切札を栞にしたから
紫鳥コウ
切札を栞にしたから
カードゲーム『グローリア』のプレイヤーは《グローリアスト》と呼ばれる。
まだ知名度の低かったこのカードゲームを、一躍有名にした漫画がある。いま思えば、次々に発売される『グローリア』のカードを売るための漫画だった。
主人公の《グローリアスト》はゲームで負けそうになると、新しく発売される予定のカードを使い逆転勝利をする。そして新シリーズが発売されると、
子供たち――そう、『グローリア』は子供向けのカードゲームだ。だから漫画が連載されていたのも、子供向けの雑誌だった。
しかし、この漫画のコミックスを全巻揃えて、《グローリアスト》を名乗りだした、ある「大人」がいた。
名前は、
彼女には、別の研究科に、
ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』を、きりのいいところまで読み終えると、〈オリオンの番人の歌〉を
ここで〈オリオンの番人の歌〉の能力を見ておこう。
・あなたがコントロールしているモンスターがスペルの対象になったとき、相手のコントロールするモンスターを、そのスペルの対象に変える
・〈オリオンの番人の歌〉は、必ず発動される。相手のカードの能力による妨害を受けない
妨害を受けない――なんて素敵なテキストだろう。
いままで、たくさんの「妨害」に苦しめられてきた。「妨害」という言葉が適切でないならば、いくつもの「障害」にぶち当たってきたと言い換えてもいい。
この前の研究発表会では、「そんなものは研究ではない」という「演説」をくらった。
そう、あれは「演説」だった。質問者の教員は質疑応答の時間をたっぷり使って、自分の「研究観」を延々とのべていた。
そんなものは研究ではない――いままでにない切り口の研究だけに、風当たりは強く、他の大学院生と同じような対応を受けられなかった。
それらの例を並べ立てることは、もう必要ないであろう。
なぜなら兎花は、いまや、第一線の研究者として、国内外でひっぱりだこになっているのだから。しかしそれは、また後の話である。
大学院生――特に博士課程ともなると、休んでいる時間なんてない。
自分の信念を貫けば、画期的なパラダイムを起こす研究になるかもしれない。チャレンジャーの兎花に、息つく間などない。
しかし、異端ともいえる研究をしている兎花の味方となってくれるひとは、ほとんどいない。指導教員さえ、見捨てがちになっている。
さて、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの共著である『アンチ・オイディプス』の真ん中あたりに、栞として挟まれているのは、相手からの攻撃を、必ず
このカードは、いくつものバトルに勝利するほどの強さはない。コレクションしたくなるような、稀少なものでもない。
だけど兎花は、このカードの「能力」に、自分の境遇を重ね合わせている。
本を開くと、このカードが出迎えてくれる。
いつか、〈オリオンの番人の歌〉を組みこんだデッキを作ろう。そのために、いまは研究に集中しよう。
その想いは「当然」成就した。兎花を批判していた人々は、いま、どこにいるのか分からない。掌を返してきた人たちもいた。だけど、
兎花もいまや、大学で教鞭を執る教授になった。そして、《グローリアスト》でもある。
今年から、ひとりの大学院生を指導することになった。なんでも、兎花の研究に
みっちりと研究を指導してあげたい。それに、ありったけの応援も送りたい。
大学院は不要だと断じる教員の多い、この有名とはいえない大学にいる自分のもとへ来ることは、相当の覚悟がいることだっただろう。
これから彼女は、むかしの自分のように、たくさんの「妨害」を受けることになるかもしれない。
しかしいまは、兎花こそが〈オリオンの番人の歌〉だ。彼女にふりかかる冷評や冷遇を、撥ねのけてあげなくてはならない。
激務のおかげで雑然とした机の上に積まれた、ソール・クリプキの『ウィトゲンシュタインのパラドックス』と、ミハイル・バフチンの『ドストエフスキーの詩学』のあいだに、歴戦の果てにボロボロになりかけている〈オリオンの番人の歌〉が挟まれている。
今日はとくに、忙しいらしい。
〈了〉
切札を栞にしたから 紫鳥コウ @Smilitary
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