第44話 黒いオーブ
前夜祭から翌日、ソフィアとヘリオスはアスガルド領域圏内に航行中の輸送船のミーティングルームにいた。
二人はパイロットスーツの姿で向かい合い、握手を交わす。
「結局、逃げなかったんだな」
ヘリオスが思い詰めたように自分の気持ちを吐露した。やはり、何かを抱えているように見えたソフィアは、「その事なんだけど……」と話を切り出す。
「ヴァルキリーに乗って戦闘区域に出た直後に降伏するつもりよ。その代わり、何があったのか私とイグニス君にはちゃんと説明しなさい。いいわね?」
それを聞いたヘリオスは目を丸くしていたが、「あぁ、ちゃんと説明するよ」と少しホッとしたような表情になっていたのだった。
『八時だよ、全員集合〜〜!!』
突如、ミーティングルーム内に子供の声が響き渡った。声の主は宇宙船・アスガルドのマスコットキャラクターのキューブ君のものだった。
二人の足元にコロコロと転がってきたキューブ君。手の上に乗せれるくらいの大きさなのだが、実はかなり優秀なロボットで用途は多岐に渡る。
観光客相手に船内のガイドを務めたり、小型輸送船の自動航行を担ったり、時には子守りや子供の防犯用に持たせたりと用途は多岐に渡り、決闘前の宣誓の時にはこうして審判を務めてくれたりするのだ。
『さぁ、皆々様〜! 本日はアスガルド領域圏内にて決闘を行います! ソフィア・ロスヴァイセが勝利した場合、シンラ・イグニスの独占権を獲得! ヘリオス・シュヴェルトライテが勝利した場合、シンラ・イグニス主催の食事会への参加権と生徒会への立候補! 一人の生徒を賭け、熱い決闘が繰り広げられる予定です! それでは両選手、使用するオーブの提示をお願いします!』
キューブ君の合図でソフィアは首からかけていた雫型の紅桜色のオーブを。ヘリオスはポケットから円柱型の黒色のオーブを取り出す。
二人は互いの持つオーブを見て驚いていた。
「ロスヴァイセ、お前もオーブを新調したのか」
「えぇ、まぁ……。ねぇ、貴方の持ってるそのオーブは何? なんとなくなんだけど、禍々しく見えるのは気のせいかしら……」
ソフィアが心配そうに聞くが、ヘリオスは厳しい表情のまま口を噤み、肯定も否定もしなかった。
◇◇◇
ソフィアとヘリオスが準備をしている間、イグニスは〝グルヴェイグ〟の中で待機したまま、同じ輸送船の格納庫にいた。
何かトラブルがあれば、いつでも発進できるようにスタンバイは済んでおり、今はモニターで何度目かの武器や弾数の確認をしている最中だった。
落ち着きのない様子を見た父さんが、イグニスに話しかけてきた。
『落ち着きがないな。そんなんじゃ倒せる敵も倒せないぞ。一度、深呼吸でもしてみたらどうだ?』
「それで落ち着くんだったら、とっくにやってるよ……」
イグニスは手を止め、モニターに映るシンクロ率をチラッと見る。
父さんのオーブを使ってシンクロする時の数値は大体90%くらいをマークしているのに対し、今日の数値は80%前半。
これくらいであれば満足に動かせるだろうが、いつものようにシンクロ率が上がらないのは、銀に言われた言葉が気になっているからだった。
『あの占い師の言葉が気になってるんだな』
「まぁね。ソフィアの事も心配だけど、他にも気になる事も言ってたからさ」
イグニスは宙に浮いていたヘルメットを手に取り、バイザーに映る自分の顔を不安そうに見つめていた。
「全部を鵜呑みにするわけじゃないんだけどさ。やっぱり気になるじゃん。でも、実際はどうなの? 俺には弟がいるのか?」
父さんは暫く考えた末に『あぁ。お前には弟がいるよ』とすんなり肯定したので、イグニスはヘルメットを持つ手に力が入ってしまった。
『お前の気持ちも分かるが、その話はこの決闘を見届けてからにしよう。その時はマリウスも交えて話をしないとな』
その言葉を聞いたイグニスは首を傾げる。
「どうして、ここでマリウス先生の名前が出てくるんだよ?」と聞くが、格納庫内に機体のカタパルトが開くアラートと共に、オペレーターによる自動音声が聞こえてきた為、反射的に顔を上げる。
どうやら、ソフィアとヘリオスも発進準備ができようだった。
『とりあえず、今は目の前の事に集中しろ。今日はマリウスは助けに来れないからな。何があっても俺達だけで食い止める――いいな?』
イグニスは静かに頷く。確かに今は父さんの言う通りだと思い、ヘルメットを装着したのだった。
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