第6話 未来の選択肢・前編

 エルディシア侯爵家でのパーティーの一件からしばらくしたある日の事、今日も今日とて冒険者になるため、森で訓練をしていた俺はゴブリンに襲われていた一団を発見し、これを狙撃で援護する事でゴブリンを撃退、したのだが。なんとそこにはパーティーで見かけたエルディシア侯爵家、現当主、オズワルド侯爵が居た。しかも目的はディバイア家を訪れる事だという。俺は警戒しながらも侯爵を乗せた馬車と護衛の騎士たちを屋敷へと案内した。



 俺は侯爵の乗った馬車と騎士たちを先導し、屋敷の正門へと向かった。道中、左右の森はもちろん、背後の騎士たちにも警戒をしていたが、襲撃は無し。何とか無事に正門前までたどり着いた。


「皆さんはここでお待ちを。家の者にエルディシア侯爵の来訪を伝えてきます」

「分かった」


 とりあえず彼らは正門前に待機してもらい、俺は足早に屋敷の方へ。普段ならクソ親父らに『近づくなっ』と言われるが、今はそれどころじゃないしなっ。


 と、俺が正面から屋敷に向かって行くと……。

「貴様アルフレッドッ!何をしているっ!」

 案の定というべきか、玄関からカインが現れた。

「貴様は屋敷に近づくなといつも……っ!」

「お客様ですよっ」

 いつものように声を荒らげるカインだが、今日は遮らせてもらう。

「なに?」

「正門の外に、エルディシア侯爵ご本人がいらっしゃっていますっ。早くお出迎えの準備がした方がよろしいかと」

「え、エルディシア侯爵ご本人だとっ!?ま、間違いないのかっ!?」


 カインは、まるで獲物が向こうから来た、と言わんばかりに少し薄気味悪い笑みを浮かべているが、気にしている場合ではない。

「侯爵様の顔は以前のパーティーの際に見て覚えていましたから、間違いありません。護衛の騎士たちと共に、既に正門前にいらっしゃいます」

「そ、そうかっ!とうとう来てくださったかっ!これは早く父上に知らせなくてはっ!」

 そう言うと、カインは俺の事など眼中にないと言わんばかりに踵を返して屋敷に戻って行った。その去り際の笑みの、気持ち悪い事この上ない。カインやクソ親父からすれば、侯爵家とは何としても縁を結んでおきたいんだろう。


 だが、これで報告は一先ず良いだろう。後はクソ親父が主導して侯爵らを出迎えてくれるはずだ。俺は俺で、念のためリンクスたちへの警告をしてから、母さんの傍に居よう。


 俺はすぐさまリンクスを探した。幸いというべきか、リンクスはすぐに見つかった。俺はリンクスに、状況を簡潔に説明した。


「侯爵家の人間が、ですか。それが子爵家を訪ねてくるなど、些か謎ですね」

「あぁ」

 リンクスの言う『謎』、というのは俺にも分かっていた。


 子爵家、というのは爵位の序列の中で、下から3番目。つまり大して偉くないのである。この国の爵位は、下から順に『準男爵』、『男爵』、『子爵』、『伯爵』、『辺境伯』、『侯爵』、『公爵』となる。

 

 子爵は下から3番目の爵位だ。一方の侯爵は上から2番目。そんな高い地位にある侯爵家が、貴族の中では大した地位も、まして領地に目立った特産品なども無いディバイア家と縁を結んだ所で、大した意味も無い。


 つまり、侯爵家がディバイア子爵家と懇意にしても、侯爵家に何の旨味も無い訳だ。単純に手ごまを増やしたい、という可能性も0ではないが。……しかし、もしそうなら碌な理由ではないのも確かだ。


「とにかく。何の理由で連中がここに来たのか俺は理由を知らない。リンクスはどうだ?」

「私もです。噂話でエルディシア家から手紙が来ていたのは知っていましたが、まさか当主が直接やってくるとは。夢にも思いませんでした」

「だろうな」


 リンクスも侯爵の来訪に心当たりはない、か。とにかく。

「何もない、と証拠も無しに判断するのは危険だ。何かあってからでは遅い。念のため、騎士たちを数人、完全武装で侯爵の護衛騎士に見つかりにくい場所に配置しておいた方が良いだろう」

「……何事も無ければ良いのですが」

「あぁ。全くだ」


 突然の来訪の意味が分からなかった為、俺は警戒心を強めるばかりだった。


 その後、リンクスに『母さんの傍に居るから、何かあったら呼んでくれ』と伝えると、真っすぐ母さんの所へと戻り、リンクスと同じように事情を説明した。


「そう。それで、その侯爵様たちは?」

「そろそろクソ親父たちが対応してる頃だと思うよ。でも、おかげで時間が稼げてる」

「え?」

 俺は疑問符を浮かべる母さんの隣を通り過ぎ、自分の部屋に入ると、召喚魔法で召喚していたガンロッカーを開き、中から拳銃オートマチックの『HK USP』を取り出し、更に空のマガジン数個と9×19mmパラベラム弾の入った箱を取り出し、すぐさまマガジンに弾込めを始めた。


 こいつ、USPの装弾数は9mmパラベラムで15+1発。M1911A1に近い操作性を持ちつつ、オプション装備のレールを標準装備しているドイツのH&Kヘッケラーアンドコッホ社の製品だ。多人数を相手にするのなら、これくらいの装弾数は欲しい。大型の獣相手となると銃弾の威力や貫通力が必要になってくるが、金属鎧を着た人間程度なら、9ミリパラベラムで十分だ。


「ねぇアル。時間が稼げてるって、どういう事?」

 俺がマガジンに弾を込めていると、母さんが問いかけて来た。俺はそれを一瞥すると、今度はガンロッカーから別の、散弾銃ショットガンである『イサカM37』を取り出した。


 こいつはショットガンの中でもかなり軽い部類に入る事から、羽の軽さ、フェザーライトなんて言われている。それに加えて信頼性も高く、名銃に数えられる一つだ。装弾数は、薬室も併せて5発と少ないが、近距離戦でショットガンほど頼りになる武器は無い。


 俺はガンロッカーからM37用の、12ゲージの弾を取り出しながら母さんの問いかけに答えるべく口を開いた。


「今屋敷に来ているのは、侯爵家の人たちだ。はっきり言って、子爵家の内よりだいぶ格上の存在だ。そんな人らがわざわざ子爵家に足を運んできたんだ。正直に言うと、怪しい。普通、何か用があるのならむしろこっちが呼ばれても可笑しくないのに」


 エルディシア家から手紙が来ていたのは母さんから聞いていたが、内容も分からないので、あの人らが何の目的で子爵家に来たのか、謎だ。そもそも立場的に用があるのなら呼べばいい。あのクソ親父たちなら、喜んで飛んでいくだろう。


 詰まる所、あの人らがわざわざ子爵家に足を運んだ理由が分からない。分からないからこそ、油断できない。


「何もない、とは思うよ。けど、何かあってからじゃ遅いから、今の内に万が一に備えて戦う用意をしてるんだ」

 俺はM37を見つめながら答え、フォアエンドを引いて1発を装填し、フォアエンドを前進させた。これで薬室に1発。更に残りの4発をチューブマガジンにローディングゲートから装填していく。


「確証も無しに無害だ、なんて判断は出来ないからね。顔は笑っていても、表面上の、ただの仮面だって可能性もある。その下でどんな悪だくみを考えているか、分かったもんじゃないからね。だからこそ、いざって時は、俺が母さんを守る」


 M37に装填を終え、セイフティを掛けながら、そのいざって時を想像した。対人戦は訓練意外に経験は無い。やるとなれば本格的な人殺しは、初めてだ。だが、それでも母さんを守るためだ。俺や母さんが殺される前に、殺してやる。


 その考えに影響されてか、M37のストックを握る手に力が籠る。が、その時。


 不意に、後ろから右手を優しく握られた。ハッとなって振り返ると、そこには悲しそうな表情を浮かべる母さんが、いた。


「アル」

「か、母さん?」

 どうしてそんな顔を?と思ってしまった。何か不味い事を言ったのか?と即座に考えを巡らせるが、言葉が浮かんで来ない。

「アル。そうやって、人を疑う事も生きていく上では必要なのかもしれないけれど。でも、だからって全てを疑って、警戒していたらきっと人はアルを怖がって、離れていくわ。人の全てを信じなさい、とは言わないけれど。でも少しは人を信じてあげて、アル」

「母さん」

「アルは優しくて、強くて、良い子なんだから。そんなアルが独りぼっちになるのを、私は見たくないの」

 そう言って母さんは心配そうな表情を浮かべていた。あぁ、母さんは俺を心配してくれていたのか。……侯爵らを警戒するばかり、母さんに変な心配をさせてしまったな。反省しないと。


「ごめん母さん。確かに少し、警戒し過ぎだったかもしれない。ごめん」

「良いのよアル。それも、私たちを守ろうとしてくれたから、なのでしょう?」

 母さんは優しく俺に微笑んでくれる。

「でも、少しだけで良いから。人を信じてあげて。誰もかれもが、悪い人ばかりではないんだから」

「うん。分かったよ母さん」

 俺も、母さんに対して微笑みながら頷いた。



 まぁ、侯爵らの来訪の理由は分からないが、あのクソ親父の事だ。俺を侯爵との会談の場に呼ぶとは思えない。とりあえず俺は、無いとは思うが万が一に備えて、母さんの傍に居よう。


 ……そう、考えていたのだが………。



~~~~~~

 その日私、『オズワルド・エルディシア』はとある用があって、ディバイア子爵家を訪れていた。


 事の発端は、可愛い娘の1人、メイルの魔法学園入学を祝うパーティーでの事だった。パーティー自体はつつがなく成功したのだが、そこで私は三女のエミリアの抱えていた悩みを知る事になった。


 エミリアもパーティーを楽しみにしている、と口では言っていたのだが、姿が見えなかった為にメイドたちと共に探した所、外の庭園でエミリアを見つけた。そしてそこで私は初めて、エミリアが悩みを抱えている事を知った。


 パーティーの後、エミリアには私とメイル、妻の3人で話を聞いた。そして娘の抱えていた不安や悩み、その原因を知った時には憤慨したものだ。


 私たち家族はエミリアが適性を一つしか持たない事を恥じた事や嘲笑した事など無いっ!それを、あろうことか私を祝うパーティーで私の大切な娘を愚弄した輩が居たとはっ!この話を聞いた時には腸が煮えくり返る程の怒りで危うくテーブルを叩き壊す所だったっ!

 メイルと妻は、そんな不安に押しつぶされそうになっていたエミリアを両脇から抱きしめ、『そんな事気にしなくていい』と教えながら、何度も何度も優しく頭を撫でていた。


 が、肝心のエミリアが『ある人からアドバイスを聞いていますので大丈夫です』と言って笑顔を浮かべたので、そちらに関しても私たち3人は話を聞いた。


 なんでも、パーティーに参加していた者に偶然独り言を聞かれてしまった事をきっかけに相談を受け、エミリア曰く、『あのお方のおかげで、過去の思い出からヒントを得る事が出来ました』、との事だった。

 妻やメイルなどは、その人物についてエミリアにしつこく聞いては名前や素性などを聞き出し、少しばかり顔を赤くしたエミリアを見ては二人して『これは恋の予感ねっ!』などと騒ぎ出す始末。……あまりそういう話題をしないで欲しいものだ。父親として微妙な心境になってしまうからな。


 まぁ、何はともあれ以降エミリアは、まるで憑き物が落ちたような笑みを浮かべながら日々、魔法で色々な事を試したり、遊んだりしていた。


 父親として、娘の抱えていた問題が解決した事は喜ばしい。が、その反面自分は娘の問題に気付きもしなかった事が父親として非常に情けなく思ってしまう。

 エミリアの言葉だが、『家族だからこそ、余計な心配をさせたくなかった』、との事だ。娘の問題に気付かない父親など、これでは父親失格だ。


 そして、更に言えば今回の事で私も更なる問題に直視する事となった。エミリアの適性の件だ。妻も、他の二人の娘も。3人とも属性適性に関しては天賦の才を持っていると言って良いだろう。しかしエミリアは……。


 娘の適性が1つしか無い事を、心無い連中は上の2人や妻と比較してエミリアを誹謗中傷するのではないか。そう考えてしまう。

 侯爵家ともなれば、その権力や地位に縋ろうとすり寄って来る輩も居る反面、その地位を妬み、陰口をたたく者もいる。そしてそんな連中にとって、上の2人や妻との明確な違いを持つエミリアは格好の的だ。


 私が何かを言われるのはまだ良い。だが、心無い連中の悪意が、家族に、娘や妻に向くのだけは断じて許せんっ!そうなると、誰かエミリアを守ってくれる者が必要になると、私は考えた。


 将来、エミリアは魔法学園に入学するだろう。そこでエミリアを守ってくれる人物は居ないか?と考えた。真っ先に浮かんだのは先に入学している次女のメイルだ。実際メイルも、エミリアの面倒を見ると言ってくれたが、妹とは言え人の面倒を見ながらの勉学は大変であろう。それに学年も違う以上、そういつもいつも気にかけてやれるかどうか。


 そうなると、同い年の人物が望ましいが。エミリアはどちらかというと人見知りをする方で、学園でエミリアの面倒を見る、もっと言えば傍に居て彼女に協力するようお願い出来るような友人は、今の所居ない。


 かといって他の貴族を頼るのもあまり良くはない。下手をすればエルディシア侯爵家の『隙』を晒す事になる。隙を晒せば、そこを突いてくる輩は必ずいるだろう。権力や金、地位を狙って、エミリアへの協力の見返りとして何を求めてくるか。


 そうなると、ある程度強く、そして権力や金、地位に執着の無い人物をエミリアの協力者として迎えたいのだが、そう都合の良い人物は居ないであろう。そう私は考えていた。



 しかし、エミリアの話を聞いて、『アルフレッド・ディバイア』という少年に興味が沸いた。彼はエミリアから相談のお礼について話をした際、それを断ったという。普通の貴族ならもっとこう、侯爵家に近づく為にそのお礼を『だし』にするだろうが、話を聞く限りではアルフレッド少年にそう言った欲が無いように思えた。

 

 そこで私は考えた。そのアルフレッド少年の人となりを見て、もし可能であるのならエミリアの協力者にしよう、と。父親としては同世代の異性、というだけで悩ましくはあるが、エミリアにこの話をしたところ『可能であれば、それが良いです』と頬を少し赤らめながら言ってきたのだ。


 ……父親としては、まるで恋でもしているような娘の様子にモヤモヤした思いがあったが、背に腹は代えられない。なので、アルフレッド少年に会って見る事にしたのだが……。



 ディバイア家に向かう道中で、ゴブリンの襲撃を受けた。護衛の騎士たちだけでも十分かに思えたが、数が多い。私も魔法は扱えるので、参戦するべきか?と思った矢先、爆音が響いた。何事かっ!?と馬車の中より様子を伺っていたが、どうやら何者かが騎士たちを援護してくれたようだ。ゴブリン数匹が攻撃で倒れ、更に謎の爆音でゴブリンどもが混乱している間に、護衛の騎士たちがゴブリンどもを殲滅した。


 幸いにして死傷者は無し。隊長よりその報告を受けた私は、彼に先ほどの攻撃の主を呼ぶよう指示を出した。人であれば、貴族として助けられた事への謝意を示さなければな。


 しかし騎士の声に応じて現れたのは、思っていたよりも若い少年だった。装備はどれも見た事が無い物ばかり。話を聞いている限りでは、ディバイア家の関係者で、訓練中にたまたま戦闘に気づいて加勢してくれた、との事だが。


 当初はディバイア家配下の騎士の子か?とも思ったが、彼はアルフレッドと名乗った。しかし少年は自らは貴族ではないと名乗っていたのを聞いていた。私はアルフレッド・ディバイア少年に会うために来たのだが、ただの偶然、同名だと言う事か?と思いつつ、アルフレッド少年に案内され、ディバイア家へと到着した。



「ようこそお出で下さいましたっ!オズワルド侯爵っ!」

 しばし正門前で待たされた後、ディバイア家当主であるグスタフ・ディバイア子爵と息子の一人であるカイン・ディバイア少年、更に数人の使用人たちに出迎えられた。しかし、言いたくはないがグスタフ子爵の歓迎は、あまり好ましい物ではなかった。


 侯爵家と繋がりを持ちたいという思惑が、その表情から読み取れる程に、薄気味悪い笑みとギラついた瞳に少なからず嫌悪感を覚えた。『もしやアルフレッド・ディバイアという名前をエミリアが聞き間違えたのではないか?』とさえ考えてしまった。


「急な来訪、大変申し訳ない。グスタフ子爵」

「いえいえっ!手紙は頂いておりましたし、子爵家一同、首を長くしてオズワルド侯爵の来訪を心待ちにしておりましたっ!ささっ!どうぞこちらへっ!」

「う、うむ」


 グスタフ子爵に案内された私と、護衛のために騎士1人。通されたのは応接室の一つだった。その部屋に合ったソファに促され、腰を下ろした。そして私の対面に座るグスタフ子爵とカイン少年。更にソファの後ろには家令と思われる老執事が控えている。……ここにもアルフレッド・ディバイア少年の姿は無し、か。


 パーティーに給仕として参加し、偶然話を聞いた者の話では、カイン少年はアルフレッド少年が病弱だった事を口にしていたようだが。だからこの場には居ないのだろうか?しかし病弱だとするのなら、先ほど森で援護をしてくれた少年は、別人という事か? と、考えていると。


「オズワルド侯爵。さっそくで申し訳ありませんが、本日はどのようなご用向きでございましょうか?以前いただいたお手紙では、所用で我が家を訪れたい。近々そちらを訪ねるだろう、と言った事しか書かれておりませんでしたので」

「ん。あぁ、そうであったな」


 実の所、今子爵が言ったように手紙にはアルフレッド少年に会ってみたい、という旨を書いてはいない。娘、エミリアの協力者としてふさわしいか。本当に権力欲などが無いのか、素の彼を見て見たかったからだ。


「グスタフ子爵。実を言うと、先日でのパーティーで私の娘が、そちらのご子息に世話になったようでしてね。本日はそのお礼を兼ねての来訪とさせていただいた」

「お、おぉっ!左様でしたかっ!よくやったぞカインッ!」

「え、えぇ。ありがとうございます父上」

 子爵は隣に座っていたカイン少年を褒めたが、当の褒められた本人は『何のことだ?』と言わんばかりに首を傾げ、小さく眉を顰めていた。


「実を言うと、娘の1人が悩みを抱えていてね。貴殿のご子息が相談に乗ってくれたおかげで、娘の悩みを解決できたのですよ」

「おぉっ!では私の息子が侯爵様のご家族のお役に立てたと言う事ですねっ!いやはや父親ながら誇らしい限りですっ!して、そのご息女というと、次女のメイル嬢ですかなっ?」

 ……どうやらグスタフ子爵は詳細を、彼の息子と思われるアルフレッド少年がエミリアの相談に乗っていた事を知らないようだな。


 ますます、人違いで無関係の家を訪ねてしまったのでは?と言う想いが脳裏をよぎる。そうなってくると、大変話題を切り出しにくいが仕方ない。

「いや、世話になったのは三女のエミリアでね。相手と言うのが、アルフレッド・ディバイアと名乗ったのだが……。貴殿のご子息かな?」

「え?あ、アルフレッド、ですと?」

 彼の名前を出すと、子爵はすぐさま呆然とした表情を浮かべた。


「あぁ。パーティーの席でそちらのカイン少年と一緒にアルフレッド・ディバイアと名乗る少年が参加しているのは聞いていたが、貴殿のご子息ではないのか?」

「あ、え、えぇっと。アルフレッド、ですか。あれは確かに私の子、ですが。とてもオズワルド侯爵の前に出せるような者では……」

「では、アルフレッド・ディバイアという少年は貴殿の息子で間違いないのですね?」

「え、えぇ。た、確かに息子ではありますが……」


 どういうことだ?私は素直に疑問に思った。グスタフ子爵が権力や地位にがめつい事は様子を見ていれば分かる。そして息子が私の娘に助けになったと分かれば、私に取り入ろうと自慢の息子として紹介して来そうな物だが。……何か裏があるのか?もう少し踏み込んでみるべきか。


「出来ればアルフレッド少年本人に私から直接お礼を言いたい。彼はこちらに?」

「え、えぇ。恐らくは……」

 『恐らくは』、だと?仮にも自分の息子だろう。それが自宅にいるかどうかも把握していないのか彼は。ますます分からん。

「ならば彼を呼んできていただけますかな?直接話がしたいもので」

「か、かしこまりました。おい、エリク。アルフレッドを、呼べ。すぐにだっ」

「は、はいっ。すぐにっ」


 子爵は平静を装っていたが、声の所々に刺々しい物を感じた。もしや子爵とアルフレッド少年は不仲なのか?と、勝手な推察をしつつ、私はアルフレッド少年を待つ事にした。



~~~~~~

 あの後、俺は母さんに説得されM37から弾を抜いてガンロッカーに戻した。とはいえ、万が一が無いとも言い切れないので、今度は俺が何とか母さんを説得し、普段着には着替えず、迷彩服にコンバットブーツ、ヘルメットにグローブ、ボディアーマーやリグ、それにレッグホルスターにUSP、リグにUSPのマガジンを複数装備したままでいる事を許してもらった。


 まぁ、後から考えると『考えすぎ』、『警戒し過ぎ』とも思える内容だった。とはいえ、やっぱり警戒してしまうのは今の俺の、転生後の性分だった。


 俺には前世があって、一度死んで、転生して、そして痛感した事があった。それは『喪失の痛み』だった。


 俺は転生の際にはもちろん喜んでいた。チート付き転生なんて、男なら一度は憧れたシチュエーションだろう。だが、転生して母さんと暮らすようになって、しばらくの間俺を蝕んだ物があった。それが、『前世の家族との、突然の死別』という現実だった。後になって、前世の家族との思い出がフラッシュバックするようになり、何度も悪夢で飛び起きた事があった。悲しみで人知れず涙を流す事があった。


 転生によって経験した喪失の『痛み』。また同じように失うかもしれないという『恐怖』。それが俺に作用して、病的とも言える程の警戒心を植え付けた。物は壊れれば新しく用意すればいい。銃だってそうだ。だが命はそうはいかない。死んだらそこで終わり。永遠のお別れだ。


 その恐怖が、不安が、俺を変えた。ただ銃を用いて好きなように生きてみたい、という安易な願いは捨てた。家族を守るために、母さんを守れるように強くなろうという想いに変化した。それからだ。自分を鍛え、銃やナイフを使った戦い方を学び、そして守るために、『敵となる相手は殺せる時に殺しておく』、という線引きを明確に持つようになったのは。


 もう二度と、大切な人を失いたく無いという強い意志が今の俺の、原動力になっていた。



 そして、そんな俺にとって唯一無二の大切な存在である、母さんとのんびりしていた時だった。

「んっ?」

 母さんとお茶をしていた時。不意に、家の外に人の気配を感じ即座にカップを置き、右手をホルスターに伸ばした。

「アル?どうしたの?」

「しっ」

 俺は母さんに向かって小さく人差し指を立てながら、短くジェスチャーで静かに、と伝えると、椅子より立ち上がりホルスターからUSPを抜いた。


 そのまま窓の外を警戒しつつ、ドアの傍に歩み寄り、母さんには念のため伏せておくようにと、手でジェスチャーを送る。母さんは戸惑いながらも、すぐにテーブルの下に隠れた。


 が……。

『コンコンッ!』

「アルフレッド様っ!アルフレッド様っ!いらっしゃいますかっ!」

 聞こえてきた声は、メイドのリリの声だった。それに一瞬安堵しかけたが、すぐに警戒心を戻した。屋敷がもう制圧され、リリを使って俺たちをおびき寄せるのが作戦なのではないか、と。


念のため、周囲に気を配りつつ少しだけドアを開いた。無論、右手に持った銃は体で隠すようにして見せないようにしている。

「あっ!よかったぁっ!アルフレッド様、いらっしゃったんですねっ」

「あぁ。何かようか?リリ」

 俺はドアを開け、リリに声を掛けつつ、すぐさまリリの周囲の様子を伺う。少しだけ顔をだし、ドア付近の壁に敵が張り付いていないのも確認する。


「実は、旦那様がアルフレッド様を呼んでおりまして」

「何?俺をか?」

「は、はい。家令のエリクさんからの指示ですので直接聞いた訳ではないのですが、急いでアルフレッド様を呼んでくるように、と」

「………」

 

 あのクソ親父が俺を?エルディシア侯爵家当主が来ているってのに俺を呼んでる?……いや、クソ親父を通して侯爵が俺を呼んでいる、とも考えられるか?そうなると先日のエミリア様の一件のお礼、という線も捨てきれないが……。


 いや、そう思わせて裏がある可能性も0ではないか。

「なぁリリ。エリクは俺にすぐ来い、と言っていたか?」

「え、えぇと。とにかく急いでアルフレッド様を応接室に連れてくるように、とは言われましたが」

「そうか」


 だったら、今の装備まま向かったとしても『至急のお呼びでしたので』と言って、ナイフや銃を手に向かっても問題ないだろう。武器の携帯を訝しむだろうが、構う物か。こちらには死ねないだけの理由があるのだから。


「分かった。ならリリ。悪いがリンクスに言ってここに騎士を1人か2人、俺の代わりに待機させておいてくれ」

「か、かしこまりましたっ!」

 指示を受けてリリはすぐさま小走りで去って行った。


「と言う訳だから、母さん。ちょっとあっちに行ってくる」

「えぇ。いってらっしゃい、アル」

 母さんの笑顔に見送られ、俺は家を出た。道中ですれ違った母さんの家に向かう騎士たちに、母さんの事を頼みながら俺はすぐに屋敷の中へ。


 そして、入り口で待っていたエリクに案内され、俺は応接室に向かった。

「旦那様、アルフレッド様をお連れしました」

「……通せ」

 エリクがドアをノックし声を掛けると、中から微かに聞こえたクソ親父の声。だが、微かに聞こえた声色からして俺の来訪を望んで、という訳でもないだろう。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

「失礼しますっ」

 俺はエリクが開けたドアより中に入り、数歩歩いて立ち止まる。中にいたのは、クソ親父とカインの2人。その2人に向かい合う形でソファに座るオズワルド侯爵。その後ろに護衛だろうか、騎士が1人。エリクはドアを閉め、クソ親父たちの背後に控える。


 これで俺以外に5人か。と、瞬時に観察していたのも束の間。

「き、貴様アルフレッドッ!なんだその恰好はっ!」

 すぐさまクソ親父が激高し顔を赤くしながら怒鳴り散らしてきた。

「オズワルド侯爵様の前で、何だその恰好はっ!」

「……至急来るように、との事でしたので。訓練から戻った直後でしたし、着替える時間も惜しんで参ったのですが?」

「き、貴様っ」

「父上、今は不味いです」


 至急来いって言われたらから来ただけですが?と言わんばかりの俺の言葉が癪に障ったのだろう。クソ親父は頭に青筋を浮かべている。が、流石に侯爵の前だ。カインが止めに入った。さて、肝心の侯爵の様子はと言うと……。


「君は、あの時の?」

 俺を見てとても驚いていたようだった。まぁ、あの時は貴族じゃないって名乗ってたからなぁ。なのに子爵の息子として呼ばれた俺が来た訳だし。あれは流石に不味かったか。仕方ない。謝罪も併せて、自己紹介としよう。


「申し訳ありません。実は先ほど、私は身分を偽っておりました。私の名はアルフレッド・ディバイア。一応は、ディバイア家の子となっております」

「一応、だと?」

 案の定と言うべきか、侯爵はその言葉に反応した。が、聞き返すよりも先に声を荒らげた者がいた。


「おいアルフレッドッ!貴様、先ほどとはどういう事だっ!」

 クソ親父だ。

「実は先ほど、屋敷の外で訓練をしていた際、ゴブリンに襲われていたエルディシア侯爵の馬車を発見し、その撃退に協力したのです。実際、その時に侯爵様とは一度顔を合わせておりました」

「な、なんだと……っ!?」

 ん?なんだ?クソ親父の様子が少しおかしい。冷や汗をかいているように見えるが?


「貴様っ!その時に何か余計な事をっ」

「グスタフ子爵」

 クソ親父が何かを言おうとした時、侯爵がそれを制した。

「……少し、彼に私から質問したいのだが、よろしいかな?」

「ッ。わ、分かり、ました」


 その時の侯爵の、クソ親父に向ける目は何かに怒っている、いや、何かを疑っているようにも見えた。……あの時の対応間違ったかな?と内心俺も冷や汗をかき始めていた。それほどまでに、すぐそばに居る侯爵から剣呑な空気を感じていた。

「ありがとうグスタフ子爵。……さて、改めて」

 そう言って侯爵は俺の方に目を向けて来た。


「君は、アルフレッド・ディバイアで間違いないのかね?」

「はい」

 侯爵の剣呑な雰囲気からして、まるで尋問だなと考えつつ、もはや嘘は通じないと高をくくり、真実を話す事にした。

「ではなぜ、先ほど君は私の前で貴族ではない、と嘘を付いたのかね?何か身分を隠す理由でもあるのかな?」

「はい」

「ではその理由は?話せるかね?」

「それは……」

 問われ、俺は咄嗟にクソ親父らをチラ見した。まぁ理由が理由だからな。で、すぐに視線を戻したが、どうやら侯爵様に見られたようだ。


「……アルフレッド君。すまないが私は事実が知りたい。ここで見聞きした事は口外しないと約束する。なので教えてくれないかね?」

「かしこまりました」

 まぁ、話したところで俺には大してダメージがある物でもないし。


「私の父は確かにこちらにいるグスタフ・ディバイア子爵ですが、母は平民、妾です。俺は貴族と平民の間に生まれた子です」

「ッ!アルフレッドッ!貴様何を話してっ!」

「子爵っ」

「ッ!」

 声を荒げたクソ親父だが、それも侯爵様に留められた。


「私は、今。彼と話しているのだ。少し、黙っていてもらおうか」

「も、申し訳ありません」

 ははっ。こりゃ傑作だ。普段から俺をまるで道具みたいに見下してばかりのクソ親父が、まるで借りて来た犬みたいにしおらしい。思わず吹き出しそうになるのを堪えるのがキツイぜ全く。


「それで?アルフレッド少年。続きを」

「はっ」

 おっと。今はこっちに集中だな。

「もう一度聞くが、なぜ身分を偽ったのかね?」

「今お話しした通り、私は貴族と平民のハーフです。一応、生まれた順番で言えば次男になりますが、そこにいるグスタフ子爵とその正妻、つまり義理の母。そして、異母兄弟である2人から私と母は酷く嫌われておりまして。一応、この屋敷の敷地内に離れと称した一軒家で母と共に生活しておりますが、普段は私が屋敷に近づくだけで罵られる程です」

「ほう?」

 侯爵は、まるで親にあるまじき行いをするクソ親父を嫌悪するような、睨みつけるような目で顔を青くし震えるクソ親父とカインを見つめている。


「また、普段から平民崩れと言われ、私はディバイア家を名乗るのすら烏滸がましいと言われ続けてきておりましたので。もしあの場でディバイア家の名を名乗っていれば、後で何を言われるか分かり切っておりましたので。その場の嘘として、咄嗟に貴族ではないと名乗りました」

 そこまで言い切ると、俺はブーツの踵を合わせて音を鳴らし、ビシッとした姿勢で侯爵様の方へ向く。


「この度の嘘は、誠に申し訳ありませんでしたっ!」

 そしてそのまま深く頭を下げた。バレている以上、これ以上何か言っても言い訳にしか聞こえない。ここは、潔く謝罪する以外にないだろう。俺は頭を下げたまま侯爵の返事を待った。


「そうか。……アルフレッド君」

「はっ」

「君の事情は理解した。どうか頭を上げてくれ」

「はっ。失礼しますっ」

 幸い、侯爵様の声に怒りは感じられなかった。顔を上げて様子を確認すると、侯爵様は呆れたように息をついていた。まぁ、そりゃ呆れるわな。良心的な人間からすれば、どう見ても親の所業ではないのだから。


「君の境遇は分かったよアルフレッド君。その上で更に確認をさせてもらえるかな?」

「はい。何でしょうか?」

「君は先日のメイルの、私の次女の魔法学園入学を祝うパーティーに出席していたね?」

「はい」

「そこで三女のエミリアと会い、エミリアの悩みの相談に乗った。そうだね?」

「はい。偶然エミリア様の独白を聞いてしまい、その流れで相談に」

「そうか」


 どうやら侯爵様がここに来たのは、やっぱりその辺りが関係しているのか?と考えている所に。

「そ、そうだっ!アルフレッドッ!貴様どういうことだっ!」

「何が、でございますか?」

「エミリア嬢との相談についてだっ!そんな出来事があったなど、報告を受けていないぞっ!」

「それは、まぁ。エミリア様ご本人が内密に、と仰られたので。ご報告はしませんでした」

「ッ!貴様なんて事をしてくれたのだっ!そのことを知っていればっ!」


 クソ親父の奴、もしかしなくても今の出来事を知ってたら利用する気満々だな?って言うか頭に血が上ってるなこいつ。何しろ関係者の侯爵様が傍に居るってのに。


「知っていたら、何だというのだね?グスタフ子爵」

「ッ!」

 あ~あ~。言わんこっちゃない。ま~た侯爵様怒ってるよこれ。

「あ、い、いえっ!何もっ!決してやましい事は、何もっ!」

「……まぁ良い。そのことに関しては、我が娘のために尽力してくれた、こちらのアルフレッド君に免じて水に流そう」

「っ!あ、ありがとう、ございますっ」


 クソ親父の奴、頭こそ下げたが恐らく頭の中では『俺のおかげで助かった』という現実に滅茶苦茶怒ってるだろうな。何しろ、普段から無能と見下している相手に救われたんだ。心穏やかではいられないだろう。


「さて、では色々分かった所で、改めて私の方から本題に入らせてもらおう。アルフレッド君。実は君をここに呼んだのは私でね。まずは娘のために相談に乗ってくれた事。そして更には先ほどのゴブリン襲撃時の援護について、私からお礼を言わせてもらおう。ありがとう」

「はっ!もったいないお言葉、ありがとうございますっ」


 俺は小さく会釈する侯爵に向けて姿勢を正し、はきはきとした声で返事を返した。

「さて。では次の話になる。アルフレッド君。実は君に頼み事があってね」

「頼み事、でございますか?私に?」

「あぁそうだ」


 こいつは正直予想外だ。いや、もしかすると侯爵様が直々に出向いた事ってこれが理由なのか?しかし、侯爵家の当主がわざわざ出向いて子爵家の次男坊の俺に頼み事って一体?


 と、頭の中で疑問を膨らませていた時だった。

「お、お待ちくださいエルディシア侯爵閣下っ!」

 不意に今まで黙り込んでいたカインが突如として声を上げながら立ち上がった。

「確かにこのアルフレッドはご息女エミリア様の相談役として見事な活躍をしたかもしれませんが、そのような事は誰でも出来る事っ!ましてこいつは平民と貴族のハーフっ!いわば穢れた血の男ですっ!侯爵閣下がそのような者を頼るなどっ!そこはぜひこの私、カインにお任せくださいっ!このような穢れた血の役立たずより、私の方が何倍も閣下のお役に立って見せましょうっ!」


 カインは声を荒らげ必死に自らをアピールし、同時に俺を貶した。

「そ、そうですオズワルド様っ!アルフレッドに頼み事をするくらいならば、どうか私とこのカインにっ!如何でしょうっ!」

 更にそれに乗っかるクソ親父。ここまで権力欲しさに暴走している所を見ると、逆に笑えて来るなぁ。


「ハァ」

 するとまぁデカいため息を侯爵様がしてるんだよなぁ。気づけクソ親父たち。明らかに何か言われる前に発言を取り下げろっ。


 と、俺が期待するもまぁそうはならなかった。侯爵の答えを待つばかりの2人だ。

「如何でしょうかっ!閣下っ!再考していただけませんかっ!」

「……グスタフ・ディバイア、並びにカイン・ディバイアに言いたい事がある」

「はいっ!何でございましょうかっ!?」

 うわぁ、クソ親父めっちゃ食い気味やん。あれ、自分の提案が却下される可能性とか考えてねぇのか?……無いんだろうなぁ。無能な俺の方を選ぶ訳が無い、とか思ってるなぁあれは。


「悪いが彼と、アルフレッド君とだけ話がしたい。君たち2人は、申し訳ないが退室してもらえるかな?」

「……え?」

 カインが呆然とした顔で疑問符を漏らした。クソ親父も呆然としていた。

「聞こえなかったのかな?私は彼と話がしたいんだ。君たち2人が居ては話が全く進まない。……ご退室願えるかな?」

「お、お待ちください閣下っ!どうかご再考をっ!このような役立たずより私をっ!」

「や、やめないかカインっ!」

 未だに引き下がろうとしないカインを、流石にクソ親父が引き止め、俺の方を見て悔しそうに顔を歪めながら、退室の一礼もせずに部屋を出ていった。


 それからしばらく部屋を静寂が包んだが、それを破ったのは、俺だ。

「エリク、悪いがあの2人のフォローを頼む。あの勢いじゃどこかで暴れ出しそうだ」

「か、畏まりました。では、失礼します」

 そう言ってエリクは、ドアの前で一礼すると部屋を出ていった。


 また、しばし静寂が部屋を包むがそれを侯爵が破った。

「君も、大変だな。あのような父親の元で」

 エルディシア侯爵は、俺に対して憐れむような目を向けて来た。けどまぁ。

「……父親と思って慕った事はありませんから。俺の親は母さん一人だけです。あの男から一切愛情が向けられていないと分かった時にはもう、父親だと思わなくなりましたし、それ以降は吹っ切れて最低限の接触だけに努めていましたから」

「そうか。……いや、すまない。変な事を聞いてしまったな。本題に戻ろう」


 そう言って侯爵は話題を変えた。

「それでだね。私がここに来た理由は、君に頼み事があるからなんだが、その前に質問をまたしても構わないか?」

「構いませんが、なんでしょう?」


「君は、自分を権力や金という物を欲する質の人間だと思うかね?」

「……どうでしょう?あまり人からそういった事に関しての客観的な意見を貰わないので。あまり否定も肯定も出来ませんね」

 なぜそんな事を聞くのか?と疑問に思いつつも、とりあえず素直に答える。


「ならば、君自身の意見はどうかな?権力は欲しいと思うかね?お金は?」

「お金は、まぁ欲しいとは思います。将来何があるか分かりませんし、稼ぐ金額が多ければ日々の生活も豊かになりますし、いざという時の貯金にも回せます。ただ、権力が欲しいかと言われると、そちらは微妙ですね」

「ほう?何故かね?」

「権力を持った所で、活かしきれなければ意味がありませんし。あの父親たちを見ていると、権力を求める余りに権力そのものに振り回されているようで。単純にあぁはなりたくないな、と思う自分もいまして」

「成程」

 俺が苦笑交じりに語ると、侯爵様も納得したように頷いた。


「ある程度お金があれば、貴族でなくても人を雇って身の回りの世話をしてもらう事は出来ますからね。そう考えれば、お金はまぁ欲しいとは思いますが、権力までは流石に欲しいとは思いませんね」

「そうか。それが君の考えか」 

 侯爵様は満足そうに笑っていた。って言うか、なんで俺はこんな質問されているんだ?


 と思った直後、再び侯爵様が真剣な様子で口を開いた。どうやらこっからが本題か。

「アルフレッド君。君に一つ、頼みがある」

「……その内容は、いかなるものなのでしょうか?」

「君には、可能なら魔法学園に入学後に私の娘、エミリアの学園内部での協力者になってやって欲しいんだ」

「えっ?」


 今、この人は何といったっ!?魔法学園っ!?なぜそうなるんだっ!?あんな所、魔法至上主義者の温床だっ!俺にとって一番縁遠い所だぞっ!?そこに、この人は行けってかっ!?……とはいえ、声を荒らげる訳には行かない。


「り、理由を、お聞きしても?」

「うむ。君も知っての通り、エミリアは適性が1つしかない。だが、上の2人や私の妻の適性の事は、知っているだろう?」

「はい。あの日の夜、エミリア様の相談事の際にお聞きしました」

「そうだ。姉たちや母との『違い』。そこを、悪意ある者が付け込んでくる可能性が無いとも言い切れない」

「つまり、学園内部でエミリア様がいじめに遭う可能性があると仰りたいのですか?」

「そうだ。だが単純に違いをネタに揶揄うだけでは無いかもしれない。侯爵家という爵位を妬んだ者による筋違いな怒りに晒される可能性もある」

 そう語る侯爵様の顔は可能性を深刻に憂いているようだった。


「私は父として娘を守りたいが、私にも仕事がある以上、いつも娘の傍に居てやる事は出来ない。先に入学する次女のメイルも出来る事はすると言ってくれているが、正直、エミリアの味方が多い事に越した事は無い」

 成程。この人は家族が大切ないわゆる『親バカ』なのだろう。しかし……。


「エミリア様を悪意から守るための味方、というのは分かりますが、そこでなぜ俺、あいえ、私なのでしょうか?」

「理由としては、あまり権力欲や金銭欲が無い事だ。少なくとも君は、そういう人間だと私が判断した。これでも、侯爵家の当主をしていてね。人を見る目はあると自負しているんだよ」

「成程。それで俺に?」

「そうだ。貴族同士など、隙を見せれば食い荒らされる。食うか食われるかの関係に近いんだよ。エミリアは人見知りをする質で、あまり親しい同年代の友人も居なくてね。こんな事を頼める友人もいないんだ」

「かといってあまり親しくも無い貴族にこの話を持ち込めば、逆にエルディシア侯爵家が外に隙を作ってしまう。それだけは避けたい、と言う事でしょうか?」


「うむ。更に、君は先ほどのゴブリンの戦闘で戸惑うようなそぶりを見せていなかった。君は、既に実戦を経験しているのかね?」

「えぇ、まぁ。ゴブリン程度ですし、ディバイア家お抱えの騎士団の戦闘に参加した程度ですが、実戦経験はあります。また、騎士団の訓練にもかなりの頻度で参加しています」

「だとすれば、なおさら心強い」


 そう言うと、侯爵様はソファから立ち上がり、俺の前に立った。そして

「頼むっ!娘のために力を貸してくれまいかっ!」

 何と俺に向かって頭を下げたのだっ!?侯爵家の当主が、子爵家次男坊の俺にっ!侯爵の後ろにいた護衛の人も戸惑い驚いているのが分かる。

 

 その侯爵様の姿を見ているだけで、家族をどれだけ愛しているのかが分かる。侯爵家の人間が、子爵家の人間に頭を下げるなんて、それこそ家の名誉を傷つけかねない。そうまでして、この人は家族を、エミリア様を守りたいんだろう。


 けれど……。家族。そう、家族だ。俺にだって、守りたい家族が。母さんがいる。俺が魔法学園に入学したら、母さんはどうなる?この家のあの一軒家で一人だけだ。まして俺が魔法学園に入学でもしたら、あのクソ親父やその妻のクソ婆が何をするか分からない。だから……。


「エルディシア侯爵のお気持ちは分かります。しかし、私にも自分の未来、思い描いた道筋があります。それを、いきなり破り捨ててまで協力しろと言われても、即答は出来ません。母と、母さんと話をさせてください。俺の選択には、母さんの未来も掛かっているんです」

 分かってる。誰だって家族は大切だ。この人だって。俺だってそうだっ。だからこそ、いきなりは決められない。決められる訳がないっ!


「分かった。私は、ここでしばらく待たせてもらう。出来れば、今日中に君の返事を聞かせて欲しい」

「……分かりました」


 その後、俺は『失礼します』と言って部屋を出た。そのまま、母さんの待つ一軒家に向かった。


 侯爵様の想いは分かるが、だからって俺にも、譲れない物はある。今の俺の願いは、母さんと平和に暮らす事。後2年と経たずに、その夢に向かって踏み出せる所まで来たんだ。


 その選択肢を今の俺は、捨てる事は出来なかった。


 

     第6話 END

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