7話:火をつける

 眼鏡を外して汗を拭く。

 あついな、汗が滝の如くあふれ出てくる。

 眼鏡を戻して、空を見上げる。

 今日は雲一つない晴天、日差しが強い。けど、良かった。予定通りに川浪かわなみ花火大会ができそうだ。

星空そら!こっちの方を手伝ってくれ」

「はい!わかりました」

 先輩の山口さんからの呼び出しだ。今年はほんとに忙しい。アルバイトで来ている紅音あかねさんもさっきからいろんなところに引っ張りだこだ。会話する暇すらない。去年の約束のことで少し話をしたいんだけどな。

 結局、紅音さんと話ができたのはお昼の小休憩のときだった。紅音さんは去年と同じで玉鍵たまかぎ煙火店のTシャツを着て、動きやすい服装だった。

「紅音さん、お疲れ様です。これ、差し入れのお茶と焼きそばです。」

「ありがとうございます!あっ、これは前回と同じ店の焼きそばですね。ずうっと食べかったんです」

「良かったです」

「今日は本当に忙しいですね」

「はい、アルバイトに来る予定だった何人かがこの暑さでやられてしまったみたいで。紅音さんは大丈夫ですか?」

「ちゃんと対策してるんで大丈夫ですけど、さすがに今日の暑さは参っちゃいますね」

「えぇ、気を付けましょう。あとで、冷たい飲み物を差し入れします」

「ありがとうございます!楽しみにしてます」

「……そういえば紅音さん、去年の約束覚えていますか?」

「はい、覚えてますよ。私は星空さんが今回はちゃんと覚えていて嬉しいです」

 紅音さんは少し意地悪な笑顔を見せた。

「あー、あの時はほんとにすいませんでした」

「いえいえ、たしか今年こそ綺麗な花火を見せてくれる約束でしたね」

「はい、僕の花火は8時頃のスターマインの次です。一発目に僕の花火が上がります」

「わかりました、楽しみにしてますね」

「じゃあ、食べますか」

「はい!」

 二人で小さく "いただきます" と言って食べ始める。日中の作業のせいか、紅音さんの隣にいるせいかいつもの数倍、焼きそばがおいしく感じられた。箸が止まらない。

 もう少しゆっくりこの時間を味わっていたけど今日は仕事がまだまだ残ってる。焼きそばをせわしなく頬張る。

「じゃあ、僕はそろそろ仕事に戻ります。それじゃまた後で」

「はい!またあとで」

 紅音さんと分かれ仕事場に戻る。仕事場には山口さんが先に戻っていた。

「お疲れ様です。調子はどうですか?」

「あぁ、暑くてやってられないよ。ただ、この頑張りがあるからこそ今日の飲み会が光るってもんよ」

「山口さんは相変わらず吞兵衛ですね」

「まぁな、星空の方はどうなんだ?調子は」

「暑いですけど、ちゃんと水分取って対策してますよ」

「体調の方じゃねーよ、鈴木さんとの関係の方だよ。なにか発展はなにのか?」

 いつにも増して山口さんがニヤニヤしている。

「ないですよ、まだ」

「まだ?」

 しまった、隙を見せてしまった。山口さんは攻め入る隙を与えてしまうとまるで数日食事をしてない獣のように食いついてくる。

「別になにもないですよ」

「そうか?」

 これで会話が終わった。山口さんも暑さでやられているのか全然詰めてこなかった。山口さんにははぐらかしたけど、今日は運命の日だ。紅音さんに告白する。火をつけたらもう元通りにはできないけど、僕は覚悟を決めた。


 ヒュードン!

 川浪花火大会がいよいよ始まった。

 出店の匂いが漂い、大勢の人で賑わう。

 去年の花火大会よりも人が多いみたいで、屋台も大盛況だ。

 そんな中、僕は花火会場を走り回っていた。とある屋台の機材トラブルとやらで人混みをかき分け人を呼び、機材を運ぶ。

「はぁはぁ、急がないと」

 トラブルに継ぐトラブルで落ち着いて花火をみることができない。約束の時間に間に合うだろうか。いや絶対に間に合わせてみせる!

「ありがとうね、星空くん」

「いえいえ、困ったときはお互いさまですから」

「そうそう、親方さんは元気にしてる?寝込んだって聞いたけど」

「ただの夏風邪でしたよ。今はもうすっかり良くなって今日も家族連れで花火大会に来てますよ」

「そうなの?でも心配ねぇ、ほら私ももう歳だから……」

 トラブルを解決させたからすぐに戻りたいけどりんご飴のおばちゃんは話が長い。どんどん、話題が出てきて途切れることがない。おばちゃんが少し目を背けている間に腕時計を見る。もう時間がない。

「おばちゃん、ごめん。そろそろ行かなきゃ」

「そう?あっ、そうだ。これお礼にどうぞ」

 おばちゃんはりんご飴をいくつかくれた。つやつやでとてもいい匂いだ。

「あ、ありがとう!親方の家族にも配りますね。じゃあ、これで」

 りんご飴を持って走り出す。花火大会のお客さんにぶつからないように細心の注意を払う。しばらく走り続けると、ようやく玉鍵煙火店のスペースに着いた。さっそく、親方の孫たちにりんご飴を配る。

「あー、星空お兄ちゃんだ」

「はい、これりんご飴のおばちゃんから貰ったりんご飴だよ。あとで会ったらちゃんとお礼を言うんだよー」

「ありがとう!」

「わぁ、おいしそー」

 ふと周りを見渡すと紅音さんがいない。飲み会を待てずに缶ビールを開けてる山口さんに聞いてみる。

「山口さん、あの紅音さんは?」

「鈴木さん?そういえば、花火は思い出の場所で見たいって言ってどっか行っちまったぞ」

 思い出の場所?そうか、あの場所か。

「わかりました。ありがとうございます!」

 子供達から離れようとする。

「ねぇねぇ、星空お兄ちゃん。この剣見てー」

「お返しにわたあめあげるー」

 ちょっとすぐには離れずらい。すると山口さんが察したのか子供を引き受けてくれた。

「おーい、山口兄さんにも見してくれよ」

「いいよー」

 子供達が一斉に山口さんの方の向かう。ありがとうございます!と念を込めて会釈をして走り出す。山口さんもアイコンタクトで励ましてくれてるような気がした。

 走る。走る。駆け上がる。

 去年、二人で花火を見た。思い出の場所に。

 伝えたい。この一年間、くじけそうになっても頑張り続けることができたお礼を。何事にも明るく真剣に取り組むあなたへの好意を。

 スターマインの照明が足元を明るく照らす。どんどんスピードを上げていく。

「はぁはぁ、ついた」

 思い出の場所は間違っていなかった。そこには一人、夜空を見上げる紅音さんがいた。

「おっ、やっと来ましたか。時間的にもうすぐですよ」

 心を落ち着かせ、息を整える。

「楽しみだなー、星空さんの花火」

 続いては……

 アナウンスが次の花火の説明をしてる。時刻は8時。

「紅音さん!」

 走ってきたせいか大きい声がでてしまった。

「はい!」

 紅音さんに緊張が伝わったのか、姿勢を正してこちらを真剣に見つめている。

深呼吸をして、話し出す。

「僕には交際経験がなく、おしゃれなレストランや綺麗なバラの花束を用意するのは苦手だけど」

 ヒュ~~

 花火が上がる。

「あなたに、あなたに花火を送ります。僕は紅音さんが好きです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る