第8話 実弾演習・前編
侯爵様の提案について最初は悩んだが、母さんの後押しもあり、俺は侯爵様の提案に乗り、エミリア様のフォローを目的に魔法学園へ入学する事となった。当然カインやクソ親父らは反発したが、法的な問題も無く、侯爵様の決意も硬いため、2人は何の成果も得られなかった。侯爵様には提案を飲む条件として母さんの保護も追加し承諾してもらっている。俺たちは間もなく、ディバイア領を離れる事になった。
侯爵様が帰路について早数日。その間に俺と母さんはお世話になった人たち、エリクやリンクスたちに挨拶回りをしたり荷造りに勤しんでいた。皆、俺たちが挨拶に行くとディバイア領を離れる事をとても悲しんでいた。
「残念です。アルフレッド様が居てくれれば、魔物との戦いも楽だったのですが」
「悪いなリンクス。これも、俺の選んだ道だ」
リンクスら騎士団の連中は、特に俺が離れる事を悲しんだ。まぁ今まで何度も一緒に戦ってきた仲だからな。
「だが、今まで世話になったんだ。もし何かあれば手紙をくれ。俺当てに手紙が来るかも、ってエルディシア侯爵にはあとで俺から伝えておくから」
「分かりました。しかし、アルフレッド様は学園に入られるのですよね?簡単に手紙で呼び立てるような事をして、大丈夫でしょうか?」
「まぁすぐに駆け付ける事は難しいかもしれないが、何とかするさ。っつっても、流石に本当に困った時、とかにしてほしいが。そう何度も呼ばれるとエミリア様のフォローとかが疎かになっちまうからな」
そう言って俺は苦笑を浮かべた。
「分かりました。ならば、本当にアルフレッド様を頼るような事があれば、お手紙を送らせていただきます」
「あぁ。ま、そんな状況無い事がまず一番なんだがな」
「えぇ」
そうやって俺はリンクスとしばし笑いあっていた。
一方、あのクソ親父らには俺や母さんから言う事など何もない。あっちもあっちで、遠目だろうと俺たちを見つけると恨めしそうに睨みつけてくる始末。侯爵様が釘を刺してくれている、とは言え。俺からしたらいつ逆恨みで夜襲されるか分かったもんじゃなかったぜ。
おかげでここ数日は枕元にUSPと消火器と暗視装置付きヘルメットを置いて休んだんだが、懸念した夜襲などは無かった。
そして数日が経過したある日、侯爵様が護衛の騎士たちと共に2台の馬車で戻って来た。ちなみに、クソ親父からしたら侯爵様が俺たち2人を連れていくのを見ているのは面白くないのか、定例文の挨拶で出迎えると、仕事がありますので、と言って屋敷の奥に引っ込んでいった。
「お待たせしてしまったね」
「いえ、決してそのような事は。本日よりお世話になります。どうか、よろしくお願いします」
そう言って母さんは侯爵様に深く頭を下げ、俺も一拍置いてそれに倣った。
「分かりました。では、ひとまず荷物をあちらの馬車に」
そう言って侯爵様は2台ある内の1台の馬車を指さす。
「はい。アル、お願い」
「うん、任せて母さん」
俺は荷物の入ったケースを馬車の荷台に載せていく。荷物は大半が衣類だ。あとは俺の装備の一部。家具類は運べないので、俺たちが去った後、エリク達に好きにするよう言ってある。他にも俺が召喚魔法で引き寄せた物は、俺の意思で消滅させることも出来る。なので、持ち運べない物は全て消滅させた。残しておいても誰かが触ると危ないからな。侯爵家に持っていくのは、特に使い慣れた銃火器と装備一式程度だ。
それらが入ったケースを複数、俺が荷台に載せていく。その脇で、母さんと侯爵様の話が聞こえて来た。
「え?道中は私達もエルディシア侯爵様の同じ馬車に乗るのですか?恐れながら、息子はともかく、平民の私は……」
「構いません。道中、私からお二人にお話しする事もありますし」
「そう、ですか。エルディシア侯爵様がそうおっしゃるのでしたら……」
なんか、道中の俺たちは侯爵様と同じ馬車で移動する事になるらしいな。なんて思いつつケースを乗せていく。
「よし、これで最後っ、っと」
「どうかね?積み込みは終わったのかな?」
「はい。全て載せ終わりました」
確認のために近づいて来た侯爵様に頷きながら答える。
「分かった。では、行くとしよう」
「ッ」
いよいよ、か。侯爵様は馬車の傍に立ち、俺と母さんを促している。俺はそれに応じる前に、屋敷の方へと振り返った。
エリク達は、見送りには来ていない。恐らくあのクソ親父の命令か何かだろう。だが、正直それで良かった。あのクソ親父共に未練はないが、エリクやリンクスたちには世話になった。……そして、もし仮にこの場に彼らが居て、もし仮に俺に残るように声を上げていたら、俺は迷ってしまっただろう。だからこそ、今のこの場に彼らが居なくて良かった。……そう、良かったと思っていたのだが。
それでも心が少しだけ痛む。やっぱり、別れってのは好きになれないな。そう考えながら、俺は少しだけ屋敷を見つめた後、母さんと共に馬車に乗りこんだ。俺たちに続いて侯爵様も馬車に乗る。御者の人がそれを確認するとドアが閉められ、少し間を置き、馬車が走り出した。
それからしばらくの間、俺は遠ざかって行く景色を見つめ続けた。少なくとも、しばらくこの景色とはお別れだな、なんて考えながら。
やがて、ディバイア家の邸宅を離れてからしばらくしての事だった。
「さて。ではエルディシア領まではしばらくかかる事だし、アルフレッド君。君の今後について母君も交えて詳しく話しておこう」
「ッ。はいっ」
不意に今まで黙っていた侯爵様が口を開き、俺もそれに返事をしつつ姿勢を正した。そして俺の隣で母さんが少し緊張した様子で俺と侯爵様を交互に見つめている。
「事前に説明した通り、アルフレッド君には私の娘、エミリアの協力者として魔法学園に入学してもらいたい。入学まではまだ1年以上余裕があるのが、それまでの間に君には魔法学園に入学した際、問題の無いように色々勉強をしてもらう事になるだろう。その点に関して質問は?」
「いえ。ありません」
「そうか。では次に君の身分になるが、どうするかね?」
「身分、ですか?」
身分をどうするか、と聞かれた時俺は思わず首を傾げた。正直、意味が分からなかった。
「君は、当主であるグスタフ子爵に嫌われているとは言え、正真正銘、子爵の子でありディバイア家を名乗るだけの資格はあると考えている。そこで入学時にディバイアの姓を名乗るか、或いはただのアルフレッド、つまり平民として魔法学園に入学する事も出来る。君はどちらがいい?」
「そう、ですね」
正直、ディバイア家の姓を名乗る事について名乗りたいとも思わないし、名乗った所であのクソ親父たちにどう思われるか目に見えている。別に平民という立場でも俺は構わないし、いっそただのアルフレッドとして入学しても良いかな?とさえ思っていた。
「あの、侯爵様。一つよろしいでしょうか?」
が、その時母さんが恐る恐ると言った様子で声を上げた。
「なんでしょうか?」
「その、魔法学園に入学できるのは、貴族の方だけではないのですか?恥ずかしながら無学の私は、人づてにそう聞いた事がありまして」
「あぁ。成程。確かに魔法学園に入学する生徒の大半は貴族ですが、決して平民が0という訳ではないんですよ」
と、侯爵様は納得した様子で説明してくれた。
「まぁ、そうなのですか?」
「えぇ。魔法学園には『推薦制度』、という物があるんです」
推薦?どういうことだ? 俺は母さんと侯爵様の話を聞きつつ内心小首を傾げた。
「魔法の才能は、何も貴族だけが持っている物ではありません。平民の中にもごく少数ですが、魔法の才能を持って生まれてくる子は居ます。貴族の中にはそういった平民の子やその家族の支援者となって教育を受けさせ、魔法学園に入学させることがあります。それが推薦制度なのです」
「では、その推薦制度があれば、例え身分が平民となったアル、息子でも魔法学園に入学する事は出来るのですか?」
「えぇ。仰る通りです」
成程。そういう制度があるのか、と俺は納得した。
「今の貴族たちの中には、自分の子孫たちが少しでも魔法の適正を持った子供になるよう、躍起になっている者もいる程ですからね。噂話程度ですが、自分の娘の結婚相手を、身分の差よりも魔法適正で選ぶ親もいるとか」
「……それほどまでに、魔法に適性を持った子を残したい、という事ですか」
「えぇ。魔法適正だけが全てではないというのに」
そう言って、呆れるように息をつく侯爵様。それから侯爵様は憂うような視線で窓の外を見つめていた。
が、数秒して我に返ったようだった。
「っと、いかんいかん。今はそれより、今後のアルフレッド君の事だったね。それで、身分はどうするんだい?」
「そう、ですね」
俺自身は別に平民でも構わない。が、一応母さんの意思を聞いておきたい。
「母さんは、どっちが良いとかある?俺は別にどっちでも良いんだけど」
「あなたの好きにしなさい、アル。私は、あなたの決断を受け入れるわ」
「そっか。なら、俺の身分は平民で構いません」
「良いのかい?」
侯爵様は最終確認のように問いかけてくる。
「構いません」
それに対し、俺は一切迷いを見せず即答した。
「元々、冒険者になったら母を連れて、家名も捨ててあの家を出る予定でしたから。それが少し早くなった。それだけの事です。ですから学園には平民のアルフレッドとして入学しようと思います」
「そうか。分かった。ならばそのように手続きをしよう」
そう言って侯爵様は静かに頷いた。
「では、他に何か聞きたい事はあるかな?」
「そうですね」
聞かれ、しばし考えるが質問は今は浮かんで来なかった。
「いえ。今すぐ聞きたい事はありませんし、 まだ1年以上時間もあるようですし。何か質問があればその時にさせてもらう、という事でよろしいですか?俺、じゃない。私としても今は母と新しい環境での生活に早く慣れておきたいので」
「分かった。なら、今は一先ずエルディシア領を目指すとしよう。我が家までは、そこそこ距離もある。とりあえずは、それまで話でもしながら時間を潰すとしよう」
「分かりました」
と、こうして俺は母さん、侯爵様と共に馬車に揺られながらその間に色々な事を話した。俺の力の詳しい事とか、召喚出来る武器である銃の簡単な説明とか。ただ、ある程度話が進んでくると次第に侯爵様の娘自慢が始まった。
娘の可愛さ自慢から始まり、長女はどうだ、次女はどうだとか。そう言った話を延々聞かされる俺と母さん。ちなみに馬車に並走していた馬に乗る騎士の人と目が合った。『助けて』と視線で訴えたがそっぽを向かれてしまった。
あぁ、これで分かった。侯爵様は正真正銘の『親バカ』だ。それから俺と母さんは、しばし侯爵様の娘談義に付き合わされる羽目になった。
ディバイア家を出て、二日。俺たちを乗せた馬車はエルディシア領内の、エルディシア家へとたどり着いた。馬車はとりあえず屋敷の正面玄関の前に止められた。
「「「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」」」
それを数人の執事とメイドが出迎えた。はは、流石は侯爵家。
「大きいわね。ディバイア家の屋敷も大きい、と思っていたけどここはそれ以上だわ」
馬車から母さん、俺、侯爵様の順に降りたが、母さんは屋敷の大きさに驚いていた。俺の方は前のパーティーで来た事はあったからそのことでは驚かなかったが、またここに来るとは思っていなかったから、そっちの方が驚きだった。
「さぁ2人とも、こちらへ。まずは私の家族を紹介しよう」
「は、はい」
侯爵様に促されるまま、緊張した様子の母さんと俺は侯爵様に続いた。更に俺たちの後ろを数人の騎士と執事、メイドが続く。
「っと、そうだった。家族の紹介、と言ったのだが実は一人だけ家を離れていてね。彼女以外の家族を紹介させてもらうよ」
「そのお一人だけ家を離れている、という方はどなたなのですか?」
「3人娘の1人、長女が今家を離れていてね。元々お転婆というか、自由奔放な所もあって、魔法学園は卒業しているのだが『見分を広めてくる』と言って1年ほど前に世話役のメイド数人を連れて各地を旅しているよ。ある時ふらっと帰ってくる事もあるから、お二人にはその時紹介させてもらうよ」
「活発な方なのですね」
「あぁ。親としては、元気なのは良い事なのだが。外で色々やっていて怪我でもしてこないかと心配になるのだがね」
「分かります。親としては、元気で居てくれるのは一番ですが。だからと言って活発なのも考え物ですよね?」
「えぇ全く。あの子も手紙を送って来るのですが、私も妻も、いつも何が書いてあるんだ?とハラハラしながら読んでいますよ、ははは」
うぅむ。なんだかんだで母さんも侯爵様と、1人の親として馬が合うようだ。まぁ、その方が今後世話になる上でも良いだろうし。
なんて考えながら2人の後に続く。少し歩いてたどり着いた部屋の前。そこでは既に執事さんが控えていた。
「おかえりなさいませ旦那様。既に奥様とメイルお嬢様、エミリアお嬢様の皆さまが中でお待ちです」
「うむ。では早速こちらの2人を妻たちに紹介するとしよう」
「かしこまりました」
執事さんは頷くとゆっくりドアを開いた。ドアが開くと侯爵様が中へ入り、恐る恐ると言った様子で母さんが、更にその後を俺が続く。
中にいたのは6人。侯爵様の奥様だろうか?金色の髪のロングヘアの、母さんと同世代くらいの女性が1人。その隣にいるのは、以前パーティーで見かけたメイル嬢だ。母親譲りの金色の髪をポニーテールにしている。更にその隣にいるエミリア様。
それと、部屋の隅にいる騎士甲冑を纏った男性が2人。1人は大柄な中年男性のようだが、熟練の騎士らしく顔に小さな傷をいくつも付けている。いかにも歴戦の騎士って感じだ。もう1人は若い騎士だ。俺とそこまで歳は離れていないように見えるが。最後の1人は老齢の執事だった。
と、彼らの観察をしている間に侯爵様は奥様と思われる女性の傍へ。
「さて、ではまず私たちの方から自己紹介をさせてもらうとしようか。改めて、現エルディシア侯爵家当主、オズワルド・エルディシアだ。そして私の隣から……」
「オズワルドの妻、『セリア・エルディシア』と申します。初めまして」
やはりあの金髪の女性は奥さんか。小さく会釈をするセリア様に俺と母さんも習い、会釈をした。
「次は私ですね。私はエルディシア家次女の『メイル・エルディシア』と申します」
と、最初はいかにも貴族のお嬢様、みたいな挨拶をしていたのだが……。
「って、そっちの君はパーティー出てたみたいだし知ってるかっ!」
え、えぇっ!?急に口調やら態度が砕けたぞっ!?ニカッと楽しそうな笑みを浮かべているメイル様。えぇ、パーティーの時はそんな様子無かったんですけどぉ?
「メイル。彼らとは初対面なんだ。もう少し態度をだな」
すると侯爵様が少し呆れた様子で息をついた。この貴族令嬢らしからぬ砕けた口調には流石の俺も、そして母さんも驚き数秒放心していた。
「え、えぇっと。娘がごめんなさい。何と言いますか、この子は親しい相手には砕けた物言いをしますと言いますか、そのぉ」
すると、セリア奥様がしどろもどろになりながらも説明してくれた。
「本当に、誰に似たのかねぇ?なぁセリア?」
「そ、そうですねぇ、あなたぁ」
ジト目の侯爵様に話題を振られた奥様は、しかし冷や汗を浮かべながらそっぽを向いている。……そういやぁ、エミリア様から聞いていたけど、昔は魔法を娘たちの前で披露しまくって、魔力切れでヘロヘロになって怒られたって話を聞いていた事があったが。成程、と思った。
どうやら、さっき道すがらに聞いた長女の話からすると、セリア奥様は昔から貴族令嬢らしからぬ程に活発な人で、長女と次女のメイル様はそんな奥様に似てしまったと、まぁそういう事だろう。
「まぁ何はともあれ。今日からよろしくね?」
「は、はい」
「分かりました」
笑みを浮かべるメイル嬢に、母さんは少し放心しつつも答えた。俺も俺で、とりあえず頷きながら答える。
で、そうなると次は……。という感じでその場にいた者たちの視線がエミリア様に集まる。
「ふ、ふふっ」
それまではメイルやらセリア様の反応を見て可笑しそうに小さく笑っていたエミリア様。が、しかし。
「あっ」
自分に視線が集まっている事に気づくと、すぐさまハッとなって恥ずかしいのか顔を赤くしてしまった。
「あ、え、えと。アルフレッド様のお母様は、はじめまして、ですね。エルディシア家三女、エミリア・エルディシアと申します」
恥ずかしさで顔を少しばかり赤くしながらも、エミリア様は母さんに向かって着ていたドレスの裾をつまみ、優雅に会釈をした。
「さて、後は一番上の娘の紹介なのですが、先ほど申した通りあの子は今旅に出ておりまして。戻って来た時にでも紹介しますよ」
「はい」
侯爵様の言葉に母さんが頷く。
「では次に、アレックス」
「はっ」
すると、侯爵様が壁際に控えていた騎士の1人に声をかけ、その騎士が返事をすると一歩前に出た。
「お初にお目にかかります。私はエルディシア家に仕える騎士団の団長をしている『アレックス』と申します。以後、お見知りおきを」
成程、騎士団の団長か。侯爵家ともなれば、恐らく抱えている騎士の数もディバイア家と比較にならないだろう。そんな中で団長をやっているのだとすれば、相応の強さを持っている相手、と見るべきか。
「それと、こちらは同じく騎士団に属する私の副官の1人、『ゲイル』と申します」
「……はじめまして」
アレックス団長に紹介されたゲイルとか言う若い騎士は軽く頭を下げた。が、何やらそのゲイルから俺に向けて鋭い視線を向けられている。なんとなく、敵意を感じるな。俺は思わず右腰のホルスターに手を伸ばしかけた。
「最後は私ですな。私はこのエルディシア家で家令を務めております、『セバス』と申します。以後、お見知りおきを」
俺がゲイルとか言う騎士を密かに警戒している中、最後にセバスとか言う家令が自己紹介をして、侯爵家の方の自己紹介は終わった。
今度は俺たちの番、か。俺は母さんの方を向く、母さんは少し戸惑いながらも、俺の視線に気づくと頷いた。
「では、今度はこちらの番、ですね。改めまして、アルフレッドと申します」
そう言って、改めて侯爵様たちの前で名乗り、会釈をした。
「私は、アルフレッドの母のサラと申します。以後、お見知りおきを」
母さんも俺に倣い、自己紹介をし軽く頭を下げた。
「あら?お二人はディバイア子爵家のお方では?主人からはそのように聞いておりましたが?」
すると、セリア様が小首を傾げた。あぁ、成程。そのことも聞いていたのか。
「ど、どうしようかしら?アル」
「え~っと、俺から説明するよ、母さん」
そう言うと、俺はセリア様の方へ向き直った。
「申し訳ありませんセリア様。その辺りの事情を説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
俺はセリア様に一礼をしてから、説明を始めた。
「母は、その、いわゆる妾なのです。そして私は平民であり妾である母の子です。つまり貴族と平民のハーフ。そしてディバイア家には正妻の子も複数人居ります。また、私自身が召喚魔法しか使えなかった、という事も合わさり、正直私たち2人のディバイア家内部での扱いはあまり良くありません。半分は血の繋がっている弟のカインからも平民崩れと見下されている始末でした」
「……酷い話、ですね」
セリア様は俺の話を聞くと嫌悪感を示された。傍に居たメイル様も似たような表情で、エミリア様も驚き目を見開いていた。
「私も母も、ディバイア家では冷遇されていました。しかしだからこそ、私は数年後には冒険者となって、母を連れてディバイア家を出るつもりでした。その際、ディバイア家の家名を捨てるつもりでしたし、オズワルド侯爵様からも、こちらに向かう馬車の中で魔法学園の入学の際の身分について聞かれ、平民で良いと答えています。ですので今の私と母は、ディバイア家とはもはや関係ない平民、という事になります」
「そうですか。分かりました」
セリア様は納得したようすで静かに頷いた。
「しかし、平民の方だからと態度を変える事は無いと、あらかじめお二人にはお伝えしておきましょう。アルフレッド君は私の大事な娘の恩人。サラさんはその母君なのですから」
「ありがとうございます」
確かに、貴族の中には身分で態度を変える輩は多い。カインとかが良い例だ。そしてそれを知ってかセリア様は先にご自身の口からそう言ってくれた、という事だ。そういう意味ではセリア様にも十分好感が持てるな。
「ごめんなさいあなた。話の腰を負ってしまって。本題に戻りましょうか?」
「あぁ、そうだなセリア」
侯爵様はセリア様の言葉に頷くと、俺の方へと向き直った。
「改めてここにいる全員に説明しておこう。アルフレッド君はエミリアの協力者として魔法学園に通ってもらう。その点に関しては魔法学園の推薦制度を利用する。アルフレッド君、君の主な仕事は魔法学園内でのエミリアのフォローだ。相談事に応じる事などはもちろん、場合によっては娘を脅威となる者から守ってほしい。例えばいじめ等が発生した場合は即座にエルディシア家の名を使って相手に警告をしてほしい。その警告を受けてもいじめを止めない場合は、実力行使でそれらを止め、娘を守ってほしい」
「……それは、相手を拳で止めろ、と言う解釈でよろしいですか?」
俺は右手を胸の高さに掲げ、グッと握りこぶしを作る。要は、『殴って止めても良いのか?』という事だ。
「そう取ってもらって構わない。また、娘の命に係わるような事態ならば、娘の脅威となる存在の『殺傷』も許可しよう」
「「「ッ!」」」
殺傷、という言葉に母さんとエミリア様、メイル様が息を飲んでいる。
「……分かりました」
「ッ!?アルフレッド様ッ!?」
俺が静かに頷くとエミリア様が声を荒らげた。そしてすぐさま、侯爵様の方へと向き直った。
「お父様ッ!今のはどういう事ですかっ!?私はそこまでの事は聞いておりませんっ!ただ、学園内での協力者としてアルフレッド様も一緒にご入学されるとしかっ!」
「すまないエミリア。……しかし、この世界では何が起こるか分からない。そのために、私は少しでも戦える協力者が必要だったんだよ。幸いな事に、彼は既に魔物相手だが実戦経験があるようだ」
「ッ。実戦、経験?」
エミリア様が驚いた様子で俺の方に目を向けて来た。
「はい。以前の相談の際にはお話しできませんでしたが、私は時折、騎士団に混じってゴブリンの討伐任務などに参加していました。ゴブリン程度、ではありますがスコアは30は下らないかと」
驚くエミリア様に対して、俺は淡々と答える。
「それに、正直私はエミリア様を守る上で、『そういった事が必要になる可能性』も既に想定していましたので、どうかお気になさらず」
「で、ですがよろしいのですかっ!?そうなれば、自らの手を人の血で汚す可能性もあるのですよっ!?」
「構いません」
「えっ?」
声を荒らげるエミリア様に、それでも俺は真っすぐ彼女を見つめながら答えた。そうだ。人の血に汚れる『程度』、恐れてどうする?『その程度』の恐れなんかよりも、大切な人の失う方が、俺はもっと怖い。
「……人の命というのは、存外簡単に消えてしまう物です。そして失った命は決して戻らない。ならば大切な人の命を守るためにはどうすれば良いか。俺は、戦うしかないと思っています。例え人の血でこの体と手を汚そうが、大切な人を守るためなら、俺は戦います。人の命を奪う事が、罪だとしても」
「……」
エミリア様は息を飲んだまま固まってしまった。どうしたもんか、と思っていると。
「成程。心意気は立派だ」
それまで黙ったままだった若い騎士ゲイルが不意に声を上げた。皆の視線がそいつに集まる。ゲイルは、そんな中でも静かに俺を睨みつけていた。
「しかし、だからと言って戦うための技術が伴っていなければ、それは所詮、戯言に過ぎないぞ」
「ゲイルッ」
俺を睨みつけるゲイルを侯爵様が窘めるように声を上げた。
「申し訳ありません旦那様。しかし、私としては今回の旦那様の決定に異議を唱えさせていただきます。いくら実戦経験があるとはいえ、彼の実力も見ない内から彼をエミリアお嬢様の護衛と認める事は出来ません」
「やめんかゲイル。旦那様の決定だぞ?」
傍に居たアレックス団長もゲイルを窘めている。
「それは無論、承知の上です。しかし先ほど彼が言ったように、失われた命は戻らない。口先は立派だとしても、それに伴う技術が無ければお嬢様は守れません」
「むぅ」
正論だな。現にアレックス団長は何も言い返せない。そして俺もそれには同意する。いくら覚悟を叫ぼうが、戦う技術が無ければ所詮口先だけ。
「どうかな?アルフレッド君。君の実力を我々に見せてはくれないか?」
ゲイルの発言に、皆俺の返事を待っているのか部屋の中はシンと静まり返る。更に……。
「そうね。私もゲイルの提案に賛成」
「メイルッ?」
そこに追加でメイル嬢が手を上げた。
「私も姉として、妹を守る人がどれだけ強いのか知りたい。じゃないと不安だし」
「そ、それはそうだが……。どうかね?アルフレッド君?」
侯爵様は少し困った様子で問いかけて来た。この事態は予想外だったようだ。だが、俺としては何の問題も無い。
「騎士ゲイル様やメイル様の言っている事は最もです。口先だけの実力を伴わない相手に大切な人の命をそう易々とゆだねる事も出来ないでしょうし」
「では?」
「えぇ。構いませんよ。実力を見たいというのなら、お見せします」
俺は静かに頷きながら答えた。
どうやら今日は、顔を合わせてハイ終わり、とはならないようだ。
第8話 END
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