第39話 鉢合わせ
〝第三格納庫〟でフルシンクロを使った訓練を終えた後、イグニスとソフィアはアークス高等専門学園に来ていた。
決闘を行う為には先ず、生徒会に申請をしなければならないのだが、現在は豊穣祭の最中だ。学園の施設も優先的に貸し出されている為、イレギュラーにはなるが、決闘場所は生徒会室へ足を運ばなくてはならなかった。
「ハァ……ハァ……。なによ、この身体のキツさ。こんなにも身体が怠くなるなんて聞いてないわよ……」
ソフィアはゼェゼェと呼吸をしながら、エレベーターの壁にもたれかかっていた。彼女の首に下げているオーブからも辛そうな声が聞こえてくる。
『うぅ〜、僕も動けない〜。ごめん、ソフィアちゃん。明日に備えて寝させてもらうね〜』
スヤァ……というアメリアの寝息も聞こえてきた為、姉妹揃って疲労困憊のようである。そんな二人の様子を見て、イグニスは困ったように眉を下げた。
「だから言っただろ? フルシンクロの後は身体の負担が凄いって。そんな調子で前夜祭に行けるのか? 明日の決闘に備えて寝た方が良いんじゃ……」
「それとこれとは話が別よ。私、イグニス君と前夜祭に行きたいの。昨日からずっと楽しみにしてたんだから、絶対に行くわ」
ソフィアは持っていた鞄をギュッと握る。
この様子だと倒れない限り、這ってでも前夜祭に行くだろうと思ったイグニスは「わかったよ」と諦めたように答えた。
「でも、身体が辛かったらちゃんと言ってくれよ? 無理させるのは俺も嫌だからさ」
イグニスが頭を撫でてやると、ソフィアは何も言わないまま顔だけが赤くなっていった。
(あれ? なんでソフィアの顔が赤くなっていくんだ?)
呑気に考えていると、無意識でやっていた行為に気付き「あ……」と声を漏らして、自分の手を引っ込めた。
「ご……ごめん、勝手に手が動いちゃってさ! せ、生徒会室に行った後はどこに行こうか!? 俺は米を使った菓子を食べてみたいんだけど――あ、ヘリオス……」
恥ずかしくて一方的に喋り続けていると、エレベーターの扉が開いた。
目の前に立っていたのは、ヘリオスと黒髪をオールバックにした見た事のない成人男性が一人。顔を真っ赤にした二人を見たヘリオスは目を丸くして少し驚いた後、あからさまに肩をすくめる。
「……お前ら、やっぱり付き合ってるだろ?」
「だから、付き合ってないって! そうだよな、ソフィア!?」
イグニスは慌てて否定したが、隣にいたソフィアは何故かムスッとしていた。
「なんで不機嫌になってるんだよ……」
「別に。なんでもないわよ」
ソフィアが拗ねたようにそっぽを向いたので、イグニスがどうしようかと悩んでいると、ヘリオスの隣にいた黒髪の男性がクスクスと笑い始めた。
「あぁ、これは失礼。学生時代に戻った気分になってしまいまして。ここは私の母校ではないのですが、たまには学校という施設に来てみるのも良いですね。いい気分転換になる」
この場にいた者達が一斉に男性に注目した。
男性は隣に立っていたヘリオスと同じくらい身長が高く、切長の赤い目が特徴的だった。その赤い目がイグニスに向いた途端、何故か心臓が大きく脈打ち始める。
(えっ? なんだ、この感覚? 俺……もしかして、この人と会った事がある?)
イグニスが物思いに耽っていると、いつの間にか自己紹介が始まっていたらしく、黒髪の男性から握手を求められていた。
「初めまして、シャルム・ゴールディと申します。普段はヘリオスのお父上の補佐及び副官を務めているのですが、用事があってヘリオスに会いに来ました」
「シンラ・イグニスです。よろしくお願いします――」
握手を交わそうとした瞬間、『そいつと握手をするのはやめろっ!』という父さんの切羽詰まった声が聞こえた。
「っ!」
父さんの声に驚いたイグニスは握手する寸前で手を引っ込める。
イグニスが心の中で『いきなりなんだよ、父さん!』と強く念じる。すると、父さんは『あ、いや……』と珍しく歯切れの悪い調子になった。
『昔、俺が倒した軍人と全く一緒の名前だったんだ。驚かせてすまない。適当に言って誤魔化してくれ』
父さんの言葉でイグニスはハッと我に返る。
いつまで経ってもイグニスが握手を交わそうとしなかった為、シャルムを含めた周りの人間達はどうしたのだろう? というような顔付きに変わっていたのだった。
「す、すみません。実は俺、手首を痛めてて……」
視線を逸らし、イグニスは自分の手首を摩る。
咄嗟についた嘘だった為、気まずそうに視線を逸らしていると、シャルムは気にしていないというように柔らかく笑いかけてくれた。
「手首を痛めてるなら仕方ないね。握手は次の機会に交わすとしよう。それじゃあ、ヘリオス。お父上にはよろしく伝えておくよ」
「はい。では、こちらで失礼します」
シャルムはエレベーターに乗り込んだ後、にこやかに手を振ってくれた。残された三人は軽く会釈をしてから見送った後、「……ねぇ、イグニス君」とソフィアに話しかけられる。
「貴方、いつ手首を痛めてたのよ?」
「あー、痛めてはないんだけど色々あってさ。アハハ……」
イグニスがチラチラと自分のオーブの方に視線を向けていた為、ソフィアはなんとなく察しがついたのか、それ以上は追求してこなかった。
暫く無言になった後、ヘリオスが「なぁ、ロスヴァイセ」と話しかけてきた。
「明日の決闘、お前から辞退してくれないか?」
「えっ? いきなり、どうしたのよ?」
予想外の申し出にソフィアは驚いた顔になる。
ヘリオスは視線は合わせずに「詳しくは言えない」とキッパリ答えた。
「ただ言えるのは俺から辞退できないんだ。だから頼むよ」
軽く頭を下げてきたヘリオスに対し、イグニスとソフィアは困ったように顔を見合わせた。
「事情はわからないけど、学園のシステムを通じて申請を出しちゃってるの。差し戻し期限はもう過ぎちゃってるし、どんな理由があってもキャンセルはできないわ」
それを聞いたヘリオスは「そうか……」と厳しい表情に変わり、暫く考え込む。しかし、すぐに別の案を思い付いたのか顔を上げた。
「じゃあ、せめて宇宙船の中じゃない場所で決闘を行えるようにしてくれないか?」
「それは良いけど、どうして宇宙船の中は駄目なのよ? 決闘で使う武器は全て模擬戦用に作られたものでしょ? そんな危ない目には遭わないはずだけど……」
ヘリオスが黙り込んだまま何も答えないのを見て、ソフィアは様子が変だというように首を傾げる。
「ねぇ、どうしたのよ? いつもの貴方らしくないじゃない。悩み事があるんだったら、私達で相談くらい乗るわ」
イグニスもソフィアの言葉に深く頷いた。
「俺たち友達だろ? なんでも相談してくれよ」
ヘリオスはハッとした顔で二人を数秒見つめる。
しかし、何故かバツが悪そうに視線を逸らし、無言のまま素通りしていった。
すれ違いざまに「すまない」とだけ言われ、イグニスとソフィアは訳が分からず、またもや顔を見合わせてしまう。
「相変わらず、優等生は何を考えてるのか分からないわね。昨日の食事会で友達として少しは打ち解けたと思ったんだけど、私の勘違いだったのかしら?」
少し残念そうな様子のソフィアだったが、イグニスは「んー、意外と打ち解けてるかもしれないぞ」と意外な反応を見せた。
「全部はわからなかったけど、ヘリオスから『ありがとう』って心の声が聞こえたんだ。だから、アイツも俺たちの事を友達くらいには思ってくれてるさ」
イグニスの言葉を聞いたソフィアは「そうだったら嬉しいわね」とつられて笑った。
「さてと。さっさと決闘に使う場所を押さえて、前夜祭に行こうぜ。いろんな屋台が出てるはずだから、食べ歩きしながら見て回ろうか」
ソフィアは「うん!」と元気よく答え、二人で生徒会室に向かうのだった。
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