第41話 前夜祭②

「さぁ、二人共。中に入っておいで」

「お、お邪魔します……」


 銀に連れられて中に入ってみたが、店内はまるで物置のようだった。


 ラッパを持った金の天使像が置かれていたり、床には豪奢な絨毯が敷かれ、少し離れた所にはアンティーク調のテーブルの上に燭台がいくつも置かれていた。


 しかし、一方で煌びやかな着物が目立つ所に吊り下げられ、香炉や掛軸の他にアニメ風のフィギュアとゲームに出てくるような物がたくさん飾られていたりもしている。


 ここは本当に占いの店なのだろうか――。


 この店のコンセプトが分からず、イグニスとソフィアは呆然とその場に立ち尽くしていた。


「えぇっと、お銀さん? ここにある物は一体……」

「銀で良いよ。依頼者から礼に貰った物やこの店に縁があって流れ着いた物さ。ま、お前さん達が気にするこたぁねぇよ」


 イグニス達を店の奥へ案内した後、銀はアンティーク調のソファに豪快に腰掛け、浴衣の袖に入れていた扇子を広げてパタパタと扇ぎ始めた。


「ふー、それにしてもあっちぃな。二人共、喉乾いてるだろ? 後ろにある女神像から水が流れ落ちてるから、そこらへんにあるティーカップを使って適当に飲んでくれ。ついでに俺の分を汲んでくれたら助かる」


 銀は暑がりなのか襟を広げて胸元を露出させた。浴衣の着方は知らないが、ちゃんとした着こなしではないとは思う。


 お客に対しての雑な振る舞いと言葉を聞いて、訝しんだイグニスとソフィアはティーカップを選ぶフリをしながら、こっそり話し合いを始めた。


「ねぇ、あの人の飲み物を入れる流れになっちゃってるけど、どうして私達があの人の飲み物を用意してるの? 私達、お客よね? 普通、逆じゃないかしら?」

「確かにそうだな……」


 昼間にも似たような事――フルシンクロを教える立場なのに、イグニスがサンドウィッチを用意した――があったなぁ……と、少しモヤッとしつつも、イグニスはソフィアの意見に頷く。


 イグニス達は棚の中から銀色のティーカップを選んだ。どういう原理で水が溢れているのか分からないが、緊張の面持ちで女神像の前へ行って水を汲む。


「……どうぞ」


 ティーカップを差し出すと、銀は「ありがとう」とお礼を述べてから狐の面を少しずらし、水を一気に飲み干した。


「やっぱ、〝バッカスの水〟は身体を回復させるには持ってこいやな――って、アカン! あまりの美味さに素が出てしもぉてるやん! でも、やっぱり俺は標準語は向いてないなぁ……」


 ブツブツと独り言を呟く銀をますます訝しむ二人。そんな二人の視線に気づいたのか、銀はソフィアの事をジッと見つめ始めた。


「……なぁ、お嬢さん。アンタ、いつもより身体の調子が悪いやろ」


 ソフィアが驚いて大きく目を見開いた。「ど、どうしてわかるんですか?」と聞き返すと、銀は笑いながら自分の目に指をさした。


「俺はな、ちょっと変わった人間なんや。目で人の過去や未来を視る事ができんねん。街中で二人を見た時、そんじょそこらの人間とは違うと思って、思わず声をかけてしまったんや」


 銀はティーカップに指をさした。


「それ飲んでみ。身体が楽になるで」

「えっ、この水をですか?」


 ソフィアの顔が一気に不安そうな表情に変わる。


「〝バッカスの水〟は身体を回復させるには、もってこいの水なんや。こうなると思って俺が先に飲んで見せたけど、心配なら隣におる彼氏にも飲んでもらうのはどうやろ?」


 いきなり話を振られたイグニスは「え、俺?」と素っ頓狂な声をあげた。


「効果はこの通りや! さぁ、彼女の為にグイッといってみよか!」


 自分の意思とは関係なく、〝バッカスの水〟とやらを飲めと言われている展開にイグニスは反論したくなったが、銀が飲んでも平気だったのだ。毒などの類は入っていないだろう。


 隣で不安そうな顔をしているソフィアに見守られながら、イグニスは〝バッカスの水〟を一気に飲み干した。


「うまっ! 何これ、本当に水!?」

「フフッ、美味いやろ? 暫くしたら効果がわかってくると思うわ。今回は二人に水を汲んできてもらったわけやけど、どうや? 気分良くなかったやろ?」


 ソフィアは「は、はい。ハッキリ言って気分は良くなかったです」と正直に答えた。


「私達は客なのに、なんで飲み物を自分らが用意せなアカンの? そう思ったやろ? それな、隣におる彼氏も同じような事を昼間に思ったみたいやで。教える立場なのに、なんでサンドウィッチを作らなアカンの? ってな」


 イグニスは驚いて何も言えなかった。


 憤っていたのは本当だが、父さんに諭された事もあり、ソフィアには文句を言わなかったのだ。


「あんな、お嬢さん。もう少し彼の気持ちを考えたらなアカンで。今のままやと最終的には距離を置かれて、疎遠になる未来が見えるで」

「そ、それは……嫌、です……」


 ソフィアが見た事ないくらい落ち込んでいた。

隣にいたイグニスはハラハラしながらも、心はスッキリとした気分になっていた。


「せやろ。今からでも未来は変えられるから、そう落ち込まんでええよ。ほら、彼氏に謝ろか」


 銀に促され、ソフィアが「ごめんなさい……」と申し訳なさそうに謝ってきた。


「いいぜ。また作るから一緒に食おう」

「ほ、本当? イグニス君、怒ってない?」


 しょんぼりとしたソフィアを見て、イグニスは笑い飛ばした。


「おう! 本当に全然気にしてないから、そんなしょげた顔すんなって!」


 イグニスが優しく頭を撫でてやると、ソフィアが嬉しそうに目を細めてくれた。

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