第42話 前夜祭③

「さて、そろそろ本題に入ろうか。お嬢さんにはアドバイスしたし、次は隣におる彼氏を鑑定してみよかな」


 お面の内側でニッコリと笑った銀は、黒い煙管に手を伸ばし、刻み煙草を詰め込もうとしていた。


「えー、聞きたい事かぁ……」


 イグニスは腕を組み、唸りながら考え始める。

いきなり鑑定すると言われても、すぐには思い付かなかった。

 

 考えた末に浮かんできたのは、父さんに関する事だった。ただ、事の起こりを一から説明するのは、とても時間がかかってしまうので、どうしようかと悩んでいた。


 マッチ棒に火を着ける音がして、イグニスはハッと我に返る。「すみません。何を話すべきか迷ってて……」と謝ると、銀は「気にせんでええよ」と答えてくれた。


「どんな些細な事でもいいんやで。だって俺達、


 銀の言葉にイグニスの心臓が軽く跳ねた。

そうではないかと感じていたが、やはり彼も同じ〝特異体質者〟だったようだ。


 しかし、イグニスから〝特異体質者〟だと公言していないのにも関わらず、同じ仲間だと言い当てられてしまい、「えっと、なんのことですかね? アハハ……」と惚けてみる。


「別に誤魔化さんでもえぇよ。能力の違いはあれど、君の苦労は分かってるつもりやで。小さい頃から一緒におってくれた人も〝特異体質者〟やったみたいやし。君も周りに恵まれたな」


 銀は狐の面をずらして吸い口を咥える。軽く吸ってから息を吐くと、白い煙と一緒に紙煙草とは違った良い香りが漂ってきた。


「ま……こうして会ったんも何かの縁やしな。友達みたいになんでも話してくれてもええんやで。なんなら、首に下げてるオーブと相談してくれてもええしな」


 ビクッと肩を震わせたイグニスを見て、銀は「ハハッ! 嘘がつけんタイプの子やなぁ!」と膝を叩きながら笑い始めた。


 なんとなく恥ずかしくなってしまったイグニスは、小さく咳払いをしてから喋り始めた。


「じゃあ、俺の家族について聞いてもいいですか?」

「勿論。両親か弟、どっちから先にする?」

「お、弟? ちょっと待って。俺、一人っ子なんだけど?」


 イグニスに弟なんていない。写真を見た事もなければ、マリウス先生からも聞かされていないのだ。弟なんているはずがないと断言できる。


 しかし、銀は「いや、おるよ」と断言した。

 

「弟がおるって話を聞いた事ないのは、死んだと思ってるからかな。お父さんは今も当時の事をハッキリと思い出すみたいやで」

「そ、そうなんですか……?」


 いきなりそんな事を言われても現実味が湧かなかった。なんとなく視線を首に下げているオーブに向けてみるが、何も反応が返ってこなかった。


「あの……イグニス君の弟って、どこかで生きてるんですか?」


 隣に座っていたソフィアがイグニスの代わりに聞く。すると、銀は「うん、生きとるで」と断言したが、すぐに表情を曇らせた。


「……ん? その子の側に黒髪の男がおるんやけど、なんかコイツ変やぞ。普通の人間が纏っとる空気と違うような――ッ!」


 突然、持っていた煙管を絨毯の上に落としてしまった。


 銀はお面越しに自分の目を押さえている。突然、激痛が走ったのか「いってぇ……」と呻き声を漏らしていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 イグニスとソフィアが心配していると、「あー、うん。なんとか治ってきたわ」とフーッと長めに息を吐きながら答えてくれた。


「いやー、今のは初めてやったわ。黒髪の男と目が合った瞬間、激痛が走るんやもん。これは見るなっちゅう事やったんかなぁ……」

 

 銀は床に落ちた煙管を拾いながら苦笑いしていた。


「でも……一目見て危険な男ってのは分かったわ。二人も黒髪に赤い目の男には気を付けるんやで。コイツ、一言でいうと邪悪や」


 男の容姿を聞いた瞬間、イグニスとソフィアは学園で会ったシャルム・ゴールディの姿を思い浮かべてしまったのだった。

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