第38話 フルシンクロ

 〝アストランティア〟からソフィアのオーブを外し、イグニスは操縦桿を握った。首に下げていたオーブに向かって「父さん、準備はいいか?」と声をかける。


『あぁ、いつでもいいぞ』

「うん、わかった」


 返事を聞いたイグニスは目を閉じて、心を落ち着かせた。


 父さんと徐々に意識が重なる感覚がした後、ゆっくりと目を開けてみる。すると、自分の目で見ているかのように景色の見え方が変わっていた。


 キャットウォークにいたソフィアが何かに気付いたのか、「あっ!」と声をあげる。


「エネルギーラインがいつもより輝いてて、とっても綺麗だわ! ねぇ、イグニス君は今どんな感覚になってるの!? 苦しかったり、熱かったりする!?」


 子供みたいにはしゃぐソフィアを見て、イグニスは少し笑ってしまった。


「今は父さんと意識が重なってる感覚がしてる。例えるなら、自分の手の上から父さんの手を重ねられてるような感じかな。後はモニターを通さずに自分の目で景色を見てる感覚もあるから……。うーん、全部を言葉にして説明するのは難しいかも」


 イグニス自身もフルシンクロを使ったのは、今日で二回目なのだ。感覚的な事が多すぎて、あやふやな回答になってしまうのも無理はない。


「つまり、実際に体験する方が話が早いって事ね?」

『そういうことだ。意外と飲み込みが早いな、財閥のお嬢様』


 〝アストランティア〟を介して父さんの声がした。初めて聞く父さんの声にソフィアは目を丸くする。


「も……もしかして、イグニス君のお父さんですか?」

「あぁ、そうだよ」


 イグニスが操縦席から立ち上がった。


「ソフィア、紹介するよ。俺の父さんで銀河連邦軍所属の――」

「シンラ・ヒビキ様ですよね! 銀河連邦軍のエースで階級は大佐! 貴方様が活躍した記事は全て目を通しておりますわ!」


 ソフィアは腕に付けていたデバイスを操作し、コックピットから降りたイグニスに動画を見せてくれた。


 その動画は公的機関のアーカイブに保存されていたものだった。


 父さんが〝グルヴェイグ〟に乗って、〝悪魔〟を殲滅している場面が映し出され、見た事のない武器をいくつも使用し、敵の攻撃を躱しながら縦横無尽に宇宙を飛び回っている。


 場面が変わって、追いかけてきた敵の群勢が〝グルヴェイグ〟に向かって総攻撃を仕掛けてきた。しかし、〝グルヴェイグ〟がビットを使用した集中砲火で敵を全て灰に変えていたのだった。


「なんだよ、その動画? 見た事ないぞ」

「立入禁止区域にある〝L-219〟に関係した動画だから、閲覧規制がかかってるのよ。まぁ、私はロスヴァイセ家の当主である母のIDを使って、シンラ・ヒビキ様の活躍をこっそり見てるわけだけど」


 動画の再生が終わり、映像が切り替わった。


『記念すべき一万体目の討伐! 銀河連邦軍のエースであるシンラ・ヒビキ、名誉ある〝プラチナスター〟の授与確定!』と、当時は大々的に報道されていたようだった。


「〝プラチナスター〟か。なんか凄そうな勲章だな……」


 そんな凄そうなものを授与されていたとは知らず、イグニスが尊敬の念を抱いているのに対し、父さんは何故か怒りを露わにしていた。


『へぇ……。アイツら表向きは行方不明扱いして、裏では俺を死人扱いしてんのか。上層部の連中は薄情な奴が多いとは思ってたけど、ここまであからさまとはな。身体を取り戻して軍に戻ったら、マジで暴れ倒す!!』


 〝アストランティア〟が殺気だっているように目がギラリと光り、バキバキと指を鳴らすような動作を繰り返している。


 事情が分からず首を傾げたイグニスを見て、焦ったソフィアがこっそり耳打ちしてきた。


「当時の貴方のお父様の階級は少佐なの。今は二階級特進で大佐になってるのよ」

「え? じゃあ、軍の中では父さんは死亡したって事になってるのか?」


 ようやく状況を理解したイグニスは〝アストランティア〟に視線を戻す。


 父さんには口が裂けても言えないが、息子のイグニスでさえ生きていないと思っていたのだ。軍がそう判断するのは仕方ないとは考えたが、本人の立場からすると腹が立つのだろう。


「ねぇ、父さん。苛立つのは分かるけど、フルシンクロの訓練を再開しようよ。身体が戻ったら自分で殴り込みに行ったらいいじゃん」

『それもそうだな。この落とし前、必ずつけさせてやる。マジで生きてる事をアイツらに後悔させてやるぜ!』


 〝アストランティア〟がフンッ! と鼻を鳴らしてそっぽを向く。


 この時、イグニスは自制心のない気性の荒い人間がヴァルキリーになってしまったら、とんでもない事件が起こるのではないかという邪推が頭を過ってしまった。

 

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