第2話 真夜中の戦い

 リンクスと話をし、ゴブリン討伐の為に協力する事にした翌日。俺は朝から自室で椅子に座りテーブルに向かったまま、装備の構成を考えていた。まぁ、戦闘中でも無ければ現地で召喚魔法を使って即座に取り寄せる事が出来るんだが、道中何があるか分からないしな。最低限の装備は準備しておこう。


 防具や弾を入れるリュックやポーチ関係は、いつもトレーニングで使ってる物があるから良いとして。問題は銃火器だ。移動中の奇襲を想定すると、短くて、取り回しの良い武器が好ましいな。そうなると、必然的に銃の種類も絞られてくる。


 接近戦、つまり短距離での戦闘となると望ましいのは短機関銃サブマシンガン騎兵銃カービン、もしくはPDW、と言った所か。加えて今回は実戦。そうなるとある程度、俺が操作に慣れている銃器の方が良い。それらを考慮すると……。


「よし、『あれ』で行くか」

 何を呼び出すかは決まった。となると、早速取り寄せないとな。俺は右手をテーブルの上に翳す。

「≪サモン≫」


 魔法、という物は基本的に決まっている言葉、つまり詠唱呪文を唱える事で発動する。そして俺が召喚魔法を使う場合、ただ一言、『サモン』という言葉を唱えながら引き寄せたい物体をイメージするだけで良い。


 そして、呪文を唱えた結果、テーブルの上に白く小さな魔法陣が展開された。淡く白い光を放つ魔法陣。と次の瞬間、魔法陣の上に何かが転送されてくるように突如として物が現れた。


 物が現れると、魔法陣はすぐに霧散、消滅してしまう。しかしこの光景も既に見慣れた物。俺は召喚魔法で引き寄せた『それ』を手に取った。


 『Vz61』、またの名を『スコーピオン』。チェコスロバキア生まれの短機関銃だ。前方に回転するように収納するワイヤーストックの動きが、サソリの尾の動きに似ている事から、このあだ名がつけられたらしい。


 こいつは32ACP弾という、比較的反動の小さい銃弾を使うサブマシンガンだ。威力の点で言えば小さい方だが、その分扱いやすい。何より、スコーピオンは俺がこの世界に転生して、銃の扱いの練習をしていたころにめちゃくちゃ世話になった銃の一丁だ。扱い方も、もう体に染みついている。

 

 それに、扱いなれているという点以外にも理由はある。それは、『あまり手の内を見せたくない』、という考えだった。


 俺は召喚魔法で銃火器や兵器を手元に引き寄せる事が出来る。あのクソ親父たちは俺を『召喚魔法しか使えない出来損ない』、と蔑んで俺の持つ銃の凄さを知ろうともしない。しかしリンクスのように、その威力を見て、銃のすさまじさを理解する人間は多かれ少なかれ存在するだろう。


 そして、銃の凄さを理解した奴らから、俺は狙われる可能性もある。銃という兵器を求めるが為に拉致監禁。或いは銃の出現によって魔法至上主義が崩れる事を警戒しての暗殺、なんてのも考えられる。


 詰まる所、万が一どこかの変な連中に目を付けられてしまった場合の事を想定し、出来る限り奥の手、もとい高威力の銃や兵器の存在は隠しておきたい、というのが俺の本音だ。


 どこのどいつが、俺に悪意を持って接近してくるか分からないからな。その辺りは常に注意を払っておかないと。

 そんな事を考えつつ、30連発マガジン数本と、弾の入ったケースをそれぞれ召喚魔法で取り寄せ、黙々とマガジンに弾を込めていく。とりあえず、村までの間の戦闘を想定ってことで、事前にスコーピオンに装填して分も含めて、5本も弾を込めておけば十分だろう。


 あぁ、あとサブの銃もレイジングブルから変えておくか。あれは威力も大きいが、その分反動も大きい。大型生物を相手にする可能性がある時ならともかく、今回はリンクスらも居るしな。あくまでも護身用、メインに何かあった時のサブと考えればレイジングブルは不要だろう。


 なので、召喚魔法で回転式拳銃、『ニューナンブM60』とその弾、38スペシャル弾を取り寄せる。

 取り寄せたM60のシリンダーをスイングアウトさせ、そこに弾を5発を装填し、指でシリンダーを元の位置へと押し戻す。弾の残りは予備としてポーチの中に入れておく。こいつもリボルバーの扱いの練習初期には世話になった銃だし、リボルバーは構造が単純だから万が一不発弾があってもリカバリーも早い。今回は戦闘地点が森の中になる可能性が高い。万が一泥や埃が機関部に入って弾詰まりジャムを起こしたら事だからな。更に言えばシングルアクション、ダブルアクションの両方にも対応しているからその点もありがたい。ま、少なからず俺がリボルバーが好き、ってのもあるがな。


 っと、そんなこんなで準備してたらもう太陽が結構な高さにある。さっさと装備を整えてリンクスの所に行くか。


 その後、とりあえずいつも使っているオリーブドラブ色の迷彩服やら防弾ベスト、リュックなどの普段通りの装備を身に付け、M60は右足のホルスターに。スコーピオンは手に持ち、部屋を出た。


「あら、そろそろ行くの?アル」

 部屋を出ると、母さんが静かにお茶を飲んでいた。俺を待ってたみたいだ。

「うん。行ってくるよ、母さん」

 俺は母さんに歩み寄ると、片手で母さんを抱きよせた。

「帰りは明日以降になるかな?それまで心配かけるかもしれないけど、待っててね」

「えぇ。あなたの帰りを信じて待ってるわ。必ず、帰ってきてね」

「うん。行ってきます」


 母さんに見送られながら俺は家を出た。そしてそのまま、屋敷の敷地内にある騎士団の駐屯地にもなっている隊舎へと向かった。隊舎の傍にある厩舎の所までやってくると、リンクス以下、10名ほどの騎士たちが各々出発の準備を進めていた。馬に鞍を付ける者や、馬車の様子を確認する者、荷台に荷物を積み込む者。今回の仕事は俺+リンクス以下騎士10名ほど、か。


 まぁゴブリンを20匹程度相手にするくらいなら、十分な戦力だろう。

「あっ!アルフレッド様っ!おはようございますっ!」

 すると準備をしていた騎士の1人が俺に気づいて、礼儀正しい姿勢で頭を下げて来た。

「あ、あぁ、おはよう」

 正直、親父たちからの扱いが酷いせいか、自分が仮にも貴族だなんて思ってなくて、毎度毎度、こうかしこまった態度で接してくる相手にはどうにも調子が狂う。更に言うと……。


「アルフレッド様っ!本日はよろしくお願いしますっ!」

「アルフレッド様が居てくれれば、背中は任せられますっ!」

「そ、そうかそうか」

 なんて言うか、騎士団連中はずいぶん俺を慕ってくれている。まぁ、もう既に実戦で何度か一緒に戦った中だし、俺自身、鍛錬としてこいつらの訓練に混ざったりしたこともあるから、なのだろうが。……しかし慣れないもんは慣れんっ!


「そ、それよりお前たち。ゴブリン討伐に行くんだろ?早く準備しないと、ほら。リンクスが凄い表情でこっち見てるぞ?」

「「「えっ!?」」」

 俺がリンクスの方を指さすと、3人ともリンクスの方をギョッとした表情で振り返った。見るとリンクスが無言で『早く準備しろ』、と言わんばかりに凄んでいた。それに当てられてか、3人はそそくさと蜘蛛の子を散らすように準備に戻って行った。


 その後、準備を終えた俺たちは馬や馬車に乗りこみ、屋敷を出発した。俺は村への向かう馬車の、騎手の隣に座っていた。手にはスコーピオンを持ち、席でゆらゆらと揺られながらも、周囲への警戒を続けていた。


 何しろ、ここはもう安全な場所じゃない。村や町の外に出れば、そこは獣や魔物と呼ばれるモンスターが生息する危険地帯も同然だからだ。無論、外に出たからって魔物の襲撃が早々何回もある訳でもないが、だからと言って油断は出来ない。油断して死ぬなんて、そんな最悪な死に方はごめんだからな。



 まぁ、幸いというべきか村にたどり着くまでの道中、魔物や盗賊などの襲撃は無かった。隊列は無事に村に到着。入口からそのまま村の中へと馬車が進んでいく。


 俺たちが到着した事を知ってか、畑や家の中から村民たちが出てきて俺たちを見ている。……だが、その顔色はお世辞にも良いとは言えなかった。村全体の雰囲気は暗かった。


「おい、あれ?」

「子供、かしら?」

 隊列を身に出て来ていた農民たちの中に、馬車の御者の隣に座る俺を見てひそひそと何かを話している連中が居た。その方へと視線を向ければ、農民たちはバツが悪そうな表情を浮かべながら、そそくさと視線を反らした。


 まぁ、無理もない反応だろう。他の騎士たちとは、一人だけ明らかに異なる装備。しかも身長の点ではリンクスたちより一回り以上小さい。顔も丸出し、だからなぁ。いっそ顔を隠すために目出し帽バラクラバでも被ってくればよかったぜ。


 農民たちからすれば、大きな問題に子供が首を突っ込んだ、と思われるだろう。作物を奪われ、精神的に弱っている彼らを助けに来た騎士団。が、その中に子供が混ざってる、と来れば。農民たちが『子供を派遣してくるなんてっ!自分たちを軽んじているのかっ!?』と激怒しても可笑しくない。


 出来るだけ、戦闘時まで目立たないようにしていた方が良いか。なんて考えながら、俺は少しでも顔を隠すために、ヘルメットを少しだけ下にずらした。


 その後、馬車は村の中にある開けた場所に止まり、すぐさま騎士たちが荷台から救援物資を下ろしていく。と、そこに杖を突いた初老の男性が近づいて来た。

「騎士様」

 彼はすぐに、指揮をしていたリンクスの元へと歩み寄る。

「この度の救援、誠にありがとうございます。皆、数日前のゴブリンの襲撃ですっかり怯えてしまって。食料を奪われた事はもちろんなのですが、ゴブリンは数が増えれば村をも襲う、という話もあり、皆それを怖がっているようで……」

「ご安心下さい村長。我々が来たからには、もう心配ありませんっ。我らの手で憎きゴブリンどもを粉砕して見せましょうっ」


 リンクスも、平民出身とは言え騎士団の隊長。村民を安心させるための強気な発言は理にかなっている。さて、俺も荷下ろしを手伝うか。


 と、考えて動き出したのは良いんだが……。

「それは誠に心強い事です。しかし、騎士様。あの一人だけ異なる恰好の方は一体?」

「ッ」

 あ~~やっぱ気になるかぁ。そりゃそうだよなぁ。俺としては変に注目浴びたくはないんだけど、やっぱり恰好がなぁ。とりあえず、リンクスに言っておくか。俺はすぐにリンクスの傍により耳打ちをした。


「リンクス、俺の素性は話さず、適当に誤魔化しておいてくれ。仮にも貴族の息子が来たってなると、余計な騒ぎになる。適当に、魔法が使える傭兵を雇ったとか、そんな話で誤魔化しておいてくれ」

「かしこまりました。アルフレッド様は、この後は?」

「とりあえず周囲の様子を見てくる。ゴブリンの侵入地点や、足跡から何か情報を得られるかもしれないからな」

「かしこまりました。しかし村の外に出るのなら護衛を……」

「いや良い。森に入る訳じゃないんだ。騎士たちには救援物資の配給を頼む」

「分かりました」


 少しやり取りをした後、村長との話をリンクスに任せ、俺は1人で武装したまま森の周囲を囲う木製の柵の所へと向かった。


 都市部ともなれば石造りの壁や城壁があるが、逆にこう言った農村部だと、村の外と中を区切るのは、簡素な木製の柵だけだ。一応先端を尖らせる等して、野生動物の侵入くらいは阻める作りになっているようだが、それも今回は、ゴブリンを止めるには至らなかった、という訳だな。

「っと、あそこか」

 しばらく歩いていると、並べられた柵の、壊れた箇所へと到着した。それまではピシッと横一列に並べられていた柵が、その部分だけはまるで斧か何かで殴って破壊したかのように壊れていた。


 更に壊れた柵の近くに歩み寄ると、土の部分にゴブリンの特徴的な足跡が残っていた。しかも一つや二つじゃない。重なり合ってグチャグチャになっているため、正確な数は分からないが、見たところ10匹程度ではないな。やっぱり最低でも15匹か、20匹はいると想定するべきだろう。


 何か、他に情報になりそうな物は無いか?と足跡の所を観察してみる。それから1分ほど足跡を見ていた時だった。


「ん?」

 ふと、違和感を覚え思わず声が漏れた。視線がとある足跡の一つに集中した。その足跡は、柵から外に向かう足跡、つまり村の中から外へ逃げていく足跡の上に重なっていた。普通ならば、入って来た足跡に対し、その後出ていく足跡が上に来るはずなのに、だ。だとすると、例の襲撃の後、またここに来た?何のための?村を再び襲うため?或いはその前段階として、偵察に来たのか?

 

 いや、ただ単に森に逃げる時に振り返って踏んだ、という可能性も0ではない。だがどうにも引っかかる。念のためリンクスに聞きに行くか。


 俺は踵を返して村の中に戻ると、騎士たちが救援物資を農民たちに配っていた。その一人にリンクスの場所を聞くと、村長の家に行ったとの事だったので、俺もそちらに向かった。


「ここか」

 教えられた家についた俺はドアを軽くノックした。

「はい?」

 するとドアが開いて白髪が目立つ老齢の女性が出迎えてくれた。村長の奥さんか?と、考えたのも束の間。

「ん?アルフレッド様。どうかされましたか?」

 ちょうどドアから見える位置にいたリンクスが俺に気づいたようだ。


「リンクス団長。すまないが少し聞きたい事があるんだが、今は大丈夫か?」

「えぇ。村長、我々の話にアルフレッド様を参加させても構いませんか?」

「は、はい。もちろん。お、おい。そのお方を中へ」

「わ、分かりました。ど、どうぞ」

 どうやら問題は無さそうだ。まぁ、俺の恰好とか、騎士団長のリンクスが様付けで呼んだからか、緊張した様子で奥さんが俺を中に促す。


「失礼します」

 一礼をして中に入ると、リンクスと村長がテーブルを挟んで、椅子に座った状態で向き合っていた。更に村長の後ろには男性が数人立っていた。


「アルフレッド様、何か?」

「一つ聞きたいのだが、ゴブリンというのは同じ場所を二度襲う事はあるのか?例えば、もう一度この村を襲う可能性は、あるのか?」

 俺の発言に、村長の傍に居た男たちがザワザワとし始める。小さく、『ど、どうなんだ?』とか声が聞こえるが半ば無視する。


「無い、とは言い切れませんね。例えば、この村の警備は脆弱、まだ食料がある、と判断されれば複数回襲撃してくる可能性も0ではないかと」

「そ、そんな……っ!」


 男の1人が絶望したような表情で、掠れたような声を漏らす。

「しかしアルフレッド様、それが何か?」

「……」

 これから語る事はあくまでも可能性。しかし村民たちを不安にさせるのは十分な物だ。しかも人の口に戸は立てられぬ、というように、ここでの話が外に漏れる可能性もあるが……。それでもやはり、伝えておくべき、だろうな。


「村の外、ゴブリンが侵入に使ったと思われる地点を確認してきたが、足跡の重なり具合から襲撃後、再びあそこにゴブリンが近づいた可能性がある」

「ッ!?ほ、本当なのですかっ!?」

 村長が驚愕した様子で椅子から立ち上がる。

「あくまでも可能性の話です。こちらの杞憂、考えすぎ、という事も十分ありえます」

 俺はリンクスから村長、そしてその後ろの男衆の方へ向き直り、説明を続けた。


「しかし、状況が状況です。常に最悪を想定し、その対応策を講じる必要があります。襲撃されてから慌てて応戦したのでは、被害を出しかねません」

「そ、そう、ですね」

「しかし……」

 俺が村長と話をしていると、リンクスが難しい表情をしながら声を上げた。


「仮にゴブリンの襲撃があるかもしれない、と言う事を想定すると、当初の予定では動けませんね」

 当初の予定、というのは俺も聞いていた。リンクスの作戦は、昼間に索敵を行い、連中のねぐらを発見。ゴブリンが夜行性なのを活かして、昼間の内にねぐら、つまり洞窟を俺の召喚魔法で取りよせた火炎放射器で焼き払う、ってのが当初の予定だった。


 ゴブリン相手の実戦は初めてでは無いし、暗く狭い洞窟を焼き払うのに、火炎放射器はうってつけだ。ゴブリンの巣穴を火炎放射器で焼き払う、って戦法もこれが初めてじゃない。しかし、だからと言って村の防衛を疎かにする訳にも行かなくなってきたのも事実。夜は村の防衛、昼間は探索、なんてのをやっていたら騎士たちや俺の体力が持たない。もっと人数が居れば二つのグループに分けて防衛と探索を同時に出来るんだが……。出来ないものは仕方ない。


「リンクス団長、それで、俺からの話を聞いた上でどう判断する?俺はあなたの指示に従う」

「……分かりました」

 少し間を置いた後に、リンクスは静かに頷いた。

「我々の目的はゴブリン討伐ですが、村に更なる被害を被るような事はあってはなりません。よって、ひとまず数日間は様子を見ます。警備の兵を立て、ゴブリンの襲撃が無いと分かった時点で森の探索を開始します」

「了解した」

 リンクスの考えに異存は無かった俺は頷いた。


 その後、俺たちは万が一の夜襲を警戒し、ひとまず今夜は寝ずの警戒態勢を敷く事になった。とりあえず仮眠のためのテントを用意し、皆夜に向けて休んでいる。


 そんな中で俺は1人、テントの中で胡坐をかきながら、夜間戦闘のための装備をまとめていた。ヘルメットの額部分に暗視装置、いわゆるナイトビジョンゴーグルを装着する。これがあればたいまつなどが無くても夜間の視界を確保できる。


 ヘルメットに装着し、がたつきが無い事を確認すると、今度はスコーピオンを手に取り、マガジンを外してチャンバー、薬室内部をチェックする。弾が入っていない事を覗いて確認し、マガジンを戻すとコッキングレバーを引いて初弾を装填。もう一度チャンバーチェックを行い、初弾がちゃんと入っている事を確認する。最後にセイフティを掛けなおして銃のチェックは終わりだ。


 チェックを終えると、俺はテントの入り口から見える、オレンジ色に染まっていく空に目を向けた。

「……今夜来るのか、来ないのか。さてさて、どっちかな」

 やっぱり実戦というものにはまだ慣れない。もう何回も経験しているのに緊張で心臓がうるさい。思わず緊張を誤魔化すような、独り言が漏れた。


 

 やがて日も完全に落ち、空は暗くなっていく。夜空には星と月が浮かび、静かな夜がやってきた。誰もが眠りにつく時間。俺たちは数人に別れ、それぞれが納屋などの建物の影で待機しながら、ゴブリンの襲来を警戒していた。


 とはいえ、下手に火をおこしたりすると俺たちの存在がバレる恐れがある。なので、全員に俺と同じタイプのヘルメットと暗視装置を渡してある。使い方は何度か経験してるから、もう全員知ってる。


 俺はというと、射線を確保するために村の中央にある納屋の上に上っていた。そこでスコーピオンを手にずっと周囲を警戒していた。屋根の上に腹ばいの姿勢で、光を取り込むための窓を足場にして留まりながら、暗視装置を活かして監視を続けていた。


 今俺やリンクスたちが装備しているタイプは、自然界の光、例えば星や月の明かりを増幅させて利用する、微光暗視装置と呼ばれる物だ。幸い今日の天気は晴れ。頭上では月と星が輝き、暗視装置もばっちり動いていた。


 監視を始めてどれくらいたっただろうか?1時間か、それとも2時間か。監視を始めた当初の緊張感も薄れ、段々暇になってきたなぁ、なんて考えていた時。


「ッ!」

 今、視界の端で何か動いた気がしたっ。それも、あの壊れた柵の辺りでだっ。俺はすぐさまスコーピオンのセイフティを解除し、屋根に隠れて頭だけを出しながら、壊れた柵のある辺りを注視した。


 勘違い、か?いや、そう判断するのは早計だ。俺は小さな動きも見逃さないよう、しっかり目を見開き、様子を伺っていた。と、その時、茂みがかすかに揺れ動いたかと思うと、その奥からゴブリンが現れた。茂みの中から顔と上半身だけを出すゴブリン。


「来やがった……っ!」

 俺は即座にスコーピオンを構えた。だが、構えただけだ。俺の位置からゴブリンたちまでの位置まで、100メートルは無いが、それでも数十メートルは離れている。サブマシンガンのスコーピオンでやるなら、もっと近づきたい。


 それに今ここであのゴブリンを撃ったとしても、それは悪手だ。他に仲間がいた場合、そいつらには逃げられるだろう。そして俺たちを警戒するはずだ。それで罠でも仕掛けられて待ち構えられたら、たまったもんじゃない。理想を言うのなら、油断している所を一気に叩き潰したい。


 だから今は監視をしつつ、『連絡』だ。俺はリグから小型のトランシーバーのマイクを取り出した。

「こちらアルフレッド、リンクス、聞こえるか。応答せよ」

 ゴブリンの動向を監視しつつ、スイッチを押し通信で呼びかける。スイッチを離し、返答を待つ。


『こちらリンクス、聞こえますアルフレッド様。如何されました?』

 数秒してリンクス側からの通信が聞こえて来た。

「リンクス、ゴブリンを確認した」

『ッ……!?本当ですか……っ!?』

「あぁ。例の破壊された柵の付近に1匹確認した。現在監視中だ。騎士たちに連絡を。俺は監視を続ける」

『かしこまりました……っ!』

「以上、動きがあったら連絡する。オーバー」


 報告を終えた俺はマイクを戻し、スコーピオンの狙いを定めたままゴブリンの動きを監視していた。俺が見つけたゴブリンは、柵の傍の茂みの所から、しきりに周囲を見回して警戒しているようだった。


 斥候か何かか?そう考えつつ警戒をしていると、ゴブリンが振り返って小さく声を上げたように見えた。そしてその1匹が茂みから出てくると、それに続くように次々と茂みからゴブリンどもが出てくるっ。そしてそいつらは、周囲をキョロキョロと見回しながら壊れた柵の部分を通って次々と村の中へと足を踏み入れてくる。


 10、15、20、25。……合計30匹前後、って所だな。数を確認できた。すぐに俺はトランシーバーを取った。

「リンクス、聞こえるか?ゴブリンどもの群れが壊れた柵の地点から中に入った。数は目測で30匹前後。警戒しつつ、畑の中へと入ってきている。どうぞ」

『了解しました。我々は建物の影に隠れて接近します。アルフレッド様はどうされますか?』

「同じだ。これから納屋を降りて接近。そして、最初の一撃を仕掛ける。俺の銃で先制攻撃をしかけて混乱させ、尚且つ半数以下にまで減らせるかやってみる。俺が全弾撃ち切ったら合図する。混乱している間に、一気に叩くぞ」

『了解……っ!』


 よし。これでこちらの作戦は決まった。俺はすぐに物音を立てないように、ゆっくりと屋根上から梯子を伝って降りた。そして、すぐさま建物の遮蔽物にして身を隠しながらゴブリンたちが居る畑の方へと向かった。


 1軒、2軒と建物の壁を伝い、念のため四方を警戒し、スコーピオンを構えたまま進む。そして畑の一番傍の家の家の角まで来たところで、一旦動きを止めて息をつき、精神を落ち着かせる。……よしっ。


 俺はゆっくりとスコーピオンを構えたまま、半身を晒した。ゴブリンどもは、まだ畑の上に立っていた。どうやら、作物が無いかと畑を掘り返して探しているようだ。好都合だ。

 

 と、その時俺の言る建物とは別の建物の影に動く物体があった。リンクスたちだ。あいつらもゴブリンに近づいている。っと、どうやら向こうもこっちに気づいたな。軽くこちらに手を振って来た。こちらも気づいた合図として軽く手を振る。


 よぉし。これで準備はOKだ。ゴブリンどもは、近くに俺たちが潜んでいるとも、ばっちり姿が見えているとも知らずに、畑を掘り返している。村民たちは銃声で叩き起こす事になるかもしれないが、我慢してくれよっ!


 親指でセレクターをフルオートにセットし、人差し指を引き金にかけ、引いた。次の瞬間、けたたましい発砲音と共に無数の32ACP弾が放たれた。


 静寂の夜に響く銃声と、闇夜を切り裂くマズルフラッシュ。

『ギギャァッ!?』

『ギィッ!?』

 指切り射撃による疑似バースト射撃。それを食らったゴブリン共は次々と倒れていった。いかに銃弾全体で見れば威力の低い32ACP弾とはいえ、立派な銃弾。しかもゴブリンどもはボディーアーマーの類を一切身に付けていない。


 突然の銃撃に混乱しているのか、ゴブリンどもはその場から動かない。ただ混乱し右往左往するだけだ。そして俺が15匹ほどを射殺した直後、スコーピオンのマガジンが空になった。だが半数近くは倒したっ!それに連中は混乱しているっ!


 よしっ!ここらが攻め時だっ!

「GO GO GOッ!!」

 俺は思いきり叫んだ。それこそが、リンクスたちへの合図だ。

「行けぇっ!ゴブリンどもを討伐せよぉっ!」

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」」

 すると建物の影からリンクスたちが次々と現れゴブリンどもに向かって行く。対してゴブリンどもは銃撃の混乱から立ち直る事が出来ないまま、リンクスたちの強襲を受ける羽目になった。次々とゴブリンどもが切り倒されていく。


「っしっ!俺もっ!」

 射撃したから終わり、ではない。俺はスコーピオンのチャンバーチェックを行って薬室が空な事を確認するとセイフティを掛けて、ホルスターが無い為スコーピオンを足元に置くとリグのケースからコンバットナイフを抜き駆け出した。流石にリンクスたちにまかせっきりって訳にも、なっ!


 駆け出し、混乱しこちらに背を向けていた一匹のゴブリンの背中を蹴り倒す。

『ギギィッ!?』

 隙を逃さず、がら空きの背中にナイフを突き立て、その体を、ナイフを引いて切り裂くっ。

 血が噴き出し、ナイフと腕が汚れるが構う物か。血など見慣れた。殺傷の忌諱感などもうない。それ以前にここは戦場だ。敵を殺さなければ自分と仲間が死ぬっ。

「しぃっ!」

 ナイフを振るい、ゴブリンどもの体を引き裂く。


 それから俺は、数分と掛からずリンクスたちと共にゴブリンどもを全滅させた。俺もリンクスたちも、返り血で所々を汚しながらも、全員が目立った傷も無くゴブリンを倒す事が出来た。

「アルフレッド様、ご無事ですかっ?」

「あぁ大丈夫だ。そっちの被害は?」

「ありません。アルフレッド様の射撃による奇襲が功を奏したのか、連中はまともに対応出来ておりませんでしたので」

「そうか」

 俺は最後に周囲を見回す。生き残っている奴らがいると厄介だ。

「ん?」


 その時、俺はゴブリンが1匹、まだ生きている事に気づいた。傷が浅かったのか、震える体で地面を這いまわりながら必死に逃げようとしていた。

「……」

 俺はそこへと無言で歩いて行く。

『ギッ!?ギ、ギィッ!』

 ゴブリンは俺に気づいた。逃げようと必死に震える体で地面を張っていくが、遅い。俺はゴブリンの元に追い付くと……。


「……」

 無言でその喉元にナイフを突き立て、頸動脈を切り裂いた。あふれ出た血が噴き出し、地面に染み込んでいく。ゴブリンは数秒、体を震わせると完全に動かなくなった。


「相変わらず、魔物とは言え敵には容赦ありませんな、アルフレッド様」

 その時俺の行動を見ていたリンクスが声をかけて来た。

「敵とはいえ、些か同情してしまいますよ」

「……ここは戦場だからな。生ぬるい事は言ってられないだろ」

 俺はリンクスの言葉に答えながらナイフを振って血を落とすと、それをケースに戻した。


「戦場では、『勝つか負けるか』以前に、『生きるか死ぬか』、だからな。俺には、母さんの生活を守る意思と義務がある。そのために俺は絶対に死ねない。そして、俺と母さんの生活を守るために、後顧の憂いは断っておきたい」


 そう言って俺は今まさに殺したゴブリンに目を向けた。

「見逃して、生き延びて、復讐でもされたら事だから。そうならないように、敵には手加減せず、必ず殺す。それが俺のやり方だ」


 そうだ。これから先俺は、冒険者として魔物を狩る。それで金を稼いで母さんと生活するために。だが俺が死ねばどうなる?母さんは一人ぼっちになる。そうしないために、俺には生き抜く責任がある。そして、復讐なんて事をされないために、後顧の憂いを立つために、俺は容赦などしない。


 と、ゴブリンの骸を見つめていると各家から農民たちが燭台などを手に現れた。中にはピッチフォーク、デッカイフォークみたいな農具を手に出て来た人までいる。


「流石にあの騒ぎで皆起きた、か。リンクス団長、あの人たちに説明してやってくれ」

「了解しました」

 さて、とりあえずこれでゴブリン討伐は終わりかな。と、リンクスを見送りながら考えていた。



 その後、銃声やらリンクスらの雄叫びで起きた村長や農民たちに事情を説明。夜襲にこそ驚いていたが、俺たちが全て退けた事を知ると、皆安心した様子で喜んでいた。


 討伐任務も無事に終わった事で、俺たちは翌朝に村を出て屋敷に戻るための帰路についた。そしてそんな馬車の荷台で揺られながら、俺は遠ざかって行く村を見つめていた。



 俺が冒険者にでもなれば、こんな依頼をソロか、もしくはパーティーメンバーと一緒に受ける事になるだろう。そういう意味では、やっぱり実戦経験は無駄じゃない。


 家名を捨てて母さんとあの家を出るまで後少し。そうなればあのクズ親父やクズ兄弟と会う事もなくなる。実戦経験を積みながら、あと少し我慢すれば母さんと一緒に暮らせる。


 そう、考えていたのだが……。


「よく聞け。貴様には今度、侯爵家のパーティーに出席してもらう」

「………ゑ?」


 ある日、クソ親父に呼び出されて何事かと思い行ってみたら開口一番にこれである。


 俺の理解が追い付かなかったのは、きっと悪くない、はずだ。



     第2話 END



 


 


 

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