第3話 喜楽町
刑事課当直員の白川(しらかわ)強行犯係長が運転するバンは規制線を越えて、喜楽町と呼ばれる元歓楽街区画門口傍に設けられた狭い駐車場に止まる二台の軽ワゴン車の横を通り抜け、対面通行するには狭い、廃ビル部群に挟まれた街路に停車する機動捜査隊車両の後ろに止まった。
機動捜査隊車両の後部座席に座り事情聴取を受けているのは、発見者なのか通報者なのか?
運転席から降り街路を見渡すと、何本かの電信柱やポールに古い型の監視カメラが設置されているのが白川の目に入る。
「おつかれさま。通報者はどっち?」
機動捜査隊車両の前方に停められたパトカーの傍に立つ地域課員に声を掛けると、シャッターが上げられた廃ビルのエントランスに立つ男性に顔を向けて、
「こちらが通報された方で発見者の上司だそうです。発見者二人から連絡を受けて、慌てて駆け付けられたそうで」
課員に一言礼を言って、白川は通報者に歩み寄る。
「月山東警察署刑事課の白川です。あなたが通報されたそうですね」
「株式会社大津不動産不動産事業部不動産管理課課長の平塚(ひらつか)と申します」
脱いだ作業上衣を腕に掛けた平塚は、手にしたハンカチで汗を押さえながら頭を下げた。
「今から現場に向かうのですが、立会人として御同行願えますか?」
突然の要請に困惑に色を浮かべながらも、平塚は承諾した。
「階段に窓は有りませんので、懐中電灯が必要ですがお持ちですか?」
お持ちでないなら使ってください、と言って足元に立てて置いた懐中電灯を一つ手に取り、差し出した。
午後五時目前の七月の陽光が窓から差し込む空間に足を踏み入れた白川警部補と鑑識係の松木(まつき)巡査部長は、室内に籠る熱気と強烈な腐敗臭が包み込まれていた。
エレベーターホールに漂う腐敗臭の強さに顔色を失った平塚には、一階エントランスホールに戻ってもらっていた。
事務室や更衣室であったろう部屋や調理室の窓とドアを全開にした上に、客席に設けられた排煙用窓も開いたが換気は進まず、検視用装備を着込んだ身体から汗が噴き出す。
白川は掛けた丸眼鏡を外して、首に掛けたタオルで顔を拭った。
本部から検視官と鑑識課が臨場するので、最低限の現場見分を開始する。
ソファーに近い床上に広がる吐瀉物は、あまりの惨状を目の当たりにした発見者が嘔吐したものだろう。
背凭れに背を預け座面に横たわる死体は金髪ショートカットで、頭部には額に一つ穴が開いていた。
純白であったと思われる着衣は全体的に変色しており腹部に穴が二カ所開いていた。
ミニスカートから覗くパンティーストッキングを履いた脚はヌラヌラとして見え、足には白であったろうヒールが脱げかけた状態で引っ掛かっている。
「どう見ても不法侵入者が病死したわけじゃないな」
予断を持つなと言われるだろうが、誰が見ても賛同するだろう。
駆け付けた検視官が銃撃による死だと断じ県警本部に連絡を入れる傍で、白川は署の刑事課長に連絡を入れた。
検視官が現場から立ち去ったあと、署の霊安室に移動する為にシート上に寝かされた死体を包みながら、
「井出の事件に人手が割かれているのに、こちらに回ってくるのかな?」
と白川は考えていた。
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