03.マラカイトの瞳



 暗いとばかり思っていた森の中は、やわらかな光が射していた。

 木々の隙間から空が見える。

 先を歩く狼の毛は、陽が当たるとそのたびにキラッと輝いた。

 

(森の中って、案外穏やかな場所なのね……)


 そう思っていたのも最初だけ。

 進めば進むほど、遭遇する魔物の数は増していった。


「そりゃあ、そうよね!壁から出てくるくらい、この森は魔物が多いんだから」


 魔力を纏わせた短剣で、長い角の生えた兎のような魔物を切った。

 黒いもやが離散し、魔物は消えていく。

 この森に出る魔物は、聖魔法に弱い。

 まるで魔族のようだが、闇魔法を使ってくるわけではなかった。


(闇魔法は使えないけど、体内に闇の魔力があるのは間違いなさそうね)


 弱い魔物なら直接聖魔法を使わなくても、魔力を帯びた剣での攻撃で充分だった。

 パウラの隣では、兎が串刺しになっていく。

 地面から生えた杭のような岩に、貫かれているのだ。

 もちろん、やっているのはパウラではない。

 

「狼さん、土魔法が使えるのね」

 

 狼はチラッとパウラを見たと思えば、次々と異なる属性の魔法を放ちはじめた。

 “火” “水” “風” ”雷” “氷”

 様々な方法で蹴散らされていく兎たち。

 その様子を、パウラは目を丸くして眺める。

 そして、大勢いた兎はあっという間にいなくなった。

 

(こんなに多くの属性を操れる魔物に、初めて出会ったわ)


 思わず拍手を送っていた。

 それを受け、狼は得意げだ。


「すごい!色んな魔法が使えるのね。

 一人で不安だったけど、狼さんがいっしょなら心強いわ。

 よろしくね、狼さん」


 信頼の証に、狼の前で膝をついて右手を出した。

 それのにおいを嗅ぐ狼。

 ひんやりとした鼻があたる。

 

「ふふ、くすぐったいわ。

 ごめんなさいね、おやつは持っていないの」


 狼に笑いかけたら、そっぽを向かれた。

 パウラの差し出した手が重くなる。

 狼が、自らの手を乗せてくれたようだ。

 どうやら、嫌がっているわけではないらしい。


(まるで恥ずかしがってるみたい。知能がかなり高いのね)


 一人と一匹は握手を交わし、再び森の奥へと進んで行った。

 何とも気遣いのできる狼で、パウラの様子を見て、休憩を取ってくれた。

 それだけではない。

 陽が沈む時間になると、洞のある巨木へ案内してくれた。

 狼の心遣いに感謝しつつ、中へ入る。

 パウラたちが休むのに、十分な広さがあった。


「今日はここに泊まるのかしら?」


「ウォフッ」


「わかったわ。じゃあ、この周辺を障壁で囲んでしまうわね。

 それなら、魔物も寄ってこないし、眠りの呪いも防げるから」


 一旦洞から出て、巨木を半円形の魔法障壁で囲む。

 狼は出入りができるよう調整した。


(狼さんも外に用があることもあるだろうし、この方がいいわよね)


 洞の中へ戻ると、そこは快適な空間へと様変わりしていた。

 柔らかな干し草でできた寝床、ガラス玉の中で優しく輝く炎。

 さらに、焼いた魚や熟しておいしそうな果物が、皿に置かれていた。


「す、すごい!狼さん、あなたもしかして収納魔法が使えるの?

 使える人、いや魔物?初めて会ったわ。

 それに、お魚を火魔法で焼いてくれたのかしら?

 私のために、こんなことまでしてくれて、ありがとう。

 道案内も、魔物の対処も、寝床の用意もあなたに頼りきりで申し訳ないわ……。

 何かお返しできることが、あるといいのだけど」


「ウォフッ!」


 狼の大きなしっぽが揺れている。

 もしかしたら、何かして欲しいことがあるのかもしれない。

 でも具体的なことなどわかるわけもなく、狼をなでた。

 見た目よりも、毛並みは柔らかい。

 ずっと触れていたくなる手触りだった。


 夕食を済ませ、明日のことも考え、早々に寝ようとした。

 けれど、なかなか寝付けない。

 何度か寝返りをうっていると、狼が近くに寄ってきた。

 背中に温もりを感じる。

 どうやら、寄り添って寝てくれるようだ。

 その優しさに、体だけでなく、パウラの心も温かくなった。


「ありがとう、狼さん。そばに来てくれて」


 狼の方を向く。

 美しい青みがかった緑色の瞳と、目が合った。


「ねぇ、狼さん。

 もし嫌でなければ、あなたのこと『カイ』って呼んでもいい?

 あなたの瞳、孔雀石マラカイトみたいに綺麗だから」


 狼は何も言わない。

 でも気持ちを表すかのように、しっぽを振った。


「ありがとう。

 ……私ね、こうやって誰かと添い寝をするの初めてなの。

 産みの母は私が生まれてすぐ亡くなっているし

 父親は私のこと、名前じゃなくて『ニワトリ』って呼ぶのよ。

 義母や兄姉にも疎まれて……。

 でも、平気よ。一人でも我慢できたの。

 そうじゃなきゃ、あの家で生きてこれなかったし。

 泣いたところで、聞き入れてくれる家族はいなかった――」


 ペロリと、カイに頬を舐められた。

 どうやら、気づかぬうちに泣いていたようだ。


「……なぐさめてくれて、ありがとう、カイ。

 もうあの人たちのことで、悲しむのはやめるわ。

 私は新しい場所で、新しい人たちと、楽しく暮らすの。

 だから、大丈夫よ。大丈夫」


 カイを抱き締める。

 そのぬくもりに、気づけば眠っていた。

 

 

 翌朝、肌寒さに目が覚めた。

 昨日寝付くときにあった温もりがない。


 (カイはお外かしら?)


 彼の姿は洞の中にはなかった。

 様子を見ようと、外へ出る。


(朝日が眩しい)


 いつもより寝すぎたようだ。

 外はすでに明るかった。


(あれは……)


 少し離れたとこに花畑がある。

 そこに人影があった。

 

 太陽の光をうけ輝く、金糸の髪。

 すらりと伸びた手足。

 見眼麗しい、若い男性だ。


(まさか、こんなところに人?)


 そう思ってよく見ようと、目を凝らした。

 しかし、そこにいたのは人ではない。


(カイが、日向ぼっこでもしているのかしら)


 こちらを見て、大きな狼が尾を振っていた。

 それに手を振り返す。

 すぐに駆け寄ってきた。

 

「おはよう、カイ。

 お花畑で何していたの?」


「ウォフッ!」


 そう答えた。

 もちろん、何を言っているのかはわからない。

 でも答えてくれたことが嬉しく、カイをなでた。




 

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