第3話 2人だけの夜会・前編

 ゴブリンによる農作物の被害を受けた村を助ける為、俺は召喚魔法で取り寄せた銃火器で武装し、騎士団団長リンクスが率いる10名程度の部隊に同行し村へと向かった。村に到着したその日の夜、ゴブリンの奇襲があったが、事前にその可能性を予見し警戒していたため、ゴブリンどもを殲滅する事が出来た。そして俺たちは屋敷に戻ったのだが……。



 事の始まりは、ゴブリンの討伐から戻ってきて数日後の事だった。その日俺は、リンクスたちと共に訓練を行っていた。内容は木剣を用いた剣術訓練や、素手での格闘戦だ。まぁ俺の場合剣術訓練は行わずに、一般的なコンバットナイフの大きさの木剣を使っての対長剣を想定した訓練になる。


 で、その訓練を終えてリンクスらと木陰に座って休憩していた時の事だった。

「アルフレッド様」

「ん?なんだエリクか。どうした?」

 声を掛けられたので振り返ると、そこには家令、つまりディバイア家に仕える者たちのトップでもあり、あのクソ親父の補佐をしている老執事のエリクが立っていた。


「はい。実は……」

「ん?」

 エリクは何かを言おうとしたが、すぐに困った様子で口をつぐんだ。

「どうした?エリクが言い淀むなんて珍しいな。何かあったのか?」

「は、はい。実は、その、グスタフ様がアルフレッド様をお呼び、でして」

「……はい?」


 俺はエリクの口から語られた言葉を、まず疑った。聞き間違いか?と。何しろあのクソ親父は俺が屋敷に近づくだけで嫌悪感を露わにする男だ。そんなクソ親父が俺を呼んでる、だって?

「すまんエリク。俺の耳が不調らしい。聞き間違いだと思うが、あのク、じゃない。父上が俺を呼んでいる、って?」

「いいえアルフレッド様。聞き間違いでは、ございません」

 エリクはただ静かに首を横に振りながら答えた。

「……マジ、で?」

「はい。マジでございます」

 エリクはただ静かに頷くだけだった。しかし俺はエリクの話が信じられず、リンクスの方へと視線を向けた。案の定、というべきか傍に居たリンクスたちも俺がクソ親父に呼ばれた、という事に驚いているようだった。


 この屋敷で働いている者で、俺と母さんの、あのクソ親父らとの確執を知らない者はいない。

「なぁ、リンクス。この呼び出しをどう思う?俺的には罠の気がするんだが?」

 あのクソ親父が俺を屋敷の中に呼ぶなんて、俺には罠以外に考えられなかった。今まで散々軽蔑の目で見られてきたんだ。今更、親として情が湧いた、なんて言われたって信じられない。

「い、いくら旦那様とはいえ、流石にそんな事をするとは……。思えない、のですが」

 リンクスは否定こそしたが、歯切れが悪い。否定しきるだけの確証がリンクスにもないのだろう。


「……念のため武器でも携帯しておいた方が良い、か?」

「アルフレッド様、流石にそれは……」

 罠を警戒していた為に、思わず独り言が漏れた。それを聞いたエリクが冷や汗を流しながら、やめてください、と言わんばかりの表情で見てくる。


 まぁ、流石に、警戒し過ぎか?と思う自分も居た。確かに家の中で罠を仕掛けるってなんだ?とは俺も思うし。まぁ良い、呼ばれているのなら行ってやるさ。何か仕掛けてくるようなら、この際それを理由にとっととこんな家、母さんを連れて逃げ出してやるし。


「冗談だよエリク。ただ今までの接し方から考えるとな。それより父上が呼んでるんだろ?早速行くよ」

「ありがとうございます」

 行く、と伝えるとエリクは一礼をし、俺をクソ親父の待つ部屋へと案内した。……ってかそういやこの屋敷の中に、本格的に入るのは今日が初めてだな。なんて思いながらエリクについて行く。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。どっちにしろ、警戒だけはしておくか。


 歩く事数分、エリクは俺を連れてクソ親父の執務室の前までやってきた。軽くドアをノックするエリク。

「旦那様。アルフレッド様をお連れしました」

「……通せ」

「はっ」


 中から聞こえた声に従い、エリクがドアを開けて俺を中へ促す。

「……」

 ホントに罠とかないだろうな?思わず周囲を、しかし気づかれないように手早く観察しつつ部屋の中へと足を踏み入れた。


 部屋の中にいたのは、肥え太った体に白髪が特徴的な老け顔の男、俺のクソ親父であり現ディバイア家当主、グスタフ・ディバイア、ただ1人だけだった。クソ親父の傍に護衛は無し。見える範囲で剣などの武器も確認できない、と。


 とりあえず警戒は続けるが、呼ばれたのは俺だ。ここは俺の方から挨拶しておく、か。

「父上、私をお呼び、との事ですが。何用でしょうか?」

 自分でもやってて笑いたくなるくらいの営業スマイルを浮かべながら問いかける。

「……よく聞け」

 挨拶も抜きに、クソ親父は笑いもせずに、むしろ俺を睨みつけるにしながら口を開いた。


「貴様には今度、侯爵家のパーティーに出席してもらう」

「……ゑ?」


 呼び出されても罠と疑ってしまう程に俺とクソ親父の関係は最悪。そんなクソ親父から、いきなり貴族のパーティーに出ろ、なんて言われて、理解できなかったとしても俺は悪くないはずだ。


「も、申し訳ありません。私が、貴族のパーティーに?話が見えてこないので、理由の説明を……」

「話はそれだけだ。詳しい所は後でエリクに伝えさせる。下がれ」

「し、しかし……」

「『下がれ』、と言っているのが分からんか?」

「……分かりました。失礼します」


 態度から見ても、さっさと出ていけ、と暗に言っているのが分かる。これ以上の会話は無理だな。そう判断した俺は部屋を出た。


 さて、どうするか。とりあえず、母さんと、念のためリンクス辺りにも報告しておくか。


 とりあえず、まずはリンクスに報告だ。あのクソ親父、ろくに説明も無しで、ただパーティーに参加しろって何だよ?


 その後俺は屋敷を出て、訓練を再開していたリンクスたちの所へと戻ると、呼ばれて聞かされた、というか一方的に指示された内容を説明した。

「な、成程?」

 案の定、リンクスたちは困惑していた。


「い、いきなり貴族のパーティーに出ろ、ってなんだ?今までそんなの一度も無かったどころか、アルフレッド様自身の誕生日だって祝った事無い癖に」

「確かになぁ。今まで貴族の来客があったら、絶対にアルフレッド様を屋敷に近づけるな、近づいてきたら力づくでも遠ざけろ、とか言うくらいには嫌ってるのに」

 騎士たちも訳が分からない様子でひそひそ話をしている。

「お前たち、言葉が過ぎるぞっ」

「「ッ!失礼しましたっ!」」


 リンクスがひそひそ話をしていた二人を窘める。

「……とはいえ、正直アルフレッド様と旦那様の中が冷え切っているのは、私ですら知る事実。まして、旦那様は、その……」

 ふと、リンクスは俺を見ながら口ごもる。数秒、何だ?とは思ったがすぐに察した。


「あいつにとって俺は、外に出す事の出来ない汚点みたいな存在だ。それをなぜ外に出すのか?って事だろ?」

「い、いえっ!決してそのようなっ!」

「勘違いするなリンクス。別にお前を責めてる訳じゃない」

 リンクスが口ごもるのも無理はない。こんな事、本人の前でおいそれと言えるもんでもないしな。だからこそ焦っている様子の彼を宥めた。


「今俺が言った事は、もう皆知ってる『事実』だ。今更取り繕った所で変わりはない。それより今問題なのは、皆も知っての通り、他所の貴族に存在を知られたくも無いはずの俺を、なぜ貴族のパーティーに参加させるか、だ。皆何か思い当たる事はあるか?」

 と、みんなの知恵や意見を借りたくて聞いてみたのだが、皆全く分からないのか唸ってばかりだ。まぁ、かく言う俺も全く見当が付かないんだよな。


「あ。この前の、と言いますか。今までのアルフレッド様の功績を考慮して、じゃないですか?アルフレッド様は今まで何度も我々に協力して、ディバイア領の安全や治安維持に貢献して来ましたし、その褒美、とか?」

「褒美、ねぇ」

 まぁその線は、無きにしも非ず、と言った所か。しかし、今の今までリンクスらと協力してゴブリン討伐やらなんやらしてきたが、『よくやった』の一言も口にしないクソ親父だぞ?褒美として俺をパーティーに行かせるか?正直、『ありえない』としか言いようがない。


「アルフレッド様。ここで考えていても答えは出ないようですし、ひとまずサラ様にご報告に行かれては?」

「それもそうだな。悪い、俺はこの後の訓練には参加しないで、母さんの所に戻るわ。後でエリクが来るかもしれないし」

「かしこまりました」


 という事で、とりあえずリンクスたちと別れた俺は母さんの待つ家に向かい、母さんに事情を説明した。案の定、母さんも首を傾げいてた。

「珍しい事もあったものねぇ。あの人、こういったらなんだけど私やアルへの愛情は無いような物だから」

「は、ははっ。確かに」

 母さん、結構ズバズバ言うなぁ。と、苦笑いを浮かべながら頷く。

「でも、そんなあの人がアルに貴族のパーティーに出ろって言ったんでしょ?どうしてなのかしら?」

「そこが謎なんだよなぁ。普段はよその貴族に俺たちの存在を知られないように、って言うくらい気を遣うくせにさ」

「そうねぇ」


 相変わらず、親父の真意が分からず俺と母さんは揃って首を傾げていた。と、その時。コンコン、とドアがノックされた。

「は~い」

「失礼します。エリクです。サラ様、アルフレッド様、いらっしゃいますか?」


 話をしていた所にエリクが来た。例の件についてか?

「どうぞ~」

「失礼します」

 母さんが促すと、ドアを開いてエリクが中に入ってきて、俺たちに一礼をした。


「アルフレッド様。先ほどの旦那様からのお話の、詳しい説明に参りました」

「そうか。なら聞かせてくれ。あのク、父上からは貴族のパーティーに出席しろ、としか言われて無くてな。詳細を教えてくれ」

 危うくクソ親父と言いかけて訂正する。流石に母さんとエリクの前だしな。

「かしこまりました」


 そう言ってエリクは一礼をしてから説明を始めた。

「アルフレッド様には、近く『エルディシア侯爵家』にて催されるパーティーに、年の近いカイン様と共に出席していただきます」

「……」

 正直、早速不穏な空気になってきた。カインと一緒に出席ぃ?めちゃくちゃ嫌な予感しかしないが、とりあえず今は無言でエリクの話を聞く事にしよう。


「あの」

 その時、母さんが声を上げた。

「そのパーティーとは、どういう物なのですか?」

「はい。今回催されるのは、エルディシア家のご息女の1人であり次女、メイル・エルディシア様の魔法学園入学を祝うための物です」

「ッ。『魔法学園』、か」


 思わぬ単語に俺は反射的に反応し、その単語をリピートした。


 『魔法学園』とは、俺たちが暮らすこの国、『エレメント聖王国』の王都にある、魔法士を育成するための教育機関だ。元々、この国は強い魔法士が中心となって興した国だ。おかげで魔法至上主義の思想汚染が強い反面、魔法に対する研究や魔法士の育成の力の入れようは他国と一線を画する。

 そのため、魔法学園にはエレメント聖王国内部の貴族を始め、隣国からの留学生という形で魔法について学ぶために大勢の子供たちが集まる。


 にしても、侯爵家のパーティー、というからには恐らく大勢の人たちが集まるだろう。何しろ侯爵という爵位は王族を除外した場合、位の高さは上から数えて2番目。当然多くの貴族たちは、このパーティーを機会にエルディシア侯爵家に取り入ろうと散々胡麻をする事だろう。


 しかし問題はそこじゃない。

「なんだって俺がそんな偉い侯爵家のパーティーに行く事になるんだ?侯爵家と繋がりを持ちたい、という考えは俺にも分かる。魔法学園は確か15歳から入学だろ?その点で言えば14歳で歳の近いカインが行くのは分かる。だがなんで俺まで?」

 一番の問題はそこだ。貴族同士のパーティーなんて繋がりづくりとか、婚約者探しが目的だ。だが、なぜそこに嫌われている俺が?


 一歩間違えば、俺と言う存在のせいでディバイア家の家名に泥を塗る事になる。何しろ半分平民の上、魔法士としても最低クラスなんだからな。俺としてはこの家の家名に泥がつこうが知った事ではないが、そういった事に敏感なあのクソ親父がそのリスクに気付かない訳無い。だからこそ、『なぜ?』と考えてしまう。


「……申し訳ありません。その点に関しては、私も知らされておりませんので」

「そうか」

 エリクは申し訳なさそうに頭を下げるだけだ。結局、『なぜ嫌われている俺がパーティーに出席するのか』、という肝心な理由は分からず仕舞い、か。


 その後のエリクの話では、パーティーまでの間に服やら作法やらを学ぶようあのクソ親父が手配していたようで、エリクなどから作法などを教わり、オーダーメイドの服まで仕立てられた。


 その数日は服の仕立てやらマナー講座などで忙しく、あっという間に時間は過ぎ去りパーティーのために屋敷を出発する日となった。


 パーティーが開催されるエルディシア侯爵家の屋敷まではそこそこ距離がある。馬車で合計2日の日程だ。正直、2日間もカインと同じ馬車なんて冗談じゃない、と思っていたがどうやら、俺とあいつはそれぞれ別の馬車に乗せられるようだ。その点はありがたい。馬車に乗る時なんか、カインが……。


「ふんっ、貴様と同じ馬車に乗るなど、願い下げだ」

 などと言いながら嘲笑してきたが、正直『こっちのセリフだ』と言ってやりたかった。



 それから、屋敷を出た2台の馬車はリンクスらに護衛されながらエルディシア侯爵家を目指して街道を進んだ。道中の街などで宿を取りつつ、幸いな事に襲撃なども無いままエルディシア侯爵領、そして侯爵家へと到着した。


 俺たちが到着したのは、パーティーが始まる前の夕暮れ時。招待状があった事もあり、俺たちの馬車はすぐに敷地内へと通された。馬車は予め決められたスペースで待機するようにと言われ、そのスペースに案内されたのだが、そこには既に無数の馬車が駐車されていた。その数は、ざっと見ただけで30台はある。だが俺たちに続いて続々と馬車が入ってきている。


 この馬車に全部、貴族が乗っているのか。凄い数だな。それに、遠目にだが鎧を纏い帯剣した騎士も確認できる。その数は見える範囲だけで30人以上。ものすごい警備だ。……それだけ、このパーティーは重要な物って事か。


 などと考えていると、御者のラドが近づいてきてドアをノックしてから、扉を開けた。

「アルフレッド様、よろしいですか?」

「ん?どうしたラド」

「はい。カイン様がお呼びです。アルフレッド様を呼んで来い、と」

「俺を?分かった」

 正直嫌な予感しかしないが、行くしかないかぁ。


 俺は馬車を降り、止められている隣の、カインが居る馬車へと向かった。ドアをノックしようとすると、勝手に扉が開いた。

「勝手に僕の馬車に触れるな、平民風情が」

「……失礼しました」

 こんな場でも相変わらずか。まぁ良い。

「お呼びとの事でしたが、何用でしょうか?」

「そうだったな。ならばこの僕から直々に教えてやろう。今日お前がここに来た理由は分かるか?」

「……いいえ。詳細な理由につきましては、事前に一切知らされておりませんので」

「そうかそうか。ならばこの僕が教えてやろう」


 そう言って勝ち誇るような、クソ殴ってやりたいくらい偉そうな笑みを浮かべるカイン。だが我慢我慢。流石に他人の、というか侯爵家の屋敷の中で流血沙汰は不味いからな。


「このパーティーは我が国はもちろん、隣国からの有力な貴族が訪れると聞いている。僕の役目は、そんな栄えある方々とお近づきになる事だ」

 『僕の』を強調して言う辺り、そこに俺は入ってないようだ。

「だが、このパーティーは各地の貴族が集まっている。そう例えば、付き合ったとしても大した利益にもならん奴ら、とかな。お前の役目は、そういった三流貴族共の相手だ。分かったな?」

 あぁ、成程。『そういうこと』か。

「……分かりました」

「分かればいい。ならさっさと離れろっ。お前と話す事などこれ以上ないっ」

「失礼します」


 相変わらずの態度に俺はいつも通りの対応をしつつ、カインの馬車を離れ、一度自分の馬車に戻った。そして戻るなり……。

「ハァ~~~。結局はそういう役回りかよぉ」

 俺は馬車の中で深々とため息をついた。


 カインの話を聞いて、ようやくあのクソ親父の真意が分かった気がする。今回の俺の役回りはつまり、カインの『壁』だ。あのクソ親父とカインの目的は、このパーティーを通して有力貴族と関係を深める事にあるんだろう。だが、これだけ大規模なパーティーとなると、クソ親父らにとって『旨味のない相手』も居るのだろう。その相手を俺にしろと。

 要は、カインが本命を相手にしている間に、それ以外の対応を俺にぶん投げると、まぁそういう事だろう。


 にしてもホント禄でも無い要件で引っ張り出してくれたもんだぜ、あのクソ親父。俺は頭の中で悪態をつきながら、更にリアルでため息を漏らした。

「ハァ。……貴族共の愛想ふりまかなきゃいけないのかよ」

 今はただ、営業スマイルでこのパーティーを乗り切らなければならないのかと思い、ただただ憂鬱だった。



 それからしばらくして、俺たちはエルディシア家の執事たちに案内されパーティー会場に向かった。案内されたのは、屋敷の中にある大広間だった。荘厳な装飾まで施された大広間は、さながら王城の舞踏会にでも迷い込んだような、そんな錯覚さえ覚えさせる程だった。そんなパーティー会場では、既に大勢の、俺たちと同い年くらいの子供たちが何やら会話をしていた。


 流石に主役が15歳の女の子、というだけあって参加者の大半が俺らと同世代の男女ばかり。時折、親らしき者や執事らしい者を同伴している者もいるが、数自体は少ないな。などと観察をしていると……。


「おやおや、これはこれはディバイア家のカイン様ではありませんか。お久しぶりです」

「お久しぶりですゲイル様。まさかこのような場でお会いできるとは。ゲイル様もパーティーに招待されたのですか?」

 え?ナニコレ。


 ちょっと目を離したすきにカインが同い年くらいの男子と爽やかスマイルを浮かべながら会話してるんだがっ!?お前、普段俺と接するときと表情違い過ぎるだろっ!?どんだけ皮の面厚いんだお前っ!?


 と、思っていたのも束の間。

「ところでカイン様。こちらのご同伴の方は?」

「あぁ。彼は私の弟で、アルフレッドと申します」

 ちょっと待て、弟ってなんだっ!?一応お前が三男で俺が次男だろうがっ!?

「ほう、弟君でしたか。しかし、今まで何度かディバイア家にお邪魔した事がありますが、お姿を見た事が無いような?」

「すみません。弟は最近までずっと病弱だったもので」

「あぁ、成程。そうでしたか」


「ほら、アルフレッド。お前も挨拶を」

「は、はい」

 畜生なんだよ弟ってっ!俺が病弱?誰だそんな設定考えた奴っ!一人心当たりがあるがまぁ今は仕方ないっ!

「お初にお目にかかります。ディバイア家三男、アルフレッド・ディバイアと申します。以後、お見知りおきを」

 とりあえずいつもカイン達にしているように、適当な演技で場を凌ぐ。その後、ゲイルとか言う奴は離れていったが、その際。


「良いか、お前は本来こんなところにいるべき人間じゃないんだ。与えられた仕事をしっかりこなせよ」

 いつも通りの口調と表情で、カインが耳打ちしてきた。

「本来、お前がディバイア家の名前を名乗る事すら烏滸がましいんだからな?今回だけはそれが特別に許されているんだ。それを忘れるなよ、平民崩れが」

「……了解しました」


 相変わらずのカインに辟易しつつも、その後俺は、カインがこっちに対応をパスしてきた貴族連中の対応に追われた。営業スマイルを浮かべながら、とにかく粗相がないようにと気を張りっぱなし、顔は引きつりっぱなしだ。ふと、皮の面が厚いのは、俺も同じか、なんて考えながら俺は、愛想笑いと必死に浮かべながら、貴族たちの相手をしていた。


 それからしばらくして……。

「皆さま、ご歓談の所大変申し訳ありません」

 不意に声が聞こえてきて、全員が話を止め、声が聞こえた方へと振り向いた。

「これより、我がエルディシア家当主、『オズワルド・エルディシア』侯爵と、本パーティーの主役、エルディシア家次女、メイル・エルディシア様のご入室されます。どうか皆さま、拍手にてお二人をお出迎え下さいますよう、よろしくお願いします」

 執事らしき恰好の男性がそう話すと、近くのドアに控えていた別の執事に向かって頷いた。


 それを確認した執事がドアを開いた。そしてそこから、黒いスーツ姿の男性と、赤いドレスを纏った少女が入って来た。それを参加者たちが拍手で出迎える。


 入って来た2人は、そのまま会場の奥に設置されていた壇上へ上った。

「皆さま、本日は娘のメイルの、魔法学園入学を祝うパーティーに参加していただき誠にありがとうございます」

 壇上に上がった男性、オズワルド侯爵による話が始まり、皆それに耳を傾けていた。


 あの人が今のエルディシア家の当主か、と俺もそんな事を考えながら話を聞いていたのだが……。

「ん?」

 ふと、視界の端に何かが映った気がして、視線を先ほど二人が入って来たドアの方へと向けた。見るとドアは開けたままになっており、そのドアの影から侯爵たちを見守っている人影があった。


 それは女の子だった。身長からして俺らと同世代くらいだろうか?淡く青い髪色に、青いドレスを纏った姿でドアの所からエルディシア侯爵と、メイル嬢を見つめている。誰だ?パーティーの出席者、か?

 

 俺は侯爵の話よりその女の子が気になってしまい、そちらを見つめていた。彼女は侯爵とメイル嬢を見て、更に二人を見つめている参加者たちを見回していた。そしてひとしきり参加者たちを見回すと、どこか不安そうな表情でため息を一つつくと、そのまま踵を返してどこかへ行ってしまった。


 なんだったんだろう?と、俺はその少女の事を考えずにはいられなかった。ただ、あの子の不安に押しつぶされそうな、悲し気な表情が、いつまでたっても頭から離れなかった。


 その後、侯爵の挨拶とメイル嬢の挨拶が終わると、会場の貴族たちはすぐさま侯爵やメイル嬢へ挨拶に向かう。2人に群がるように集まる貴族たちの姿は滑稽で少し笑えて来た。


 それを隠すように食事をしていると、カインが近づいて来た。

「おい平民。貴様の仕事は終わりだ。後は勝手にしろ」

 周囲を気にしつつも、耳打ちをしてくる。

「せいぜい食事でも楽しんでおくんだな。今後貴様が、こんな豪勢な食事にありつけるとは思えないしな」

「……左様で」

「最初で最後の晩餐だ。楽しめよ、平民」

 カインはそう言って見下すような笑みを浮かべると、また他の貴族と談笑するために離れていった。


 ったく、おちおち食事も楽しんでいられないとはね。まぁ良い、勝手にしろってあいつが言ったんだから、勝手にさせてもらう。いい加減、営業スマイルのし過ぎで表情筋が痛くなってきた所だ。


 俺はとにかくパーティー会場を離れ、適当に屋敷の中を歩き回った。どっかに夜風にでもあたれる所は無いかなぁ?

「っと、ん?」

 ふと廊下を歩いていると、前方の離れた所にある、外へと続く扉が開いていた。おいおい不用心だなぁ。

 

 なんて思いつつ近づいていくと、開いた扉の向こうに噴水と庭園が見えた。ちょうど1人になりたいと思っていたし、良さげな場所発見だな、こりゃ。って、ここって俺が入って大丈夫なのか?


 念のため周囲を見てみるが、立ち入り禁止の看板とかは無いし、警備の騎士らしい人も見当たらない。ま、バレて怒られたらそれまでか。

「おじゃましま~す」


 小声でつぶやきながら俺は庭園の方へと歩みを進めた。幸い今日は晴れているからか、屋敷から洩れる明かりに、月と星の明かりだけで十分だった。とりあえず俺は庭園の中央にあった円形噴水の所まで行くと、その淵に腰かけた。


「ふぅ」

 そこで小さく息をつき、召喚魔法でガムの一つでも取り出そうか、と考えたその時。


「ハァ」

「ッ!」

 噴水から流れる水音に交じって聞こえた小さな声に、俺は思わず息を飲んだ。だ、誰かいたのかっ!?思わず周囲を見回すが、見える範囲にはいない。もしかして?と思いゆっくり振り返ると、水のヴェールの向こうに人影が見えた。


 だが水のヴェールのせいで誰彼までは判断できない。誰だ?いや、それ以前にここにいて良いのか俺っ!?

「私にも、お姉さまたちのように適正があれば……」

 水音に交じって微かに聞こえる、女性の物と思われる声の内容は、何かを羨んでいるように聞こえた。お姉ちゃん、って部分は良く分からないが。適正という言葉からして、魔法関係だろう。


 魔法至上主義のこの国の現状を考えれば、魔法適正の関係で何かしらの問題を抱えているのかもしれないな。実際俺も、召喚魔法しか使えないせいでクソ親父たちから散々な扱いを受けている。


 チート能力にも近い力を与えてくれた神様には感謝してるが、俺も過去には何度か、『どうせなら他の属性の適正も欲しかった』とぼやいた事は1度や2度じゃない。そう思うと、今まさに何かを羨んでいる彼女の気持ちも分かる。


 がっ!しかし今の俺は赤の他人だっ。それに人に聞かれて気持ち良い内容じゃないかもしれないしな。とりあえず、立ち去るか。


 とりあえず、そ~っとこの場を離れて……。

『ジャリッ!』

 だぁぁぁっ!?クソッ!失敗したぁっ!音したっ!今絶対音したっ!


「ッ!だ、誰かそこにいるのですか……っ!」

 そして案の定気づかれたしっ!ど、どうするっ!?動かずに『気のせい?』と思わせるか、素直に出ていくべきか……っ。どっちだ……っ!?


「だ、誰かいるのなら出てきなさいっ!これでも私は、水属性の魔法が使えるのですよっ!」

 彼女の声には怯えこそあるが、相手は幼くとも魔法士。下手な事をして、殺されるのも馬鹿らしい。仕方ないか……っ!


「………今から両手を上げてゆっくりそちらに向かいます。攻撃は、しないでください」

「分かりました。ですが、ゆっくり、ですよ」

 俺は降参するように両手を上げ、ゆっくりと噴水を回って声がする方へと向かった。そして噴水を回り込んだ先にいたのは……。


「ッ。君、は……」

 あの時、侯爵様とメイル嬢を見つめながらため息をしていた青い髪の女の子が、そこにいた。


 その日俺は、一人の少女と出会った。俺たち以外に誰も居ない、星空の下で。



     第3話 END

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