第48話 二つの記憶
『おーい、ヘリオスー。お前の大好きなお兄ちゃんが帰ってきたぞー。どこにいるんだー?』
聞いた事のない男性の声を聞き、イグニスは意識を取り戻した。
瞼を開けたという感覚はなかった。ただ意識を取り戻したという言葉では表せない感覚。まるで、オーブの中にいる時のような――。
(……え? 俺、もしかして子供の姿になってんのか?)
〝グルヴェイグ〟のコックピットの中ではなく、自分が子供の姿になっている事に驚いた。頭から毛布を被り、その中でジッと息を潜め、声の主が近付いて来るのをクスクスと笑いながら待っている。
まるで、今から悪戯を仕掛けるような状況に疑問符がいくつも浮かんでしまった。
(もしかして、小さい頃のヘリオスの記憶? でも、なんでヘリオスの記憶を見てるんだ?)
この現象には身に覚えがあった。入院していた時、父さんの思い出を見せてもらっていた時と似ていると感じたのだ。
だがしかし、すぐに別の疑問が浮かんでくる。
(あの時は父さんが意識的に記憶を見せてくれてたはずだよな……。でも、なんで今回はヘリオスの記憶を見てるんだ?)
不可解な現象にイグニスは疑問に思ったが、幼いヘリオスが動き始めたので考える事を一旦やめた。
ヘリオスはそろりそろりと忍足で部屋の扉の前に向かう。
『バァッ! って、あれ? 誰もいない……』
ヘリオスがタイミングを見計らって扉を勢いよく開けたが、廊下には誰もいなかった。不思議そうな顔でキョロキョロと見渡していると、背後から誰かが猛スピードで走ってくる足音が聞こえてくる。
『わっ!?』
両脇に手を差し込まれ、勢いよく抱き上げられた。小さい子をあやすように高い高いされると、幼いヘリオスは『キャハハッ!』と嬉しそうに笑う。
『お帰り、マルス兄さん!』
『ヘリオス、元気だったか!? 少し見ない間に重たくなったな!!』
マルスお兄ちゃんと呼ばれた人は一回りくらい歳が離れているのか、今のヘリオスと同じくらいの背の高さがあった。
黒と金の刺繍が入った軍服は銀河連邦軍の物。
しかも肩に付けてる階級章は大尉だったので、その若さで大尉を勤めている事にイグニスは驚いてしまう。
『う〜ん、可愛い弟よ〜♡ お兄ちゃんは一ヶ月ぶりにお前に会えて、とっても嬉しいぞ〜ん♡』
『ギャッ!? も〜、チューは要らないっていつも言ってるじゃん! そういう事は婚約者としなよ! この前も兄さんの婚約者が我が家に来てたんだよ!? 僕、兄さんの代わりにお茶の相手するの嫌なんだけど!』
挨拶をするような軽いキスではなく、唇を無理やり押し付けるようなチューをしてきた。ヘリオスは必死で拒否していたが、婚約者というワードを出された瞬間、お兄ちゃんは心底嫌そうな顔に変わった。
『えー、俺もヤダー。あの婚約者、我儘で高飛車だし、あんなのより弟との時間を大事にしたいんだよー』
『僕もあの人の事はあんまり好きじゃないけど、いつまでもそんな言い訳ばっかりしてたら父さんが――ギャアッ!? もうやめてったら! 兄さんのせいで唾だらけだよ!!』
兄弟の楽しそうなやりとりが広い廊下にキンキンと響く。掃除中のメイド達が兄弟の微笑ましいやり取りを見て、クスクスと笑っていた。
◇◇◇
(へー、なんか意外。今の冷静沈着なヘリオスからは考えられないけど、昔はこんな一面もあったんだなぁ……)
幼いヘリオスとお兄ちゃんとのやり取りにイグニスがほっこりしているのも束の間、場面がガラリと変わった。
暗がりの部屋で成人男性が三人。何故か幼いヘリオスから兄のマルスへと視点が変わっていた。ヘリオスと同じ髪色をした四十代くらいの男性と、学園でヘリオスと一緒にいた黒髪のシャルム・ゴールディの三人で何かの話をしているようだった。
『断固反対です! 今後、ヘリオスをオーブとして運用するだなんて、私や親族達が納得するはずないでしょう!』
マルスが声を荒げながら言う。しかし、執務椅子に座っていた男性が『決定事項だ』と冷たく言い放った。
『もう議会で採決も取っている。アイツもお前の為になるなら、命なんて惜しくないだろう。それにアイツはお前とは違って出来が悪いからな。軍用オーブとして、シュヴェルトライテ家の礎に――』
『黙れっ!!』
マルスは怒りを堪え切れず、拳を机に叩きつけた。
爪が皮膚に食い込んで血が滲んでいるのが分かる。それから少しばかりの沈黙の後、『どうしちゃったんだよ、父さん……』と肩を震わせながら胸の内を吐露し始めた。
『最近の父さんはおかしいよ。母さんが亡くなってから仕事ばっかりで家にも帰って来ないし、ヘリオスの事もあんなに可愛がってたじゃないか。出来損ないだなんて、そんな酷い言葉は一言も……』
感情が昂ってしまったからなのか、マルスの目からポロッと涙が溢れてテーブルの上に落ちた。
会話がないままの時間が続く。そんな親子を傍目から見ていたシャルム・ゴールディは小さく鼻を鳴らした。
(コイツ……今、鼻で嗤った?)
そう思ったマルスは反射的に顔を上げる。
表情がよく見えなかったからなんとも言えないが、見下されたようにも感じたし、飽き飽きとしているようにも感じた。
『それなら大尉。是非、私から提案したい事があるのですが……』
そう言って、シャルム・ゴールディが胸ポケットから取り出した物――。それはヘリオスの首からかけていた黒いオーブだった。
それを見たマルスは思わず後退りした。早鐘を打つように心臓の脈拍が早くなる。あんな禍々しい色をしたオーブを見るのは初めてだった。
『……ゴールディ副官、貴方は何者ですか?』
『フフッ、私はあくまでただの副官ですよ』
シャルムは黒いオーブを持ってマルスに近付き、こう耳打ちをしたのだ。
『弟を守りたいなら、お前の身体を我らに捧げよ』
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