マジックVSガンズ~~魔法至上主義世界に転生したミリオタ、銃で無双する~~

@yuuki009

第1話 始まり

 俺はミリオタだった。銃が好きだった。お金をため、安いエアガンを買って楽しんだりもした。大きくなったら仕事をして、もっと高いエアガンを買おう、なんて小さな夢もあった。


 けれど、それはある日、叶わない物になった。



『プアァァァァァンッ!!!』


 甲高い警笛を鳴らしながら突っ込んでくる電車。その日俺は、学校からの帰り道、駅の構内で、ホームの淵から落ちそうになった子供を助けて、代わりに死んだ。




 でも、そこで俺の人生は終わりじゃなかった。


『あぁ人の子よ。何と申し訳ない。お主の死は、我ら神の手違いだったのだ』


 死んだと思った次の瞬間、俺は真っ白な空間にいて、そして神と邂逅していた。そして神様が言うには、俺の死は本来の運命とは異なる物だったそうだ。


 そしてその見返りとして、チート能力付きで転生する事になった。なんとも近年のラノベの王道的展開じゃないか。


 死んだってのに、思わぬ事態に俺は思わず苦笑を浮かべてしまった。それほどまでに唐突で急な展開だった。


 だが、チート能力付きで転生出来るのならそれに越した事はない。俺だってラノベを読んで、そんな夢に憧れた1人の男だ。だから俺は願った。


 『あらゆる銃火器や軍需品を自由に取り寄せる事が出来る力』を。そして神はそれを受諾し、俺にチート能力を与え、俺は異世界へと転生した。



 けれど、その世界は決して良い世界とは言えなかった。


 『魔法』。そう呼ばれる超常の力が存在する中世にも似たファンタジー世界。その世界に俺は転生した。


 だが、この世界では魔法こそが絶対の力であると信じる『魔法至上主義』が貴族や各国の上層部で浸透していた。


 魔法を扱える者こそが優れている証であり、魔法が扱える者の未来は明るい。だが逆に、魔法を扱えない者、魔法の才能が無い者は、まったく逆だ。


 魔法を扱えない貴族や平民は周囲、特に魔法を扱える者やその配下から嘲笑される。


ここは魔法という存在による差別が横行している世界だった。俺はそんな世界に転生した。いや、してしまったというべきか。



そして、魔法による差別が蔓延するこの世界で俺は、『銃』を手に上を目指す。


魔法こそが全てだと思いあがった連中を、俺が持つ銃の力で、思いっきり驚かせてやる。




~~~ディバイア子爵領・子爵家邸宅郊外の森の中~~~


 今、俺は茂みの影でひっそりと息を殺しながら、獲物が掛かるのを待っていた。手にしたボルトアクションライフルに乗せたスコープを覗き込み、獲物がキルレンジに来るのを、静かに待っていた。



 今の俺の位置から、100メートルほど離れた場所。そこは動物たちがよく水を飲みに来る小川が流れていた。狙いを定めたまま、静かに獲物がスコープの中へと現れるのを待つ。


 既にこの辺りでの狩猟は慣れたもの。『転生してから』既に10年以上が経過した。そして狩猟歴は既に3年を超えている。同じ姿勢で待ち続けるのなんて、もう苦でもない。


 っと、そうこうしている内に得物が現れた。獲物は角が立派な鹿だ。数は1匹。周囲を警戒した様子のままゆっくりと川辺に近づいている。まだだ。まだ手を出すな。動物の警戒心を侮っちゃダメだ。チャンスを待て。奴が油断し、水を飲む事に集中するその時まで。


「ふぅ」

 小さくゆっくりと呼吸しながら、静かに引き金に指を掛ける。やがて、周囲を見回していた鹿が徐に下を向き、足を開いて首を下げた。そこが、隙となる。


「はぁ、ふぅ。ッ!」

 呼気を整え、引き金を引いた。ヘッドセットをしていても聞こえる銃声。それが響いた次の瞬間、鹿は側頭部から血の花をパッと散らせるとその場に倒れ伏した。どうやら無事、頭に当たったようだ。


「ふぅ」

 それを確認した俺は、息をつくと、ライフル。『レミントンM700』を手にしながら立ち上がった。周囲を見回し、狼などの肉食動物の気配が無い事を確認すると、俺はM700のセイフティを掛け、スリングベルトで斜めに掛けると、右足のレッグホルスターからリボルバー、『トーラス・レイジングブル』を抜き、周囲を警戒しながら鹿の元へと足を進めた。


 森での狩猟は、血の臭いで狼や熊、それに『魔物』と呼ばれるモンスターを引き寄せてしまう可能性がある。とはいえ、流石に熊が相手となると、M700やレイジングブルで勝てるかどうか。その場合は得物を諦めて熊に譲るしかない。

 

 とにかく周囲を警戒しながら鹿の元まで歩み寄る。周囲を警戒しながらその場に膝をつき、様子を伺う。側頭部に射入口があるし、軽く触れても動く気配は無し。即死のようだ。


 トドメが必要ない事を確認した俺は、立ち上がって周囲を見回す。横取りを狙う狼や熊やらが居ない事を入念に確認してから、レイジングブルをホルスターに戻し、俺は鹿の首に、チェストリグに装備したナイフケースからナイフを取り出し、傷をつけた。そして傷をつけた首元を傍の川に浸す。血抜きだ。



 それからしばらく、血抜きを行いつつ周囲を警戒していたが狼などは来なかった。どうやら獲物の巡ってのバトルには無かったようだ。なら、あとはこいつを持ち帰るだけだ。


 と言っても、流石に鹿を一頭丸々背負うのは無理だ。なので、背中に背負ったリュックからマチェットを取り出し、前後の足をある程度バラして、それを持ち帰る。残った部分は森にいる獣たちの餌になるだろう。バラして回収した肉を、リュックから布を取り出して包み、リュックに押し込む。

 

さて。今日はここまでにしておくか。大部分の肉は回収出来なかったが、俺は本職の猟師じゃないし肉屋でもない。森での狩猟は、もっぱら『トレーニング』を兼ねていた。


「うし、帰るか」

 肉を確保した俺は、リュックを背負いM700を手にすると、屋敷に戻るために歩き出した。


俺がこの森に入る理由は、トレーニングのためだった。


オリーブドラブ色の迷彩服に身を包み、防弾ベストに弾の入っているポーチやナイフケースを装備したタクティカルリグ、各種膝当てや肘当て、軍用のヘルメットにヘッドセット、タクティカルブーツを履き、背中には中型のリュックを背負っていた。


 傍目には、完全に俺の『前世』の世界の軍人だ。そしてこれらの装備は全て、俺が神様から与えられたチート能力のおかげで揃えられた。


 『召喚魔法』と呼ばれるそれは、本来遠くにある物体を引き寄せる魔法なのだが、俺の能力はその召喚魔法で前世の世界の、あらゆる軍事兵器や軍需物資を引き寄せる事が出来る、という物だった。


 おかげで対価無しに好きなだけ武器や弾、その他の装備をすぐに、殆どリスク無しで引き寄せる事が出来た。まぁ、魔法を使うとその源である『魔力』、というのを消費するんだが、1回の召喚魔法で消費する魔力量は微々たるもの。しかも召喚する物のサイズで消費量は変わらないからありがたい。


 おかげでこんな猟師や軍人みたいな事が出来ているから、この力を貰えた事に満足していた。



 しかし、この世界はそう甘くは無かった。



 森の中を歩く事、約1時間。俺は実家でもある屋敷の裏庭の、小さな門の前にたどり着いた。そこは、ファンタジーアニメに出てくる、貴族の屋敷のような立派な邸宅だった。俺はその門をくぐり中に入った。


 そのまま裏庭を通って、屋敷の厨房がある方へと向かう。と、そこに向かう途中、庭仕事をしていた男と遭遇した。

「おや坊ちゃんっ。お戻りですかい?」

「あぁ。今戻って来た所だ」


 庭師の男が俺を坊ちゃん、と呼んだように俺はこの家の生まれ、つまり貴族の子供だった。

「どうでしたかい?今日の狩りは?」

「あぁ。鹿を一頭仕留めたよ。それで足の肉を回収してきた。これから料理長のトラムさんの所に渡してくるよ」

「そいつはありがてぇっ!今夜は鹿肉が食えるんですねっ!」

 俺が鹿を狩って来たと知ると、庭師の男、リックは嬉しそうに笑みを浮かべた。


 基本的に、この屋敷、ディバイア子爵家に仕えるメイドや執事、庭師たちは邸宅とは別の、宿舎のような建物で暮らし、敷地内に住み込みで仕事をしている。そんな彼らの料理を作るのは、子爵家に仕える料理長のトラムさんだ。


「トラムさんが作る鹿肉のビーフシチューは絶品ですからねぇっ!あぁ楽しみだっ!」

「そうか。そいつは狩って来た者としても光栄だな」

「全くでさぁ。アルフレッド坊ちゃんがいつも新鮮な肉やらキノコとかを取ってきてくれるおかげで俺らの食卓はいつも豪華で助かってやすよ」

「そいつは何よりだ」

 リックの誉め言葉に、俺は素直に笑みを浮かべながら答えた。

「それにしても、いつもそんな肉とかキノコとか、こっちで貰っちまって良いんですかい?数は多くないとしても、近くの町とかで売れば金になるでしょうに」

「まぁ確かにな。でもいいんだ」

「そりゃまた、なぜ?」

 リックは不思議そうに小首を傾げながら聞いてくる。


「金を稼ぐためにやってる訳じゃないからだよ。俺が森で狩りをしているのはトレーニングの一環だからさ。肉を持ってくるのはそのついでだし、それに、俺も母さんもみんなの世話になってるのは事実だしな。肉やキノコは、言わばそのお礼みたいなもんだ」

「坊ちゃん。そう言っていただけると、嬉しいっすねぇ」

 リックは年甲斐もなく恥ずかしそうに視線を反らす。


 だが。

「なんだっ!獣臭いと思って来てみたらお前かアルフレッドッ!」

 ……この嫌に鼻につく声は。


 何やら声がしたので、俺とリックはそちらを向いた。そこにいたのは、俺と同い年くらいの少年だった。だが、そいつは俺を見下すようにニヤリと憎たらしい笑みを浮かべている。

「か、カイン様っ!」

 俺の隣にいたリックが慌てて麦わら帽子を取ると、頭を下げた姿勢のまま動かなくなる。

「……何かご用ですか、カイン様」

 それを一瞥しつつ、俺はその少年に声を掛けた。


 俺を見下したような目で見ている、茶髪のツンツンへアが特徴的な少年。『カイン・ディバイア』。俺、『アルフレッド・ディバイア』と同い年の、異母弟、半分血の繋がった兄弟、なのだが……。


「ふんっ!平民崩れの貴様に、用などあるものかっ!臭い獣の臭いがしたので、獣が侵入したのかと思って来てみればお前だったという訳だっ!」

「左様で」

 自信たっぷりに俺を嘲笑し、バカにするような発言をしているカインだが、俺の方は相手にするのも面倒なので適当に流す。


「全く、森で狩りなどしおってっ!そんなものは貴族の仕事ではないっ!大体、貴様が屋敷に近づくだけで獣の臭いが我が家に染みついたらどうするっ!いやっ!それ以前に貴様のような平民崩れが屋敷に近づいただけで汚れてしまうわっ!分を弁えるんだなっ!」

「それは大変失礼しました」

 適当に謝罪し、頭を下げる。こいつは毎度毎度、俺が頭を下げないと満足しないのだ。


「ふんっ!まぁ良いだろうっ!仮にも血を分けた兄弟だからなっ!だが忘れるなよっ!お前のような『まともに魔法も使えない』役立たずは、我が家の敷地内に居られるだけでも幸せだと言う事をなっ!母ともども、追い出されたくなければ精々分を弁える事だなっ!」

 俺の形だけの謝罪に満足したのか、勝ち誇った笑みを浮かべながらカインは離れていった。


 それを見送ると……。

「だ、大丈夫ですか?坊ちゃん」

 今まで頭を下げたまま、ずっと無言だったリックが、カインが歩き去って行った方を警戒しつつ、気に掛けるように声をかけてくれた。

「あぁ、大丈夫だよリック。あれくらい、もう『慣れた』」

 カインによる罵詈雑言、というか。悪口は今回が初めてではない。おかげですっかり聞きなれた物だ。以前は怒りこそ沸いていたが、今ではもうすっかりだ。慣れというのは恐ろしいな。


「そ、そうですかい。……にしても、カイン様も酷いっすねぇ。母親が違うとはいえ、仮にも同じ父親から生まれた兄弟なのに」

「そいつはどうかな?あいつにとっちゃ、俺なんて兄弟ですらないよ。あのクソ親父が俺を息子と思ってないのと同じさ」

「……貴族にとっちゃ、大切なのは地位と金と、後は魔法の適正、ですからねぇ」

 リックは少しばかり顔をしかめながら、絞り出すような声で呟いた。


「その点、俺は半分平民。加えて魔法の適正も皆無に近い。だからあいつらにとっちゃ、俺は役立たず以外の何者でもないのさ」

 俺は一応、このディバイア家の次男なのだが、母さんが平民であり妾である事。更に、転生特典の影響なのか、俺は『召喚魔法しか使えなかった』事もあってか、立場はかなり弱く、親父や正妻、兄弟からの扱いがすこぶる悪い。



 この世界における魔法は、体内にある魔力を消費して行使される超常の力、という認識だ。それ自体はファンタジーゲームのよくある話や設定と同じだ。更に魔法は、火、水、土、風、雷、光、闇、無の8つの属性に分類される。ちなみに俺の操る召喚魔法は、この中では無属性魔法に分類される。


俺の知る限りでは、魔法の適正に関しては複数持つだけでも凄いらしく、4つ以上の属性適正を持つ者は皆無、と聞いた事がある。


そして、魔法を扱える者、『魔法士』の強弱は扱える魔法の数や威力、適正の多さで判断される。その点で言えば、召喚魔法しか使えない俺は魔法士の中でも『底辺』の存在だ。


 そうなると俺の親父、現ディバイア家当主、『グスタフ・ディバイア』にとって召喚魔法しか使えない俺はごく潰し同然、という事だ。おかげで、俺と親父の関係は冷めきっている。あいつは俺を自分の子供だとは思っていないような態度だし、実の所俺も、あいつを父親だなんて思ってない。更に俺のほかにディバイア家には、正妻の子供である長男と、さっき俺を散々見下していた三男のカイルが居る。


 そして、例にもれず正妻も長男も、俺の事を『ろくに魔法が使えない役立たず』と見ている。おかげで俺にとっての家族は、母さんただ1人だけの状態だ。そんな母さんと俺は、この屋敷の土地の片隅にある、離れと称した小さな家で暮らしている。


 まぁ、それもあと数年の辛抱だ。……って、そうだ忘れてたっ!

「いっけねっ!肉持ったままだったっ!早くトラムさんに届けてこねぇとっ!じゃあなリックッ!」

「あ、はいっ!お気をつけてっ!」

 俺はリックの声を背中で聞きながら、慌ててトラムさんの居るであろう厨房へ向かった。肉は鮮度が命だからなっ!早く届けねぇとっ!


 その後、俺は急ぎ足で料理長であるトラムさんの所へと届けた。俺が肉を持っていけば、トラムさんは嬉しそうに『食材が増えて助かりますっ!』、『今晩は楽しみにしててくださいっ!』と言って笑っていた。


 楽しみにしてますよ、と告げて俺は厨房を後にした。これで今日の森での訓練は終わり。とはいえ、夕食まではまだ時間がある。森の中を、装備を持ったままランニング。って気分でもないな。仕方ない。とりあえず一度装備を部屋に持って戻ろう。

 

 って事で、俺は敷地の奥にある離れに向かった。裏庭の奥、木々で隠されるような木陰に作られた小さな一軒家。あいつらは執拗に『離れ』と称しているが、実際には陰で物置小屋呼ばわりしているのを知っている。


 とはいえ、この世界の平民目線で見てみると、小さいとはいえ立派な一軒家だ。俺と母さんそれぞれの部屋もあるし、まぁ暮らす分には問題ないレベルではある。


「ただいま~」

 声を上げながらドアを開いて中に入る。

「あら、おかえりなさい、アル」

 中に入ると、部屋の隅で40代くらいの黒髪の女性、つまり俺の母さんが洗濯物を畳んでいた。そして母さんは帰って来た俺に気づいて、微笑みかけてくれた。ちなみに、アルって言うのは俺の略称だ。まぁ、母さんくらいしか呼ぶ人はいないが。


「今日は戻りが早いのね?何かあったの?」

「ううん何も。まぁ鹿を一頭仕留めて肉を取って来たよ」

「あら、相変わらず凄いわねぇアルは」

「なんて事無いよ。待ち伏せて1発さ」

 俺はそう言って笑みを浮かべつつ、自分の部屋のドアを開けて中へと入る。


「あぁそうそう。狩って来た肉はもうトラムさんに渡してあるから。夕食は楽しみにしててだってさっ」

 俺は開けっ放しのドアを挟んで会話しつつ、背負っていたリュックや、レミントンM700を置く。リュックは床に。M700は召喚魔法で取り寄せてあったガンラックに。

「あら、それは楽しみねぇ。トリムさんはどんな風に料理してくれるかしら?」

「鹿肉だからなぁ。ローストか、或いはビーフシチューとか?」

 俺はタクティカルリグやホルスターを外しながら母さんと会話を続ける。他愛のない会話だが、俺にとって母さんは『たった一人の家族』だ。あのクソ親父を父と思った事は無いし、クソ兄弟のカイルや長男も家族だと思った事は無い。


 俺が愛するただ一人の家族。それは母さんだ。俺はただ、愛する母さんと平和に暮らせれば、それで満足だ。



 それから俺は母さんとしばらく他愛ない会話をしながら、母さんの家事を手伝った。


 ちなみに夕食は、屋敷のメイドさん達が運んできてくれる。カイルの反応のように、親父や正妻、カイルらは俺と母さんが屋敷に近づく事を毛嫌いしているからだ。まぁ、こっちだってあの連中と顔を合わせながら飯なんて冗談じゃないから、こちらとしてもありがたい。

あんな連中と一緒に食卓を囲ったって、美味い飯が不味くなる。

 逆に、メイドさんやら執事の人ら、庭師のリックと言った家臣の人らとは、結構頻繁に仕事を手伝ったり、今日みたいに狩ってきた肉を渡したりしてるから仲は良いんだがなぁ。



 そんなこんなで夕食を食べ終わった後の事だった。いつもなら時間を見計らってメイドさん達が食器の回収に来てくれるのだが……。

『コンコンッ』

「ん?は~い」

 母さんと食後のお茶を飲んでいた時、ドアがノックされ反射的に俺が答えた。


 メイドさん達か?と思ったのも束の間。

「夜分にすみません。騎士団のリンクスです」

 聞こえて来た男性の声。それは、ディバイア家のお抱えの部隊、騎士団の団長を務めているリンクスの物だった。


 騎士団とは言わば、警察のようなものだ。ディバイア家に仕える騎士団の任務は、ディバイア領内部で発生した問題を時に力で解決する。主な任務内容は、領地内に出た盗賊や魔物の排除とか、酔っ払い同士の喧嘩の仲裁とか、治安維持のパトロールとか、そんな所だ。

 そしてリンクスは騎士団のトップ。つまり領内の安全や治安維持の全権を担う男だ。


「あらあらまぁまぁ」

 リンクスの来訪に母さんはすぐに席を立って、扉を開けた。

「こんばんはリンクス様」

「これはサラ様。夜分に突然の来訪、申し訳ありません」

 母さんがドアを開けると、そこには高身長で金髪のショートヘアが特徴的な、騎士甲冑に身を包んだ男、『リンクス』が立っていた。


「いえいえ。それより、騎士団団長のリンクス様が、何用でしょうか?」

「はい。実はご子息のアルフレッド様にお話があるのですが、よろしいですか?」

「息子と、ですか?」

 母さんは疑問符を浮かべながら俺の方へ振り返った。俺と話、ね。


「良いよ。それじゃあ、ここじゃ何だし。少し外で話そうか、リンクス団長」

「はい、是非に」

 俺の提案にリンクスは頷いた。まぁ彼がここを訪れた時点で、要件は大体わかっていた。俺は席を立ち、出口へ向かう。

「って事で母さん、ちょっとリンクス団長と外で話してくるよ。すぐ戻るから」

「……そう。えぇ、分かったわ」


 母さんは、少しだけ何かを察したような表情を浮かべたが、すぐに取り繕うような笑みを浮かべている。……本当は母さんも、『どういう要件』でリンクスが来たのか察してるようだ。とはいえ、母さんに聞かせるのもな。下手に心配させるわけにもいかないし。


「それじゃあ母さん、すぐ戻るから」

「アルフレッド殿を少しの間お借りします、サラ様」

「えぇ、いってらっしゃい」

 俺とリンクスは母さんに見送られながら、一度家を離れた。家から少しだけ離れた、適当な木陰まで行く。


「それで?要件、ってのは?まぁ大体察しは付くけど」

「はい。実は先日、近隣の村がゴブリンの群れによる夜襲に遭いまして」

「そうか。で、被害は?」

「人的被害はありません。ゴブリンの狙いは畑の作物だったようで、畑の作物の大半が盗まれたそうです。総数は不明ですが、被害にあった作物の量からして、10やそこらではないかと」

「となると最低20匹はいるとみるべき、か。それで俺にゴブリン討伐の協力を、って所か?」

「はい。アルフレッド様の召喚魔法によって取り寄せられた品々の力は、我ら騎士団の者たちはよく存じております。そのお力添えを、今回もお借りしたい次第です」

 そう言って頭を下げるリンクス。


 正直この話は予想出来ていた。何故か?それは、似たような話は前々からあって、俺は彼らの一緒に何度も戦った事があるからだ。リンクスを筆頭とした騎士団連中は、俺が呼び寄せる銃器を筆頭としたさまざまな現代アイテムの凄さを知っている。なのでこうして、時折力を貸してほしいと頼まれるのだ。


 更に言うと、俺にこの誘いを断る理由は無い。リンクスを始めとした優秀な前衛が居る中での実戦経験を詰めれば、それは今後の俺の夢のための経験値になるからだ。


「分かった。俺で良ければ協力させてもらうぞ」

「おぉ……っ!ありがとうございますっ。アルフレッド様っ」

「気にするなよ。俺としても、今の内に実戦を経験しておく意味はあるしな。それより、その被害のあった村にはいつ向かうんだ?」

「明日の昼頃には出発の予定です。作物に被害が出たとあっては、農民たちも不安でしょうし、出来るだけすぐに駆け付けるべきかと考えております」

「了解した。ならばそれまでに装備を整えておくか」


 と、言うわけで俺はリンクスら騎士団に協力してゴブリン被害の対処をすることになった。


「んじゃ、俺はそろそろ戻って休むよ。明日は忙しそうだしな」

「であれば送ります。何かあってはいけませんし」

「大げさだなぁリンクス団長は」

 相変わらず律儀な男だなぁ、なんて思いながら俺はリンクスと共に家に戻るために歩き出した。


「そう言えば……」

「ん?」

 その時ふと、何かお思い出したように口を開くリンクス。

「屋敷内で聞いた噂話なのですが、アルフレッド様は16歳の成人の儀を終えられたら、家名を捨てて平民になる、という話を耳にしたのですが、本当ですか?」

「……あぁ、本当だ」

 リンクスの聞いた噂話は本当だ。それに、嘘を付いたり誤魔化す理由も無いから俺は、彼の言葉を肯定した。


「理由をお聞きしても?」

「そう難しい話じゃないさ。俺と母さんはここで暮らしているが、あの親父からすりゃ、俺たちはよそ様に見せられない汚点みたいなもんだ。事実、俺も母さんも屋敷に近づいただけで白い目で見られる。だったらいっそ、こっちから出て行ってやろうって、そういう事さ」

「そうでしたか。しかしこの話、サラ様は?」

「とっくに知ってるし、同意してくれているよ。母さんもあの親父への愛情は残ってないから、後悔はしない。むしろ俺と、あいつらに邪魔されない場所でゆっくり暮らしたいってさ」

「左様でしたか」


「ん?なんだよ?」

 話をしていたのだが、ふとリンクスの声がどこか、残念そうな物だったことが気になって足を止めた。

「何か不服か?」

「……不服、と言えば不服でございますな。知っての通り、アルフレッド様は旦那様や他の御子様方と違って、今回の件のように民の為に働かれております。加えて本来は給仕の仕事である屋敷での雑務にも手を貸してくださっているのを私は知っております。給仕の者たちや領民たちの中には、アルフレッド様こそ、次期当主に相応しいのではと口にする者もいる程です。それを考えれば、平民となってしまわれる事を残念に思う者も少なくありますまい」

 リンクスはそう言って肩を落とした。


「流石にそれは買いかぶりだぞ、リンクス団長。俺には領地経営の経験や知識は無いし。それ以前に、何らかの事故などで親父ら4人全員が死んで、なし崩し的に俺が領主になったとしても、まず近隣の領主や中央から間違いなくディバイア領は白い目で見られるぞ?今この国で蔓延している思想がなんなのか、知らないリンクス団長じゃないだろ?」

「……魔法至上主義、ですか」

「そうだ。魔法の扱いに優れた者こそが人の上に立つべき、とか言う訳分かんない思想だよ。ここで召喚魔法しか使えない俺が領主になったって、良い事なんて無いと思うぜ?」


 『魔法至上主義』。それは文字通り、魔法の扱いが上手い者こそが偉いという選民思想にも近い主義主張だ。この国ではこの主義主張の『汚染』が周辺国と比べてかなりひどい。


 強い魔法士を抱えれば、戦争で優位に立てるし。貴族たちは自分の子と、魔法の扱いが上手い者や、属性適正の数が多い者を掛け合わせて、『魔法に優れたサラブレッド』を生み出そうと躍起だ。


 強い魔法士、というだけでこの国では十分なステータスになる。例えば爵位の低い家であっても、強い魔法士を育成できれば、当然他の家との政略結婚の道具にも出来るし、よし爵位の高い家とのつながりを持つ事だって不可能じゃない。


 そして俺の親父やら兄貴らも、その主義主張に見事に汚染されている。だから召喚魔法しか使えない俺に対する評価や態度が最悪なんだよなぁ。


 んで、話を戻せば。仮に俺がこのディバイア領の領主になったとしても。魔法至上主義者から見れば、俺は召喚魔法しか使えない『底辺の存在』。当然、舐められるし見下されるだろう。それを考えれば、俺が領主になったからと言って、良い事だけという訳にも行かないだろう。


「正直、魔法の才の無い私が語っても、やっかみにしか思われないでしょうが。魔法とて万能ではないのです。なのになぜ、人は、貴族は、その力を求めるのでしょうか?」

「さぁな。今の俺には興味の無い事だし、知りたいとも思わない」


 俺は魔法至上主義に興味など無い。むしろ、俺にとっては親父たちが俺を見下す原因みたいな主義主張だ。関わり合いになりたいとも思わない。


「それよか、明日からの仕事があるだろ?今はそっちに集中するべきじゃないか?」

「ッ。そうでしたね。今我々がすべきは、ゴブリンを討伐し、領民と領地を守る事ですな」

「そういうこったな」


 その後、俺はリンクスに送られて家に戻り、母さんに事情を説明した。既に似たような事は何度かあったから、母さんも狼狽こそしなかったが、心配そうに何度も『気を付けてね?』と声をかけて来た。


 やっぱり母さんに心配をかけるのは悪い気がしたが、これものちのちの為だと自分に言い聞かせた。


俺は成人したら、母さんを連れて屋敷を出るつもりだ。ディバイア家の名も捨てて、母さんと静かに暮らしたかった。この世界にも、依頼をこなして金を得る、『冒険者』って言う仕事がある。そこなら俺の銃器を使った戦闘スキルも活かせるだろうと考えていた。


 冒険者をやりながら、母さんと静かに暮らす。それこそが今の、俺の夢だった。



     第1話 END

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