あなたに花火を

桜家 創

1話:狼煙があがる

 

 ミーンミーン 蝉の鳴き声が響き渡る。まだ、7月が始まったばかりなのにこの暑さ。耐えられない。


 夏のインターン、エントリーシート講座。まだ、大学3年生が始まったばかりなのに就活。耐えられない。


 私が通っている私立大学の図書館に到着した。

 冷房が効いていて心地良い。一人用に区分けされている席に着いて文房具を取り出す。

 大学で配布している自己分析シートに目を落とす。

 まずは名前を記入する。鈴木 紅音あかね

 次は、自己PRか。

 "何か学生時代に熱中したことを記入してください" か。

 そんなのない。私はただ普通に過ごしただけ。

 写真サークルで楽しく過ごし、大学生にしては真面目に単位を取ってきただけだ。

 んー、考えたところでいい自己PRは浮かんでこない。あたりまえだ。

 とりあえずバイトに行こう。



 私は荷物をまとめて大学図書館をでる。

 トートバッグを肩にかけ足早にアルバイト先に向かう。私は喫茶店 "乱歩" でアルバイトしている。

 こじんまりした個人経営の喫茶店だ。

 店主が入れた品の良い香りのコーヒーと貸し出しもできるミステリー本が人気な店だ。


「いらっしゃませー!」

 さぁ、バイトの時間だ。と、気合を入れるがお客さんは三人。常連のおじさんと男性の二人組だ。

 忙しくはなさそう。

 とりあえずストローやポーションの補充から始めようかな。

 レジ周りの整頓をしながらふとお店のフロアを眺める。夏の強い日差しがお店の中ではいい照明になっている。

 常連のおじさんはいつものカウンター席にいつものブレンドコーヒー。うん、いつも通り。

 二人組の男性は見たことないな。かなり身長が高く細身でバックにアニメ?のグッズが付けられている男性と爽やかなシャツに眼鏡をかけた男性の二人組だ。眼鏡の男性はかなり若そうだ。私くらいかな。

 若いお客さんは珍しいのでつい観察してしまう。

 身長が高い男性はアイスコーヒーにお店の貸し出しミステリーを読んでいる。あれはアーサー・コナン・ドイルの "緋色の研究" かな。かなりのスピードで読み進めている。

 もう一人の眼鏡の男性は何もしていない。

 考え事をしているのかただやる事がないのかスマホを見るわけでもなくぼーっとしている。

 机の上には食べ終えたケーキの皿と少し残っているカフェオレがある。

 時々、読書中の男性に話しかけているが

 「山口さん、いつ帰りますか?」

 「もう少し」

 すぐに会話が終わりまたぼーっとする。その繰り返しだ。

 どうやら、高身長の方は山口さんというらしい。


 すると、眼鏡の男性と目が合う。

 やばっ!まじまじと見過ぎた。反射で微笑みかける。

 眼鏡の男性は気まずそうに笑い返してくれた。

 眼鏡で見えにくかったが、整った容姿であった。

 ついあたふたしてしまう。


 パタン!本を閉じる音がする。

 どうやら、山口さんが読み終えたようだ。

 二人は席を立つ。


「アイスコーヒー 1点、カフェオレ 1点、モンブラン 1点で900円です」

「ここは僕が払います」

 山口さんが支払うようだ。

「ありがとうございます」

 眼鏡の男性が丁寧にお辞儀をする。


「レシートでございます」

「はい。あっ!そうだ。本題を忘れていた」

 本題?なんだろう。

「店主には連絡してあるんですけど、これの掲載お願いします」

 そういうと、山口さんはバックからチラシを取り出した。

「これは今度の花火大会のチラシです」

「花火大会?」

「はい、ここの近くで行われる川浪かわなみ花火大会です。そのチラシを持ってきました」

「ここの近くで花火大会があるなんて知りませんでした」

「最近は流行り病の影響で開催されなかったんですよ。数年ぶりです」

「なるほど、わかりました。お店に掲載しておきますね」

「ありがとうございます」


 へぇーここの地域で花火大会があるなんて知らなかった。

 考えてみれば花火大会なんてしばらく行ってないな。

 小学生ぶりかな?

 久しぶりに見てみたいな。


「ありがとうございました!」

 二人を見送る。


 ふと、チラシに目を落とす。


 川浪花火大会。7/28開催。

 色鮮やかな花火を背景にプログラムが記述されている

 玉鍵たまかぎ煙火店 設営アルバイト募集中 定員1名

 会場でのテント設営などのお手伝いをお願いします。

 興味がある方はこちらにお電話を 110-23…


 アルバイト?

 スマホの通帳アプリを開いてみる。

 んー、花火を見るだけじゃなくアルバイトもしようかな。

 どうやら最近買った、カメラのレンズが貯金に大ダメージを与えていたようだ。

 早速、玉鍵煙火店に電話して面接の予定を取り付けた。



 面接の日だ。気合いを入れて家を出る。

 スマホの地図を頼り玉鍵煙火店を探す。

 目的地に向かう最中、志望動機などを頭の中で復習する。

 志望動機は…、志望動機は…



 いつの間にか目的地についた。

 でかでかとして看板はなく必要最低限の立て看板。

 予定時刻の15分前についてしまった。少しだけ歩いて時間をつぶそうか考えてると

「あれ、喫茶店の店員さん?」

 喫茶店で見かけた眼鏡の男性が話しかけてくれた。出勤の時間なのかな。

「こんにちは。今日はアルバイトの面接に来ました。鈴木紅音です。」

「そうなんですね。僕は田中 星空そらです。じゃあこれからよろしくお願いします。」

 田中さんは深々とお辞儀をした。

 それにつられて私もお辞儀をする。

「よろしくお願いします!」

 もうアルバイトに決まったかのような対応だった。


「じゃあ、親方のところに案内しますね」

「ありがとうございます」

 一緒に歩きだす。

「鈴木さんは大学生ですか?」

「はい、大学三年生です。田中さんはいつからこの玉鍵煙火店にいるんですか?」

「僕は高校卒業後ここに就職しました。今年で3年目です。」

「じゃあ、同い年なんですね。」

「はい、今年で21歳です。」


 気まずい沈黙が流れる。


「あっ!親方。アルバイト志望の鈴木さんです」

 親方と呼ばれる人に紹介された。

 その人はまさに親方と呼ぶにふさわしい身なりで下駄の音を立てながら現れた。

「おおう。じゃあ、客室に案内してくれ」


 客室に案内される。

 畳だ。椅子に座るのではなく正座をして向き合う。

「ええっと、まずは自己紹介をよろしく」

「はい!鈴木紅音です。大学は…。よろしくお願いします!」

「うん、鈴木さんね。採用!」

「えっ!採用?志望動機とかはいいですか?」

「いいのいいの、目を合わせて自己紹介ができればそれでいい。ガハハハッ」

 親方さんは豪快に笑う。


 せっかく面接対策してきたのに…

 ホッとしたような消化不良のような


 その後、親方さんと軽く会場の打ち合わせを行い帰宅した。 

 帰宅後はわくわくと不安を抱えながら紅音は眠りについた。

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