第30話 ボランティア活動⑤
フルシンクロ――それはオーブとパイロットがヴァルキリーと完全に同調する事によって、秘めた能力を引き出す事である。
〝グルヴェイグ〟は炎を操るのが得意なヴァルキリーだ。フルシンクロの状態になる事によって、通常時には使う事ができない技や火力を引き出す事ができる。それに加えて自分の手足のように機体を動かす事も可能だ。
一見、メリットしかないと思うかもしれないが、デメリットも存在する。完全同調したまま機体が攻撃を受けてしまった場合に起こる一種の〝シンクロ障害〟が起きてしまうのだ。
例えば、ヴァルキリーが敵からの攻撃を受けた際、腕が一本吹っ飛んでしまったとしよう。この場合、腕が吹っ飛んでしまった時の同じ痛みをパイロットが受けてしまう事となる。
ちなみにオーブの方にはエネルギーが逆流し、負荷がかかる事によってヒビが入る事が多く、壊れてしまう事もある。他にもシンクロ率が下がるなどの弊害が起きるので、使い所を考えなくてはならない――。
『……と、簡単に言えばこんな感じだな』
「要は自分の手足みたいにヴァルキリーを動かせて、受けた攻撃がパイロットにまで伝わってくる……って事?」
半信半疑な様子でイグニスは首を傾げたが、父さんはすぐに『そうだ』と肯定した。
『お前、いつも合わないオーブとばっかりシンクロしてたろ? フルシンクロの事なんて学園でも習ってないみたいだし。学年が上がると習ったりするのかもしれないけど――』
イグニスが黙り込んでいるのに気が付いた父さんは『とにかくだ!』と話を切り上げた。
『説明するより慣れろだ。財閥のお嬢様がやられちまうのも時間の問題だ』
イグニスはモニターに映っていた〝アストランティア〟に視線を向ける。
〝アストランティア〟は、かろうじて敵の攻撃をいなしていたものの、持っていた長剣はドロドロに溶け落ち、歪な形になっていた。
「ソフィア、大丈夫か!?」
イグニスが声を上げる。すると、ソフィアにしては珍しく「イグニス君……」と弱々しい声を発した。
「薄々感じてたけど〝悪魔〟との戦闘って、やっぱり教科書通りにはいかないわよね。アイツらも一応、生き物……だもんね」
持っていた長剣で〝悪魔〟の攻撃を受け止める。
しかし、脆くなった刃では負荷に耐えられず、長剣がパキンッ! と真っ二つに折れてしまった。
ガードする術を失った〝アストランティア〟に向かって集中攻撃を仕掛けるかと思いきや、〝悪魔〟は背中から六本の触手を伸ばした。そのどれもがヴァルキリーの手を形作っており、花弁を広げるかのように手を伸ばしている。
それを見た父さんは『マズイぞ!』と声を荒げた。
『アイツ、あの財閥のお嬢様を取り込む気だな――って、おい! 考えもなしに突っ込むな!』
「俺は父さんみたいに冷静でいられねぇよ! さっさとフルシンクロして敵をやっつけようぜ!」
操縦桿を押し込んだイグニスは敵に向かって真っ直ぐに突っ込んでいった。
『全く、お前は若い頃の俺にそっくりだな……』
父さんは少し嬉しそうに独り言を呟いた後、身体が重なるような感覚がした。
誰かがイグニスの手を上から重ねた後、視界がクリアになる。まるで、〝グルヴェイグ〟の目で敵を見ているような未知の感覚だった。
「調子に……乗ってんじゃねぇぇぇぇっ!!」
今、言葉を発したのは父さんだった。
イグニスの意思とは関係なく、荒々しい言葉が勝手に出ていた。
〝グルヴェイグ〟は手のひらに付いている小さなレンズから熱光線を集中させ、至近距離で敵に攻撃を浴びせる。チュインッ! という聞き慣れない音がしてから、断末魔の叫びが響き渡った。
『ギィィィィッ!!』
モニターからソフィアとヘリオスの呻き声が聞こえてきた。
敵は〝グルヴェイグ〟の攻撃を避け切れず、身体の半分が蒸発してしまったようだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……。へへっ、やった……やったぞ……」
フルシンクロを発動したのは確かに短い時間だったはずのに、イグニスは操縦桿を握ったまま肩で激しく呼吸を繰り返していた。
〝エインヘリアルシステム〟で父さんと入れ替わった時と同じくらいの負荷が掛かり、モニターを直視できずに鼻先から汗が滴り落ちていくのを、ただ見つめる事しかできなかった。
『イグニス、大丈夫か?』
父さんが心配して声をかけてきた。
イグニスは返事をしようと顔を上げたが、心臓の脈拍が上がって頭がくらりとした。いつまで経っても呼吸が整わない。喉の奥から咽せるような咳が続く。
「ほんと……最近、身体に負荷がかかる事ばっかり起きるな……」
イグニスは苦笑いしながら溜息を吐く。すると軽快に笑う声が聞こえてきた。
『これも慣れさ。フルシンクロやエインヘリアルシステムを使っていくうちに身体が慣れる。オーブは常にメンテナンスをしなきゃいけないが、基本的にはパイロットと一緒に鍛えられていくって感じだな』
イグニスはゼェゼェと呼吸をしながら、「慣れる? こんなキッツイのに慣れるもんなの?」と聞き返す。父さんは『あぁ、そうだぞ』と笑って肯定した。
『俺は昔から戦ってばっかりだったから、身体が嫌でも慣れちまったんだ』
それを聞いたイグニスは心配そうな表情に変わる。イグニスはまだ父の事を何も知らないのだと感じた瞬間だった。
『どうした、イグニス?』
「あ……。ううん、なんでもないよ」
イグニスはもう少し踏み込んで聞こうか迷っていた。けれど、今は周りに人がいる。それに今は〝アストランティア〟を介助してやらなければならない。
イグニスは操縦桿を〝アストランティア〟がいる方向へ傾けた――。すると、「イグニス君、危ない!」とソフィアの悲鳴が響き渡る。
「しまっ……」
気付くのが遅れてしまった。〝血液の悪魔〟が〝グルヴェイグ〟を捉えようと、身体をシートのように薄く広げて飛び掛かってきたのだ。
敵が急接近した時に鳴る警告音がコックピットに響き渡る。モニターの画面一杯に広がった〝血液の悪魔〟を見て、イグニスはギュッと目を瞑ってしまった。
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