波乱の幕開け
第36話 第三格納庫
『ヘリオスに決闘を申し込んだから、明日は〝アストランティア〟の調整に時間をかけるわ。十一時に〝第三格納庫〟に集合。ついでにフルシンクロのやり方を私に伝授しなさい。後、お姉ちゃんも来るから、昼食にサンドウィッチの差し入れがあったら嬉しいわ』
ソフィアから送られてきたメールを何回も読み返していると、イグニスはだんだん腹が立ってきて、自然と眉間に皺が寄ってしまった。
「なんで教える側が教わる側に差し入れしなきゃいけないんだよ。普通、逆じゃねぇか?」
イグニスは持っていたデバイスの電源を切り、荒々しくポケットへと突っ込む。そのまま通路の突き当たりまで歩いていくと、〝第三格納庫〟の扉が見えてきた。
ちなみに、先程のメールは三人で食事を摂った後に送られてきたものだ。フルシンクロの件はともかく、昼食用のサンドウィッチの要求までされるとは思わず、イグニスは朝からバタバタと忙しく動き回っていたのである。
「ソフィアの奴、俺の事を使い勝手の良い家政婦か何かだと思ってやがるな。あー、マジでムカつくぜ。本当によ……」
イグニスがブツブツと文句を漏らしていると、『お前と一緒に食べたいからだろ』と父さんが話しかけてきた。
『あの子、普段は強がってるけど寂しがり屋だよな。心を読んでみたけど、家族で飯を食った記憶があんまりないみたいだぜ? それにイグニスもあの子と飯を食うのが当たり前になってるし、お互い様じゃないか』
「それはそうなんだけどさぁ……」
イグニスは納得がいかないというような反応を見せた。
『そのへんにしとけよ。今日は前夜祭なんだろ? 初めてのデートで距離が更に縮まるかもしれないじゃないか。いやー、若いっていいよなー。俺もサクラとデートしたいぜ』
デートという言葉を聞いたイグニスは、先程の様子とは打って変わって、不安そうに溜息を吐いた。
「デートとかそういうのよく分からないし、何をどうすれば良いんだろう。お金は全部出すつもりではいるんだけど……」
『そんな不安そうにしなくて大丈夫だって。いつも通りが一番良いんだ。行きたい所があれば付き合ってあげるだけで、女の子は嬉しいもんだぜ?』
父さんのアドバイスを聞いたイグニスは「デートってそんな感じで良いのか?」と聞き返していると、何も操作していないのに〝第三格納庫〟の扉が開いた。
「ソ、ソフィア……」
いきなり仏頂面をしたソフィアが目の前に現れたので、驚いたイグニスは手に持っていたバスケットを落としそうになった。
「もう! なんでさっさと入って来ないのよ!」
「と、父さんと話し込んでてさ……」
首にかけているオーブに指をさすと、ソフィアは「なんだ、お父様と話してたのね」とすぐに納得してくれた。
「さぁ、早く中へ入って。私もお姉ちゃんも準備できてるわ」
踵を返したソフィアからシャンプーの良い香りがしたので、ドキッと心臓が跳ねてしまった。
いつも髪を頭の高い位置に結い上げているのに今日は髪を下ろした状態だし、服装もいつもと違って女の子らしい服を着ているからか、なんだか新鮮に思えたのである。
「ちょっと、私の背中に何か付いてる?」
「えっ!? い、いや……その……」
「じゃあ、なんで入ろうとしないのよ?」
「そ、それは……」
イグニスがまごついていると、『素直に可愛いって言ってやれよ』と父さんがアドバイスしてきたので、自然と心臓が早くなってしまう。
『いいか、イグニス。女の子は髪型とか服装が可愛いって褒められると嬉しいみたいだぜ? サクラ曰く、好きな人に褒められると格別に嬉しいんだと。ほら、お嬢様のご機嫌を取る為にも早く言ってやれよ』
父さんはそれ以降、静かになってしまった。
「か……かか、かわ……い……。あーーっ、もう! 調子狂うなぁ!」
イグニスは自分の頭をガシガシと掻いた。
それから俯きがちに一呼吸置き、恥ずかしさに堪えながらも、ボソボソと呟き始める。
「きょ……今日のソフィア、とっても可愛いなって思ったんだ……」
普段よりも声が小さかったが、ソフィアにはちゃんと聞こえていたようで、目を丸くしながら「あ、ありがとう……」とお礼を言われたのだった。
イグニスとソフィアが互いに照れたまま黙り込んでいると、『ちょっと、二人共〜!!』と聞き覚えのある声が〝第三格納庫〟の中から聞こえてきた。
『僕を除け者にして、イチャイチャしないでよ〜!! じゃないと、〝アストランティア〟の状態で暴れちゃうんだからね〜!?』
アメリアの大きな声に驚いたイグニスが格納庫内を覗いてみると、〝アストランティア〟が文字通りプンプンと怒っていたのだった。
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