第7話 未来の選択肢・後編

 ディバイア家にやってきたエルディシア侯爵家当主、オズワルド・エルディシアの馬車を助けた俺だったが、どうやら話をしてみると、オズワルド侯爵の目的は魔法学園に入学する予定のエミリア様の味方として、俺に目を付け、俺を説得する事だったようだ。だが、俺にも母さんがいる。魔法学園に入学すれば、母さんを1人でこのディバイア家に残す事になる。そうなった場合のクソ親父らの報復を恐れる俺は、即決する事が出来ず、母さんと話をするために一度家に戻る事にした。



 俺は家に向かって歩いていた。道中すれ違ったメイドに、応接室で侯爵様たちが待機している事を説明し、お茶をお出しするように頼んでおく。とにかく、今は母さんと相談だ。クソ親父たちにこの事は……。いや、連中に教えてやる義理なんて無い。


 とにかく、母さんの所に戻ろう。俺は真っすぐ家に戻った。

「母さんっ!」

「あら?アル、もう戻って来たの?」

 足早にドアを開けると、中では母さんとリンクスに頼んで呼んでもらった騎士たちがお茶をしていた。何もなかった事に内心安堵しつつ、騎士たちに歩み寄る。

「アルフレッド様、おかえりなさいませ」

「あぁ。ただいま。俺の留守中に変わった事は?」

「いえ。一切ありませんでした。不審な人物が近づいて来た気配もありません」

「そうか。……すまないが、少し母さんと2人だけにしてくれ。エルディシア侯爵より重要な話があった。そのことで、母さんと2人だけで話したい」

「かしこまりました。失礼します」

「失礼します」


 騎士の2人は、俺の真剣な表情を察してか、ただそれだけ言って俺と母さんに頭を下げるとそれ以上何も言わずに出ていった。


「アル?」

 そして、母さんと俺だけになった。母さんが何があったの?と言わんばかりに心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「母さん。とりあえず、座って。今俺が聞いて来た話を、説明するから」

「え、えぇ」

 母さんが椅子に座り、俺も椅子に座ると、俺はオズワルド侯爵の話を大まかに要約して話した。


「つ、つまり。そのオズワルド侯爵様は、魔法学園に行く娘さん、この前アルが相談に乗ってあげたエミリアさんの友達として、アルにも魔法学園に行って欲しいって、つまりそういう事?」

「まぁ、大雑把に纏めるとその通りだね」

 実際にはエミリア様のフォローとかも目的になっているから、ただ単に友達として、って訳でもないんだろうけど。まぁ大体は母さんの言う通りだ。


「それで?アルはどうしたいの?」

「俺は。……断ろうと思ってる」

「どうして?」

「……今の俺には、母さんが全てだから」

「私が?」

「うん」

「じゃあ、その理由を聞かせて?どうして、お母さんのために断るの?」

 母さんは静かに話を聞いてくれていた。もし、侯爵家に協力するとなれば。金にがめつい親だったら。何が何でも侯爵に協力しろって言うだろう。でも母さんは違う。静かに俺の話を聞いて、静かに問いかけてくれる。


「恐らく、俺が侯爵様の言うようにエミリア様の協力者になって魔法学園に入学するとなったら、あのクソ親父たちはそれを良く思わない。そうなったら、報復として母さんに何をするか分からない」

 あのクソ親父たちの事だ。立場的に弱い母さんに何かしない、とは考えられない。そう思うと、俺が母さんの元を離れるのは、リスクでしかない。


「確か、魔法学園は4年制のはず。4年間ずっと帰れない訳じゃないだろうけど、長期間母さんの元を離れるのも事実。そして、あいつらのせいで母さんに何かあったら……」


 最悪を考えてしまい、言葉が途切れる。母さんの、死。それは今の俺にとって最悪の状況であり、そして母さんは言わば堪忍袋の緒。それが切れたら、俺は俺で居られる自信が無い。

「だから俺は、母さんの傍を離れたくないんだ。良い暮らしも、お金も、権力も、何もいらない。母さんを守って、母さんが傍に居てくれるのなら、俺は……」

「アル」

 他に何もいらない、という俺の言葉の続きを母さんは制し、テーブルの上に置かれた俺の右手に、左手を重ねた。

「母さん?」

「ねぇ、聞いてアル」

 母さんは静かに話し始めた。その口調に怒りなどは無く、ただ子供を優しく諭す、母親の慈愛に満ちた声だった。


「お母さんはね、嬉しいわ。アルが傍に居てくれて。いつも甲斐甲斐しく世話をしてくれて。アルは私にとって、自慢の息子よ」

 そう言って母さんは微笑んでくれた。そうだ。そんな優しい母さんだからこそ、俺は守りたい。何が何でもっ!


「母さっ」

「待ってアル」

 そのことを伝えようとしたが、またしても遮られてしまった。

「お願い。最後まで母さんの話を聞いて。ね?」

「……分かったよ、母さん」

 一先ず、今は母さんの話を聞こう。全てはそれからだ。


「ありがとう、アル。それで、えっと。アルは自慢の息子だって言ったでしょう?その思いに嘘も偽りも無いの。本当なら、傍に居て欲しいと思う自分も居るの」

 母さんは胸に手を当てながら俺を見つめる。

「でもね。それ以上に私はあなたを縛る『鎖』になりたくないの」

「母さんが、鎖?」

 表現が抽象的過ぎてすぐには理解できず、思わず聞き返してしまった。


「アルはまだ若いわ。これからアルは色んな事を経験して大きくなっていくの。学園に行く事だって、アルにとって素晴らしい経験になって、今後を変える出来事があるかもしれない。もちろん、あなたが冒険者になる事を止める訳じゃないの。でも、学園というからにはそこには大勢の、アルと同世代の子たちが集まるわ。そこでの出会いは、一生に一度だけよ」

「出会い」

 俺は思わず、その単語をリピートした。


 そう言えば今までそんな事、考えた事も無かった。体力を付けて、銃の扱いに慣れて、戦い方を学ぶ事に集中していて。喪失の痛みと恐怖のせいで、そんな事を考える余裕すらなかった。ただ、失わない為に、母さんを1人にしない為に強くなりたいとしか思わなかったから。


「お母さんはね、そんなアルの出会いの邪魔をしたくないの。私の為に、ってアルの未来を狭めたくはないの」

 未来を狭める、か。俺にとっては全然そんなつもりはない。今の俺にとっては、母さんが全てなのだから。……けれど今はとにかく母さんの話を聞こう。

「人って言うのはね、生まれて、育って、やがて大きな世界に飛び出していくの。でも今のアルは、どう?アルは今まで他所に行った事はある?この、ディバイア家の領地の外に出た事はある?」

「……殆ど、無い。この前のエルディシア家のパーティーが、初めてだったはず」


 言われてみれば、俺はディバイア家の領地から外に出た事なんて、無かった。買い物で近くの街に出かけた事や、リンクスらと協力して近隣の村々に行って、ゴブリン討伐なんかはした事があるけど。領地の更に外に出た事は、この前のパーティーを覗けば一度も無かった。


「魔法学園は、世界中から魔法を学ぶ子たちが集まるって言うし。もしかしたらアルもそこで、運命の出会いをするかもしれない。今後苦楽を共にする恋人と出会うかもしれない。生涯の恩師に出会うかもしれない。無二の親友に出会うかもしれない。学園に行って、そこでの出会いがアルの今後を左右するかもしれない。でもね、アル」

 母さんは少しだけ寂しそうな表情をしながらも、それでも俺に微笑みかけてくれた。


「私のためにってアルがここに留まったら、それは私がアルから人と出会うチャンスを奪う事になってしまう。私が鎖のようにあなたをここへ縛り付けてしまうせいで、チャンスを逃してしまうとしたら。……私は、母親失格よ」

「……」

 その時、母さんは小さく涙を流していた。その姿に何を言うべきか分からず、俺は固まってしまった。


「本当なら傍に居て欲しい。今の私にとって、アルがただ一人の家族だから」

 それが、母さんの涙の理由か。でも、分かるよ。俺だって、家族が突然遠くに行ってしまう恐怖は知っている。母さんだって、俺が離れた場所に行く事に、何の寂しさも感じてない訳じゃない。

「でもね、アルが歩む人生はアルだけの物だから」

 母さんは悲しみの涙を浮かべていたけれど、それでも俺を真っすぐ見つめながら言葉を続けた。俺はそれを一字一句聞き逃さない為に、静かに母さんの話を聞いていた。


「『どこへ行き』、『どんな人と出会い』、『どんな生き方を選ぶのか』。それは全部、アル自身が決める事だから。……だから、私の事は気にせず、アルのやりたいように、生きたいように生きなさい。それが、私から伝えるべき事よ」

「母さん。俺は、俺のやりたいようにして良いって事?」

「えぇ。もちろんよ」

 母さんはただ笑みを浮かべながら頷くだけだ。

「それに、よく言うでしょ?『可愛い子には旅をさせよ』って。別に、今生の別れになる訳じゃないわ。だからアル、私の事は気にしないで、あなたはあなたの心に従って決めなさい。自分の歩む道を」


 そう言って母さんは優しく俺の手を包み、微笑みかけてくれた。

「母さん」


 母さんは、俺に選べと言ってくれた。自分の事は気にするなと。……だが、だからと言ってオズワルド侯爵に協力する事のメリットを今の俺は見いだせなかった。いや、侯爵家と繋がりを持てる事自体はメリットと考えても良いのだろうが……。


 いや、違うな。母さんは俺のやりたいようにやれ、と言ってくれた。俺の、やりたい事。俺がここであの話を受ければ、エミリア様の助けになる。メリットやデメリットじゃない。やりたい事を考えろと、母さんは言ってくれたんだ。


 なら俺はどうしたい? 自分自身に問いかけると、またしても俺の中の安っぽい正義感が顔を覗かせてくる。女の子を守るのは男の使命だ、って。あぁ、分かってる。これも俺の安っぽい正義感を満たすための、俺のエゴでしかない。……それでも、と頭の片隅で考えてしまう。



「ありがとう、母さん。少し、外で1人で考えてくるよ」

「えぇ。分かったわ」


 それから俺は家の外に出て、しばし一人で考え込んだ。


「どこへ行き、誰と出会い、どんな生き方を選ぶのか、か」

 それは今の俺にとってとてつもない難問だった。


 今まで通りの道を選べば、母さんと一緒に居られる。しかしそれはつまり何も変わらないという事。数年後には冒険者として仕事を始めて、依頼をこなして家に帰っての日々が毎日のように続くだろう。それは、はっきり言って今の日常と大して何も変わらない。


 一方、魔法学園に行けば、エミリア様の為に働くのとは別に、母さんの言うように今後の俺の人生に大きく関わる相手と出会うかもしれない。だがそれは所詮、かもしれない、だ。それに召喚魔法しか使えない俺はあまり歓迎されないかもしれない。それでも、何か大きな出会いが起こらないという確証も無い。


 変化のない、今まで通りの生活か。それとも先の見えない可能性のある新たな生活か。


 それを選ぶ岐路に俺は今立たされていた。だが、それでも気になる事はある。


 母さんはあぁ言ってくれたが、だからと言って不安はぬぐえない。あのクソ親父共が激情に駆られて何もしないという保証も無い。かといって、俺が傍に居る以外に、母さんが一番安全な状況ってなんだ?考えろ、考えろ。俺は試案しながら周囲を見回した。 誰かに母さんの事を頼むにしてもせめて、ある程度力があって信頼できる人じゃないと母さんの事を頼めない。誰か、誰かいないか?と周囲を歩きまわっていた時。ふと、遠方にエルディシア家の馬車がチラッと見えた。 その時だった。


 ……待てよ?協力の対価として母さんの保護を頼むのも一つの手か?仮に侯爵家が母さんの身柄の安全を保障してくれるのなら、俺に後顧の憂いは無くなる。もし侯爵家の庇護が受けられれば、並大抵の貴族は手出しできなくなるだろう。


 よし。そうと決まれば侯爵に相談だ。決めるのは、それからでも遅くは無いだろう。俺は母さんに一声かけてから、応接室に向かった。


 そして、応接室の傍まで来た時だった。

「オズワルド侯爵閣下っ!どうかっ!どうかご再考いただけませんかっ!」

 ……クソ親父の声が前方の応接室から聞こえて来た。ま~だ諦めてなかったのかよ。さて、どうする?雰囲気的に滅茶苦茶入りずらいが。とりあえず壁際で様子を伺うか?

「くどいぞディバイア子爵。……私は彼が戻って来るのを待っているのだ。いかにここが貴殿の屋敷だとしても、客人に向かって声を荒らげるとは。貴族としての品位を問われるぞ」

「し、しかしっ!」


 どうやら是が非でも自分かカインで侯爵に取り入りたいんだろうが。さてはて、どうする?そろそろ入るか?


 と考えていた時。

「な、ならばオズワルド侯爵閣下っ!一つお伝えしたい事がありますっ!」

 この声、カインか。あいつも中にいるのか。

「なんだね?」

「閣下はあのアルフレッドが召喚魔法しか使えない『出来損ない』だとご存じですかなっ!?」

「何?」

「アルフレッドは生まれてこの方、召喚魔法しか使えない役立たずですっ!それをお抱えになれば、それこそ侯爵家の家名に傷をつけかねませんっ!」

「……だから、自分の方がエミリアの、私の娘の協力者に相応しいと言いたいのか?」

「えぇっ、えぇっ!その通りでございますっ!奴は所詮、召喚魔法しか能のない男ですっ!そんな魔法士を名乗るのも烏滸がましい奴よりこの私をっ!是非にっ!」



 お~お~、聞かれてないからって好き放題言いやがって。しかし、侯爵様は愚かエミリア様にも召喚魔法しか使えない事、言ってなかったな。だが、これで協力の件が無しになれば、俺としても思い描いていた道に戻るだけだ。さて、どうなる?


「成程。確かにそれは決して無視できる物ではないな」

「でしたらっ!」

「だがっ」

「ッ!?」

 侯爵の言葉を聞き、嬉しそうな声を上げたカインだが、それを更に侯爵様が遮った。


「カイン少年。君は、実戦経験はあるのかね?」

「じ、実戦、経験、でございますか?そ、それは……」

「どうなんだね?人であれ魔物であれ、訓練であれ実戦であれ、君はその手で、その魔法で戦った事があるのかね?」

「た、戦いなどっ!そんなものは配下の騎士たちの仕事ですっ!自ら戦地に赴き戦うなど、貴族のする事ではありませんっ!」

「……」

 なんとも貴族らしい言い分だな。まぁ、カインらにしたら貴族なんて人の上に立ってなんぼ。辛く苦しい事は下々の平民の仕事、って感じの、何ともファンタジーゲームやアニメにありがちな、傲慢な貴族みたいな考え方してそうだし。


「成程。であれば、論外だな」

「えっ!?な、なぜですっ!?」

「実戦経験の有無は、今の私にとって魔法の適正などより重要なのだよ。私が彼を頼った理由は、娘を悪意ある者から守るためだ。悪意ある者たちが実力行使に出て来た場合、彼もまた、実力行使で娘を守ってもらいたい。となれば当然、既に実戦を経験しているアルフレッド君の方が良いと私は判断したのだよ」

「ぐ、うっ!」

 どうやら言葉に詰まってるなぁカインの奴。しかし、確かにエミリア様を守るのなら、当然そこには戦闘も考慮されてるか。そうなると確かに実戦経験の有無は大きいな。


「それともカイン君。君はまともな実戦経験が無い中で、いきなり大勢の敵に襲われた時、逃げ出さずにエミリアを守るために死力を尽くして戦えると、そう言えるのかね?」

「そ、それは……」

 お~お~、侯爵様も畳みかけるねぇ。そろそろ、入ってみるか。


『コンコンッ』

「はい。どちら様でしょう?」

 中から聞こえてきたのはエリクの声だ。一緒に居るのか。

「俺だ、アルフレッドだ。開けてくれ。オズワルド侯爵と話の続きがしたい」

「何っ!?アルフレッドッ!?」

「だ、旦那様、如何いたしましょう?」

「う、くっ、と、通せっ!」


 中でエリクとクソ親父の会話が聞こえる。数秒してドアが開き、エリクが俺を招き入れた。中にいたのは、さっきまでと同じメンバーだ。クソ親父とカイン、エリクに、オズワルド侯爵と護衛の騎士1名、か。


「待っていたよアルフレッド君。答えは出たかね?」

「いえ。ですがいくつか質問をさせて頂いてもよろしいですか?母からは、俺の選択を尊重する、と言われて戻ってきました。ですので、その解答如何では、としか今はまだ言えませんが」

「分かった。何が聞きたいんだい?」

「では。もし仮に侯爵閣下の提案を受け入れたとして、俺の扱いはどうなるのでしょうか?正直に言えば、この提案を受けてしまうとディバイア家からの援助は全く期待できません」


「ッ!?なんだと貴様っ!」

「子爵」

「っ!」

「今私は彼と話している。少し、お静かに願おうか」

「わ、分かりました」

 俺の言葉にクソ親父が激高するが、またしても侯爵に止められた。

「さて。では改めて。君の扱いについて、だったね」

「はい」

「実家からの援助が期待できないのなら、衣食住はこちらで用意、負担しよう。また、それとは別に月ごとに給金を支払おう。金額については後日要相談、という事で構わないかな?」

「はい。ただ、二つほど追加でお願いしたい事がありますがよろしいですか?」

「ん?なんだね?」

「俺の母も、侯爵閣下がご用意していただいた住居で一緒に暮らす事を許可していただきたい事と。そして、俺が魔法学園に在籍している間の、母の身の安全を保障していただきたいのです」

「ほう?つまり君は母君とこの先も一緒に暮らしたい、と?」

「はい。……俺の貴族としての地位は底辺も同然。魔法士としても同様です。そんな男が侯爵家の令嬢を守るためとは言え、傍に居る事を良しとしない、或いは妬む者もいるでしょう。そうなると、俺をエミリア様の傍から排除しようと画策する輩も現れない、とは言い切れません」

「その連中が、君を脅すために君の母君を襲うかもしれない、と?」

「確証は一切ありません。しかし、だからと言って想定されるリスクを放置は出来ません。ですので、どうか母を侯爵閣下の庇護の下に置いて頂きたいのです」


 色々、最もらしいことは言ったが、つまり母さんをこのクソ親父たちの手の届かない所に移したいのが本音だ。

 俺は言葉を区切ると侯爵様の返事を待ちながら、ただじっと侯爵様を見つめていた。これは俺にとって譲れない条件だ。どうする?侯爵様。


「……君にとって、母君はどんな存在なのだい?」

 やがて静かに侯爵様は問いかけて来た。まぁ、聞きたいのなら答えるだけだ。

「俺の全てを賭けてでも守りたい存在です」

 俺は真っすぐ侯爵様を見つめながら即答した。


 母さんは、ただ一人の家族だ。それを守れるのなら、戦場すら俺は恐れない。この手を幾人、幾百人の人間の血で汚す事になろうとも。


「成程。……今の君の表情を見ていると分かる。それほどまでに大切な母君と見える事だし。良いだろう。その条件を飲もう」

「ありがとうございます。であれば、俺も後顧の憂いは無くなります」

「であれば、エミリアの協力者の件、話を受けてくれると考えて良いのかね?」

「……はい」

 俺は静かに頷いた。


「正直、自分に何が出来るのかは分かりません」

 俺なんて前世で過ごした時間を合わせても、人生経験は侯爵様にも及ばない。そんな俺がエミリア様の助けになれる確証なんて、ありはしない。けれど……。


「しかし男として、少しでもエミリア様の助けになれたらと考える自分が居るのも確かです」

 母さんは自分で生き方を選べと言ってくれた。そして不思議と、『女の子のために頑張ってみるのも悪くない』と考える自分がいた。だからこそ、その考えに従う。


「これは俺のエゴですが、母は俺に自分の生き方は自分で選べと言ってくれました。ならば今は、自分自身のエゴに従おうと思います」

「そうか。……引き受けてくれるか」


 もう、ここまで来たら引き返せないだろう。それでも母さんは俺の選択を尊重すると言ってくれた。そんな母さんの安全も、力のある侯爵家が保証してくれるのならただこの家で俺の帰りを待っているよりよっぽど安全なはずだ。後顧の憂いが無くなれば、俺は俺の心に従うだけだ。


 自分の中の安っぽい正義感。エミリア様の助けになりたいと囁く心の声に。今はただ、その感情的思考に従ってみようと思えた。


「ちょ、ちょっと待てっ!」

 だが、その時ずっと控えていたカインが声を張り上げた。

「き、貴様っ!アルフレッドッ!貴様とあの女が侯爵家に取り入るなどっ!断じて許さんぞっ!」

 どうやら自分を差し置いて、侯爵様に取り入ろう、としているように見える俺が気に入らないらしい。まぁ貴族としてプライドが高すぎ、尚且つ自分より立場などが弱い者は徹底的に下に見て見下し嘲笑う性格のカインだ。


 自分より下のはずの俺が、自分より高い位置にいる侯爵様に認められたとあっては、面白くないだろうからこういった文句を言ってくる事は想定内だ。

「あなたの許す許さないは、侯爵閣下の選択に何も影響しないと思いますが?」

「な、何だとっ!?貴様っ!平民崩れの分際で俺に意見を言う気かっ!?」

「意見ではない。それは事実だ」


 俺が何かを言うよりも先に、侯爵様が口を開いた。

「私は娘を守ってくれる存在を探し、そんな中でアルフレッド君を娘の協力者に選んだ。それだけだ」

「し、しかしこいつは召喚魔法しかっ!」

「その言葉は何度も聞いたぞっ!いい加減にしてくれないかっ!」

「ッ!も、申し訳、ありません」

 っと、とうとう侯爵様が怒ったぞ。まぁ何度も同じ事を聞いてりゃな。


「私は娘の協力者に彼を選んだっ!そして彼は私の提案を飲んだっ!これが全てだっ!それとも、君たちには私の決定に異議を申し立てるつもりかねっ!?私が彼に協力を頼んで、何かやましい事があるかっ!何か法に触れる事があるのかっ!?」

「「………」」

 クソ親父とカインは何も言えなくなって俯き、黙り込んでしまった。まぁ、そうだわな。侯爵様が俺を頼る事になんら違法な事は無い。俺も自分の意思で協力しているため強制でもない。つまり、こいつらに俺と侯爵の話を止める事が出来る正当な理由は無い。


「では、アルフレッド君」

 侯爵様はクソ親父たちが黙ったのを確認すると座っていたソファより立ち上がり、俺に右手を差し出した。


「どうかエミリアの為に、君の力を貸してほしい」

「えぇ。分かりました」

 俺は笑顔で侯爵様の手を取り握手を交わした。こうして俺は、エミリア様のフォローという目的のために、魔法学園に行く事が決定した。


 ほんの数日前までは、あんなところ、一生関わる事は無いと思っていたが。全く人生って言うのは分からないものだ。


 

 更にその後、侯爵様が『ぜひ母君に挨拶をさせて欲しい』というので、俺は母さんの所へと侯爵様と護衛の騎士の人を案内し、母さんも交えて今後の事を話し合った。


 まずは俺と母さんはこの家を離れ、侯爵領に用意される新しい家で一緒に暮らす事。これについては元々この家を出るつもりだったから、その時期が早まった、くらいにしか母さんも思っておらず大して驚いていなかった。更に俺が留守の間は侯爵家が色々面倒を見てくれる事も話した。


「まぁ。よろしいのですか?私のような女1人に、そのような大層な待遇を?」

「えぇ。私もあなた様の息子さんであるアルフレッド君にお世話になりますので、その報酬の一部という事で」

「そうですか。分かりました。今後、お世話になります」

 母さんは最初こそ驚いていたけど、すぐに納得してくれた。


「それで、私たちはいつエルディシア領へ移る事になるのでしょうか?」

「私たちは一度領地へ戻ります。妻や娘に事の成果を報告し、その後またこちらへお迎えに上がりましょう。往復の時間を考えて、数日中にはまたこちらへ来る事になるでしょうか」

「分かりました。では、こちらもそれまでに出立の用意をしておきます」

「お願いします」


 それから話はとんとん拍子に進み、侯爵様は日が落ちる前に屋敷を後にした。更に言えば、これまでの会話でクソ親父たちが何かをしでかす、とでも考えたんだろう。去り際にクソ親父たちに『彼らは数日以内に私が直々に迎えに来る。それまでに彼らに何かあれば、私は貴殿らを真っ先に疑う事になるだろう』、と言って釘を刺して帰って行った。


 なんて言うか、色々買われてるな~俺も。まぁその分働けって話になるだろうが。ともあれ、こりゃ明日から荷造り始めておくべきか。


 とりあえず夕食時に母さんとそんな話をしていたんだけど……。一つだけ後から不安になった事があった。

「ハァ」

「あら?どうしたのアル?ため息なんかついて」

「いやさぁ。侯爵様の話を聞いて、母さんに自分の生き方は自分で決めろってアドバイス貰って、決心して受けてみたけどさ。俺は召喚魔法しか使えないから、学園じゃま~たここでカインに色々言われてたみたいに、なんか言われるんだろうなぁと思うと今からもう少し憂鬱でさ」

 魔法学園、というくらいだ。魔法至上主義者の数は多いだろう。そうなるとま~た色々言われそうでちょっと憂鬱になる。


 まぁ、話を受けている以上『仕事』と割り切った方が楽だろう、とは考えていたが。

「それならアル。嫌な事を言う奴らはアルの凄さで黙らせればいいのよ」

「え?俺の凄さ、って?」

「アルは魔法で、銃って言う不思議な武器を取り寄せて使えるじゃない。それを使って、魔法を使えるからって偉そうにしている子たちを驚かせて、『俺はこんなにすごい武器で戦えるんだぞ~』って分からせてやればいいのよ。そうすれば、誰もアルに変な事は言えなくなるでしょう?」

「あぁ、まぁ。そうかもしれないけどさ」


 母さんに言われ、考えた。確かに召喚魔法自体は、無属性魔法の一つで珍しい物ではない。しかしそれで銃火器などを取り寄せられるのは、俺だけに与えられた特権みたいなものだ。


 そして、その銃の凄さを、魔法が使えるからと思いあがっている連中に見せつけて驚かせて、自分の強さを知らしめる、か。


「ふふっ」

 そんな状況を脳裏に浮かべると、自然と笑みがこぼれた。俺は素直に、そのシチュエーションを『面白そう』と思った。


 魔法が扱えるからと天狗になってる奴らの鼻を、銃の力を見せつけてへし折る、か。それは考えただけで滅茶苦茶楽しそうだ。


 これはどうやら、魔法学園に入学して、エミリア様のフォローをする以外にも目的が出来たな。


 俺は魔法学園入学の、新たな目的が出来た事に思わず笑みをこぼしたのだった。



     第7話 END

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