第35話 不穏な気配《ヘリオスside》

 三人で食事をとった後、ヘリオスは自室に戻っていた。


 バーチャルモニターにはイグニスと〝グルヴェイグ〟の写真に加え、ソフィアと〝アストランティア〟の写真が映し出されている。


 それらの写真を一瞥した後、ボランティア活動中に〝悪魔〟と交戦した事や、〝グルヴェイグ〟と〝ヒルディスビー〟の機体性能、パイロットの操縦技術、現在の状況を簡潔に纏めた後、口に出して報告内容を確認し始めた。


「シンラ・イグニスと距離を縮める事に成功。ついでにソフィア・ロスヴァイセとも顔見知りになる。本日、ソフィア・ロスヴァイセから、シンラ・イグニスを賭けた決闘を挑まれ――」


 ここで内容に違和感を感じたヘリオスは首を捻り、報告内容の一部を削除した。


 暫く考えて、また文字を打ち込み始める。このままの内容で報告書を提出したら、変な誤解が生まれそうな気がしたからだ。


「ソフィア・ロスヴァイセから決闘を挑まれた為、明後日、学園内の演習場にてヴァルキリーを使った実戦を行う。機体は〝フォルセティ〟を使用予定。ソフィア・ロスヴァイセ側も〝アストランティア〟を使用すると事前申告あり。ロスヴァイセ財閥は銀河連邦・アスガルド支部との関わりも深い為、シンラ・イグニス、マリウス・焔・イクシードと同様に様子を見る」


 入力し終わった後、ヘリオスは送信ボタンを押した。


 〝送信完了〟という表示がなされた後、イグニスと〝グルヴェイグ〟の写真が大きく表示される。ヘリオスはイグニスの写真をジッと見つめながら独り言を呟き始めた。


「イグニスとは初対面のはずだよな。でも、どうして見覚えのあるように感じるんだ?」


 ヘリオスは難しい顔で椅子の背もたれにもたれかかった。イグニスとは初対面のはずなのに、何故か初めて会った感じがしなかったのだ。


(昔、どこかで会っている? いや、そんな筈はない。イグニスとはこの学校で初めて知り合ったんだ。生徒会に誘った時の反応を見るに、この宇宙船から一度も出た事はないはず……。もしかして、


 思考を巡らせるが結論は出なかった。ヘリオスは頭をガシガシと掻いて、諦めたように溜息を吐く。


「この違和感の正体が気になるけど、悩んでいても仕方ないよなぁ……」


 ヘリオスはベッドの上で寝ているジャックを見つめる。「グワー、グワー」といびきをかいて爆睡しているのを見ていると、自分の考えている事がどうでも良くなってきた。


「学校の格納庫で〝フォルセティ〟のメンテナンスをして、明後日の決闘に備えるか。イグニスを独占できる権利なんて全く興味ないけど、アイツの料理は美味かったからな。さっさとシャワーを浴びて、ジャックと寝るか」


 軽く伸びをして席を立とうとした瞬間、モニターから着信を知らせるアラートが鳴り始めた。


 こんな時間に誰からだろうと思って操作してみると、黒髪をオールバックにした三十代くらいの男性がモニターに映し出されたので、ヘリオスは息を呑んだ。


「……お疲れ様です、シャルム副官殿」


 敬礼をすると、シャルムと呼ばれた男は切長の赤い目を細めてクスクスと笑った。


「お疲れ様、少尉。忙しくて手が離せない大佐殿に代わって報告書を見させてもらったよ。なかなか興味深い内容だった。シンラ・イグニスがフルシンクロを使って、敵を弱体化させた部分なんか特にね」


 報告書を指でスクロールする様子を見て、「ありがとうございます」と答えたが、この男に褒められてもあまり嬉しくなかった。


 ヘリオスはシャルム副官に対して苦手意識を持っていた。彼とは小さい頃からの顔見知りではあるが、未だにこの嘘っぽい笑顔に対して警戒心を抱いてしまう。


 理由は未だに分からないが、生理的に受け付けないのだろう。向こうもそれが分かっているのか、必要以上に話しかけて来ようとはしなかった。


「へぇ、この子がアスガルドの英雄であるシンラ・ヒビキの息子さんか。ネットニュースを見た時に思ったけど、まだまだ子供の顔をしているね。父親と容姿がそっくりだけど、目元は母親似なのかな。けど、父親と違ってメンタルはあまり強くなさそうだ」


 明らかに小馬鹿にしたような笑みを浮かべたので、ヘリオスは心の内でムッとしてしまう。


 父の命令でイグニスに近付いたとはいえ、明るくて面白い奴だと分かったのだ。友人を馬鹿にされるのは気分が悪い。


「ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」


 さっさと用件を聞き出そうとすると、シャルム副官は「あぁ、すまないね。話が逸れてしまった」と申し訳なさそうに眉を下げた。


「この報告書を見て、君の勝利に貢献したいと思ってね。明日、とっておきの品を贈ろうと思ってるんだ」


 不気味なくらい綺麗に笑うシャルム副官を見て、背筋に悪寒が走った。


 「……どういった品物ですか?」


 ヘリオスが聞き返すと、副官はずっと欲しかった玩具を手に入れた子供のような笑顔に変わる。


「〝ドラゴンオーブ〟だよ。ついに〝悪魔〟をオーブに加工する事に成功したんだ。しかも元になった〝悪魔〟は、〝L-219〟と呼ばれていてね。かつてシンラ・ヒビキがコイツと戦って、相打ちになったと言われている〝悪魔〟さ」


 ヘリオスは絶句してしまった。


 〝L-219〟がいる区域は関係者以外、立ち入り禁止のはずなのだ。いくら軍や政府関係者が調査願いを出した所で特別な理由がない限り、受理されないだろう。どうやって、〝L-219〟をオーブに加工したのだろうか。


(悪魔由来のオーブなんて使ってしまったら、パイロットはどうなる? 安全の確認できているのか? 父さんは俺に……そんな訳のわからない代物を使えと本当に言っているのか――)


 深刻そうな表情で考え込んでいると、シャルム副官が「心配しなくていいよ」とをした。


「……心配しなくていいとは?」

「言葉の通りさ。テストは済んでいるし、〝ドラゴンオーブ〟の安全確認もできている。何よりお父上も使用を認めて下さってるんだ。君が心配する事は何一つないよ」


 ニコニコと笑うシャルム副官を見て、顳顬から汗が流れ落ちていった。さっきから胸騒ぎが止まらない。こういう悪い予感はヘリオスの経験上、必ず当たってしまう。


 そんなヘリオスをよそに、シャルム副官はペラペラと一方的にお喋りを続けていた。


「そういえば、アスガルドでは前夜祭が行われる予定なんだよね? せっかくだから、僕が直々に視察に行くよ。その時に〝ドラゴンオーブ〟を渡すから、必ず決闘の時に使うように。いいかい? これは命令だよ」


 一瞬、シャルム副官の瞳孔が猫のように細くなったような気がしたが、ヘリオスは「……わかりました」と答える事しかできなかった。

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