMk-1対装甲コンバット・ナイフを抜き、掌から電磁信号を送り高振動ブレードを起動させる。機体の左側面に衝撃が走る。敵機が標準装備のナックルダスターを展開し、M5を殴りつけているのだ。

〈警告・左腕ユニットにダメージが蓄積しています〉

「当たれっ!」

 大振りな刃を、敵機の胴体部に向けて刺す。いくら高性能な対装甲近接兵装といえども、RCの装甲を正面から破壊するのは至難の業である。特に被弾傾始を重視した装甲形状であるR-30は、刃を受け流してしまうため攻撃には工夫が必要とされる。

 装甲化されていない腹部関節に刃を挿入し、胴体ユニットの中心に存在するコクピット・シェルに向かって突き上げる。

 R-30は赤きその身をわずかに震わせ、同時にナックルダスターを装備した右手の動きが停止した。

 敵のHAGG(水素イオン誘導ジェネレータ)が緊急停止。駆動力を完全喪失した機体が、極端な姿勢で自重を支えきれずに悲鳴を上げる。

 コンバット・ナイフが引き抜かれた傷口から、青白い駆動緩衝液が勢いよく噴出する。敵機の沈黙を確認。こちらに倒れ掛かってくる赤い巨体を蹴倒し、自機の状態をチェック。

 激しい抵抗を受けた左腕ユニットに異常が生じている。またR-30に体当たりした際に生じた頸部装甲の歪みにより、頭部ユニットの旋回動作に僅かな遅れが出ている。

〈使用可能と思われる武装を確認〉

 頭部複合センサーは、R-30の背部を捉えていた。

 レイジノフ・コンツェルン製RCの共通仕様として、背部武装ラックがある。人間でいう肩甲骨のあたりに固定式の武装ラックが存在し、そこにRC用手榴弾ハンド・グレネードやハンドガンを携行できる。

 敵機の武装ラックは何かの拍子に開いたようで、中の武装が確認できる。

〈武装を照合。シーラ・ヴォーリ製RC用機関拳銃マシンピストル・RfK-21です〉

「使用できるか」

〈直接確認を行います〉

 ラックの中へ右手ユニットを入れ、グリップを掴んでラックからRfK-21を引き抜く。

 掌から電磁信号を送り、マシンピストルに掛けられている安全装置を解析する。

〈使用可能〉

「よし」

 メイン・ディスプレイの隅に残弾を表示。30ミリ徹甲弾APが67発装填されている。銃器に搭載された光学照準装置と機体搭載FCSとの調整を行う。

「レナード、目標の位置は」

〈Object-4は依然移動中。最短経路を更新します〉

 目標4へ続くオレンジ色の矢印が更新される。

「目標4の無力化を優先する」

〈了解〉

 突き当りを右に。作戦区域の中でひときわ狭い通路へ入る。M5は全高7.8メートルだが、地下水路での機動は大きく制限される。特に最も狭いこの経路で攻撃を受ければ、最低限の回避運動も期待できない。シラヤは敵の位置をサブ・ディスプレイで確認し、右手にマシンピストルを、左手にコンバット・ナイフを構えながら路地を駆け抜ける。

〈警告・路地の出口左方向に敵機〉

「了解した」

 機体全身を沈み込ませ、一つのバネの集合体として跳躍させる。コクピットの周囲に充填された駆動緩衝液でも相殺しきれないGに襲われる。飛びかけた意識に耐える。

 路地から出ると同時に敵機を視認。背部に滑腔砲とKEMを装備した、カニのようにも見える四脚型戦闘車・Kf-7。敵機の前面に取り付き、脚部で40ミリグレネード・カノンを搭載したを押さえつける。

 マシンピストルの砲口を敵機のセンサー・ユニットに押し付け、撃発。高速連射された30ミリ徹甲弾APが敵のバイザーを食い破り、中の複合センサーを破壊する。

 Kf-7の機体右側面には、緊急用の予備センサーが装備されている。そこが生きていれば、メインのセンサーが潰されても移動・照準といった基本の戦闘動作は可能となる。

 予備センサーにコンバット・ナイフを刺し込み、外部情報の収集能力を奪う。

 鋭い警告音。背後に別のKf-7が現れ、こちらに照準レーザーを照射している。

 今しがた無力化したKf-7の上を滑り、新手に向かって蹴り飛ばす。新手の発射した89ミリが命中。視界を喪失したKf-7は、見事に盾としての役割を果たした。

 M5が爆風を切り裂くように、新手のKf-7へ飛び掛かる。胴体部の裏にある廃熱スリットに、コンバット・ナイフを深々と刺し込む。

 Kf-7が採用するパルス液圧バイナリ式駆動関節は、常に高い出力での排熱を要する。廃熱部を潰すと、HAGGやコクピット・シェルへ熱が回るのを防ぐために数秒で安全装置が働き、Kf-7は活動を停止するよう設計されている。

 動きを止めたKf-7を放置し、オレンジ色の矢印に従って進む。目標4は先ほどよりも移動したようで、僅かに経路が変わっていた。

〈Object-4がまもなく領域外へ離脱します。急いでください〉

 管制AI・レナードの警告が入る。

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