4話:線香花火
「田中さん!あの手持ち花火しませんか?」
「えぇ、はい。いいですね!僕たちの花火大会ですね」
「はい!私たちの花火大会です」
落ち込んでいる僕を気遣ってくれているのか?
やさしい人だな……
レジで手持ち花火セットとチャッカマンを購入して、コンビニを出る。
どこか花火ができそうな所を鈴木さんがスマホで探してくれた。一旦、
って、何考えているんだ僕は。まったく、山口さんが変ないじりをしてきたせいだ。
心の中でどぎまぎしてたら、いつの間にか目的地についた。
うん、いい場所だな。ちゃんと水飲み場もあるし、広さも十分だ。
「さぁ、やりますか」
手持ち花火の包装を開けると、中には色とりどりの花火が詰まっていた。何種類かのススキ花火やスパーク花火、そして線香花火。まずは、一番シンプルなススキ花火から始めた。カチッ、花火に火をつける。ススキ花火に火花が散り始めると、まるで星が降るような光景が広がる。鈴木さんはピンク色の可愛らしいスパーク花火を選んできた。
「田中さん!火もらっていいですか?」
「はい、どうぞ」
鈴木さんと火を分け合う。花火の火を中心に二人が近づく。
スパーク花火に火が移るとそれは周囲を明るく照らし始めた。
「綺麗ですね。手持ち花火なんて小学生ぶりです。」
「僕もです。普段から花火のことばっかり考えているのに身近な手持ち花火は久しぶりです」
ジュッ、手持ち花火の火が弱まり、バケツに入れて処理する。
二人で話し合いながら次の手持ち花火を決める。鈴木さんはまた、可愛らしい赤色の花火を選んでいた。些細なことだけど鈴木さんの好みが知れた気がした。
カチッ、再び花火に火をつけ分け合う。火花が散り始め、無数の輝きが広がり始める。鮮やかな輝きをぼうっと見てると今日の失敗がフラッシュバックする。煙火店に就職して三年、初めて一人で作成した花火だったが不出来な花火だった。切り替えなきゃとは思うけど、どうしても形が崩れた花火が頭によぎる。
「…さん、…田中さん!次は何にしますか?」
はっとすると、火花の勢いが消え鈴木さんは次の花火を選んでいた。
「ええっと、じゃあこの派手そうなやつにしますか!」
頭の中のモヤモヤを打ち消すために柄にもなくテンションを上げる。鈴木さんはそんな僕を見て複雑そうな顔になった。
「あの…、やっぱり迷惑ではありませんでしたか?急に花火にさそってしまって」
「い、いえ。そんなことはありませんよ。ただ、今日の花火の事を思い出してしまって」
「すいません、なんとか元気を取り戻してほしくて誘ってみたんですが逆効果になってしまいました」
「いえ、その心遣い、とても嬉しかったです。それに誘ってくれたおかげでやっぱり花火が好きだなと感じました。綺麗な花火を打ち上げる!入社当時に掲げた目標を胸に明日からまた頑張ろうという気になりました。鈴木さんのおかげです」
「そうですか、少しでもお役に立てて良かったです」
また、花火の火が弱まり、新しい花火に火をつける。残りの花火が少なくなってきた。再び花火の火を移そうとすると鈴木さんがのぞき込んでニコッと笑った。
「でも…、すごいです。田中さんは。私、田中さんを尊敬しちゃいます」
「尊敬?僕の事を?」
「はい。何か一つの目標にストイックに向き合おうその姿勢、素晴らしいと思います」
「そんなことはじめて言われました。ありがとうございます。」
こんな真正面から褒められることもそう多くないので照れてしまう。
「それに比べて、私は全然だめです。いいとこなしです」
「そんなことないですよ!鈴木さんの何事にも一生懸命に取り組むところとか素敵だと思います」
「あ、ありがとうございます。少し照れますね。でも私には田中さんみたいに何かに熱中していることがないんです。つまり、やりたいことが分からないんですよ」
「やりたいこと?」
「はい、三年生になりインターンの準備とかしてるんですけど、すべてが中途半端というか、いまいち自分がやりたいことがはっきりしないんです。何事にも一生懸命なのは何か熱中できるものを探してるせいかもしれません」
「そうなんですか…。実は、僕も昔は似たような境遇でした」
「田中さんも?」
「はい、高校生三年生の頃です。周りは受験勉強一色で、僕も将来のために明確な目標がないままただひたすら勉強をしていました。そんな状況で勉強してたらある時、精神的に疲れてしまったんです。」
「そんなことがあったんですか」
「はい、そのとき一度立ち止まって考えてみたんです。自分がほんとにやりたいことを。そこで子供の頃に好きだった花火を思い出したんです」
「へぇー、山田さんにそんなことが…」
「だから、鈴木さんはそのままでいいと思いますよ。そのうち、自分がやりたいことが見つかるはずですから。その時にそれを受け入れればいいと思います」
「ありがとうございます。なんだか、少し気が楽になりました。焦らずゆっくり考えてみます」
「はい、お互いに頑張りましょう」
「はい!」
話に夢中で花火が終わったことに気が付かなかった。いよいよ次が最後の花火だった、楽しい時間はあっという間だ。線香花火の封を開け、鈴木さんに渡す。
「そうだ!田中さん、せっかくだから勝負しませんか?」
「勝負?」
「はい、先に線香花火が落ちた方が負けで、勝った方の言うことを一つ聞く。どうですか?」
鈴木さんはいたずらっ子のような顔を向けてくる。
「いいですね。やりましょう」
二人で線香花火を囲むようにしゃがみ込む。せーのっで二つの線香花火に火をつける。燃え盛る火花は、美しく咲き誇る牡丹のようだ。鈴木さんは真剣な表情で線香花火を見つめていた。僕はなるべく線香花火が続くように祈った。勝負に勝つために。そして、この時間が少しでも長く続くために。そんな淡い期待を叶わず、僕の線香花火が先に落ちってしまった。
「やった!私の勝ちですね」
よっぽど嬉しかったのか鈴木さんは小さくガッツポーズをした。その小さな動きで鈴木さんの線香花火が消えてしまった。
「あっ、私のも消えちゃいました。でも私の勝ちですね」
「はい、負けました。負けたら何か一つ言うことを聞く約束でしたよね。何でも聞きますよ、僕のできることなら」
「なんでもですか?んー、そうだなー」
いったい、何をさせる気なんだろう。
「そうだ!田中さんには来年こそ私に綺麗な花火を見せてください!」
鈴木さんは真剣なまなざしを向けていた。とてもやさしい人だ。僕もちゃんと向き合わないと。背筋を伸ばし、姿勢をよくして答える。
「はい、わかりました。約束は守ります。来年こそは綺麗な花火を打ち上げます!」
「楽しみにしていますね」
その後、最後の花火を処理し僕はバケツを、鈴木さんはゴミ袋を持ちそれぞれ分かれていった。
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