第43話 前夜祭④

「ごめんな、二人共。俺の目、暫く使い物にならんみたいや……」


 銀が目をショボショボとさせながら、店の外に出たイグニスとソフィアに謝っていた。


 あれからイグニスの両親の事を視ようとすると、どうしても目が痛くなるらしく、鑑定を続ける事ができなくなってしまったのだ。


 不甲斐ないというように落ち込む銀を見て、イグニスは心配そうに声をかける。


「無理はしないで下さい。俺も人の心を読みすぎたりしたら、トイレでゲーゲー吐いたりしてるんで」


 それを聞いた銀は苦笑いしながら「おう、ありがとうな」とお礼を言っていたが、最後に隣にいたソフィアに心配そうな視線を向けた。


「……明日、ヴァルキリーに乗る予定なんか?」

「はい。さっき頂いた水のお陰でとても元気になりましたし、お陰様でいつも通りの操縦ができそうです」


 ソフィアは笑顔で答えていた。


 ここへ来る前は顔色が少し悪そうだったが、〝バッカスの水〟を飲んでから調子が良くなったのか、顔色も元に戻っている。


 先程までズバズバと言い当てられていたので、銀の言葉に驚くような素振りも見せていなかった。


「忠告しといたる。明日、ヴァルキリーを操縦するのだけはやめといた方がええで」

「ど、どうしてですか?」


 ソフィアが驚いたように聞く。すると、銀は目を細めたまま衝撃的な台詞を放った。


「お嬢さんが死ぬ未来が見えたんや」

「わ、私が……死ぬ?」


 銀はまだ目が痛むのか、お面を押さえながら頷いた。


「あぁ、それもかなり無惨な姿でな。お嬢さんの家族が棺桶を囲んで泣き叫んでる。隣におる彼氏も少し離れた所で放心してる姿が見えたんや」


 イグニスとソフィアはどう反応して良いか分からず、顔を見合わせた。「ただの学生同士の決闘なのに、人が死ぬんですか?」とイグニスが怪訝そうに聞くと、銀はお面の内側で辛そうな表情になった。


「相手が見た事のない攻撃をしかけてきてたんや。一瞬、景色が真っ白になって、気付いたらお嬢さんのヴァルキリーが大破して――うっ、またこの痛みや。ほんま、なんなんやこれ……」


 銀が辛そうにしてる時に申し訳ないとは思ったが、イグニスは「あの、どうしたらその未来は避けられますか?」と聞く。


「決闘は避ける事やな。自分の命より大事なもんなんてないんやからさ。周りがなんと言おうと辞退するんや。ええな?」


 イグニスとソフィアも同意するように頷いた。


 それだけ伝えると「俺が視たのはそれだけや。ほな、悪いけど俺は暫く寝る」と銀がフラフラとした足取りで店に戻っていった。


 店の前に残された二人。暫く無言のまま立ち尽くしていると、「なぁ……」とイグニスから話を切り出した。


「明日の決闘、辞退するよな?」


 ソフィアが少し強張った顔で「そうね……」と言う。


「占いを全て信じてるわけじゃないけど、あの人の言葉は妙に説得力があったし。ヘリオスの様子が変だったのも気になってるからかもしれないわ」

「そうだな。ヘリオスが理由もなく対戦相手に辞退してくれって言ってくるような奴じゃないもんな」


 ここでイグニスがソフィアに向かって手を差し伸べた。なんだろう? と不思議そうな顔をしてるソフィアを見て、イグニスは照れ臭そうに頬を掻き始める。


「前夜祭もまだまだこれからなんだし、いろんな所を見て回ろうぜ。明日の事も心配だろうけど、俺もできる限り協力するからさ。今は楽しもうぜ?」


 ソフィアが一瞬、きょとんとした顔になった。

それから意味をちゃんと理解したのか、「うん、楽しみましょう!」と笑顔で返事をする。


 二人は仲良く手を繋ぎ、メインストリートの方へ戻っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る