3話:盆が良くない
「実はそこの雑木林を抜けていくと子供の頃によく行ったいいスポットがあるんですよ。一緒に行きませんか?」
「えっ、はい!」
咄嗟に返事をしてしまった。
えーっと? もしかして私誘われている?
ど、ど、どうしよう。
そんな私の動揺など気にしない様子で田中さんはどんどん雑木林を進んでいく。
雑木林はしばらく手入れされてないようで、枝や葉っぱをかき分けてなんとか獣道を進んでいく。
田中さんは時折、「ここ段差ありますよ」や「もう少しで到着です」と声をかけてくれたり、私に枝がぶつからないように枝を支えてくれたりしてくれた。
田中さんの真っ直ぐな優しさが先ほどまでの淡い期待を静かに消していく。
でも… 少し残念な私がいる。
木の隙間から入る花火の明かりを頼りに二人は歩き続ける。
田中さんの花火に間に合うように早歩きで向かう。
少し開けた所に出た。
「着きましたよ。鈴木さん。ここなら花火がバッチリ見えます」
どうやらハイキングコースの経過地点のようで簡易的な柵とベンチが設けられている。
時間も相まってなんだかここは世界から閉ざされた場所に思えた。
柵に手を掛け少し乗り出す形で景色を見渡す。
「わぁ、綺麗…」
川を挟んでいるため、花火が打ち上がるたびに水面に鮮やかな色彩が反射し、波紋が広がる。空高く上がる光の筋が水面に映り込み、まるで二重の花火が夜空を彩るような幻想的な景色が広がっていた。
「そろそろ… です。時間的にはこの花火の次です!」
いつも冷静な田中さんが興奮気味だ。肩に力が入っている。
二人とも花火に集中する。周りは真っ暗で虫の音のみが響き渡る。
ヒュ~~
花火があがった!
光の筋が最高到達点に達し、静止する。
ドーン!花火が開く。
少しいびつな形だけど鮮やかな黄色が放射状に飛び散る素敵な花火だった。
「すごいです!こんな綺麗な花火が作れるなんて」
田中さんの方を振り返ると不満そうな顔をしている。
「どうしたんですか?」
申し訳なさそうな顔をしていた。
「すいません、ここまで来てもらったのに。盆が良くない不出来な花火でした。」
「盆が良くない?」
「えぇ、大きさが十分ではなかったりいびつな形ではなかったりするものを盆が良くないと表現するんです」
「へぇーそんな表現があるんですね」
「はい、他にも玉の座りが良いや消え口がそろうなど……」
田中さんは良い花火の条件を話しながらどこか遠くを見ているようだった。
素人目には十分に綺麗な花火だったがプロの田中さんには満足のいく結果ではなかったみたい。
その後、二人はベンチに腰を据えて花火を見ることにした。
田中さんは真剣な眼差しで花火を見ていた。
私は邪魔をしないようにただ静かにとなりに座る。
花火に対して真摯に向き合う田中さんの姿が夜空が照らされるたびに表れる。
素敵な人だな…
「以上で今大会のプログラムは終了しました。お帰りの際は…」
終了のアナウンスが鳴り響き、私たちは
片付けの最中、山口さんは田中さんに二人で何をしてたんだよーや好きなの?好きなの?とダル絡みをしていた。
まるで男子高校生だな。ちなみに田中さんは無視を決め込んでいた。
作業は順調に進み、気づけば帰り支度をしていた。
私も帰りの支度をしていると、一通りダル絡みを終えた山口さんが近づいてきた。
「お疲れ様でした、鈴木さん。そういえば鈴木さんは今日の飲み会はくる?すぐ近くの居酒屋でやるんだけど、どうする?」
んー、どうしよう。知り合いはそんなにいないし、あんまり行きたくないな。でも断りずらいな。
「
えーー!田中さん行かないんだ… でも断りやすくなったな
「じゃあ、私も遠慮しときます」
「了解。じゃあ、今日はお疲れ様でした!」
「お疲れ様です!」
山口さんは話し終えると、飲み会グループを連れてぞろぞろと居酒屋に向かっていた。飲み会は強制参加だと思っていたけど、そうでもないみたい。飲み会グループとは別に帰宅する人たちも結構いて驚いた。強制じゃないんだ……
あっ、田中さんも帰るみたい。
「田中さん!お疲れ様でした。駅までご一緒しても?」
「はい」
花火大会の帰りの人たちに紛れて二人で歩き出す。
「田中さんは飲み会に参加しなかったんですね」
「えぇ、今日は早く帰って明日からまた花火づくりです」
「おぉ、ストイックですね!さすがです」
言動はとても前向きなものだったけど、ふいに見せる顔は無念の表情を浮かべていた。元気づけてあげたいな……
「鈴木さん、のどが渇いたのでちょっとコンビニに寄っていいですか?」
「えっ、はい」
考え事をしていてすこし反応が遅れてしまった。
コンビニに入る。冷房が利いていて気持ちいい。田中さんが飲み物を選んでいる間、私は店内を物色する。最近のコンビニはなんでもあるなー。弁当から日用品、Tシャツまで販売している。ん?手持ち花火?最近はそんなのも売っているんだ。
買い物を済ませて、田中さんが戻ってきた。
「鈴木さん、お待たせしました」
「田中さん!あの手持ち花火しませんか?」
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