5話:玉貼り
時は流れ、四月。暖かな風が吹く。
俺は山口、ここ
「おはようございます」
「おっ、おはよう」
まるで忍びのように物音一つ立てず近づき挨拶をしてきたのは今年で四年目の俺の後輩、田中
世間は春。あいつらは春。俺は冬。
「何ぼーっとしてるんですか。親方に怒られますよ」
「へいへい」
仕事まで抜かれたら俺の立場がなくなってしまう。急いで作業に戻るが一度切れた集中は戻ってこない。そうだ、先輩としてあいつらがどこまで進んだか聞いてみよう。
「星空。そういえば最近はあのアルバイトの子とは会ってるのか?」
わざとらしく、名前を伏せて聞いてみた。
「紅音さんですか?よく喫茶店で会ってますよ」
花火づくりからは目を離さず、素っ気ない態度で星空は答えた。
ふーん、"紅音さん"ね。いつの間にか名前呼びになってやがる。
「へぇー、仲良くやってるんだ。いいことだ。」
返答はなし。あいつから会話のボールが飛んでくることはほとんどない。だからこの対応は俺にとっては通常運転だ。もう少し踏み込んでみよう。
「……もしかして、付き合ってたりする?」
プログラムを組まれたロボットのように動き続ける星空が一瞬動きを止めた。その後、何事もなかったかのようにまた仕事に戻り答えた。
「いえ。まだです」
"まだ" ね。ちゃんと、星空にはその気があるってことかな。
「じゃあ、今は付き合う前の一番楽しい時間ってやつか?」
俺はそんな時間を味わったことないけど。
「別にそんなじゃありませんけど」
「ただ、あんまぬるま湯状態が長すぎるのは良くないと思うぞ」
「分かっています。ちゃんとケジメを付けるつもりです」
ケジメってヤクザか?いったい何をする気だ?
まぁ、普通に考えれば指詰めではなく告白だろうな。そうだ、人生順調そうな後輩に少し意地悪をしてみようか。
「告白するならちゃんとムードのある雰囲気を用意するんだぞ。俺ならそうだな… 夜景の見える綺麗なレストランに誘って食後にバラの花束とプレゼントを渡して告白!かな。ちょっとキザかもしれないが男ならそれぐらいしないとな!」
「はぁ、そうですか」
星空はダルそうに相づちをうつ。さすがにプレッシャーを与えすぎたかな。
「そういう山口さんはどうなんですか?浮ついた話はないんですか?」
「さぁ!仕事をしよう!今日も元気よく!」
「うるせぇぞ!山口!」
親方の𠮟責で、会話が終わった。
星空、なかなか切れ味がある返しじゃないか……。
そういえば、星空の意中の相手、鈴木さんはどう考えているのかな?今度の休日に喫茶店に行ってみるか。とりあえず、今は集中して仕事をしよう……
カランカラン
休日、喫茶店 "乱歩" に来た。コーヒーのいい香りと貸し出し無料の本が人気なお店だ。定期的に通い続けて早一年、もはや常連客と言っても過言ではないだろう。今日は鈴木さんはシフトに入っているのかな?
「いらっしゃいませ!」
元気な挨拶が聞こえてきた。鈴木さんがシフトに入っているようだ。
「お久しぶりです!山口さん。ご注文はお決まりですか?」
「久しぶりです。じゃあ、ブレンドコーヒーで」
「はい、少々お待ちください」
さぁどうやって星空のこと聞こうか。でもせっかく来たんだから何か本を借りようかな。そうだな……。よし!"シャーロック・ホームズの事件簿"に決めた。とりあえずこれでも読みながら考えるか。席に着き、本を開く。一ページ、また一ページ開いていく。しばらく進めてコーヒーを飲む、またしばらく進めてコーヒーを飲む。
……時計を見る。もうこんな時間だ。やばっ、つい本に集中しすぎて本題を忘れていた。長居は良くないだろうし、お会計をしよう。
「250円でございます」
「はい、お願いします。ん?レジのところの写真を変えたんですか?」
「はい!そうなんです。実は先週、星空さんと写真展に行ったときのお土産です」
「えっ、星空と⁉」
以外な収穫。あいつはそんなこと一言もなかったぞ。
「私から誘ったんです。写真展の後に喫茶店に寄ってお茶をして楽しかったですよ」
鈴木さん、いつもより声のトーンが高い。脈はあるかもな。
「いいですね。デートってやつですか?」
「そう...だといいんですけどね」
少し不満げな様子だ。
「何かあったんですか?」
「んー。どちらかというと何もなかった感じです。星空さんがいつも通り過ぎて……」
「なるほど、まぁあいつは顔には出にくいタイプだからな」
って、鈴木さんも気になってるな。
「ありがとうございました!」
カランカラン
ふーん、両想いか。って何やってんだろ俺。
早く帰ろっと。
あーあ、俺にも春が来ないかなー
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