2話:玉を込める
ピッピッ ピッピッ
目覚まし時計が鳴る。
「ううん…」
手探りで目覚まし時計を探す。
田中
たとえ休日だとしても毎朝7時には起きて、ルーティンの家事を始める。
洗濯機を起動し、掃除機をかけ隅々まで丁寧に取り掛かる。
星空は貴重な時間を家事に宛てることができるこの時間が好きだった。
ピー ピー
洗濯物を取りこみ、ベランダに向かう。
ガラガラ
今日は雲一つない晴天だ。ニュースでは熱中症に気を付けるように言われていたな。
意気揚々と洗濯物を干す。
ポッポッピン!
スマホの通知音がなる。
"たまには外に出よう" か。
山口さんは休日に引きこもりがちの自分を心配して誘ってくることが良くあった。
*
「おはようございます」
山口さんと駅前で集合する。
身長が高くていつも同じ黒のリュックサック。すぐに見つけられた。
この炎天下の中、涼しそうな顔をしている。
「おはよう。悪いね、休日に付き合わせてしまって」
山口さんがスマホで地図を確認し、歩き出す。
「いえ。でも今日はどうして?」
「実は、喫茶店に一緒に行ってほしいんだ。一人では行きづらくてね。すぐ近くの "乱歩"という普通の喫茶店だよ。」
「喫茶店?いいですね」
てっきり、山口さんのことだからメイド喫茶やアニメのコラボカフェかと思っていた。
二人は歩き出す。
山口さんは親しみやすい先輩で目的地に向かう際、会話はほとんどないが不思議と気まずくはない。
「ここのお店だよ」
どうやらお店に着いたようだ。
住宅街に溶け込むような外観で、隠れ家的なお店だった。
「いらっしゃませ」
紳士的な魅力を感じさせる店主に案内され席に着く。
店内は落ち着いた雰囲気で決して新しい建物ではないが、よく手入れがされている感じだ。
そんな店内で異質なのは本棚の数だ。
そして、すべてがミステリー小説だと言いうのだから驚きだ。
山口さんは注文するなり、本棚を物色しに行った。
なるほど、それが目的か。
「お待たせいたしました」
注文した飲み物、モンブランをいただく。
山口さんが戻ってきた。どうやら、読む本を決めたらしい。
「何を読むんですか?」
「ん? "緋色の研究" だよ。久しぶりに読んでみようと思って」
"緋色の研究"? 長編かぁ…
今日は長くなりそうだ。
まぁ、ひとまずはモンブランを楽しもう。
「いらっしゃませー!」
突然の大声で驚いた。
女性の店員が働きだしたようだ。
明るい髪色のショートで、元気よく働いている。
そういえば、うちの煙火店は来年は新しい人を雇うらしいな・・
親方さんが言うには新卒の女性らしい。
緊張するな…
山口さんも女性は苦手そうだし、ちゃんとコミュニケーション取れるかな?
つい不安でいろいろ考え込んでしまう。
ふと、我に返ると女性の店員がこちらを見ていて目が合ってしまった。
気まずい…
笑顔で対応してくれたのでこちらも笑顔で軽く会釈する。
パタン!本を閉じる音がする。
山口さんが読み終えたようだ。
「星空。そろそろ帰るか」
「はい」
レジに向かう。
先ほど目があった店員さんが対応してくれた。
「アイスコーヒー 1点、カフェオレ 1点、モンブラン 1点で900円です」
「ここは僕が払います」
山口さんが財布を取り出す。
一年だけ先輩なのに山口さんはいつも奢ってくれる。
「ありがとうございます。」
深々とお礼をする。
店員さんが慣れた手つきで会計を済ませる。
「レシートでございます」
「はい。あっ!そうだ。本題を忘れていた」
本題?ミステリー本が目当てではないのか。
「店主には連絡してあるんですけど、これの掲載お願いします」
そういうと、山口さんはバックからチラシを取り出した。
「これは今度の花火大会のチラシです」
なるほど、チラシの配布が目的か。
そういえば、親方にチラシを配るように言われていたな。
山口さんは詳細を説明した。
「ありがとうございました!」
二人はお店を出る。
「チラシの配布で来たんですね」
「まぁ、それも理由の一つだよ。家に引きこもるよりもいいだろ?たまにはリフレッシュも大切だぞ」
「はい、今日はいいリフレッシュになりました」
「おう。じゃあ、俺は商店街の方に寄ってから帰るから」
「チラシの配布ですか?僕も手伝いますよ」
「いいよ。俺の仕事だから。ただ、来年はお前の番らしいからよろしくな」
「はい!今日はありがとうございました」
山口さんと分かれて帰路に就く。
*
休日が終わり、今日は出勤日だ。
いつものルーティンを済ませ職場に向かう。
玉鍵煙火店に着くと誰か入り口のあたりでウロウロしていた。
どこかで見覚えがあるな…
そうだ、喫茶店の店員さんだ。何かうちに用事かな。
「あれ、喫茶店の店員さん?」
勇気を出して喋りかけてみる。
「あっ、こんにちは。今日はアルバイトの面接に来ました。鈴木
「そうなんですね。僕は田中
お辞儀をする。
なんだ、アルバイトの面接か。
ここ玉鍵煙火店では花火大会の際、アルバイトを雇う。
テントの設営などの雑用をお願いするのだ。
「じゃあ、親方のところに案内しますね」
「ありがとうございます」
一緒に歩きだす。
「鈴木さんは大学生ですか?」
「はい、大学三年生です。田中さんはいつからこの玉鍵煙火店にいるんですか?」
「僕は高校卒業後ここに就職しました。今年で3年目です。」
「じゃあ、同い年なんですね。」
「はい、今年で21歳です。」
気まずい沈黙が流れる。
なんとか、話を続けなければ。
頭をフル回転させる。
大学のことを掘り下げる?どうしてこのバイトに?
どうしよう…
するといいところに親方が通りかかった。
「あっ!親方。アルバイト志望の鈴木さんです」
親方に鈴木さんを紹介する。
「おおう。じゃあ、客室に案内してくれ」
鈴木さんを客室に案内し、作業着に着替え仕事に取り掛かる。
星と呼ばれるを火薬を詰める玉込めを行う。
玉鍵煙火店に就職して三年目、ようやく自分が作成した花火が打ち上げられる。
いつも以上に気合いを入れる。
「おつかれ、気合い入っているなー」
山口さんも出勤してきたようだ。
「お疲れ様です」
「この前は喫茶店に付き合ってくれてありがとう」
「いえ。そういえばその喫茶店の店員さんがアルバイトの面接に来ていましたよ」
「へぇー、チラシが役立ったな。採用されるかな?」
「採用したよ」
急に親方が会話に入り込んできた。
「親方!」
「ちゃんと、自己紹介ができるしやる気もありそうだったから採用したよ。星空と同い年らしいから当日は説明とかよろしくな」
「えっ、はい。わかりました」
山口さんがニヤニヤしている。
「よかったな、星空。貴重な機会だぞ。女性と喋るなんて」
「よけいなお世話ですよ」
山口さんはどうなんですか?と言いたい気持ちを抑え、仕事に戻る。
*
今日は
流行り病の影響で数年ぶりの開催である。
現地には玉鍵煙火店でアルバイトの鈴木さんと集合して向かう。親方や山口さんは現地集合らしい。
川浪花火大会は最新の音楽や派手な演出はなく古典的な伝統的な花火大会で地域の人から県外の人まで大勢の人が訪れる。
堤防の川側にブルシートが引かれ、座りながら花火を見ることができる。
そして、住宅地側には出店の列ができる。定番の焼きそば、わたあめから冷やしパインなどさまざまな出店が並ぶ。
打ち上げ時はコンピュータ制御で行うため、うちの玉鍵煙火店はあまり関わらない。他のコンピュータ制御ができる煙火店に任せてしまっている。ただ、花火を運んだりそれぞれ煙火店用のテント設営を手伝ったりする。
「あっ、おはようございます!」
「おはようございます」
鈴木さんと合流する。
ちゃんと動きやすい服装で…
「あれ、そのTシャツ」
「はい!親方さんに貰いました。玉鍵煙火店のTシャツ。田中さんとお揃いですね」
眩しい笑顔が向けられる。
照れて顔が緩んでしまう。女性免疫がないから重症だ。
「そうですね。玉鍵煙火店の一員って感じです」
「はい!」
「では会場に向かいましょうか」
二人は駅に向かって歩き出す。
会場で親方や他の従業員たちと合流する。
「結構な人数がいますね。全員、玉鍵煙火店の人ですか」
「玉鍵煙火店の人もいますが他の煙火店の人が多いですね。毎年、煙火店ごとにテント設営するんですが個々ではなく全体で行います」
カッカッカッ
お気に入りの下駄を鳴らしながら親方が前にでる。
「みんなー。注目!」
賑やかな場が静まる。親方の貫禄だろうか。
「えー。久しぶりの川浪花火大会です。みんなで尽力して参りましょう!そして、最後にはうまい酒を飲もう」
うおぉー! 雄叫びがあがる。
親方いわく花火大会後は大規模な飲み会をするのが恒例らしい。
最後の一言で皆目が変わる。
「さぁ、始めよう!」
皆が一斉に動き出す。
「ええっと、私はどうすれば?」
つい、ぼーっとしてしまった。
お酒は怖い。
「えっと、まずはテントを運びましょう」
「はい!」
鈴木さんはいつも元気に返事してくれるな…
着々と準備は進む。
鈴木さんは何事にも一生懸命に取り組んでいた。
休憩がやたらと多い山口さんと違って。
「差し入れでーす」
出店の人たちが差し入れを持ってきてくれたみたいだ。
鈴木さんが受け取りに行ってくれるようだ。
「田中さん、どっちにします? 焼きそばかたこ焼きか」
「んー。焼きそばでお願いします」
「わかりました」
持ってきた簡易ベンチに腰掛ける。
「おまたせしました!差し入れの焼きそばとお茶です。となりいいですか?」
「ありがとうございます。どうぞ」
ベンチのスペースを空ける。
「よいしょっと。私も焼きそばにしちゃいました」
「やっぱ、屋台の定番は焼きそばですよね」
「はい!」
鈴木さんは小さく "いただきます" と言ってから食べ始めた。
「そういえば、田中さんの花火は上がるんですか」
「はい、実は今年が初めてです」
「えー!そうなんですか!デビューですね」
「デビュー?確かにそうかも」
「楽しみにしてますね。田中さんの花火」
「はい。ぜひ!」
無事に準備が終わり。いよいよ花火大会が始まる。
会場は老若男女、大勢の人で賑わっている。
数年ぶりの開催で例年以上に人が来ているみたいだ。
ドーン!
一発目の花火があがった。
テントを出て、花火を見に行く。
久しぶりの花火。綺麗だ。
鮮やかな赤色の花火が夜空を照らす。
「こんにちはー!」
ん?子供?
家族連れが来た。
「あの、ここは関係者のみで…」
「大丈夫だ、星空。親方の家族だ。」
山口さんが案内する。
一気に賑やかになる。
ドーン!ドドーン!
花火が次々とあがる
「うぉー!スゲー」
子供達も楽しそうだ。
大人たちは出店の牛タンやいか焼きを肴によろしくやっている。
いいなぁ
何か買いに行こうかな
「すいません、僕も何か買ってきますね」
一言残して出店に向かう。
「屋台に行くんですか?私も付いていっていいですか。ちょっとここに一人は気まずくて」
確かに、僕ですら完全にアウェーだ。アルバイトの鈴木さんは居づらいだろう。
「はい、行きましょう」
二人でごった返してる人混みを切り抜け、出店に向かう。
それにしても人が多いな。
「きゃっ」
何かのつまづいて鈴木さんが転びそうになる。
「おっと、あぶない」
心の距離以上に体が近づく
「あっ、ありがとうございます」
目的の牛タンやりんご飴を購入し引き返す
「田中さんの花火って何時頃なんですか?」
腕時計に目を向ける。
「やばい、5分後です」
「えっ、どうします?この人混みだと10分以上掛かりますよよ」
んー。どうしようか。ここだと、人が多すぎて少し見にくいな。
ふと、昔のことを思い出す。そういえば、友達と見つけたあの場所があるな。
誘ってみるか?女性を誘うのは緊張するが今は花火を楽しんでもらいたい気持ちが強かった。
勇気を振り絞る。
「実はそこの雑木林を抜けていくと子供の頃によく行ったいいスポットがあるんですよ。一緒に行きませんか?」
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