第4話 2人だけの夜会・後編

 唐突なクソ親父の指示で、貴族、エルディシア侯爵家主催のパーティーにカインと共に出席する事になった俺。参加経験など無い貴族のパーティーに内心四苦八苦しながらも、何とか役目を果たしたのも束の間。夜風に当たろうと出た庭園にて、パーティーの時に見かけた女の子と遭遇してしまうのだった。



「ッ、君、は……」

「あなたは、どちら様ですか?」

「っと。失礼しました」

 思わず声が漏れてしまった。一方、彼女は俺を警戒しているようだ。初対面だし無理もない、と思いつつ即座に謝罪した。


「お、いえ。私はアルフレッド・ディバイアと申します。本日のパーティーにご招待いただき参加していたのですが、夜風に当たりたくなり場所を探していた所、こちらの庭園を見つけまして。先客の方がいるとは知らず、失礼しました」

 謝意として俺はしっかりと頭を下げた。結果的に彼女の独り言を聞く形となってしまったしな。

「そう、だったのですか」

 どうやら少しは警戒心を解く事が出来たようだ。それに安堵しつつ頭を上げる。が、しかし……。


「あっ」

 彼女は警戒心を緩めたのも束の間。何かを思い出したかのように、声を漏らした。

「あ、あの。……き、聞こえていましたか?私の、独り言。その、魔法の適正について」

 すぐさま彼女は、自分の独り言を聞かれていたかもしれない、という事を思い出したのか、不安そうに俯きながら問いかけて来た。その表情からも、聞かれたら不味い類の独り言だった事が分かる。


「……申し訳ありません」

 これも、嘘をついて後でバレたら余計事がこじれそうだし。とにかく謝ろう。

「いらっしゃるとは知らず。聞くつもりも無かったのですが……」

「そう、ですか。……あの、このことは、私の魔法の適正についての事は、どうか内密にお願いできますか?」

「無論です。秘密にしたい事は、誰にでもある事です。今回の事は誰にも話さないと約束しましょう」

 俺の言葉が本当である事を証明するように、彼女の目を真っすぐ見つめながら俺は頷いた。誰にだって秘密はあるし、それを吹聴して回るほど馬鹿でデリカシーのない男になるつもりは無い。

「そうですか。……ありがとうございます」

 彼女は俺の言葉を信じたのか深々と頭を下げた。

「……まだ、外の人に知られたくはないんです。私自身の覚悟が、出来ていませんので」

 静かに語る彼女の、俯きながらも微かに見える表情は、何かに怯えているようにも、不安に押しつぶされそうになっているようにも見えた。


 その表情を見ていると、俺の中の安っぽい正義感が顔を覗かせて来た。困っているみたいだし、相談くらいには乗れないか?と。

 

 あぁ、これは俺の安っぽい同情だ。赤の他人に相談?しかも初対面で、お互いの名前すら知らないんだぞ?普通ならありえない。仮に『相談に乗りましょうか?』なんて言ったって、『え?』って引かれるに決まってる。第1、赤の他人である俺が彼女の悩みを聞いてやる義理は無い。いや、そもそも相談に乗ったからっていいアイデアを出せる確証はどこにもない。だからやめておこう、と考えてしまう。……そう、考えているのに……。


 何故か目の前の彼女の、不安そうな表情から目が離せない。男としては助けてやるべきなのかもしれないが、だからと言って俺が彼女の納得する答えを用意してやれるとも限らない。


 感情的思考と論理的思考が頭の中でぶつかりあっている。


 けれど、不安に駆られているような彼女の表情が、俺の中の安っぽい正義感の背中を押した。

「あ、あの」

「え?」

 気づいた時には、反射的に声が漏れていた。そしてそれは、彼女も聞こえていたようだ。俯いていた顔を上げ、こちらを見つめながら小首をかしげている。


「こんな事を突然言うと、驚かれるか引かれるかもしれませんが。良ければ独り言を聞いてしまったお詫びに、私にできる事はありませんか?」

「え?お詫び、ですか?」

 うん、予想通りの反応だ。彼女は困惑している。急にそんな事を、それも初対面の相手に言われたんだ。当たり前と言えば当たり前だ。


 ここは、更に俺の方から説明しておかないと。

「実は、私は先ほどのパーティーの際にあなた様を見かけているんです」

「えっ?」

「パーティーの主役であるメイル嬢と、その御父上であるオズワルド侯爵が檀上で挨拶をされている際、お二人が入室してきたドアの所から、あなた様がお二人を見ていらしたのを、私は見ていたんです」

「ッ。そうですか。あの時の私を、見られていたんですね」

 彼女は見られていた事を知ったからか、少し動揺したのか視線を泳がせた。

「えぇ。そしてあの時も、あなた様は先ほどのように不安そうな表情でため息をつかれていましたね?」

「……何もかも、見ていたという訳ですね」

 彼女はまるで隠す事を諦めるように苦笑を浮かべながら息をついた。

「盗み見るような形になってしまい、申し訳ありません」

 俺はもう一度彼女に頭を下げた。

 

「ですが、見てしまったからこそ気になってしまう。今も、まるで見えないプレッシャーに押しつぶされそうになっているあなた様を見ていると、助けになりたいと、俺の中の安っぽい正義感が囁くのです」

「……押しつぶされそう、ですか」

 彼女は俺の言葉を聞くと、その部分を苦笑しながら繰り返した。どうやらその表現は、的を射ていた、という事かもしれないな。


「俺は赤の他人です。しかしだからこそ、客観的に何か、助言が出来るかもしれません」

「あなたが、私に?」

「はい。無論、私のような浅学な者の言葉であなた様の悩みを解決できるかどうかは、確証がありません。ですが、もしかしたらと。そう考えている自分がいるのです。……如何でしょう?」

「……」


 俺の問いかけに、彼女は悩むように視線を下げた。正直な所、彼女の答えがYESであれNOであれ、どちらでも問題は無いと、俺は思っていた。


 相談に乗るのなら、俺は出来る限りの知識や経験でアドバイスを送ろうと思っていたし。相談を『要らない』と言うのなら、聞いた独り言の内容などを絶対に口外しないと約束し、この場を離れるだけで良いはずだ。さて、彼女の答えは、どっちだ?


「……あなたは、私の相談に乗ってくれるのですか?」

「はい。例え安っぽい正義感だとしても、俺があなたの助けになりたいと思ったのは事実。ですので、出来る限りの事はさせていただきます」

 彼女は俯いたまま問いかけてくる。そこから更に、数秒の沈黙を挟む。


「……分かりました。もう、この際です。私の悩みを、聞いてくださいますか?」

「かしこまりました」

 俺に、中途半端に知られているという事もあるのだろうか。彼女は少し、吹っ切れたような、悪い言い方をすれば諦め、少し自虐的な笑みを浮かべながら問いかけて来た。俺はそれに静かに頷き返す。


 さて、ここからは彼女の悩み事について相談を受ける訳だが、はたしてどうなるか。ま、やれることをやらせてもらうだけだ。やるからには、全力でな。


「では、まずはこちらへどうぞ」

「はい。失礼します」

 彼女は俺を、隣に座るように促してきた。なので、彼女から少し距離を取って腰を下ろした。


「それでは相談、の前に名乗る必要がありますね」

 そう言えば、と言わんばかりに彼女は笑みを浮かべ、一度座っていた噴水の淵から立ち上がると、俺と向かい合うように、俺の前に立った。

「私はエルディシア侯爵家三女、『エミリア・エルディシア』と申します。以後、お見知りおきを」

「……」


 月と星空をバックに、ドレスの裾をつまんで優雅に会釈をするエミリア嬢。俺は思わず、その美しさに見とれてしまった。まるで、名画を前にした時のように数秒、彼女の姿に俺は見惚れてしまっていた。それほどまでに、彼女を『美しい』と思ってしまった。


「ッ!」

 しかし数秒して、俺も改めて挨拶するべきだと考え慌てて立ち上がったっ。

「改めまして、ディバイア家じ、いえ、三男のアルフレッド・ディバイアと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」

 彼女の会釈に答えるように俺も会釈をする。

「はじめまして、アルフレッド様」

 彼女、エミリア嬢は俺の言葉に微笑み返してくれた。

「では、アルフレッド様。私の悩みを、聞いてくださいますか?」

「はい」


 その後、俺たち2人は再び噴水の淵に腰を下ろした。そして、エミリア嬢が徐に口を開いた。


「私の持つ悩み。それは、魔法の適正に関わる物なのです」

「確か先ほど、独り言で『お姉さまたちのように』と、仰られていましたが、それも?」

「えぇ。私には2人のお姉さまが居ます。お二人共、属性適正を2つも持っているんです」

「それは、凄いですね。大半の魔法士は適正を1つしか持たないと聞いています」

「はい。しかし私のお母様は、適正を3つも持っているんです」

「えっ!?」

 属性適正が3つもっ!?すごいお母さんだなっ!?


「私は、幼いころから複数の属性の魔法を操るお母様を見て育ってきました。2人のお姉さまも、属性適正を調べた所、2つの適正をお持ちでした。だから私も、きっとそうなるのだろうと、考えていました。しかし……」

「結果は、違っていた。と?」

「はい。今から1年ほど前。私の魔法に関する適正を調べて頂いたのですが、適正があるのは水系統魔法。ただそれだけでした。それが、私の悩みなのです」

「そうでしたか」


 確かにこりゃプレッシャーにもなるな、と思わず考えてしまった。上の姉貴2人は適正を二つ持ち、母親に至っては三つ。母も姉も、魔法適正のサラブレッドと呼んで差し支えない中で、自分は適正が一種類だけ。『劣等感』を覚えても仕方ない。


「幸い、お父様もお母様も、お姉さまたちも。私に優しくしてくださいます。けれどある日、聞いてしまったのです」

 ふと彼女の様子を見ると、彼女は顔を青くし、震えているようだった。

「だ、大丈夫ですかっ?顔色が優れないようですがっ?」


 これは不味いのでは?そう考え即座に声を掛けた。

「いえ、大丈夫、です」

 とてもそうは見えないが、本人がそう言っている以上、俺は何も言えなかった。


「ある日、私の家に親族が集まるパーティーがありました。お父様の、お誕生日を祝う席だったのですが、そこでたまたま、親戚の方の言葉を、悪口を聞いてしまったのです。『適性を一つしか持たない彼女エミリアは、姉2人の搾りかすだ』、と」

「……クソッたれ共め」


 反射的に悪態が口から出た。あぁ、今の話を聞いただけで分かる。その親戚とやらは間違いなく魔法至上主義者だ。適正の数や魔法の威力などでしか、人の優劣を図れないクソどもだ。


「その言葉を聞いた日から、唐突に私は自信を無くしてしまったのです。一つの属性適正しか持たない私は、お姉さまたちとは違う、劣っているのだと。どうしても、そう考えてしまうようになったのです」

「……」

 彼女の聞いた、いや、聞いてしまった言葉は言わば『呪い』だ。その言葉は脳裏にこびりついて離れない。

「そして今日のパーティーです。来ていただいた皆さんの前で挨拶をするメイルお姉さまとお父様を見ていた時、不安になったのです」

「あの時、ですか?」


「はい。お姉さまは魔法学園に通う事にまります。そしていずれ私も、同じように魔法学園に通う事になるでしょう。けれど、お姉さまたちとは違い、適正の少ない私が学園に通ったとして、何かを言われるのではないか?お姉さま達と比較されるのではないか?比較され、嘲笑されるのではないか、と。『あの日と同じように』、と。そう考えてしまうと、途端に不安になってしまうのです」

「それが、エミリア様の悩みなのですね?」

「はい」

 彼女は静かに頷いた。さて、ここからは俺の出番だ。


 話は聞いた。彼女の不安とプレッシャーの大本も理解できた。その上で俺に言える事は、ある。後はそれを、彼女にうまく伝える事が重要だ。


「お話を聞いて、エミリア様の状況は理解できました。その上で言わせていただくと、エミリア様は属性適性が一つである事に、囚われ過ぎているように感じました」

「え?」

「お二人の姉君やお母上という、才能の塊が周囲に居た事も原因かもしれませんが。そこに例の悪意ある言葉が重なってしまった結果、エミリア様を苦しめている、と私は感じました」

「囚われている。私、が……」

 彼女はしばし、俯いた。俺の言葉をどう感じたのだろうか?それが分からなかった為に、次の言葉に迷い俺は彼女の様子を見守っていた。やがて……。


「その通り、なのかもしれませんね」

 彼女は自虐的な笑みを浮かべながら頷いた。

「いつも、魔法の事となるとあの日に聞いた言葉が何度も脳裏によぎるのです。そのせいか、自分に自信も持てなくなって。……確かにアルフレッド様の言う通り、私はあの言葉に囚われているのかもしれません」

 彼女は俯き、下を向いている。……この様子からして、あの時の言葉がトラウマになっているのかもしれないな。


 となると、それをどう払拭するか、だ。ここはとにかく、彼女の持つメリットを教えていくか。

「エミリア様。あなた様は今、属性適性の事で囚われていると私は先ほど申し上げましたが、今度はあなた様の持つ強みをお教えします」

「え?」

 強み、という言葉に引かれたのか。彼女は俯いていた顔を上げ、少し驚いた表情で俺の方を見つめてくる。


「私に、強み?そんなものがあるのですか?」

「はい。ただ、どちらかと言えば属性適性が一つだけである事のメリットを、お教えすると言った方が正しいでしょうか」

「メリット?そんなものがあるのですか?属性適性の数が多ければ、それだけ技の選択肢が増えます。色々な事にだって対応できるでしょうし。適性数が少ない事に、メリットなどあるのですか?」

「えぇ。あります」

 彼女を納得させるためにも、俺は力強く頷いた。


「例えば、適性が複数あった場合、それぞれの属性を学ばなければならず、それだけ魔法習得に時間が掛かります。更に、単純に使える技を増やそうとすると浅く広く、多様な技の修練が必要になり、一つ一つの技を磨く時間が割かれてしまいます。しかしこれは逆に、適性が一つだけであれば、そこに魔法習得の時間を集中できる事を意味します。当然、複数の属性を広く学ぶよりかは、習熟スピードも速まるでしょう」

「た、確かに」

 彼女は俺の話にある程度の理解を示してくれている。なら、このまま彼女の持つ強みを強調していく。


「適性が複数あった場合であれば、浅く広く魔法を学んであらゆる状況への対処を想定して万能性を求めても良いかもしれませんが、それが無いのであれば、最初から一つの才能を伸ばす。つまり一極集中、という訳ですね」

「つまり、水魔法を深く狭く学ぶべきだと、仰りたいのですか?」

「はい。少なくとも今の俺は、エミリア様はそうすべきだと考えます」

 それが俺の考えだった。


 適性が少なく汎用性が無いのなら、逆に1点集中。持ち味を伸ばしてやればいい。彼女の場合は、水属性の魔法を極める事が、持ち味を伸ばす事になるはずだ。


「……本当に、それが私にとって正しい道なのでしょうか?」

 彼女は俺の言葉に、完全に納得はしていないようだ。俺は初対面の相手だし無理もない。だが、それでも、俺はそれが正しいと感じたんだ。俺は俺の考えた事、思った事を語るだけだ。


「正直、俺の言う道が100%正しい、という保証はどこにもありません。ただ、少なくとも俺はそれが正しいと思っています。今ここで自分の変えようのない過去や運命を嘆くよりは、やれるかどうか、例え分からなくてもやってみる。『何事も経験してから』と、私は考えています」

「……そう、ですよね。何事も、やってみないと分からない。アルフレッド様の仰ることは分かります。……けれど臆病な私は、その一歩が踏み出せないみたいで」

「成程」


 例の言葉がトラウマとなって自信を喪失。そしてそれ故に一歩を踏み出せない、か。どうするべきか。と悩んでいると。

「私にも、お姉さま達のように才能があれば」

 不味いな。また思考がネガティブよりになってる。それを引き戻さないと。


「お母様のように、楽しそうに魔法を扱えたなら、どんなに良かったか」

「……ん?」

 俺が内心頭を抱えていると、ふと気になった言葉が出て来た。楽しそうに?

「あの、エミリア様。今仰ったお母様のように、楽しそうに、というのはどういう意味ですか?」

「え?それは、もう大分前の話です。私やお姉さま達がまだ幼かったころ、お母様は私たちによく魔法を見せて下さったんです。当時の私たちは、お母様の披露する魔法に魅せられて、いつも大はしゃぎでお母様に歓声を送っていました。お母様もそれが嬉しいのか、いつも楽しそうに魔法を連発して。最後には魔力切れでヘロヘロになりながらお父様や執事たちに怒られたりもしていました」

 思い出を語る彼女は、過去を思い出し楽しそうに笑みを浮かべていた。


 そして彼女の話と、今の彼女の笑みを見て、分かった。彼女に送るべきアドバイスが。

「もしかしたら、それが一番の選択肢なのかもしれませんね」

「え?」

 唐突な俺の言葉に彼女は、一転してキョトンとした表情で首を傾げた。

「魔法を楽しむ、という事ですよ。それが今、エミリア様に一番必要な事なのかもしれません」

「魔法を、楽しむ、ですか?でも、どうやって?」

「何も難しい事ではありません。ただ、気が向いた時に魔法で遊べば良いんです。水の魔法ですから、それを使って植物に水やりをしたり、空に向かって水を放って虹を描いてみたり。とにかくそういった所から始めて見るのも手ですね」

「で、でも、それは魔法を学ぶ事になるのですか?」

「確かにそれだけでは、学ぶ、とは言えません。しかし、興味を持って魔法を学ぶための第一歩にはなるはずです。魔法を使った遊びを通して魔法への興味を持つ事が出来れば、魔法の修練も苦ではなくなります。魔法を学ぶ、という事の前段階、始まりの第一歩として魔法で遊ぶんです」

「魔法を学ぶために、魔法で、遊ぶ。魔法を、楽しむ」


 彼女はその言葉が意外だったのか、少し困惑している様子だった。

「成程。そういう事も、あるのですね」

 けれど彼女は、少しだけ笑っていた。少なくとも、俺のアドバイスは無駄ではなかったようだ。それからしばらく、俺は彼女の様子を見守っていたが、ネガティブな考えを漏らす事は無かった。


「如何でしょうか?俺のアドバイスは、役に立ちそうですか?」

「えぇ。おかげ様で」

 そう言って彼女は笑っていた。

「魔法で遊ぶなんて、今まで考え付きもしなかった事でした。まだ不安な事はありますが、魔法で遊ぶという小さな一歩なら、私でも踏み出せそうです。ありがとうございます」

 彼女は俺に対して小さく頭を下げた。だが、それをされるべきは俺じゃない。


「お礼は不要ですよ、エミリア様」

「え?」

「結局のところ、エミリア様の今後についてアドバイスが出来たのは、エミリア様とお母様達との思い出があってこそです。答えはエミリア様とご家族の思い出の中にあった、という事です。結局、俺に言えた事と言えば正論程度。安っぽい正義感でアドバイスを、なんて考えていましたがあまり役に立ちませんでしたね」

「い、いえっ。そんな事はありませんっ」

 今度は俺が自虐的な笑みを浮かべる番だった。しかし彼女はそれをすぐさま否定してくれた。


「アルフレッド様の言葉があるからこそ、私がどうするべきか分かったのです。そのことに関しては、しっかりとお礼をさせてください」

 そう言うと、彼女は淵から立ち上がり、俺の前に立った。

「改めて、ありがとうございます。アルフレッド・ディバイア様。この恩は決して忘れません」


 彼女は俺の前で、姿勢を正し静かに頭を下げた。その姿は、頭を下げているというのにとても凛としていて、気高い姿に思えた。それに数秒、見とれてしまうがすぐにハッとなって我に返った。


「そう言っていただけるだけで、十分です。エミリア様の役に立てたのであれば、それだけで本望です。だからどうか、頭を上げてください」

「はい」

 彼女は頭を上げ、俺に微笑みかけてくれた。そこには、先ほどまで何度も見て来た、不安に苛まれていた表情は無い。これなら、少なくとも話を聞きいて話し相手になった甲斐はあったな。


「では、俺はこれで失礼します。少なくとも、俺に出来る事や言える事はもう無いでしょうし」

「分かりました」

 俺も淵から立ち上がり、改めてエミリア嬢と向き合う。

「本日はありがとうございました。このお礼は、いずれ」

「いえいえ。お礼なんて。俺は俺の中の、ちっぽけな正義感に従っただけですから。それじゃあ、失礼します」


 俺はエミリア嬢に一礼すると踵を返してその場を後にした。俺のアドバイスがどのれだけ役に立ったのかは甚だ疑問だが、少なくとも彼女が一歩を踏み出す理由を見つける手助けくらいは出来ただろう。


 さて、とりあえず会場に戻るか。……まさかカインの奴1人で勝手に帰ってないだろうな?なんてことを考えつつ、俺は会場に戻って行った。


 一方で……。


~~~~~~

 私、エミリア・エルディシアにはずっと内に抱えていた物がありました。ある日に聞いてしまった、私への悪意ある言葉。それをきっかけに、自らの適性の無さを憂い、嘆き、お姉さまやお母様とは私は違う。私はお二人やお母様に劣る存在なのだと、ずっとそんな後ろ向きな考えに支配されていました。


 けれど、今日出会った彼のおかげで、過去の思い出からヒントを貰う事が出来ました。『魔法を学ぶために、魔法で遊び、魔法を楽しむ』。それくらいなら、今の私にも出来そうだと、思う事が出来ました。本当に、彼と思い出には、感謝しなくてはなりません。


 あぁでも、それにしても。彼は変わっている人でした。


 貴族の中でも上位に位置する侯爵家の人間ともなれば、例え成人前の私であろうと言い寄って来る人間は数知れず、です。なのに彼は、お礼をと申し上げても何も求める事はしなかった。侯爵家と繋がりを持とうと、表面上の甘い言葉だけで近づいてくる男性を幾人も見てきましたが、彼はその真逆の人。正直に言えば、アドバイスを、という話を聞いた時も、裏があるのかと少し疑ってしまいましたが、それも無い。アルフレッド・ディバイア様。またお会い出来れば良いのですが。


 と、そんな事を考えている所へ。

「あぁエミリア。こんな所にいたんだね」

「あ、お父様」

 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはお父様の姿が。

「どうしたんだい?1人でこんなところで。何か、あったのかい?」

「いえ。特にこれと言っては何も。ただ、ある人に相談に乗ってもらっただけです」

「相談?もしやエミリア、何か1人で抱え込んでいるんじゃないかい?良ければこの父に話してごらん。エミリアの力になるよ」

「ありがとうございます、お父様。でも大丈夫です。優しい方に、大変有意義なアドバイスを貰いましたから」

 心配した様子のお父様を安心させるためにも、私は笑みを浮かべながらそう答えた。本当に、あの人にはお世話になりました。この御恩を、いつか返せると良いのですが。


 私は、彼が歩き去って行った道を見つめながら、また会える事を願った。



~~~~~

 エミリア嬢との相談の後、会場に戻った俺はカインに小言を言われつつ、それ以外には特に問題も無くパーティーは無事終了。来た時と同じく、二台の馬車にそれぞれ乗り、領地に戻るためにエルディシア家を後にした。



 行きと同じく数日を掛けて領地に戻った後は、いつも通りの生活がまた始まった。訓練と言う事で森で狩猟を行ったり、リンクスらに混じってトレーニングをしたり。いつも通りの日々に戻って行った。


 しかし、ある日。

「だぁ~~~!疲れたぁっ!」

 その日はリンクスらに混じって、持久走を行っていた。屋敷の周りを何十周と回れば、流石に汗だくで疲れも貯まる。今は木陰で全員腰を下ろし休憩中だ。

「ハァ、ハァ、ふぅ。……お、お疲れ様でした、アルフレッド様」

「あ~~。リンクスもお疲れぇ~~」

 流石のリンクスも疲れたみたいだなぁ。なんて思っていると……。


「ん?」

 ふと、視界の端に何かが映った気がして、視線を屋敷の方へと向けた。すると、丁度執務室にいるクソ親父とカインの姿が見えた。何やら嬉しそうに騒いでいるようだが、なんかあったのか?まぁでも、俺には関係ないか、と判断しすぐに興味を失った。

 

 しかし、この騒ぎに俺が無関係でない事を、その時の俺は知らなかった。



     第4話 END

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